奈良の名所・古跡

行ってみたい所があるといいのですが・・・古墳とか建物とか巨樹とかいろいろ・・・

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雲井坂と轟橋

2011年09月30日 | 古跡
 ともに南都八景の名所です 撮影日;2011.09.25

 雲井坂は今の押上町付近で、京街道(現国道369号線)を北から南へ下る坂です
 南都八景のひとつ「雲井坂の雨」で知られます
 昭和初期に道路が整備される時、坂はかなりなだらかに改良されました
 南都八景に詠まれた当時は、急な登り坂に霧雨が降る様が美しかったのでしょう
 この付近は「押上郷」といいます
 雲井坂で荷車を押し上げたからついた名前だそうです

雲井坂の石碑 みどりゐ池

 雲井坂を上り切った所に「みどりゐ池」が有ります
 みどりゐ池からは小さな川が流れていて「轟橋」があったそうです
 轟橋の石碑前の歩道の長方形の石3枚が、轟橋の跡だと言われています
 東西4間4尺(約8.5m)、南北1尺1寸(約0.4m)の小さい橋だったようです
 橋の上を車が通ると轟音のように響いたのでついた名前だそうです

轟橋の石碑 轟橋とされる三枚の石版

 村雨の晴れまにこえよ雲居坂三笠の山はほど近くとも (藤原為重)
 うち渡る人めも絶えず行駒の踏むこそならせととろきのはし (藤原定継)
 

★所在地;奈良市登大路町
★交通;近鉄奈良駅下車 徒歩5分
★問合せ;


 参考;奈良歴史漫歩NO.065南都八景

坂本家住宅(ならまち)

2011年09月28日 | 文化財
 ならまちにある江戸時代末期の建築です 撮影日;2011.09.25

 平入町家
 桁行7.4m梁間9.9m、木造つし2階建、切妻造桟瓦葺です
 正面北側に出格子をたて、入口は格子戸引違い、南端に出格子窓を設け、外壁は漆喰塗で腰を竪板張とする

 昭和と平成に改修されていますが、当初の木材などを多く残しています
 伝統的な町家建築として貴重とされています

 1830~1867年の建築
 1926~1988・1989年に改修、2006年に改修

 2010年に国の登録有形文化財(建造物)に指定されています 

★所在地;奈良市勝南院町12-1
★交通;近鉄奈良駅下車 徒歩8分
★駐車場;付近に有料駐車場あり
★問合せ;

 猿田彦神社「道祖神」の少し南です


 参考;文化財オンライン

西大寺の大ケヤキ

2011年09月27日 | 巨樹
西大寺の大ケヤキ 本堂の裏にそびえる大ケヤキです
 撮影日;2011.09.13

 樹高は23.5m、幹周4.2m(指定時)
 奈良市指定の保存樹です
 指定年月日:平成16年3月31日

 幹に特徴にある紋様が有ります
 それほど太くないですが、高~いです
 樹齢は? 300年は下らないと思われます

 秋には黄色く黄葉します

 西大寺のケヤキ幹
 西大寺の大ケヤキ指定版

★所在地;奈良市西大寺芝町2585
★交通;近鉄大和西大寺駅下車 徒歩2分
★駐車場;有ります(有料)
★入場料;見学自由
★問合せ;(西大寺


井田家住宅(ならまち)

2011年09月26日 | 文化財
 ならまちにある町屋です 撮影日;2011.09.25

 江戸時代末期(1830~1867)の建築で、ならまちの町並景観を形成しています
 平成14年に国の登録有形文化財(建造物)に指定されています

 ≪主屋≫
 道に東面して建つ切妻造・平入・つし2階建で、煙出付の桟瓦葺としています
 平面は通り土間と座敷など床上6室から構成されています
 正面外観は上層町家らしく1階に木太い格子、2階に横長の虫籠窓を構えています

 ≪土蔵≫
 中庭を挟んで主屋と廊下で接続している内向の土蔵です
 南北棟の切妻造・本瓦葺・2階建で、主屋側の東面に戸前の庇を設ける
 外壁は漆喰塗で、高い位置まで縦板で覆い、軒廻りの蛇腹や扉廻りなど全体に丁寧なつくりです 

★所在地;奈良市東城戸町30
★交通;近鉄奈良駅下車 徒歩8分
★駐車場;なし
★入場料;通常は非公開です
★問合せ;


三ツ塚古墳群

2011年09月17日 | 古墳
13号墳から見た三ツ塚古墳群
 ポシェットのような革袋が見つかりました 撮影日;2011.09.11

 南阪奈道路の建設に伴う調査により発見された古墳群です
 1999年に発掘され、横穴式石室15基・小石室14基・木棺墓・土壙墓各2基が見つかりました

 熊谷川沿いの平石峠越え街道と竹内街道が交差する谷の南斜面に築造されています
 風水思想の影響を受けた最古の古墳群と考えられています
復元石棺 三ツ塚古墳群全景

 築造の期間は6世紀末~7世紀末ですが、9・10世紀の古墓も見つかっています

 保存されているのは西側の6世紀末から7世紀中頃に築かれた古墳で、規模の大きな両袖式の横穴式石室が分布しています
 東側は南阪奈道路建設に伴い破壊されましたが、比較的規模の小さな石室が多かったようです

 11号墳が一番初めに築造されたようです
11号墳 11号墳説明版

 全長は10m、玄室長5m、幅2.2m、羨道幅1.8m
 玄室内には木棺の痕跡と二上山凝灰岩の家形石棺の破片が見つかっていますので、追葬があったと思われます
 墳形は円形で6世紀末ころの築造と見られます

 2000年4月に、11号墳の西側墳裾に接するところで木櫃中に納められた革袋を検出しました
 三ツ塚古墳出土の革袋

 10号墳は11号墳に続いて築造されたと見られる両袖式の横穴石室墳です
10号墳 10号墳説明版

 全長は9.5m、玄室長4.8m、玄室幅2.2m
 二上山凝灰岩製の家形石棺の破片が見つかっています
 築造時期は7世紀初め頃とみられています

 13号墳は10号墳の次に築造されたと見られる古墳です
13号墳 13号墳横の石室
 推定全長9.0m、玄室長3.2m、玄室幅1.3m
 二上山凝灰岩製の家形石棺の破片が見つかっています
 築造時期は7世紀中頃と見られています

 7号墳は東側から移築保存されました
7号墳 7号墳説明版

 墳丘は二段に石列が巡らされています
 墳丘規模は東西5m前後、南北6.5m前後と小型の古墳です

 東群の横穴式石室墳としては、最も高い位置に造られています
 7世紀後半に築造されたと見られています
 割り石を使って石室を築いています
 石室内には未盗掘の二上山凝灰岩製の刳抜式石棺がありました
 (遺物は骨片だけです)
7号墳石棺 三ツ塚古墳群説明版
 石棺の長さは1.6m、幅0.6mと小さく、内法は更に小さくなります
 この被葬者は直接葬られず、骨化した後改葬されたと見られています
 追葬はなく、個人墓として造られたようです

14号墳 15号墳
小石室 11号墳と南阪奈道路 

★所在地;葛城市竹内三ツ塚
★交通;近鉄磐城駅下車 徒歩25分
★駐車場;スペース有り
★入場料;見学自由
★問合せ;0745-48-2811(葛城市観光協会)


 参考;三ツ塚古墳群

永福寺の七重石塔

2011年09月15日 | 石造物

 藤原時代の層塔です 撮影日;2011.09.11

 凝灰岩製で、かなり破損して相輪も失われ、別物の石塔部品を載せています
 七重の層塔で、現状高は260cmです
 塔身は55cmと高めで四面は無地、屋根石は一層目が大きく造られて塔全体に安定感をもたせています

 本堂の前庭に建っています
 もと寺の南にある観音堂の裏山に建っていたのを移したものです 

★所在地;北葛城郡王寺町畠田7-1443
★交通;JR畠田駅下車 徒歩15分
★駐車場;なし
★入場料;見学自由
★問合せ;


念通寺の石造不動明王立像

2011年09月14日 | 石造物
 十輪院の不動石仏と共に古例に属するものとして知られます 撮影日;2011.09.11

 花崗岩製の不整形石材を利用して、岩座に立つ不動明王像を浮彫にしています
 鎌倉時代初期の作で、像高は63.5cm
 四等身半の像容で、やや背詰まりの感があるが、それがすこぶる量感を表している

 平成6年に香芝市の有形文化財に指定されています

 元は、北方の志都美神社の神宮寺であった明王院伝来と伝えられます

★所在地;香芝市今泉736
★交通;JR志都美駅下車 徒歩10分
★駐車場;なし
★入場料;無料
★問合せ;0745-76-2001(香芝市教育委員会)

 念通寺本堂は最近建て直されたようで立派ですが、市指定有形文化財を安置する不動堂はコンクリートブロック造りで、ちょっとお粗末・・・

加守廃寺

2011年09月13日 | 史跡
 大津皇子ゆかりの寺院跡とされます 撮影日;2011.09.11

 “薬師寺縁起”にある加守寺(掃守寺、竜峯寺とも称されたようです)は、大津皇子の鎮魂のために建立されたとされています

 加守廃寺は二上山の尾根を挟んで 南遺跡(加守神社の周辺)と北遺跡(塔土壇)に分かれます

 北遺跡では塔及びそれを囲む廻廊が検出されました
 塔基壇は凝灰岩製の壇上積基壇で、犬走を伴う
 但し基壇の大半は既に削平されていました
 回廊は塔の西側と南側で礎石(自然石)及び礎石抜取り穴が確認され、塔を取囲むものであったとされます
 また残存する土壇を断ち割ると、流紋岩製の円形造り出しを持つ2個の礎石が出土しました

 南遺跡で発掘された長六角堂跡は大津皇子の供養堂説が有力です
 四天王堂付近で瓦を出土し、礎石が残っていました
 (この後方が廃寺跡になりますが、今は更地で何もありません)

 塔心礎は教善寺に、金堂礎石は當麻寺護念院に移されているようです
 當麻寺中之坊に古図があり、加守附近に三層の塔婆を描き掃守龍峯寺と記されているそうです

 遺跡所在地の旧名をトンタニと称するそうです
 「塔谷」の転訛で、龍峯寺の塔跡ではないだろうかとのこと

 大津皇子は、初めここに埋葬されたとも伝わります(大津皇子墓

 池の畔に、悪霊となった大津皇子が馬に乗って飛び降りた時の蹄跡と伝わる「ひずめ石」があるそうです
 江戸時代の絵図に「神馬蹄石(しんめひづめいし)」と載っているそうです 

★所在地;葛城市加守
★交通;近鉄二上神社口駅下車 徒歩10分
★駐車場;有りません
★入場料;見学可
★問合せ;0745-48-2811(葛城市観光協会)


小池寺門前の地蔵石仏

2011年09月12日 | 石造物
 古墳の石棺蓋の内側に彫られています 撮影日;2011.09.11

 鎌倉時代の健治年間(1275~78)の特徴をもつ地蔵尊です
 顔・右手の錫杖・左手の宝珠が欠落しています
 外側に縄掛け突起が残っているそうです

小池寺門前地蔵堂 小池寺門前地蔵堂前の石造
 東側には築山古墳領家山古墳他、古墳が多くあります
 荒廃していた古墳の石材を使い、古墳被葬者の霊を弔うとともに、浄土往生の願いをこめて鎌倉時代に彫られた地蔵尊と思われます

 「春日若宮神社」本殿脇にも古墳の石棺蓋を思わせる一枚岩が置かれているそうです

★所在地;大和高田市池田
★交通;近鉄築山駅下車 徒歩20分
★駐車場;なし
★入場料;見学自由
★問合せ;