とんねるず主義+

クラシック喜劇研究家/バディ映画愛好家/ライターの いいをじゅんこのブログ 

ミラクル7号

2009年05月10日 23時20分09秒 | 香港的電影
『ミラクル7号』(CJ7 長江七號 チャウ・シンチー監督 2008 香港)


<あらすじ>
極貧親子、ディッキーとその父ちゃん。父ちゃんはディッキーを良家の子弟が通う私立校に通わせるため、工事現場で働いている。家賃のいらないゴキブリだらけの廃虚がふたりの住まい。ある暑い夏の夜、父ちゃんはゴミ捨て場から扇風機をひろってくる。しかし父ちゃんは気づかぬ内に、エイリアンの迷子ナナちゃんも拾ってきてしまった・・・


ゴールデンウイーク前のことになりますが、フジテレビが『少林サッカー』と『少林少女』を連続放映するという暴挙に出たのにはびっくりしました。
1年前に劇場で『少林少女』を観た時に感じたあの苦悶が、またよみがえっちまったぜ・・・

まあこの映画に関しては、ネット上でもいろんな方の的確な評が出ていますので、そちらにゆずるとして、わたしがとにかく悲しかったのは、『少林少女』のエグゼクティブ・プロデューサーにチャウ・シンチーが名をつらねていたにもかかわらず、日本の制作陣はこんなシロモノしか作れなかった、という事実です。

おそらく、いろいろ大人の事情があったのでしょう。
周星馳という方は、ある面では、自分がいい映画を作るためには何でもする人ですから、『少林少女』に名前を貸すことできっと何らかのメリットがあったのでしょう。

しかしそうだとしても、この映画はあんまりにもひどすぎた・・・
シンチーは一切口出ししなかったんだろうか?
日本の制作陣には、シンチーの名を冠していることへの誇りとか意気込みとかは、なかったのか??

・・・・・・ともかく。

『少林少女』と同年の2008年、『カンフーハッスル』から3年の時を経て、待望のシンチーの新作『ミラクル7号』が公開されました。

2008年といえば北京オリンピックの年。
世間でも『カンフーパンダ』やら『カンフー・ダンク』やら、威勢のいいカンフー映画が次々と公開されていた。

シンチーについても、『少林サッカー』や『カンフーハッスル』の続編を撮るんじゃないかという噂もまことしやかに流れていた、が・・・

SF。親子愛。貧乏家の物語。

シンチーが世に問うたのは、だれも予想しなかったテーマでした。

この映画、わたしは劇場で3回観ました。
そのたびに、笑いました。泣きました。爆笑しながら号泣しました。

ラストシーンでなぜか流れる「雨音はショパンの調べ」。
映画とのつながりは一切不明。だけどすごくいい。
いかにもシンチーらしい70年代ディスコミュージックに身をまかせながら、泣きました。

たしかにこの映画には、『少林サッカー』のようなストレートなカタルシスはないかもしれません。
また、『カンフーハッスル』のような豪快なカンフーアクションも封印されている。

どちらかといえば、『食神』(1996)のころのような、小さい世界に展開するナンセンス・コメディにもどっているとも言えるかもしれない。

しかし、ただただポストモダン的でポップカルチャーの象徴のようだった『食神』からさらに進んで、シンチーは「泣かせ」に入りました。

チビっ子からお年寄りまで、すべての世代に楽しんでもらえる映画。
だれもが思いっきり笑いながら、同時に泣けるような。

そしてその「泣かせ方」も、尋常じゃない。
ほんとに、心臓をギュウギュウしめつけられるように悲しかった。
その悲しみは本物でした。こういう痛みを映画で感じたのは、ひさしぶりでした。

なぜこんなにリアルな痛みなのか。
それは、これがまぎれもない現実だからではないだろうか。

どこの国であろうと、貧しい家族の親というのは、子供を育てるために無茶な仕事をするものです。そこにはいつでも、怪我や事故のリスクがある。むろん労災なんか入っちゃいない。親にもしものことがあったら、子供はその瞬間からたったひとりで路上に放り出されてしまう。

そんながけっぷちで、それでも互いへの愛情だけを支えにつましく生きる家族は、世界中にいるのです。そんな人々にむけるシンチーのまなざしは、底知れないやさしさであふれかえっています。



映画作家としての周星馳は、チャップリンの系譜である。
しかしシンチーのテーマはチャップリンよりもずっとリアルだし、ずっと謙虚だ。

『ミラクル7号』のむこうには、戦前戦後の上海や香港でよくつくられたという長屋もの映画の歴史がある。

さらには、それらに影響をあたえていたであろう、イタリアのネオレアリズモが透けて見えます。そういえば、父ちゃんとディッキーが歩道にすわりこむショットは、デ・シーカの『自転車泥棒』にそっくりだ・・・


「ゆっくり歩いてもいい。しかし止まってはいけない」
シンチーのこんな言葉を聞いたことがあります。

『カンフーハッスル』で「サッカーなんかもうやめた!」とさけんだシンチーは、『ミラクル7号』で家族のドラマというあたらしい地平を勇敢に切り拓いた。

この映画はシンチーの最高傑作というにはほど遠いかもしれない。
けれど、彼の映画監督としての天分と、己の道を突き進むことを怖れない勇気が、わたしをはげしく感動させるのだ!


宇宙からやってきたナナちゃんの可愛らしさにもヤラれます。
ナナちゃんを復活させようとするシンチー父子の努力を、セリフなしのモンタージュだけで見せていくところ、むちゃくちゃ好きだぜ!!

映画監督チャウ・シンチーは、確実に前に進んでいっているんだな・・・


ところで、いま報じられているところによると、シンチーの次なるプロジェクトはハリウッド映画『グリーン・ホーネット』のカトー役だとか(最初は監督としてのオファーもあったそうですが、そちらは降番)。かつてブルース・リーが演じた役です。
実現するかどうかは不透明ですが、楽しみな話ではありますね。







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