奈良の名所・古跡

行ってみたい所があるといいのですが・・・古墳とか建物とか巨樹とかいろいろ・・・

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西大塚古墳「笹鉾山4号墳」

2012年12月26日 | 古墳
西大塚古墳
 笹鉾山1号墳の西側に有る円墳です 撮影日;2012.12.16

 坊主山古墳とも呼ばれます「11A-37」
 現状は径10mの円墳です
 比較的背の高い円墳で、元はもっと大きかったようです

 出土品としては土師器の他、鉄剣が伝えらます
 元旦になると、金鶏が鳴くと伝えられる金鶏伝説が有るそうです

 少し南の住宅地の金網の中に笹鉾山5号墳「11A-70」があります
笹鉾山5号墳
 現状、径5mほどの円墳です
 この古墳も、元はもっと大きかったのでしょう
 出土品の報告も無いようで、詳細不明です

★所在地;磯城郡三宅町石見
★交通;近鉄石見駅下車 徒歩6分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
★問合せ;


観音院宝篋印塔

2012年12月25日 | 石造物
観音院宝篋印塔
 鎌倉時代中期の弘長3年(1263)の宝篋印塔です 撮影日;2012.12.16

 花崗岩製で、高さ278cm
 基礎の正面に「弘長参癸亥年 三月廿二二(四)日、勧進僧法心」の刻銘が有ります 塔身、輪郭を巻き、二重円光形を彫りくぼめ内に顕教四仏(薬師・釈迦・弥勒・阿弥陀)を刻みます
 九輪の上部が欠損し、基礎の後側が崩れかけています

 観音院の石段横に地蔵石仏が立っています
 室町時代後期の作のようです

観音院宝篋印塔背面 観音院地蔵石仏

★所在地;高市郡高取町上子島
★交通;近鉄壺坂山駅下車 徒歩35分
★駐車場;有ります(宗泉寺前)
★入場料;見学自由
★問合せ;

 宗泉寺の裏手に有ります


多・垣内古墳

2012年12月16日 | 古墳
多の垣内古墳
 かろうじて墳丘が残っています 撮影日;2012.12.09
 
 遺跡地図の「11C-51」です
 太安万侶の墓とされていた松ノ下古墳の300m北西に有ります
 多神社の南東500mほどの所で、被葬者は多氏一族と考えてよいと思います

 現状はかなり変形していて、特に東側は削られて田圃になっています
 墳丘に生えている木のおかげで墳丘が残された?
 墳丘上には石灯籠も有ります

墳丘北側に有る燈籠 西側には道、東側は田圃で削られている

★所在地;磯城郡田原本町多
★交通;近鉄笠縫駅下車 徒歩15分
★駐車場;多神社のPより徒歩5分
★入場料;見学自由
★問合せ;



磯城郡の伝説=石棺発掘の祟り=磯城郡多村西新堂
 西新堂の氏神の西北方に、一つの塚がある。東西一間、南北二間半程で、石棺の一部分が露はれてゐる。昔、此塚は尚大きく、石棺も深く土中にかくれてゐた。其頃、村の総代が五六人の者を雇うて、此塚を発掘しようとした。一丈許ほりさげて、石棺が見えてきたと思ふと忽ち龍が昇るやうな雨雲が降って来、それに連れて、大暴風雨となって、神社の木が倒れる、村の家が壊れる、それはそれは大混乱を現出した。人夫達も仰天して其儘散りうせたので、一人残った総代は、狼狽しながらメチャメチャに石棺を土で蔽った。そして石棺が見えなくなってしまふと、大暴風雨はパッと晴れた。尚不思議な事には、此時、隣村では何の変わりもない晴天であったといふ。

松ノ下古墳

2012年12月15日 | 古墳
松ノ下古墳
 太安万侶の墓との伝承が有ります 撮影日;2012.12.09

 遺跡地図の「14A-10」です(線路脇の田圃の中に残されています)
 現状は径6m・高さ1m程の円墳状の塚です

 この塚は、昭和54年奈良市此瀬町で太安万侶墓が発見されるまで太安万侶の墓と伝えられていました(太安萬侶の墓) 

北の西新堂跨線橋から見た松ノ下古墳 南側から見た松ノ下古墳

 この田地は、多神社の所有地です
 塚は、地元では遺品などを納めた「参り墓(塚)」だと考えられるという
 多神社では、納骨の儀式を太安万侶の命日(7月6日)に行った後、塚の周囲を石垣で囲んで記念碑を建てる計画だそうです

 安万侶は712年、下級舎人の稗田阿礼が暗唱していた記録を基に古事記3巻をまとめ、元明天皇に提出しました

★所在地;磯城郡田原本町多
★交通;近鉄笠縫駅下車 南へ徒歩10分
★駐車場;有りません
★入場料;見学可 (冬季は近くまで行けます)
★問合せ;


櫛玉媛神社古墳

2012年12月14日 | 古墳
櫛玉媛神社古墳
 小型の前方後円墳です 撮影日;2012.12.09

 前方部の最大幅は12mを測り、墳丘全長は30mです
 後円部上に櫛玉比女命神社の社殿が築かれています
 前方部には明確に周濠が残り外堤が設けて有ります

櫛玉媛神社古墳前方部

 大福寺が所蔵する応長2年(1312)の「箸尾満嶋弁財天瑞夢記付記」の縁起現記(文安元年写)に、神社鎮座の古墳は聖徳太子築造で、弘安7年(1284)に当地氏人僧侶らが天河弁才天を勧請し、墳上に社殿を造立したと記しています 

★所在地;北葛城郡広陵町的場字長泉寺畑、南字井床下
★交通;近鉄箸尾駅下車 徒歩10分
★駐車場;スペース有り
★入場料;見学可
★問合せ;


薬井

2012年12月13日 | 古跡
薬井
 弘法大師ゆかりの井戸です 撮影日;2012.12.09

 眼の病気に効く井戸水だそうです
 弘法大師がこの地に来られた時に眼を患う人に会い、気の毒に思われ「ここを掘り湧き出す水で眼を洗いなさい」と教えられたので素直に教えられた所を掘ると水がどんどん湧き出し田と伝えられます
 眼を患う人が近村からこの水をいただきにきたという 

 掘りぬき井戸で、石の井筒が設けられており、現在は安全のため穴の部分は金網で覆われている
 井戸の横には薬井と刻んだ石があり、近年まで飲料水として利用できるきれいな水が湧き出ていたそうです

薬井井戸 薬井石碑

★所在地;北葛城郡河合町薬井
★交通;近鉄大輪田駅下車 徒歩15分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
★問合せ;0745-57-0200(河合町役場 地域活性課)


平等寺東古墳

2012年12月12日 | 古墳
平等寺東古墳石材1
 平等寺春日神社の本殿背後に有る古墳です 撮影日;2012.12.09

 横穴式石室の石材が露出しています
 径12mの円墳「7D-99」とされています

 石室は大きく崩れていて、内部は土砂でほぼ埋まっています
 資料が無く詳細不明ですが、宮裏山古墳と同規模の古墳だったでしょうか?

平等寺東古墳石室 平等寺東古墳石材2

★所在地;生駒郡平群町平等寺(春日神社境内地)
★交通;近鉄平群駅下車 徒歩15分
★駐車場;有りますが普段は利用できません
★入場料;見学可 (本殿右手から登るとすぐに見えます)
★問合せ;


平等寺東古墳の墳丘

椿井北古墳

2012年12月11日 | 古墳
椿井北古墳墳丘
 斜面に築かれている古墳です 撮影日;2012.12.09

 遺跡地図の「7D-06」です
 横穴式石室が露出していて、奥壁と右壁が残っています
 熊笹で覆われていてよく見えませんが、天井石と思われる石も転がっています
 いちばん大きな天井石は、付近の民家に保存されているそうです

 墳丘は大きく削られているようで、左壁や羨道部は無くなっています
 古墳の南側は、民家が建ち小路が通っています
 規模不明ですが、30m程ある円墳だったと思われます

 遺物は土師器や須恵器が出土しているようです 

椿井北古墳石室 椿井北古墳石材

★所在地;生駒郡平群町椿井字峯堂
★交通;近鉄平群駅又は竜田川駅下車 徒歩20分
★駐車場;有りません
★入場料;石垣をよじ登れば、石室も見れます
★問合せ;

 北へ200m行くと平等寺春日神社が有り、南へ200m行くと平群氏春日神社が有ります


南から見た椿井北古墳

和佐羅滝

2012年12月06日 | 
和佐羅滝
 大又川へと注ぐ支流にある滝です 撮影日;2012.11.25

 玉井山(1095m)を源流に持つ落差30mの分岐瀑です
 苔むした岩肌を流れ落ちる姿が優雅でとても美しいです

 付近には、杉などの巨樹が林立しています

和佐羅滝口 和佐羅滝流水

 上っていく途中に、小さな段瀑がいくつも有ります

下流の小滝 途中の小滝

 支流を左手に見ながら登っていけば、道に迷うことは有りませんが、途中ロープ伝いに上る難所が数ヶ所有ります
 すぐ真横まで行けるので、見ごたえ充分です 

★所在地;吉野郡東吉野村大又
★交通;近鉄榛原駅より バスで「大又」下車 徒歩45分
★駐車場;スペース有り
★入場料;見学自由
★問合せ;0746-42-0441(東吉野村観光協会)


和佐羅滝虹

大豆生八幡神社のムクロジの巨樹

2012年12月05日 | 巨樹
大豆生八幡神社のムクロジの巨樹
 八幡神社が建てられた時に植えられたそうです 撮影日;2012.11.25

 明治23年(1890)に植栽されたようです
 幹は太くありませんが、樹高20m以上と思われ、対岸からもよく見えます
 平成9年に県の保護樹に指定されています

 訪れた時は、ちょうどきれいに色づいていました

ムクロジの巨樹根元

★所在地;吉野郡東吉野村大豆生
★交通;近鉄榛原駅より バスで「東吉野村役場」下車 コミュニティーバス乗換え「やはた温泉」 徒歩1分
★駐車場;有ります
★入場料;見学自由
★問合せ;