とんねるず主義+

クラシック喜劇研究家/バディ映画愛好家/ライターの いいをじゅんこのブログ 

“アカ=ファン”の正常な愛情(スラッシュについて)

2013年02月16日 22時35分44秒 | Aca=fan シリーズ



(「SHERLOCK/シャーロック」のカテゴリーに入れましたが、「ワンフー日記」でもイケる内容だと思うので、とんねるずファンの皆さんもぜひお読みください。)


当ブログの「シャーロック」関連記事をご愛読くださっているみなさんは、すでにお気づきでしょう。

わたしが「シャーロック」ファンダムに強い敬愛の念をいだいていることを。


とりわけファンビデオ(fanvids)とよばれるものに興味があります。これまでもたくさん紹介してきました。前にもどこかで書いたと思うけど、YouTubeにシャーロックファンビデオ専用の再生リストを持っていて、現時点で80本ほどの“作品”をコレクションしています。

作品を鑑賞するだけでなく、その作品につけられるユーザーコメントを読むのも好きです。ビデオで使われたシーンについて、ファンたちが思いもよらない深い洞察をのべたり、互いに異なる解釈を議論しあっているのを読むのは、じつにおもしろいのです。


おなじ理由で、タンブラーの世界もさまようようになりました。すぐれたファンアートや、ウィットに満ちたコメントがそこにはあふれている。爆笑させられたり、共感してふと胸がつまったり、鋭い分析にうならせられたり・・・


シャーロックファンダムが、他のファンダムにくらべてより知的でアーティスティックなのかどうかはよくわかりません。ただ、ファンダムそのもののおもしろさに目覚めさせてくれたのは、「シャーロック」でした。


そうこうしているうちに、ぼんやりこんなことを考えるようになりました。

「愛は盲目」と昔からよく人は言う。だけど、本当にそうなんだろうか?
むしろ、「愛」こそが、対象への真の理解にたどりつく道なんじゃないだろうか?


この考えをなんとか文章にまとめようとしていた矢先の、ほんの数日前のこと。タンブラーを漁っていて、偶然、ヘンリー・ジェンキンス博士のブログエントリーに出会いました。ジェンキンス氏はメディア論が専門で、ファンダムの研究者としてその道では非常に有名らしい。


ブログエントリーのタイトルは What's Behind 'The Glass'?

2008年のやや古い記事ながら、「これだ!!」と思った。


ざっと要約すると、こういう内容です。なんの予備知識もない人に対して、「スラッシュ」(=「腐」、「ヤオイ」)の意味を、どう説明すればいいか。ジェンキンス博士は映画『スタートレックll カーンの逆襲』(1982)のワンシーンを使ってあざやかに定義づけている。



Memorable K/S Moments (Movies)




これまたファンが作ったビデオですが・・・2分47秒頃から始まるシーンをごらんください。

瀕死のスポックが、ガラスで仕切られた部屋に隔離(?)されている。カーク艦長はガラスのこちらからスポックに話しかけることしかできない。互いの手をとり抱きしめたくてもできないふたり。「これまでも、これからもずっと、私はあなたの友だ。Live long and prosper(長寿と繁栄を)」の言葉をふりしぼってスポックは死んでゆく。愕然とすわりこむカーク・・・


スポックを見つめるカークの表情はあまりにも切なく、カーク自身の心がガラスになって、いまにも壊れてしまいそうに見える。一枚のガラスの壁が、無二の親友/義兄弟(/恋人)の肉体的なふれあいをはばんでいます。


ジェンキンス博士は、この壁が崩れた瞬間に「スラッシュ=腐」が始まるのだ、と言うのです。

スポックの死の直前に、もしもだれかがハンマーか何かでガラスの壁をたたきわったとしたら・・・


カーク艦長は弱ったスポックの身体をその腕に抱き、熱い涙をスポックの蒼ざめた顔にはらはらとこぼし、もしかしたら(いやおそらく絶対に)スポックのくちびるに何度もキスをして息をふきかえさせようとするだろう。自分の魂のすべてをスポックに注ぎ込むかのように・・・


・・・と、いまわたしが書いた段落の内容こそ「スラッシュ」です。ガラスの壁が存在する間は、スタートレックはそのクリエイターたちの創造物である。ガラスが崩れたと想像した瞬間、スタートレックはファンダムの創造物になる。


ブログ記事を読み進めると、ジェンキンス博士自身は、このガラスの壁を社会的なジェンダーの象徴と見ているのがわかります。 


伝統的な男性文化においては抑圧され、仮面の下に隠されている(同性間の)愛情のしるしを、どのように読み解くべきかを教えてくれることこそ、「スラッシュ」のもっともエキサイティングな側面なのだ。


One of the most exciting things about slash is that it teaches us how to recognize the signs of emotional caring beneath all the masks by which traditional male culture seeks to repress or hide those feelings.



こういう考え方は、非常にアメリカ的なコンテクストに沿っていると言えます。現代アメリカ社会では、男性同士が愛情を示しあうことは「男らしくない」とみなされて、揶揄の対象になる傾向がすごく強いので。

それだけじゃなく、ガラスの壁は、ファンダムのスタンスのちがいを示しているともわたしは思う。つまり、壁をさっさと叩きこわして「腐」の世界へ突入してゆくファンダムと、ガラスの壁そのものにある種の美を見出すファンダムと、二種類いるんじゃないかと考えるわけです。


わたしの解釈はともかく、ジェンキンス博士のこの定義、すばらしいと思いませんか?これほどわかりやすいたとえはないですよ。

さらにおもしろいのは、ヘンリー・ジェンキンスがスラッシュを肯定的に論じていることです。サブカルとかアングラとかオタクとか、どっちかというとじめっとした異端の世界と見なされがちなこの分野を、やさしい言葉で明るく普通に研究対象にしていることがおもしろい。


なぜそういうことができるのか。ヘンリー・ジェンキンスのお師匠さんにあたるデヴィッド・ボードウェルのブログ記事What Are Aca/Fans?にはこうあります(このエントリーの執筆者はボードウェルではなく、映画学者のクリスティン・トンプソンです。フェイスブックでご教示いただいたK先生、ありがとうございました)。


アンケートやインタビューといったトラディショナルな方法をとりながら、ヘンリーは、ファンを理解するための最善の道は「インサイダー」であることなのだ、と教えてくれる。


For all the attempts to analyze audiences through questionnaires and interviews and other traditional methods, Henry shows that the best way to understand fans is as an insider.



ヘンリー・ジェンキンス自身、自分がスタートレックとシャーロック・ホームズの筋金入りのファンであることを公言している。つまり、彼自身がファンボーイなわけ。

根っこはしっかりファンダムの側において、ファンダムの内部から愛の対象を、そしてファンダムそれ自身を、アカデミックな方法を利用して研究しようとしているんです。


冒頭で書いた「『愛』こそが、対象への真の理解にたどりつく道なんじゃないだろうか?」というわたしの考えを、まさにうらづけてくれる人がヘンリー・ジェンキンスだった!彼のようなカルチュラル・スタディーズは、もうすでに長年おこなわれてきてるそうで・・・まあ、自分が気づくのがおそすぎたんですね、ハイ(笑)


ジェンキンス博士に代表されるような人々のことを Aca-Fan というのだそうです。「アカデミックなファン」の略称。かるくググッても日本語として出てこないので、まだわが国できちんと紹介されたことのない用語なのかもしれません。


これでやっとわかりました。自分はアカ=ファンだったのだと。あーすっきりした(笑)


なにも、難しい用語を使ったり、論文を書いたりしなくってもいい。ファンダムであれば、自然にアカ=ファン的になっていくものでしょう。

ファン同士でしゃべってたら、あるエピソードのあるシーンについて解釈がわかれて言い合いになったり、どのエピソードで何か起きたかと互いに確認しあってうれしがったり、ということはしょっちゅうある。それがまさにアカ=ファンなのですよ。


アカ=ファンがおもしろいのは、ファンだからといって盲目的な愛にはしらないことです。逆に、ファンだからこそ、対象のネガティブな面も正面から論じられるし、なにより深い分析ができる。客観批評がとりこぼすようなディテールを、きちんとひろいあげる力があるのです。


アカ=ファンという存在について、これからもうすこし追っかけてみたいと思ってます。




Closer (Fan Video)


このファンビデオはスタトレスラッシュの世界ではかなり有名な作品らしい。
ジェンキンス博士もブログでとりあげています。




Sherlock/John - Closer HD


ナイン・インチ・ネイルズの「Closer」はスラッシュビデオに使われることが多いみたい。
YouTubeで「closer slash」と検索してみてください。




TUNNELSを愛する者たちへ


ブログ「萌えろ!とんねるず」管理人chiriraさんの作品。




当ブログ関連記事:
シップする男たち
ケミストリーは見える
ブロマンスとしてのとんねるず
バディ映画の歴史








最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (chirira)
2013-02-17 22:08:45
お久しぶりです。
恐れ多くもこのような大学の講義で聴くような記事に、私の腐要素満載の動画を載せて下さって
ありがとうございます(〃ω〃)
恐縮です(^-^;

アカ=ファンですか。
初めて聞きました。
最後の文章を読んで、なるほど・・・私もそのアカ=ファンなのかもと思えてきました。
若い頃は盲目的にとんねるずを追いかけ、一種の宗教のように傾倒していた感が
ありました・・・・今思えば(笑)
歳をとって、好きという気持ちは変わらない(いや、もしかしたらさらに大きくなってる
かも)けれど、何もかもを肯定的に受け止めることはなくなりましたね。
客観的に、冷静に、否定的な見方もある程度呑み込んで2人を観ることができるよう
になったような気がします。

まぁ私の場合、アカ=ファン+α(←この要素が強いw)といった感じでしょうかね~(笑)

いいをさんのブログは勉強になります。
アカ=ファンの考察、今後も楽しみにしてますね♪
返信する
chiriraさん (ファイアー)
2013-02-19 21:34:36
返信がおそくなってごめんなさい&ごぶさたしてます!
またしてもことわりもなくリンクしてしまって、すみませんでした。
やっぱりとんねるずファンダムの貴重なファンビデオ作品として、
これをご紹介せずにはいられませんでしたので・・・
chiriraさん、「Closer」の曲で作ってみませんか、とんねるずスラッシュビデオ!!^^
と、無責任にリクエストしてみました。

わたしこそ、chiriraさんのブログでいろいろ勉強させてもらってます。
思い出すこともいっぱいだし、過去の画像とかの素材から
考えることもまた出てきますしね。
忘れてることのほうが多いものですから(笑)
アカ=ファンっておもしろい言葉ですよね。
またいろいろ勉強してご紹介しますので、よろしく^^
返信する
Unknown (aiko)
2013-02-22 22:06:29

アカ=ファン、面白いですね~(^v^)

ガラス一枚隔てて、ってシーンをもってくるとは。

個人的には、スタトレって、ブロマンス的な要素は全然感じなくて、仲間や家族の絆がメインです。なので、ファンダムの間で、カークとスポックがうんぬんってのは少し驚きでもあります。

というか、ブロマンスの基準が、いまやシャーロックの、あのふたりですから!製作者サイドがゲイネタであおってどーする、いやいいんですが。マーティンもベネを見て舌舐めずりなんてしてっ!

と、とにかく、スタトレは家族愛に近いのですたぶん。最初はKYなヤツ…というポジションのスポックが、旅を続けていくうちに、なくてはならない存在となる。それはカークにとってだけではなく、クルー全員にとって。つまり、仲間を通り越し家族のような関係になっていきます。そして、カークとスポックのゆるぎない信頼関係は、クルー達にとってもとても大切なものなのです。


私は、ガラスの壁をぶち破りたい方なのか、その逆なのか、どっちなんだろう。ただ、永遠を思わせる信頼関係というものに、とても惹かれるので、カークとスポックにしても、シャーロックとジョンにしても、そのポイントに惚れるしハマるのだと思ってます。

ちょっと違うけど、なんていうか、男子校の部活のノリっていうか、肉体関係なんてないけどいつもじゃれあってるみたいな、そんな、お互いに対してプライベートゾーンをとっぱらって関わってる様子が、イイナ、と思うのです。うまく伝えられませんがw

ああ、しかし、久しぶりに、カーンの逆襲のラストを観ました。初めて見たのは高校生だったと思いますが、これをみて号泣しました。このあと、スポックをどうしても諦めきれないカークが、ある手段をつかいスポックを取り戻すのですが、二人が再会した時も号泣。とにかく、スタトレでは号泣した記憶があります。
カークの、「スポック…!」っていう言い方がまた…(;O;)その言い方だけで、個人的にはアカデミー賞あげたいくらいです。

シャーロックという作品についてはアカ=ファンだと思うのですが、ベネさんについては盲目な気がします。客観的になんてなれない…w


返信する
aikoさん (ファイアー)
2013-02-23 01:37:50
トレッキー(でいいんですよね?)ならではの解説、ありがとうございます。ためになります。
そうかあ、家族愛、かあ・・・いいですね。
実はYoutubeにブロマンス系のファンビデオがいっぱいあって、
それを見ちゃったんで、完全に自分の中でスタトレのイメージが・・・(笑)

ガラスの壁に関しては、わたしも壁保存派かなあ(笑)
難しいところなんですよね。壁を壊してふたりが最後の抱擁をするとしても、
それが「腐」には直結しないっていうか・・・
いや妄想はしなくもないですけど・・・(照)
ほんと、うまく言えないですね。

>カークの、「スポック…!」っていう言い方がまた…(;O;)

あ~それ、ファンビデオで見ちゃいました・・・
カーク/スポックの名場面集があって、つい・・・
いやあ、でもほんと、スタトレ見たいです!!

>ベネさんについては盲目

それは、やむをえません。
だって、そこにベネディクトがいるから!(キリッ)
雑誌ラッシュですね~全然買えてないんですけど(汗)
返信する

コメントを投稿