
JAならけん巻向支店の前庭に石碑が建てられています 撮影日;2012.11.12
柿本人麻呂が詠った歌に「纏向」を詠ったものが多いことから、顕彰碑的なものでしょうか
柿本人麻呂が居住していた可能性は否定できませんが、それを裏づける証拠はありません
石碑のある地は、上ツ道に面しており古代のメインストリート沿いです
周辺は纏向遺跡で、駅の西側では発掘調査もされています
★所在地;桜井市巻野内235-8
★交通;JR

★駐車場;1台程度
★入場料;見学自由
★問合せ;
紀元730年、第12代景行天皇・大足彦忍代別命(オオタラシヒコヲシロワケ)が即位後この地に宮を設け、大和朝廷による全国統一を進められた。 その立役者は、皇后の播磨稲日太郎姫(ハリマノイナヒヲイラツメ)との間に生まれた日本武尊である。 景行天皇の業績で注目すべきことは、日本の国の真の歴史並びに天成(アマナリ)の道(宗教・政治の理念)を子々孫々に遺すべしとの日本武尊の遺言に従い、 五・七調の神代文字で記された秀真伝(ホツマツタエ)文献を、三輪君の祖となる大直根子(オオタタネコ)に命じて編纂させ、後世に遺したことである。 |