奈良の名所・古跡

行ってみたい所があるといいのですが・・・古墳とか建物とか巨樹とかいろいろ・・・

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水平社博物館

2011年01月30日 | 名所
 水平社発祥の地に建てられています 撮影日;2011.01.09

 昭和61年(1986)、あらゆる差別撤廃に向けた情報を発信する施設として設立されました
 人権情報発信基地として「水平社歴史館」としてスタート
 1999年4月1日、「水平社博物館」に名称変更

 地域に立脚した豊富な資料群に裏付けられた博物館です
 運動の通史的叙述とともに、運動家を紹介した人物誌をあわせた構成となっています

★所在地;御所市柏原235-2
★交通;JR「掖上」駅下車 徒歩15分
★駐車場;有ります
★入館料;大人500円
★休館日;毎週月曜日・毎月第4金曜日、年末、年始
★開館時間;10:00~17:00
★問合せ;0745-62-5588

 全国水平社は大正11年(1922)3月に結成された、第二次世界大戦以前の日本の部落解放運動団体
 略称は「全水」(ぜんすい)もしくは単に「水平社」
 創立者は西光万吉、阪本清一郎、駒井喜作
 水平社宣言は、日本で最初の人権宣言といわれます


 参考;水平社博物館ホームページ

上之宮遺跡

2011年01月22日 | 遺跡
 聖徳太子が20年間居所としたとされる宮跡です 撮影日;2011.01.08

 現在は静かな住宅地に「上之宮庭園遺跡」として一部保存されています
 平成4年に市史跡に指定されています

 石敷遺構と高床式を含む16棟の建物跡が確認されています
 一辺100m程の方形区画の中に収まっているところから、6世紀後半~7世紀初頭にかけての豪族居館の跡と推定されています
 同時に出土した木簡・琴柱・ベッコウ等の貴重品や、この地が昔から上之宮と呼ばれて来たことから
 聖徳太子が幼少・青年期を過ごした「上宮」の候補地の一つとして注目される遺跡です 

★所在地;桜井市上之宮
★交通;近鉄桜井駅下車 徒歩20分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
★問合せ;


参考;聖徳太子ゆかりの宮跡・上之宮遺跡広報「わかざくら」発掘調査現場からNO.6***

多武峰屋形橋

2011年01月16日 | 名所
 寺川に架かる談山神社の東入口「一の橋(屋形橋)」です 撮影日;2011.01.08

 現在の橋は昭和54年に架けられた鉄筋コンクリートの橋です
 残っている擬宝珠には、寛政3年(1791)の銘が刻まれています
 
 嘉永6年(1853)の『西国三十三名所図会』(暁鐘成著)の『談山 東惣門』の絵には屋根は描かれていません
 屋根(檜皮葺)は、その後に造られたようです 

★所在地;桜井市多武峰
★交通;近鉄桜井駅より バスで「多武峰」下車 徒歩すぐ
★駐車場;有ります(コンビニ・トイレ併設)
★入場料;見学自由
★問合せ;


神代古墳

2011年01月15日 | 古墳
 春日神社「滝谷神社」の境内にあります 撮影日;2010.12.18

 石材の一部が露出しています
 石材は側壁と奥壁とみられ天井石は転用されたと思われます
 構造はわかっていませんが、7世紀代の古墳と考えられています 

★所在地;生駒郡斑鳩町龍田3-8
★交通;JR王寺駅より バスで「斑鳩交番前」下車 徒歩3分
★駐車場;なし
★入場料;見学自由
★問合せ;

 近くに鹿塚が有ります


吉野山口神社の石灯籠

2011年01月14日 | 石造物
 吉野山口神社の境内社・高鉾神社の社前に建ちます 撮影日;2011.01.08

 花崗岩製で、高さ173cmの四角型の石灯籠です
 竿の一面に銘文があり、室町時代の文亀3年(1503)の造立です

 基礎側面を素地として上端は繰型、中台下端も繰型、側面菱文様をニ区に刻み、上端を複弁反花としています
 火袋は火口二面ニ口、二面に蓮華座上の日月輪をあらわします。笠は隅端で反らせています

 石灯籠は高鉾神社が「タカホコヂ」から現在地に移された時に奉納されたのではないかと考えられています 

★所在地;吉野郡吉野町山口634
★交通;近鉄大和上市駅より バスで「山口」下車 徒歩すぐ
★駐車場;
★入場料;見学自由
★問合せ;


参考;石仏と石塔のページ

南帝自天皇陵

2011年01月13日 | 
 後南朝の自天親王の墓所とされています 撮影日;2011.01.08

 神之谷金剛寺は、後南朝菩提所としても知られています
 「本堂」に向かって左の急な石段を上がった所に後亀山天皇玄孫の「南帝自天皇陵」があります
 長禄元年(1457)12月2日夜、自天王(尊秀王)は、ここで襲われ、あえない最後を遂げました
 村の者が必死になって後を追い、寺尾の集落で弓の名人大西助五郎が敵将中村貞友を仕留め、王の首と神璽(しんじ)を取り返し、ここに葬ったと伝えられます

宮内庁の河野宮墓板 尊秀王墓と自天王碑

 宮内庁は御墓を自天皇の弟宮である「河野宮墓」として管轄しています
 明治15年(1882)、境内に小松宮彰仁親王題額の「自天王碑」が建てられています

 毎年12月2日(自天王の命日)に当事の郷士らの子孫により御朝拝式が行われます
 神之谷金剛寺の御朝拝式の歴史は室町時代まで遡るそうで、後南朝を興した後亀山天皇のひ孫にあたる自天親王を慰霊する行事です

南帝自天皇陵碑 ケヤキの巨樹

 寺が造られた頃と前後して自生した物と思われる大きな「ケヤキ」の巨樹が、境内へ上がる石段の脇に植わっています
 推定樹齢800年、幹周り6.5m、幹高約30m  

★所在地;吉野郡川上村神之谷126「神之谷金剛寺
★交通;近鉄「大和上市」駅より バスで「湯盛温泉杉の湯」 入之波温泉行きに乗り換え「柏木」下車 徒歩20分
★駐車場;有ります(無料)
★問合せ;


参考;blog・長生きも芸のうち日記のページ

菅生寺の五輪塔

2011年01月12日 | 石造物
 高さ160cmの立派な五輪等です 撮影日;2011.01.08

 菅生寺中興開山の慶円上人の墓塔と伝えられます
 伝承では龍門寺の開祖 義淵僧正の墓所ともされています
 花崗岩製で、14世紀前半造立です 

 昭和4年に金銅舎利容器一合と水晶玉
 昭和58年に、地下から13世紀代の青白磁四耳壷が出土しました
 県の文化財に指定されています

 五輪等の向かいに笠塔婆が有ります
菅生寺笠塔婆
 慶円上人(貞応2年に84歳で没)の廟として、弟子の照海が没後130年後の建武3年(1336)に建立しました
 もとは龍華台院の跡地に建っていたのを昭和26年に現在地に移したそうです
 花崗岩製で、総高163cm有ります

★所在地;吉野郡吉野町大字平尾150
★交通;近鉄「大和上市駅」より 吉野町福祉バスで「吉野北小学校」下車 徒歩5分
★駐車場;有ります(無料)
★入場料;見学自由
★問合せ;


参考;石仏と石塔のページ

不動窟鍾乳洞

2011年01月11日 | 名所
 滝状の急流が、洞内を流れるようすは迫力満点! 撮影日;2011.01.08

不動窟鍾乳洞入口

 不動窟鍾乳洞は、中生代三畳紀の石灰岩体中にできた鍾乳洞です

 吉野川を見下ろす崖の中ほどに入口があります
 (入口は『喫茶ホラ! あな 』から:店内をぬけると、300m・129段の長い下り階段が鍾乳洞へと伸びています)
 最深部は、崖下水面下にまで続いています
不動窟・二の門 不動窟・三の門
 第一窟は、高さ10m・幅5mの小ホールで更に奥に入ると周囲に小石筍がみられます
 第二窟(高さ8m・幅5mの石灰岩小ホール)に至ると「天の窟、地の窟」が有ります
 右折して下ると第三窟です(「不動滝」が有ります)
不動窟・不動尊 不動窟・不動滝
 広い空間で「大天井、小天井」と呼ばれ、高さ20m以上有ります
 不動尊が祀られ、神秘的な洞内を清流が凄まじい音をたてて流れ落ちています
 狭い通路「胎内潜り」を過ぎると第四窟「奥の院広場」です
 天井は五色に彩られ、「昇り竜」「薬師如来」「せいたかどうじ」と言った鍾乳石が見られます
不動窟・奥の院広場への通路 不動窟・奥の院広場

 この不動窟は、大峰登山の裏行場でもあったそうです
 洞内の温度は一定のため、夏は涼しく、冬はあたたかです
 県指定文化財天然記念物です
  
不動窟鍾乳洞説明板 不動窟・奥の院広場天井

★所在地;吉野郡川上村柏木
★交通;近鉄「大和上市駅」駅より バスで「不動窟」下車すぐ
★駐車場;無料(10台程度可)
★入場料;大人500円、小学生300円
★休館日;無休(12~2月のみ水曜定休)
★開館時間;4月~11月は10:00~17:00、12月~3月は10:00~16:30
★問合せ;07465-4-0227「喫茶ホラ! あな(柏木観光協会)」


参考;川上村商工会会員紹介のページ「不動窟」

 「喫茶ホラ! あな」は食事も出来、土産物も売っています
 洞内を流れる水は、奈良県が選定する「やまとの水」に選ばれています
 「喫茶ホラ!あな」横のくみ上げ場で自由に飲むことができます