60歳からの眼差し

人生の最終章へ、見る物聞くもの、今何を感じるのか綴って見ようと思う。

余命

2016年03月04日 08時43分22秒 | 日記
                    我が家にある義姉の絵

 昨年10月、兄の呼び出しで久々に兄弟で会うことになった。東京駅で待ち合わせ、構内の飲み屋に入って近況を報告しあう。しばらくして兄が、「実は・・・」と兄嫁がガンであることを話し始めた。昨年春ごろから腰が痛いと何度もマッサージに通ったが、一向に改善せず病院へ行く。その結果は肺腺ガンで、肺に何箇所も散らばっており、骨まで転移していてステージ4との診断結果だった。本人の意思もあって、夏に入院し抗がん剤の治療を始める。しかし薬が合わなかったのか、肝臓の数値が異常に悪くなり、途中で中断することになった。しばらく間をおき体力の回復を待ってから、今度は別の抗がん剤の投与を始めるということである。
 
 義姉は私より一つ上、冠婚葬祭の時ぐらいしか会うことも無く、最近会ったのは4年前、私の長女の結婚式の時である。兄に言わせれば煙草を吸うわけでもなく原因は分からない。多少神経が細い所がありストレスを抱えやすいから、それが起因ではと言う。義姉の母親が絵の先生だったこともあり、小さい頃から油絵を描いていて、私の印象は物静かで穏やかな性格のように思っていた。子供たち3人はそれぞれに所帯を持って離れ、今は夫婦2人だけで暮らしている。退院してからは普段と同じような生活で、特に感情を乱しているようなことはない。最近は自分の衣料品など整理し始め、先日は兄が大風呂敷一杯の衣類を資源ごみに出したそうである。
 
 話を聞きながら、「さて、見舞いに行った方が良いか?」と頭をよぎる。普段義姉とはあまり交流が無いので、わざわざ見舞いに行けば自分の死期を感じさせてしまうかもしれない。しかし知らん顔というわけにもいかない。そのあたりを兄にざっくばらんに聞いてみた。兄が言うには、まだ希望を持っているし、ガンと戦うことで自分の気持ちを保っている。そんな時には家族以外は誰にも会いたくはないだろう。ある程度時間が経ち自分の状況を受け入れるようになってからで良いと思う。ということで、当面は見舞いは行かないことにした。
 
 先週、今度は私の方から連絡を取って兄に会うことにした。義姉のことを聞いてからすでに4ヶ月が経っている。病状はどうなっているのか、義姉はどんな状態なのか、兄は今何を思うのか、そんなことが気に掛かるのである。兄によると、2回目の薬は体に合ったのか、ガンも小さくなり少し落ち着いている状態だと言う。しかし医者によると、今は薬が効いて小さくなっているが、転移したガンが消えるわけではなく、免疫力が落ちてくれば一気に勢いを増してくるらしい。薬の影響か、手の皮が薄くなったような感じで、手のひらが異常に敏感になり水も触れない。普段はゴム手袋をしているが、それでもダメで食事は兄が作るか弁当で済ませている。日中は一生懸命絵を描いているが、薬の影響で肝機能が衰え、夕方にはガックリと疲れが出ると言う。そんな弱っている妻を見るにつけ不憫さがまし、何とかしてやりたい、そんな気持ちが強くなってくると言う。
 
 話は別の知人のこと、先月昔の仕事仲間の新年会に彼が久しぶりに出席してきた。彼は1年以上前に「悪性リンパ腫と診断された。しかもガンが脊髄にまで移行し年齢も年齢でということで、「不治療」ということで様子を見ることになった。その時に医者から、症状が出てくるのは2年後といわれる。今年で1年経過し、医者から言われた症状が出るまであと一年である。そんな状態であるが、彼は新年会の中で皆と同じように楽しそうに談笑している。人の心理に興味がある私は「今の彼の心境はどうなのだろう?」と聞いてみたくなった。それとなく席を彼の隣に移し言葉を選びながら慎重に聞いてみる。
 
 彼は素直に話してくれた。今は自分の病状は全てオープンに話している。変わったことと言えば娘達が急に親切になったことだろうか。普段は近所に畑を借りて野菜を作っている。また近隣のバンド3つに所属して、サキソフォンを吹いている。バンドの練習と定期演奏会や慰問、それと家庭菜園で結構忙しくしている。そんなことがあるから下手に考え込まずにすんでいるのかもしれない。自分が今からどんな風になるかはわからないが、そんなに長い時間はないだろう。そんな時に、先に目標を持って何かをする気にはなれず、過去に楽しかったことを追体験したいと思うようになった。だから昔の仲間と旅行に行ったり、こんな風に酒を飲んだりと、なるべく楽しい時間を大切にしたいと思っている。だから最近は人に誘われて断ったことがないと言う。
 
 2人とも余命半年とか1年とか言われたわけではない。しかし自分の人生がある程度限られた状況にあることは確かである。心理学的には人は余命が限られていると知らされると、それを受け入れるまでに5つの段階を経ると言われている。

 第一段階 ショックのあまり、事態を受け入れる事が困難な時期
 第二段階 「どうして自分がこんな目にあうのか?」と、心に強い怒りがこみ上げる時期
 第三段階 事態を打開しようと必死になる時期
 第四段階 事態が改善しないことを悟り、気持ちがひどく落ち込む時期
 第五段階 事態をついに受け入れる時期
 
 これが当てはまるとすれば、義姉は第三段階、昔の仲間は第五段階(あるいは第三段階)だろうか、私の両親や叔父叔母はすでに鬼籍に入り、いよいよ我々にその順番が回ってきたことになる。私も男性の健康年齢を過ぎ、何時余命の限定を伝えられてもおかしくない。その時をどう迎えるか、そろそろ心の準備も必要になってきた。





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