ギャラリーと図書室の一隅で

読んで、観て、聴いて、書く。游文舎企画委員の日々の雑感や読書ノート。

世界でたった一つの作品たち~アール・ブリュット―日本人と自然―より~(1)

2020年12月16日 | 展覧会より


支持体はちゃぶ台だ。黄緑がかった緑色の油粘土で作られた都市のジオラマが、ちゃぶ台ごと展示されている。空想なのか現実の光景なのか、あるいはそれらが混じり合っているのかわからないが、観ているうちにいつの間にか小さな世界の住人になって、ハイウェイを走り、電車に乗り、通りを歩き、木陰に佇んでいる気分になる。そしてビルの窓からこれと同じ光景を見るだろう。作者は上村空さん。空――「ひろし」と読むのだそうだ。何とすてきな名前だろう。空さんはまさに、空から街を見下ろすような視点で、このようなジオラマを作り続けている。ところがこんなに素晴らしい世界なのに、完成すると惜しげもなく壊されてしまうという。空さんにとってはあくまでもその時々のちゃぶ台の上の工作なのだから。世界にたった一つの作品はまた、たった一瞬の作品でもあるのだ。
直線や緩やかなカーブのハイウェイや線路、高いビル群と、街路樹や公園、小さな家並み――最先端の都市のようでありながら、どこか懐かしさを覚えるのは、面取りしたような立体と、丸っこい木々のせいだろうか。ちょっとユーモラスで、暖かな夢の世界に私たちを誘ってくれる。12年前に游文舎などで開催した「無心の表現者たち」展で辻勇二さんの鳥瞰図のような作品を観たし、今展の戸舎清志さんの作品もまた、町を俯瞰的に描いた作品だ(これらもとてもいい作品だったのは言うまでもない)が、立体作品を観るのは初めてだ。このちゃぶ台には作られては壊されたいくつもの街の前史がある。そして今眼前にある街も、二度と見ることは出来ないだろう。まさに僥倖なのだ。