えりはな の 「いま」を伝えたくて

「いま」目の前にある感動や景色をたくさん伝えたくて、ここを作りました。

選挙ちかし

2011-04-08 23:15:13 | 徒然なるままに
少し前、子供ぐるみで仲良くしている友達からお願いの電話があった。
「今度も○○さんが市議会議員に立候補する。
 とてもいい方で、私たちの目線にたって困っている人を助け
 ほんとにいい行政を目指している誠実な方なんです。
 お名前だけ後援会に書かせてもらえないでしょうか。」
との内容。

今までだったら、こういった系統や宗教に関することは
一切お断りをしていました、仲が良い、悪いは別として、です。
思想は別なので。

その日は、気が乱れていたのでしょうか、、、?
なぜか、なんとなくそうなのかな、と思ってしまって
「電話とかかかってこなくて、ほんとに名前だけでよいのなら、どうぞ書いておいてください」と返事をしていました。

それから数日後、入会のお礼の手紙が後援会から届き、
音沙汰なしで、ほっとしていたら・・・・。

ある日の午後、
インターホンに、ひとりの初老の男性がうつっていました。
セールスも宗教も多くまわってくるので、
基本的にアポのない人や、見知らぬ人の突然の訪問にはインターホンですら
応答しないことにしているのだけど、
いつまでたっても帰る気配がなく、
セールスにも見えない、勧誘とも思い難い、
はてさて、道に迷って困って押した???
わからないけど、人相もよさそうだしと出てみたら、

一枚の紙を取り出し、
名刺とともに渡されました。
「○○さんの紹介で、わたくしの後援会にご入会いただいたと聞いて
 ごあいさつに伺いました。」

「えっ?本人???」

かなり驚きました。
たいてい、後援会の人が回ってきたり、電話をしてきたり、
それも数名でやってきたり、するのですが、、、ほんとに本人???

「○○さんの息子さんと、うちの孫が同じ小学校で同級生で仲良くしておりまして」
と、なんともローカルな話しになり、
数分雑談をしてお帰りになりました。

びっくりしました。
気軽に、名前を書かれてよかったのだろうか、と今から思うものの
やっぱり名前抜いといてくださいと
電話をするのももどかしく、なんだかきつねに包まれたような。

そうこうしているうちに
今日、○○日、出陣決起大会のお知らせ、が届きました。
みてみると、近くです。
そこに市議会選挙にむけての事務所をたちあげるとのこと、
ぜひお越しください、と書かれています。

「突然、自宅にごあいさつにみえたわよ、ご本人がおひとりで」
と、先日、その友達に言うと、ひっくり返っておりました。
「うちにも、来たことはないわよ。息子の送迎とかで、個人的に来られたことはあるけれど」
とのこと。
近いから、何かのついでだったのでしょうか、そんな草の根作戦が
今の売りなのかなぁ、そういえば、県議会議員のPRで
選挙カーの後ろを本人と後援会の人たちが自転車で走り回って
PRしている人も今いるよね、と思ったり。

県知事、県議会、続く市議会と選挙ちかし、にぎやかになってきました。



一保護者のつぶやき

2011-04-08 21:56:19 | 徒然なるままに
始業式の今日、
長女がたくさんの手紙や手続きの用紙とともに、
「新学期を迎える皆さんへ」 内閣総理大臣・文部科学大臣よりの手紙を持ち帰りました。

全文は、首相官邸のこちらのHPにも記載されています。

「新学期を迎える皆さんへ」

直接被災した生徒の皆さんへ向けての応援のメッセージとしては
力強いものがあるように感じます。

ですが、災害に遭わなかった地域の生徒の皆さんへのメッセージとしては
もうひとつ踏み込みが欲しかったと正直思いました。
その踏込は、各自が、それぞれの立場でするのでしょうか、
もしくは、学校で落とし込んでいくのでしょうか。

この大震災からどうやって国を建てなおしていくのか、本来の日本を取り戻すために、何が必要なのか、迷いがあるように感じられなくもありません。

迷いはあって当然なのかもしれません。
答えはひとつではないとも思います。
でも、想いは、全国民を挙げて一つでなければならないと思います。
その想いを統率していき、形にしていくのが、総理の仕事だと思います。

想いとは、目指す復興の具体的な目標であり、
そこには、復興した東北・北関東の新しい姿があり、
この震災で失ったものは戻らないけれど、新たに学んだこと、気づかされたことが
盛り込まれ、より強固になった町や施設などのハード面があり、
強まった人間の絆がなければならないと思います。
その絆や感謝の気持ちが、これからの日本を支えていく基盤になるのではないでしょうか。

その中で、中高生が担うべき責任は、このメッセージの中にある
「他人の意見もきちんと受け止めながら、自分で合理的な判断ができる冷静な知性を身に着けること。他人のために祈り涙する、温かい心を育むこと。芸術やスポーツで人生を楽しむこと。もっともっと体を鍛え、判断力を養い、やさしい心を育んで、他人のために働ける人になること。」なのでしょうか?

宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を引用して、
「ほんとうのさいわい」とは何か、その答えを真剣に考えるならば
「みなさんは、どこまでも、どこまでも、一緒に進んでいけるはず。その先に、もっともっと素晴らしい新しい日本の姿があるはず」
と語っています。

「ほんとうのさいわい」とは何か。
ひとりひとりが、それぞれに考えるだけのことではないように思います。
ひとりひとりの声を出し合って、まとめて、それに向かって皆が力を合わせて努力した先に、
「ほんとうのさいわい」が待っているように思えてなりません。

両大臣のいう「ほんとうのさいわい」とはなんでしょうか?
「本当の幸せを求めて、一緒に歩んでいきましょう。」とあります。
一緒に歩んでいく過程の中で、本当の幸せがわかってくる・・・?
それで、人はまとまり、ついていくでしょうか?

オバマ大統領が日本の総理大臣だったらば、
違うメッセージを送ったと思います。
上に立つ人は、誰しもがわかる言葉で
わかるように説明する方が、強いインパクトを与えられると思います。

この大きな震災を直接受けてしまった人も、見守っている人も、
それぞれに、それぞれの立場で、今出来ることを懸命に考え、悩み取り組んでいると思います。中高生もしかり、です。

中高生にむけて、メッセージを送ってくれたことに感謝の気持ちはいっぱいです、
いいメッセージだとも思います、が、
もっとダイレクトに、人の心をわしづかみにするようなものを
今の中高生に投げてほしいと勝手ながら一保護者として思いました。

願わくば、この文章をもって、クラスで討論してほしい、今、自分たちは
何をしていくべきか、何にむかっていくべきかを。
「具象化」していかねば、前に進むことにはならないから。
吐き出さないことには、悲しみから抜け出すことも出来ないから。




新学年スタート

2011-04-08 08:18:27 | 徒然なるままに
都会の公立より、大幅に遅い今日が始業式。
あいにくの天気だけど、張り切って出かけていきました。

この春休み、震災自粛、節エネルギー等で
大きなお出かけはなかったものの
その分、地域に密着して近くの公園に出かけり、
日常の食品買い物の仕方を教えたり、
家事を一緒に楽しんだり、友達とも近くで遊んだり、と過ごせたように思います。

それぞれの進級テスト対策も
いつもよりは時間がかけられたかもしれません。

そんな昨夜、これがほんとに余震なの??という大きな地震が
ふたたび起こり、復興にむけて活気が少しでてきたように思う日々のニュースに
大きな影がおちました。

母が、
「いつ何が起きて命を落とすかもしれない、そう思うと
日々感じたことのひとつひとつに、その場で「ありがとう」と言葉や
形にして感謝を伝えることが悔いの少ない生き方になると思う」と語りました。

日本中の人が、それぞれの年齢で立場で経験で
この震災・支援・復興について想い、動いていると思います。
自分にできることを形にして。

4月、新たなスタートがいつも通りはじめられたことに感謝をし、
よりよい一年となりますように願いつつ、
今出来ることを精いっぱい日々に、そう思います。


「なか卯」で、ちょっとあったまった話

2011-04-07 23:09:56 | 徒然なるままに
清水寺をあとにして
車を停めていた八坂神社近くに戻ると、ほどよくお昼前。

行きたくない寺に、連れまわされた感いっぱいの娘たちは
かなり疲れもあって、限界モード。

というわけで、円山公園前にあった、てっとり早そうな「なか卯」に初来店。

しかし、テーブル二席はいっぱい。
カウンターは、ぽつりぽつりと空席が離れてあり、
三つあるにはあるけれど、、、、、という状態。
ほとんどが、中高年のおじちゃまたちで、ほとんどがひとりでの来店。
なんとなく浮いた感じにはなったけど
テーブル席には若い女の子もいたし、食券も買ってしまったし、
一緒に座りたいというので、テーブルがあくのを待つことに。

しかし、お客はどんどんやってきて、
食券を買って、カウンターへ座っていく。
このままでは、なんとく
ささっとテーブルもとられちゃうかな~と思った矢先、
カウンターの一番奥に、ひときわかなり目立った若い男子三人組のひとりと
目があった。

頭髪は逆立ち、派手なメッシュが個性的にたくさんはいっている。
服装もそれ系、顔は整っているけれど、やはりそっち系?
あきらかに異色をはなっていて、一席は彼らの荷物がおかれており
その横にすら誰も座ろうとしていない状態。

仮にその荷物がなくても、二席しかないわけで・・・・と思っていたら、
その一人が、
「お前ら、つめろ!!」と大声を仲間にかけ、荷物をとり、
私たちを手招きした。

おそるおそる、どうみても、自分たちを呼んでいるとしか思えず近づいていくと
その彼は、「どうぞ」と自分は席をたち、
食べてる途中の仲間をおいて出て行った。

「すみません」といった後で
「ありがとうございます」というべきだったと思いながら、座り
おかげで並んで食べることができた。

仲間たちは、なんとなく急いで食べて出て行った。

みんな服装などは派手だけど、どことなく清潔感のある感じにみえた。
つっぱっているのかもしれないけれど
なにかポリシーのようなものが感じられるそんな雰囲気のある若者にみえた。
音楽でもやっているのだろうか、わからないけど
早食いまでして、席を譲ってくれたその人に
この場を借りてお礼がいいたいです。

「疲れきった娘たちも、早めに席に着くことができました。
 ほんとうにありがとうございます。」

なかなかいないよ、こんな人。

娘があとで
「最初に出て行った人、ずっと店の前でみんなが来るのを待ってた」といいました。
私の位置からは、それがみえなかったので、
なんだかじーんときました。

はじめて入った「なか卯」で、安いけど美味しい親子丼を食べながら
すっかりあったまってお店をあとにしました。
店を出た時には、すでに彼らの姿はどこにもなかったけど
あたたかいものは、しばらくずーっと残りました。

気持ちを行動に形にすることは
思う以上に力のいることだと思います。
気持ちですら、持てない人もまだまだ多い中、なんだかとてもうれしくなりました。

世界遺産 金閣寺から

2011-04-07 22:47:54 | 徒然なるままに
週末、一泊二日で、娘たちと里帰りをした。
急に決めた里帰り、メインの目的は、おばあちゃんん&おじいちゃんのお墓まいりと
両親に貌をみせること、
ついでに、銀行の手続きがあった。

初日、日曜の朝6時出発。
空いている高速を走る、走る、走る。
ノンストップで、御室にある墓地のある寺についたのは8時40分。
朝のすがすがしいうちにお墓参り。

そして、そのすぐ近くの金閣寺を通ると、
珍しく車が並んでいない。
そうだ、9時始まり、今なら寄れる、ということで
一度もみてない娘たちを連れて、金閣寺へ。

私も金箔が貼りなおされて以来、一度もみていなかった。
きらきらしている、文字通り金閣寺。

入場券がお札になっているありがたい入場券を手に一周。

出てきたころには、駐車場はすでにいっぱいになっていた。


そのまま車をすすめ、鴨川をみたけれど
桜はなし。

さらに南下して、祇園円山公園へ。
あのしだれなら、咲いているかもしれない。



満開とはいかなかったけど
きれいになりつつあった。

入口では、ガールスカウトたちが
震災復興のための募金活動をしていた。

公園内には、もうしけないというくらいに
あちらこちら夜桜用にか、ブルーシートをしいて場所取りをする人たちが。
すでに宴が始まっていたりするところも。

しかし、例年にくらべると静かな気がした。





メイン以外のしだれは園内ほぼ満開。

メインの怪しさというか、木の精がいるような気配までは感じないけれど
やはり桜は美しい。

足は、二年坂、三年坂へと進み、清水寺へ。





清水の桜は、まだまだで、ライトアップ期間がすっかりずれている感じがしたのだが、
大勢の人でにぎわっていた。

お土産やさんでも義援金BOXが。

かわらない景色の中にも、人々の復興を願う気持ちが心が見え隠れする。

復活という意味もあるの、と
ワシントンDCの桜まつりをたずねてたアメリカ人がインタビューに
応じていたけれど、
桜に、そんな意味があるのなら、信じたい。

あの神戸がそうであったように
日々、景色が復興にむけて変わっていくことを。
人々の気持ちが、過去や足元にとらわれず
前を向いて、希望をもって前をむいていけることを。

今年は、大きな花見も、幹事も自粛する予定だけれど
かわらずに咲いてくれる桜を愛でながら
被災地の、日本の復興を願おう。

届け! 四国最東端 がもだ岬から

2011-04-07 22:28:07 | 徒然なるままに
徳島県阿南市の椿泊というところにある「船瀬温泉」は、
大人500円で利用できるきれいな日帰り入浴施設で
県内にいくつもあり同様の施設の中でも、もっともといって気に入っているポイント。

理由は、その場所でしょうか。
東に突き出した半島の先にある海がのぞめる絶景のポイント。

難は、道中、対面不可能な狭い道が何か所か続くこと。
ことに、震災の後、眼前に大きく迫る海は、
以前はただ美しく感じられたのだが、繰り返しみた津波の映像が頭をはなれず
静かな海、愛すべき海なのに、根底からわいてくる恐怖感があった。

週末、娘たちと訪ねた温泉には
ひとつ大きな目的があった。
「生しらす丼」が併設されているレストランの新メニューに加わったと紹介されていたからだ。

日曜は漁がないので、ありません。
日によっては、天候によってはとれる量が少なく提供できないかもしれません。

と、そんな但し書きがかえって興味をそそった。

温泉は朝10時から、レストランは11時から、ということで
11時の到着を目指したのだが、着いたのは12時近かった。
そして、すでに一風呂あびた人たちで、レストランはにぎわっていた。

売り切れになったのか、もともとその日は漁獲高が足りずになかったのか、
すでになかった。。。。。

嘆いても仕方なく、軽く温泉を楽しんで
前から気になっていた四国最東端の岬を目指した。
距離は3キロとのこと。
途中まで車でいくと、
あった!!

ハートを感じさせるモニュメント。
そして、その先には灯台に続く遊歩道と険しい階段が続いている。



こんな道も抜けて



小さな灯台だけど
絶景が広がる。





はるか下にひろがる海原。
どうしたって勝てるわけがない。
いつもは、ストレスやいろんなものを吸い取って
パワーをくれるように感じる海。
だけど、やはりどこか怖い。

どうかどうか静かな恵み豊かな海でいてくれますように。
いろんな想いがこみあげる。