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下請けの悲哀か信義の問題か

2010年06月22日 | 雑談
とある企業の下請けをやっていた自営業者A氏の話。業務内容をぼかして書く。大学病院に出入りしているメスの研ぎ師とでもしておこう。そういう業務があるのかどうかも知らないけど、とりあえずそういうことに。

A氏は駆け出しのころ、第1外科から仕事をもらった。第1外科では当時、月に50本ほどメスを研ぐ必要があった。A氏がメス研ぎだけで生計を立てていることもが分かっているので、1本3000円で依頼することにした。最初は研ぐのも下手で、第1外科が指導しながらようやく一人前に研げるようになってきた。

A氏は腕を上げ、第1外科の業務も増えてきた。しかも常に病院に出入りして、すぐさまメスを研いでくれるので評判は良かった。ただし、もっと支払ってもいいから一番重要なメスを研いでほしいという場合は別の名人研ぎ師に依頼しなければならないという腕だった。

そのうち第2外科からも依頼が行くようになった。第2外科は当初もっと大量に依頼するので単価を1500円にしてもらった。そのころのA氏は弟子と自動研ぎ機を使って大量の注文をこなしていた。しかし第1外科の単価3000円は変更しなかった。第1外科の教授は第2外科の単価を知らない。

そのころ、事務方からメス研ぎは外部の業者にまとめて頼むという方針が持ち上がった。各科がそれぞれ依頼するよりもまとめた方が安くなるという理由だ。1本1000円で研いでくれる業者があった。しかしその業者に依頼するなら研ぎ方の細かい指示を付けた上でメスを荷造りして発送する手間もある。

A氏なら病院までやってきて片っ端からうまくメスを研いで正しい場所に保管しておいてくれる。少しぐらい単価が高くても現場としては使いやすいのである。急ぐ場合はA氏に依頼すると現場としては楽なのである。第3外科や第4外科まで急ぎの仕事はA氏に依頼するようになっていた。しかし第1外科は単価3000円のまま、それ以外は安く請けていたのである。

あるとき病院の事務長はA氏の単価が科によって異なる理由を院内で聞いて回った。そのことが第1外科教授の耳に入った。A氏を一人前の研ぎ師に育てたのは第1外科である。教授自身も現場でA氏と研ぎ方について何度も協議していた。教授は自分がA氏を一人前の研ぎ師に育てたという自負もある。当初の単価3000円も依頼する本数とA氏の生活に配慮して高めに設定したのである。それなのに第1外科からだけ高い料金を取り続けていたのである。

第1外科教授は烈火のごとく怒った。今後のメス研ぎは事務方が紹介した業者に統一せよとの医局内に指示を出した。そのころは事務方が紹介した業者も徐々に腕を上げて、A氏と遜色のない仕事をするようになっていたせいもある。慌てたA氏は教授に面会を求めて単価を下げる提案をしたが、第1外科からA氏に仕事の依頼はなかった。

ほぼ同時に第2外科や第3外科からの依頼もなくなった。その後、病院内でA氏の姿を見た人はいない。

大半のメスは事務方が紹介した業者で1本1000円で研いでもらう、ここ一番のメスは名人研ぎ師に10万円で研いでもらっている。

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病院を舞台に書いたので、ついつい「教授にリベートを渡しておけば良かったんじゃないの」という印象があるが、そういう雰囲気の会社ではない。

当初、教授の温情で設定された単価の上にあぐらをかいてしまったのが失敗の原因かなと思う。教授と書いたが、現実には一般企業の課長のような立場の人である。第1外科、第2外科と書いたが、現実は製造1課、製造2課のような組織である。

A氏にとっては一番恩、と書くと言い過ぎかもしれないが、一番古くからのつきあいのある第1外科に一番高い単価をつけたままでほかの部署には安くしているのがバレたらどうなるのか、想像できなかったのだろうか。しかもその価格差は倍以上だったのである。

第1外科から値下げ交渉がないからそのままの値段を付け続けるということはある意味間違いではない。しかし当初、浪花節的に高い単価を付けていることを思うと、ほかの部署だけこっそり値下げして第1外科だけ高くしているというのは信義上許されないと教授が怒り狂うのも仕方ないことである。