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南の島の土着民風自由人

自分の生活、計画し実行してきましたが、病気や人間関係など思いがけない障害に遭遇しました。

(^_-)-☆反復旅

2017-08-28 23:05:13 | 

 3145 今回の旅は、三つの意味があった。一つは、孫たちと一緒に、一日を楽しむこと、彼女たちに、初体験をたくさん与えることでした。

 

次は、高校時代の四人旅のルートを辿ることによって、当時の気持ちを振り返ることでした。なぜ、四人が一緒に伊豆半島旅をしようと意気投合したのか覚えていないが、何となく、雑談の中で、やってみようかということになったようだ。クラス担当の先生が、何の話をしてるんだ、と、寄ってきて、四人ならいいが、三人の旅なら旅は止めたほうがいい、と言ってきたことが覚えている。必ず、途中で、二対一出、意見が分かれるからだという。

ちょっと理解できなかったが、今も、理解できないでいる。

気まま旅をテントを担いでのバスの旅でした。四人で、とにかく、誰もが、積極的で、意見が分かれることなく、足を引っ張る人もなく、楽しい旅をした。ある場所で、テントを張って居た時、ここは、自分の私有地だから、と、追いさされたことくらいだったこと以外は、すべて順調だった。

その旅の地中、下賀茂の熱帯植物園を見学した。確か東大農学部の植物研究所だった。飛び込みで見学させてもらった。ラフレシアはなかったが、直径1m以上ある葉のオオオニバスを見た。その時のことは、はっきり覚えていて、ラフレシアを、いつかみたいと、ここでも、思った。

 

家の庭に熱帯の植物を植えるための、何かの苗や木を手に入れることだった。買ったのは、カランコエKaranchoeとハイビスカス、Kembang sepatuどちらも、極端な寒さ以外は、育て方は簡単だと知っている。それと、ドラゴンフルーツBuah nagaのシャボテンのような棘だらけの葉?も仕入れた。どれも、これも、インドネシアでは至る所で見るものだ。ちょっと、インドネシア体験でした。

ジャワ島東端のバニュワンギでは、広大なブアーナガの畑を見た。出来たら、自分でもやってみようかと思っていた。

目的 思い出 植物

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(^_-)-☆自己満足の極み

2017-08-27 22:42:29 | 

 3144 高校二年の夏休みの逆コースで再現だった。伊豆半島、中伊豆化や南伊豆、西伊豆を巡った。違いは、以前は西海岸からだった。そして、テントを担いで、四日かけた。そして、クラスメート四人組だった。今回は、車で一日、同行は孫二人の三人組だった。6時出発。家に戻ったのは19時半だった。

 

伊豆中央道を南下し、先ず、浄蓮の滝により、きつい坂を下り上り、滝と山葵田をみる。次は、天城トンネル、それも、川端康成の説明をしながら、でこぼこ道の旧道を通過した。次は、河津七滝はパスして、オープンして間もないと思うIZOOという、爬虫類動物園に孫達の要望で寄った。トケッやビアワックもいた。続いて、下田の街をぐるっと回り、下田公園辺りをも廻った。

 

南伊豆に向かった。下賀茂の熱帯植物に寄る。ここも、高校時代に寄った場所だ。インドネシアにあるものばかりで、特にどうということはないが、それらを持ち込むことはできない。ドラゴンフルーツの栽培を家でやってみようかと思い、葉っぱ?シャボテンのようなものを、二本買った。また、食虫植物のウツボカヅラなど、孫たちにとっては、興味深いものの説明もしてやった。ハイビスカスも手に入れた。

続いて、石廊崎、遊覧船は、波が高いということで欠航、残念。駐車場から、30分以上、上り、伊豆半島の先端で記念写真。多くの人が、ぞろぞろ、来ていた。ここの灯台、上ることができなかった。静岡の南の端、御前崎の灯台と制覇したね、ということになった。伊豆大島や式根島など、いくつかの島の説明もできた。

 

西伊豆に向かう、波勝碕をパス、松崎にはいる。道端にある長八美術館に寄った。中学生以下を無料、虫眼鏡を借りて、細部まで覗き込んだ。左官が使うコテで書いた画だ。すごいと感心。町内にあるなまこ壁の屋敷がある道をたどり、岩科学校や中瀬邸にも行ってみた。

 

堂ヶ島、黄金崎、恋人岬などはパス、土肥の街に入ったのが、17時調度、最終フェイーは17;30、ぴったり、間に合った。夏特有のかすんだ富士山を眺めながら、清水港に入った。

 

かなりの強行軍、それでも、孫たちは、夏休み最後の旅を満喫したと思う。おじいちゃん、ありがとう。と、何度も言われた。私としては、自分の思い出を孫と一緒にたどることができて、大満足。自己満足。

 

パンガンダラン往復のことを思えば、11時間半の内、多分、6時間くらいの運転は、問題なし、それぞれのスポットでの上り下りも、孫達には負けない。

 

旧天城トンネル、私たち以外、誰もいなかった。三人でそれぞれ,大声をだして、こだます声を楽しんだ。手前に川端康成の碑がある。

 

熱帯植物園で、オジギソウを触ってみている。

伊豆 満足 熱帯植物

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(^_-)-☆神社の祭り

2017-08-07 23:49:22 | 

 3124 今時というか、丸子の匠宿の近くの稲荷神社のお祭りが開かれた。妻が、何かを売る店の手伝いに行っていて、私は、カメラマンを頼まれた。家から、約4Km,丁子屋の前を通って、歩いて行った。 17時半ごろ到着、既に、相当な賑わいになっていた。私にとっては、初めてのことで、知っている人は一人もいない。ただ、くるくる回って、適当に写真を撮って回った。単に怪しいおじさんと思われそうな状態だったような気がする。多分、10分ほどで、終わって、引き揚げてきた。祭りを楽しむとか、雰囲気を味わうとか、そういうことは無い。向こうでのぐるぐる歩きと、往復で、8kmくらいは歩いたと思う。

 

戻って、なんとやら、地元新聞の編集者へ、気に入った何点かをメールで送っておいた。

 

残念ながら、錦織選手は、私が前に書いたように、石川遼と同じような状態になると思う。松山は、頑張っているね。

 

最初のグログの投稿時間を、日本時間で0時過ぎと、一応、決めていた。インドネシアでは、22時を待てばよかったので、そう決めていた。ところが、日本では、0時過ぎまで起きていなければならない。これが、今は、負担になっている。起きていられないし、投稿の作業をするにも、眠くなっていてできない。そこで、寝てしまえということになる。で、前日のことは、翌日の6~8時、投稿になる。

 

 実用インドネシア語講座のこちらの方では、私の場合、1.5,9を開くことができない状態です。

http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage0051.html

投稿しなおしたこちらでは、全てを開くことができるようになっているはずです。

http://otaenplaext.net/newpage345.html

この作業中、読み返して、ま、こんなことを、よく書いたな、作ったなと思った。他の移行文章と共に、修正を進めようと思う。

写真 歩き ブログ

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(^_-)-☆戻った

2017-07-15 22:31:38 | 

 3101 朝から雨、今回は、日の出、日の入りには恵まれなかった。それにしても、平日のも関わらず、早朝から、両海岸に出てきている人が多い。聞くところによると、学校が始まるのが来週からで、家族連れや一族連れが多いそうだ。ウミさんのレストランも24時間、オープンだそうだ。

 

さて、8時には出発、途中、ルンバー プトゥリはクローズになっていたが、カラン ニニによる。ジャティのプランテーションがあるでこぼこ道を下って、海岸近くの駐車場に着く、歩いて、ちょっと下ると、海に着くでた場所に着く、両側に、壮大な海岸景色が広がる。西に、パンダンダランの組み根っこから半島が一望できる。東側は、ヌサカンバンガンが見える、その手前に、パンタイカラピアックなどの行ってみる価値がある、美しい、海岸が点々としている。

 

私にとっては、見慣れている景色なので、感激も何もないが、連れの皆さん、ここでも,大はしゃぎ、初めてに人にとっては、そんなかなと思う。私も20年近く前に初めてだった時がった。皆さんが、生まれたばかりのころだ。その時の印象は、景色より、ジャティの木がきれいに植わっていたことと、道が綺麗に舗装されていて、流石、観光スポットして、整備されているなと思ったことを記憶していた。

そのジャティは、今、なんだか、手入れをしていない、植えて、そのまま放置という感じで、自然に生えて、伸びてしまった雑木の方が多くなって、雑木林になってしまっている。これで、いいのかなと思う。聞くと、ラスクなってしまって、出荷しても赤字になるらしい。そして、アスファルト舗装された道も、見事に剥げていて、でこぼこ道になっていた。連れのDEKOBOKO凸凹の日本語の意味を教えた。

 

10時には、ジャンジャルサリを通過、帰りは渋滞はほとんどなく、順当なドライブ、ただし、途中の食事、トイレや土産物の購入などで。一時間半ほどのロス、一人が、カラワンの町の中の人だったので、カラワン バラットで高速からおり、北に向かって、ジャランラヤになったところで下ろし、高速に戻らないで、そのまま西に向かい、自宅方面に向かった。無事、皆さんの迎えが来る場所に下ろし。自宅に戻ったのは19時だった。疲れガピーク、途中で買ったウビを食べて、直ぐ寝てしまった。

 

チレニーからパジャジャランのバンドゥンバイパスは、皆さんはぐっすり寝てしまっていて、私もどう走ったか覚えていないほど、ほとんど、居眠り運転をしていた。サービスエリアーによって、冷たいコーヒーを飲んだり、顔を洗って,眠気を解消した。

 

順調な帰りチプララン高速道路、62km地点、この辺りが、2019年に完成する高速鉄道の中間地点になる。

 

まだ、できるなと思った。

疲れ。満足 感激

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(^_-)-☆パンガンダラン

2017-07-14 22:19:48 | 

 3100 昨日の16時近くに出発、いきなり、チバトゥから渋滞、これは参った。真夜中に、パンガンダランに到着した。それでも、いつものように、400kmほど、7時間半の行程だった。

 

8時過ぎにチャガールアラムにラシッド君とアウェン君を一緒に入った。人数が多いので、二人に手伝ってもらった。乾季のはずが、どうも、雨の日が多いらしい。これではラフレシアに会える確率は少ないと思いながらも、ぬかるんでいる山道を歩き回った。連れの四人はコンプレン、初めてのことだし、思っていたより、厳しい歩きなのでしょう、途中で、引き返したいという人も出てきた。何とか、なだめながら、滝の上まで到着した。滝つぼへ降りる雰囲気ではなかった。文句たらたらもどこへやら、写真を撮りまくり。

 

何とか、出てきたのが、13時過ぎ、東海岸のシーフドレストランで食事、ここでも、皆さん、上機嫌、今まで、多分、こんなに無制限に、魚、エビ、カニなど食べたことが無かったのでしょう。かぶりついていた。

 

食事後、直ぐにグリーンキャたことがない場所だよ、と、話していた。ところが、行ってみれば、そこの小さいボートに乗っただけでも、はしゃぎだし、到着して、ライブジャケットを着けて、泳ぐと言い出し、崖下で泳ぎだした、というより、水遊びをしだした。私は、ここ、何度も、泳いでいるので、どうでもよく、ボートで、貴重品の番人をしながら、居眠りをしていた。ここでも、まったく初めての場所だったし、いい場所だ、太田さん、ありがとうと、感激していた。

 

時間があったので、パンガンダランへ帰る途中、バトゥ ヒューに寄ってみることにした。途中、ウミガメ(プチュ)の世話をしている施設があったので、見学をしたここでは。ウミガメを抱いてみることができる。インドネシアでは各地で、ウミガメの産卵地があり、ジャカルタ付近で一番有名なのは、プラブハンラトゥーにある。パンガンダランの西、15kmほどのこの場所にも、産卵場所があったのかと、初めて知った。バトゥ ヒューでの景色も堪能したようだった。

 

17時半ごろ、ウミさんのレストランで、食事、私は、テンペゴレンとアヤムゴレンで食事をした。みなさんは、バソを主体に注文していた。ここでも、満足、そこで、私はホテルに帰ったが、皆さんは、電飾飾りのオドンオドンで、土産物の店巡りをしたそうだ。大量に仕入れて帰ってきた。

 

初めての経験(子供のころ皆さん来たことがあったという)ばかりで、いろいろな体験が皆さん一緒にできたこと、大いに、楽しんでもらった。チャガールアラムの大変さも、いい経験になったのでしょう。

この旅、多分、いい思い出になるでしょう。竜宮城の亀も抱っこしてみることができたし、私自身も、今までにない、パンガンダランの旅をしているという印象がある。連れの皆さんは、どこの誰でしょうか。

疲れ 若返り 別印象

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(^_-)-☆出社最終日

2017-07-13 22:34:10 | 

 3099 実質、仕事の最終日でした。新製品の見積もり依頼も数件入っている。図面がはっきりしないものもあり、どうして、こんな図面を出してくるのだろうか、どう見ても、製品にならない、妙な図面だ。出したご本人にどんな製品なのかイメージがあるのだろうか、疑いたくなる。

 

継続生産の一つです。この製品もインドネシアでは、私たちのところでしかできない。ABSの大型プロファイルです。

 

ま、それはさておき、とにかく,キリがないので、ほっぽりだして、もう、インドネシアでの仕事は終わりにして、夕方、パンガンダランに向けて出発。54歳の時に初めて行って、20年後、これが、最後になるかもしれない。何回、そう思ったことでしょうか、そして、また、向かっている。

現在位置、出発して7時間経過、パンガンダラン ゲートまで4kmほどのポンパ ベンシン(GS)にいる。日付が変わる直前だ。これから、直ぐに、ホテルに入る。

 

今回は、特別で、私を含めて5人、一人なら、短時間で済むトイレやコンビニでの買い物、大勢なので時間がかかる。その都度、私が来るまで待つ。多分、1時間近いロスだと思う。そして、12時半にゲートをくぐった。ホテルは、ブミ ヌサンタラ、西海岸のかなり古くからあるホテルで、10年以上前に、何回か利用した。大部屋が開いているのはここしか当たらなかった。

 

疲れて、すぐに寝た。

旅 大人数 夜中

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(^_-)-☆お得情報

2017-07-02 22:31:18 | 

 3088 日本に一時帰国をした人も戻ってきている。各地からUターンの渋滞情報が入ってきている。

インドネシアの旅、インドネシアで仕事、そんな人は、ぜひ、確認しておいてください。知っておいた方が、安心する情報ですよ。

http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0100.html 2010年ころ書いた、VISAなどインドネシアで仕事をするための諸手続きに関して、書いた文章です。現状とかなり違う点があるが、以前はこうだったということです。また、本人がシンガポール大使館に、行かなくてもいいなら、書類やパスポートを送ればいいと提案みたいなことを書いたが、やはり、パスポートに出国、入国のスタンプが必要だから、本人が行くしかない。

http://otaenplaext.net/newpage110.html

これは2016年に書いたものです。以前と,大分、事情が変化していますね。必要なくなっているものが多い。

 

そして、今は、KITASカードが無くなって、IZIN TINGGAL TERBATASU ELEKTRONIK、(ELECTRONIC LIMITED STAY PERMIT)直訳すると“電子期限付き滞在許可証)になっている。A4の書類です。これは、パスポートとセットで、常に携行することをお勧めします。

私はコピーを何枚か持っている。パスポートサイズの縮小コピーをプラスチックでコートして持っている人は賢いか。

 

運転免許証SIMは、外国人も5年になっているので、運転する、しないに関わらず、持っていた方が、何かと便利です。身分証明はこれだけで十分、パスポートを出す必要がない場合の方がはるかに多い。私は、インドネシア国内で、IDカードとして、SIMしか使わない。

 

時々、今でも、ノービザで会社に入って、イミグレに密告されて、罰金を払わされるケースがある。一種の小遣い稼ぎのネタにされている。受け入れてしまう会社の日本人は、運が悪くないことを祈ってください。

 

最後に、エージェントによって、大分、速度も金額も違う、ということを、意識しておくことです。私は、ローカル企業にお願いしているが、融通が利くような気がする。

 

塀が必要な場所でもないと思うが、なぜか、近所に塀ができた。早速、汚い絵が現れた。

 

本日の夕食、牛肉ジャガとドリアン、これだけで、満腹になるが、ご飯もナシゴレンにして食べた。ゴルフはもう一日、体重の変化はなし。

VISA ITTE SIM

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(^_-)-☆頭が混乱

2017-06-22 23:08:03 | 

 3078 インドネシア、なんという国でしょうか。朝、出勤して間も無く、7時半ごろ、停電になった。ずっと流していた製品もすべて、突然ストップ。そして、やれることがなくなった。いくら、休みになるからといって、電気を二日ほど前に止めてしまうことは止めてほしい。
とにかく、停電が多い、雨季には、ちょっと、雷が鳴りだすと、停電だから、一週間に数回あるし、来ても、直ぐまた停電といった繰り返しもあるし、乾季に入った今でも、雷雨はあるし、今日のように、何でもない時でも。突然の停電になる。ジャバベカ2の時、容量も同じ、電気代も同じ、しかし、停電だけ余分。この損失は、おそらく、原料や人件費で、毎月20ジュタRpくらいになると思う。電気代と同額だから、こちらでは、電気代を倍払っていることになる。
移る前も今も、この場所には賛同していない。コミサリスに報告しているが、返事はない。電気は11時過ぎに復帰した。


試作、山勘がなかなか当たらない、その上、停電、この休み前に何とかしようとしていたが、ダメのようだ。原料もなくなってしまって、7月にならなければ入らない。もう、どうにもならない、アパ ボレー ブアッの状態。
客先には、何とか、出来損ないのサンプルを出すが、もう、休み前は、どこも、休みだから、じたばたしても仕方がない。とにかく、二種類の原料で作ったサンプルを提出にこぎつけた。後は、休み明けからのこと。

昨日のLTCglodokは、中の駐車場の方から、今日の写真は、駐車場からガトゥットゥスブロトに出たところ、こちらが大通りに面したメインのLTCglodok入り口。また、相変わらず、ごちゃごちゃの旧ビル街。

一部、すでに書いたことと重複するかもしれないが、不思議な原料屋さん、日本人では話が通じないので、同僚のインドネシアに来てもらった。インドネシア人同士の顔つなぎのこともあった。PAを、その商社の日本人にお願いした。今後、毎月2~300kg購入すると話を始めた。その商社が扱っている原料は、私が、これと同等品ということで示したメーカーとは違うメーカーの原料を扱っているということで、同じような原料を紹介され、これでも良いかというので、それも、使ったことがあるので、それで見積もりをお願いした。250Kg、注文をして、そのあと、毎月のフォーキャストを出すことにした。そして、見積もり通りの注文を出した。納期が一か月だということで、OKをした。そこまで、話は、変ではない。

ところが、そのあとが変、250Kgの注文は受けるが、次の注文は、その250Kgを使って、使えると評価してもらった後、次のPOとフォーキャストを受ける、その評価が出るまで、フーキャストを出されても、受けつけないと言い出した。要するに、輸入の手配をした後、使えないよ、注文しないよ、と言われては困るから、ということらしい。私が、いくら、この原料を使ったことがあるし、フーキャストを反故にすることはないですよ、と言っても、本当かどうか、確認できないが、今度は、メーカーの方でも、そういっているから、注文を出しても、作らないという。
それでは、最低二カ月間、原料を売れないということですね。と、聞くと、返事がない。他から買ってください、と言っているようなもの、そこで、仕方がないから、他の商社から、同じではないが、似た原料を買う交渉をして、そちらは乗り気で話が進み、7月は注文した250Kgを使い、8月から、他の新たな商社からの原料を使う、その商社は、普通にフォーキャスト通りに準備をすると言っていた。これで、この話は、終わった、と、思っていたら、

例の日本人、私が、間もなく、帰国すると聞いて、挨拶に伺いたい、今後の12ナイロンの購入予定もその時に伺いたい、と、言ってきた。使ってOKを待ってからでないと、次を売れないという話も変だが、今後の予定を聞きたいというのも、もっと変だ。今後の予定は、最初から話してあったはず、それにも関わらず、注文は受けないと言っていた本人が、言っているとは思えない、妙なことだ。

そもそも、この原料、250Kg金額にしたら、40万円近く、受けておいて、使えるか使えないか聞いて確認するという姿勢も変だ。そんなに心配な原料なら、250kgではなく、先ず25kgを送るから、使ってみてください、というのが普通だと思うのだが、250kgは、どこかに、キャンセルされて、在庫が余って、処理に困っていたのでしょうか、素直に売るという。どこかの国に在庫があって、船の輸送日があるので一か月の納期を言ってきたのでしょう。つじつまが合う。そして、その原料のことで、失敗したので、メーカーも慎重になったのかもしれないと、解釈できる。原料を二か月、入れなよ、それは、理解しても。

今日来てもらったインドネシア人担当者は、そのPAの話の経緯を日本人から、聞いていなかったのでしょうか、日本人から、聞いてくるように頼まれたのでしょうか、今後の購入予定は?と、彼も聞いて来た。そこで、一部始終を話し、この話は、すべて、終わっていて、250kgの後は、他から買うことにしたよ、と、説明してやった。ご本人、がっかりしていた。そんな話は聞いていないと言っていた。

原料を何か月か売れません、その間、他から買ってください、そして、売れるようになったら、また、内から買ってください、購入スケジュールを教えてください。私の頭では、このストーリーは描けない。

とにかく、この商社とは,インドネシア人同士だけで、何事を話をするように、二人に話した。
試作 サンプル 理解の外

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(^_-)-☆忙しい日だった

2017-06-19 22:48:22 | 

 3075 仕事以外で、仕事のようなもので、忙しい、一日だった。

チカンペックでゴルフ、久しぶりである。友がレバラン休暇で日本に一時帰国をするが、土産に、蜂蜜を頼まれていて、ゴルフ場で売っている蜂蜜を手に入れるためにチカンペックへ行きたいというので、付き合った。90歳を超えた人が、売っていることは以前紹介した。

 

今回、行ってみたら、先ず、以前、18番で売っていた甥が5番にいた。その時、あのおじさんが一か月前に亡くなったと、言っていた。そして、その五番は以前ミドルだったが、ショートになっていた。そして、8番のティーグランドの側で、息子が売っていた。そこでも父親が亡くなったばかりだと聞かされた。彼の歳を聞いたら48歳だという。そして、長男だという。45歳で初めて男の子ができたということになる。

 

それを置いておいて、9番がショートだったが、ミドルになっていた。その関係で、それまでティーグランドの脇で、蜂蜜を売っていたが、そこではできなくなったので、8番の脇に移動した次第だ。このゴルフ場へ行くたびに、世間話をしたおじいさん、スルガへ行ってしまった。アーミンである。

 

食料品の買い出しで、また、牛肉1,5Kg以上買って、おまけのチキンを一匹もらったり、60万R以p以上,買って、5万Rpのフォーチャーをもらったりして、洗濯や部屋の掃除をして17時前に家から出て、コタ チカランのSGC近くのレストランに向かった。これが、大変、マチェッ、スパンジャン ジャラン、Macet sepanjang jalan道程中渋滞、ブカ プアサ ブルサマ、Buka puasa bersama皆一緒に、断食明けの時間を待ち、開けたら、一緒に飲んだり食べたりする。ナンブの押出も今日だったという。家族も参加する。ファミリー ギャザリングの時と、ほとんど変わっていないメンバーがそろっているところに、遅れて着いた。既に、ブカしていた。

 

従業員の皆さん、明るい。雰囲気が良かった。もう何一もない。皆と一緒にいるのは、自立Mandiriを強調しておいた。最年長はキタガワの初めからの人で今が39歳、多分、平均22~3歳以下だと思う。私の生徒達。感慨無量である。

 

これらの食べ物、食べきれない残したものは、日本では、絶対ダメと言われる、お持ち帰りが普通で、お持ち帰り用の容器も普通に用意されている。それでも、残飯は大量に出る。

 

日本から、ゴルフの予約の走りが入った。7月15,16日ゴルフをして17日真夜中日本へ出発。18日に着いて、20日と26日に、日本でゴルフをするぞと、知らせが入った。今月は、昨日今日、そして、23,24,(25日はクローズ)26,27,28,29,30日そして、7月1,2日、8,9,15,16日、ゴルフを予定している。体が持つだろうか。初めてではない。ロンボクまで行って帰ってくるよりは、やさしい。

食事会 生徒達 感慨

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(^_-)-☆欠陥住宅

2017-06-17 22:53:56 | 

 3072 私の住む田舎のちょっとジャバベカ寄りの発展地帯には、新しく造成された分譲住宅やルコが、次々とオープンをしている。

 

築1年過ぎていないが、床のタイルがセリ上がってき始めた。インドネシアの建物は床にタイルを敷くのが一般的で、工場でも現場以外はタイルだし、一般住宅はほとんどタイル床、入り口の前もタイルが敷かれている家が多い。そして、そのタイル、必らずと言っていいほど、なぜか、盛り上がって、浮き上がる。膨張、収縮という概念がないのでしょう、また、タイルの下の土の部分の水分や乾燥といったことにも、気を使わないのでしょうね。会社の事務所などでも、皆さん、経験しているはずです。事務所のあちこちで、時間差で盛り上がり剥げてしまう。私の住む家でも、それが、始まった。

 

幟や看板の一部の例、

 

ドアーの取り付けが、いい加減だから、蝶番の部分が傾いて、ドアーが傾く、床に付いて、開け閉めが難しくなる、できなくなる、と、思っていると、ドアの開け閉めに通過する床タイルが盛り上がったり、沈んだりするのも、相乗効果で、どんどん、きつくなる、ついには明けたままにするしかなくなる。家中の部屋のドアーがそんな調子。

 

雨の浸み込み、雨漏りや排水のつまりなど、数々の不具合を指摘してあるが、500ジュタRp(400万円くらい)で、売りに出されている。そして、見学者は多いし、結構、売買契約が進んでいるようだ。こんな欠陥住宅、大金を払って買って大丈夫なのかなと他人事ながら心配する。

 

換気扇が必要だと思う、ダプール(台所)やカマールマンディに換気扇がないばかりか、トイレ兼シャワールーム(カマールマンディ)が居間に向いている。要するに喚起は、ドアーを開けておいて今の空気と交換になる。

 

インドネシアスタンダードとでもいうのでしょうか。近所の家から、クレームの声は聞こえない。もっとも、日本人が多く住むリッポチカランの高層アパートでも、同じ現象になっていると聞く、特に、マツリヤ近くのアパート?は、不具合が多いという評判だ。

 

Kram menyakitkan di kaki saya 足がつって痛い、ほとんど毎朝である。目が覚めた時に、自然に伸びをしてしまう、しまったと、思うが、もう遅い、止めて~~と思うが、次第に、痛みが増す、キリキリと痛む、じっと収まるのを待つ。目覚めの日課になってしまった。

欠陥 インドネシア基準 雨漏り

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(^_-)-☆付きがなかった旅

2017-05-16 22:31:28 | 

 3040 天国の一つに加えようかなと思って出かけた場所、天候にもホテルにも、海の中にも恵まれなかった。運が悪かったのかもしれないが、もし、事前調査しても、これらのことは、全て、来てみなければ、分からないことだったでしょう。

朝食、7時、9時ホテルチェックアウト、空港到着、9時15分、10時10分ボーディング、クンダリ経由でマッカサールに13時前に到着、ここまでは順調。14;50搭乗の予定だった。ティケットには、予約したときとなじ、IW1331ウィングス エアーになっている。何の疑問もない。ところが、その時間になっても10分過ぎても、搭乗の案内がない。変に思って、搭乗口に聞きにいった。遅れているのかと。ところが、その人、ワカトビからジャカルタに行く便は、変わっているという。もう、出てしまったという。私を呼び出しもせず、である。丁度、今、ライオンのジャカルタ便が出るから、それに乗れというわけで、そのまま、便を変更し、搭乗した。結局、戻れたわけだが、10分すぎて、聞かなければ、その便の出てしまって、次が何時になるのかわからなくなったでしょう。結局、予定より40分ほど遅れてマッカサールを出発。

 

スラウェジ島の南の部分、右下に、ワカトビの主な四島がある。ちょっと北にクンダリ、左にマッカサール(旧ウジュンパンダン)がある。タナトラジャ、ゴロンタロー、マナド、ブナケンはこの島の真ん中から北東の端にある。これらも、全て行ったことがある。

なお、Wanciワンチは、現地ではWangi-wangiワンギワンギ(ギは鼻濁音)で、その中のKota町をWangiワンジ、と言っていた。同じスペルだが、発音が違う。インドネシアではgの字が入っている単語の発音が一定していない。

 

今回の旅は、ついていなかった。天候に恵まれなかった。そして、ホテルも、頼りのWi-Fiも今朝はコンディションが悪く、ローディングが遅かった。14日は、一日中、断続的な大雨と強風、ほとんど閉じこもり、テレビを見ることができるようになったのが救い、クンダリの洪水のニュースが入ってきた。今朝、トランジットした町だ。

 

このホテルの敷地は広すぎ、カリムンジャワのクラクラアイランドの全周囲(円周)をほぼ真っ直ぐに伸ばした感じ、景色もクラクラを一周したときとそっくり、ただし、丸い島なら、どこ行くにも一番遠くて、直径の距離、ここは、端から端までは直径の3倍以上歩かなければならない。このホテル内送迎用のカートが必要だ。

 

左右の端です。

 

付いていなかったことの一つに食事、私の口に合わなかった。インドネシア料理しか頼まなかったが、辛くさえなければ、普通に食べられるのだが、ここのレストランの味付けは、馴染まなかった。昨日のミーアヤム、辛くしないでほしい、と、頼んだにもかかわらず、私にとっては、辛すぎ、それでも、我慢して何とか食べた。しかし、そのあとが、大変なことになった。夜、食事をしながら、PCをいじっていた。お腹の具合が悪くなってきた。胆液が上がってきてしまったのだ。甘すぎ、辛すぎのもの、そのほか、パンをまとめて食べたり、ノリやトマトの皮など、消化しないもので十二指腸の壁に張り付きやすいもの食べたりしたとき、苦い黄色い液体が上がってきてしまい、そうなると、吐き気が止まらなくなる。水を飲み、吐き出す、それを、トイレで、黄色い液が出なくなるまで、何度も、繰り返す。苦しいが、必ず治るので繰り返す。口に苦さが残るが、数分で苦さも消える。二日目三日目の夕食後、それを、させられた。別に、旅先だからではなく、飲食のことなので、日常でもあることだが、二日続けたのは、ここの食べ物だからだ。

 

これも、予想されたことだが、空港から家に戻るまでの時間、3時間半、2時間は渋滞の中。タマンアングレックから渋滞、チャワンで消えたが、ブカシ バラットの手前でまた、ハマった。ブカシ ティムール通過後順調になった。21時に家に着いた。ホテルを出て、時差の関係で、13時間の旅でした。機内にいた時間は、5時間だったのに。

付きなし 便変更 腹に不適

 

見るところ、訪ねるところの千分の一も行っていないと思う私の印象です。

 

長期間滞在し、海の深くまで潜る人には、魅力的なところかもしれないが、私のように、二三日や、一週間ほどの滞在で、ほんの一部の岸に近い場所でしか潜れない人にとっては、また、他のダイビングスポットの経験している人にとっては、素晴らしい場所ではないと思う。サンゴの死骸というか、枯れたというのでしょうか、破壊されている場所が多い、その上、ゴミが多い。海の中もそうだが、陸上に至っては、ゴミだらけ、森の中へ入ってもゴミが散らばっている。元町長さんのここでは、代表的なホテルでも、ゴミ処理ができていない。ダイビングガイドのいる建物の周りに、ツアー客を運ぶ船(ざっと見て、2~30人は案内出来る結構大型)も桟橋に二艘、停泊させてある。酸素ボンベやダイビングスーツなども用具が大量に置いてある。その場所の周りもゴミだらけ、臭い、残飯の悪臭、彼ら自身が率先して、汚している感じがする。汚いね、と、反しかけたら、にたっと、笑っているだけだった。

 

錨を下すのは止めてほしい、ラジャ アンパット、カリムンジャワ、コモド、ブナケン、パンガンダランのバトゥ ラヤン付近、で、海中を覗ぞきに行った時、錨を下さなかった。流れの少ないとことを探して、停泊する。流されれば、戻るを繰り返す。プラウスリブは20年前に、すでに、滅茶苦茶だけどね。

 

現在は、マッカサールークンダリーワンギ^ワンギが一日一便ウィングス エアーがあるだけ、しかし、ガルーダがバリからマッカサール経由で運行されると言っていた。希望を含めて、期待をしていた。実現すれば、バリからガルーダが来るようになれば、それだけで、宣伝効果になるし、バリで潜った人が、ワカトビで次に潜ってみたいということになるかもしれない。

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(^_-)-☆残念なホテル

2017-05-15 22:56:36 | 

 3039 ACとTVのリモコンがない、初日、17時ころ部屋に入って、シャワーを浴びようとしたらタオルがない。テレビを掛けようとしたら、リモコンがない。エアコンは作動していた。鍵をある場所に差し込むと、電源が入るという仕組になっていて、出るときに、キーを抜けば、全ての電源がOFFになる。ということで、エアコンがオフになっていなかったから、作動したということは、分かる。しかし、オフにしようとしたら、リモコンがない。直ぐにレセプションに電話した。タオルは、すぐに、ハウスキーパーが持ってきた。それはいい。リモコンは来ない、夜になって、レストランでパソコンをおじっている時にも、頼んだ。そして、その日、なしのまま、TVは見ない、ACは動いたまま。

 

二日目、昨日の朝、海に出かける前にも、レセプションに、リモコンが、まだ、届けられていないことを伝え、帰ってくる前に、届けるように頼んで出かけた。14時ころ、戻ってきて、キーを受け取りながら、届けてあるか聞いたら、部屋の掃除は終わっているという、そうじゃなくて、リモコンは?と聞いたら、今、届けるという。そして、昨日と同じ状態の部屋で待っていたが、一時間ほどたっても、来ない。また。電話した。今、届けに行っていますの返事、それから、30分後に、メンテナンスらしき男がやってきた。リモコン二つ持ってきた。ACの

方、リモコンに反応しない、機種が違うからという。そんなもの持ってくるなよ。TVの方、これも、反応なし、バッテリが切れているという。そして、すぐ戻るからと言って、出て行ってしまった。そして、すぐ戻るどころか、昨日、来ることはなかった。レセプションにまた夕方電話した。まだですか?と。聞かれてしまった。ダメだ、こりゃ、まったく、確認しあっていない。どういう、頼んだ、それだけだ。インドネシア~~~インドネシア、である。

 

 そして、今日は、海の中をまたみても仕方がないし、南の方のKATOBIの島の方へ行っても代り映えがしないと思い、ホテルの前の海岸を2kmほど、往復をして、昼過ぎに戻ってきた。部屋の掃除はしてあったが、やはり、リモコンはない。また、電話した。まだですか?と、また、聞かれてしまった。そして、やっと、メンテが15時ころやってきた。何処へ行ったのか、ほかの部屋のメンテをしていたという。優先がそっちだったのかよ。

 そして、新しいACのリモコンを持ってきた。やっと、ON,OFFができるようになった。TVは?持ってきていない。いつ?になるの?彼、リモコンがないという。そして、テレビの右横の操作ボタンの説明をしだした。そんなところにあったのかよ。最初から、言えよ。三日目の夕方、やっと、不完全ながら、AC、TV操作ができるようになった。めでたしめでたし。もう、明日の朝、チェックアウト。

 レセプション ハウスキーピング ルームサービス、メンテナンス間の連携が全く、なされていない。確認のスターダードはどうなっているのでしょうか.ね、前町長さん、

 

 このホテル、四月に新しい町長に代わる前、6年間、町長だった人が所有で経営者だという。前町長のホテルだという。それにしては、値段が高い割に、サービスは悪い上に、施設として足りない点が多い。まず、冷蔵庫がない。部屋が暗い。ヲーターディスペンサーがない。アクアは二本あるが、湯沸かしポットがない。そして、60万Rpの私が泊った部屋、レストラン、エントランスからの距離がロングホール以上ある。カートで移動できるわけではない、歩きである。WiFiの場所まで、結構な運動になる。

パンガンダランの30万Rpの部屋は、このホテルにないもの全てがある。ネットは、エリア全地域で、万全だ。感じ、このホテル、最悪、私がインドネシアで多くのホテル、プンギナパンを利用したが、最悪。ワカトビのホテルをネットでチェックすると、このホテルが最初に出てくる。Wi-Fiコネクト可能、というホテルはワカトビでここだけを強調している。Wi-Fi accessible from all areas of the resort.と、ね。しかし、そのサービスも遠いレストランだけ、そのことは、プロファイルに書いてない。

 

午後は、強風と大雨のため、部屋に閉じこもっているしかなかった。結局、サンセットを見る機会はなかった。サンライズも二日目、ちょこっと、見えたが、水平線からということではなかった。

 

 

http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage009.html

http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage101.html

午前中の散歩といっても、普通の人は入らない道なき道と狭い海岸だった。植物を見て、カリムンジャワを思い出した。カリムンジャワは、ゴミが漂着していなかったが、こちらは、漂着も多いが、地元で捨てたゴミも多かった。

 

ビアワック、死んでいるのではない。私が近づいて、水中に逃げ込んで、じっとしているのです。それにしても、3分ほど、側にいたのだが、びくともしない。どれくらい、我慢ができるのでしょうか。

残念 ゴミ 不備

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(^_-)-☆海の中

2017-05-14 22:31:42 | 

 3038 昨日の天気とうって変わって、快晴。6時ころには、もう、暑くてたまらないほどの太陽が輝いていた。
朝食のレストランには、なるほどというか、やっぱりというか、明らかに中国からの年寄りの方が多かった。地元の人が言うように、ここは、地上にはあまりみるところがない、地下と海の中に、見るところが沢山あると。この方たち、多分、地上だけしかみることができないのだはないかと。今朝までのところ、日本人には会っていない。

ワカトビは海の中しか見るところがない、それを、ちょっとだけでも確認しようかと思って、半日、近くのダイビングスポットでシュノーケリングをすることにした。7時過ぎにホテルから出発。島の西側にあるダイビング出発地へ行った。8時過ぎから、ほんの近く、船で、10分ほどの岸から100mくらい離れた、ここから見てみましょうというガイドに従った。そこで、海中を眺めてみた。魚の種類も多い、大小様々、しかし、サンゴの破壊が始まっていて、すでに、白くなってしまっている場所が点在している。岸に近い場所を、もう、二か所、10分ほど、それぞれ、離れた場所も眺めてみた。その辺りも、同じ状態だった。それらの、ちょっと、沖50mくらい沖は、急に深くなっていて、青色が濃くなっていて、底のサンゴの状態は見えなくなる。見える浅い場所は、島の周り、どうも、どこも、かしこも、破壊が始まっているようだ。出発桟橋の反対側、数百m辺りで、三か所ほどチョバcobaをした。その値も同じだった。

結構、潮流が速く、体感で、岸近くでも、秒速0.5mくらいの場所が多かった。ちょっと沖を、大型船が通過する頻度も多い、その都度、大波が来る。ダイビングの船は、錨を下す、サンゴに引っ掛けるのだから、当然、その場所は、破壊される。それが、繰り返されている、それが、原因には明らかだと思う。今回だけでも6っか所で錨を下した。引っかけているのは、サンゴだ。

岸辺に近いシュノーケリングスポットが、多分、各島々の周り、全てが、すでに、この状態になっているのではないかと思う。再生不可能になっている場所も多いのではないかと想像する。

以前、コモド島の周辺の海で、潜った時には、その場所に10隻ほどが、多くの人を案内してきていた。そこには、最初に到着した船が錨ではなく、綱を縛り付けれる場所が海上に出ていて、そこに縛り流されないようにする、到着した船は、それらの船と繋げて流されないようにする。10隻ほどお互いにつなげられているのです。だから、そこのサンゴは破壊されていなかった。
http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage124.html
http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage125.html
赤い砂の浜でした。その砂を、私は、今でも、大切に持っている。

ワカトビ、有名な場所になっているから、多くの人が訪れる、日本大使館の女性二人がちょっと前に来たと言っていた。二人とも、楽しい人だったとガイドの一人が言っていた。地元の関係者が、もっと、環境のことを考えないと、そう遠くない間に、名所では無くなるかもしれないね。ほんの一部を見ただけだから、たまたま、ひどい場所に当たったのかもしれないが。一事が万事、

ここへきて、海中を眺めたという証拠。ガイドが撮影した、これは、私です。フィンもライフジャケットも邪魔だから、付けない。ガイド曰く、体力ありますね、だった。73.5歳、やはり、海でもぷかぷか浮いているのが楽しいし、水中を眺めるのも楽しい。今日のところは、竜宮條というわけにはいかないが、浦島太郎もこんなところも見たかもしれない。背中が日焼けでピリピリしている。

水中カメラを持って行かないとだめだね。海上、陸上ではあまり、写すところがない。海の中しかない。

目覚めて部屋の外に出てすぐに場所。インドネシアですね。海岸ならどこにでもある風景ですね。 
サンゴ 破壊 残念

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(^_-)-☆ここはど?

2017-05-13 22:39:02 | 

 3037 私は誰?クンダリくんだりまで、行ったと、以前。クンダリのことを書いた、マッカサールの次にクンダリ経由でワカトビに来ている。Patuno hotelに泊まっている。空港は島の東、ホテルは、北にある。なぜここかというと、Wi-Fiフリーということだったから。ただし、ロビーとレストランだけで、各部屋では使えない。私に部屋とレストランの距離は500m以上、だから、今、夕食を取りながら、4時間ほど、粘っている。三日間、多分同じだと思う。

1時前に車で出発、ムンギナップ駐車場に着いたのが、3時前だった。高速道路、スマンギの手前まで、ガラガラ、これじゃ、早く着きすぎると思っていたら、突然、渋滞になってしまった。三車線の内、二車線の舗装工事をしていて、タンゲラン方向への分岐点でやっと解消した。

 

ライオンエアーグループのウィングスエアー、ターミナル1のA、3時半ごろ、搭乗手続きカウンターに向かったが、20くらいあるカウンターすべてに10人以上並んでいて、こんな、早朝から、出発するんだと思った。4時半離陸、そして。ワカトビの空港に降りたのが、11時だった。マッカサールからはプロペラ機だった。以前、クンダリの時と同じ。

http://otaenplaext.net/newpage17.html

http://otaenplaext.net/newpage18.html

例によって、何の予約もしていない。ターミナルから出たところにタクシーカンターに近づいただけで、ユニフォームを着た運ちゃんが三人ほど、すぐに寄ってきた。そのうちの一番体格がいい、おっさんが、よくしゃべりだした。その人に、しゃべるような形になってしまった。今日は島の中を案内してもらう明日はシュノーケリングをしながら島巡り、スポット巡りをしたいという話から、夕方まで、いくらで案内してくれるか、ホテルはWi-Fiの可能なところなどと、彼に聞くようになって、頼むようになってしまった。60万Rpで,6時間ほど島中を案内してもらって、途中、ホテルの予約もした。ちょっと高くて、一泊60万RpでOKにした。

 

パサールが印象的だった。あちこちの、何やかやの売り名で地元のおばさんたちと会話が弾んだ、何がそんなにおかしいんだと思うくらい、皆さん、私の喋りで大笑いをする。私が見える場所にいる人たちは、全て、私を見ていて、何かを話しかけたいようなそぶりをしていた。あれを食べろ、これを食べてみろとうるさく寄ってくる。何やら、得体も知らない、食べ物を食べ出せられた。エナック?と聞くから、”OISHII“と、答えてやると、また、大受け。ウニを見て、美味しそうだねというと、割った、中身を出してくれるが、次々と割ってくれるが、中身がないものばかり、すると、隣にもウニを売っている台があって、そこのウニは、上下に割って合って、真ん中から、黄色いウニがはみ出て見えるくらい詰め込んであった。聞いたら、どのウニも身が小さいから、10こくらいから集めて詰め込んであるという。一個5000Rpだよ、食べてみると。美味しい、全部食べてしまったら、大喜び、日本人が美味しいと言ってくれたと。代金はいらないというが、1万Rp無理やり渡した。ただし、日本人にはお勧めしません。食べてお腹を壊しても責任持てません。インドネシアの食べ物全部、自己責任です。

 

あまり高い山はないが、ちょっと高台から見下ろした海、そして、何が何だかよくわからないが、海岸沿いの道から天草の養殖場だそうだ。確かに天草が道端に落ちていた。

 

Wangi-wangi Kaledupa Tomea Binongkoの主な四島の頭文字でWAKATOBIですね。若飛び、ではないですね。

ワカトビ リゾート パサール

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(^_-)-☆仕事に戻ったが

2017-04-26 22:24:02 | 

 3020 左足の弁慶の泣き所の左側一帯が。黒ずんでいる。痛みはない。擦り傷がその上にかすかに付いている。いつどこで、打撲したのか、気が付かなかったが、かなり、ひどい黒さだ。お尻の右側が痛い。ここは、見えない。外観どうなっているのでしょうか。強烈な尻もちを着いたからだということは分かっている。特別、動き回る仕事はないから、支障はない。現実に戻っている。

 

棲み処の案内板とゲート

 

昨日の続き。半島が頭とすれば、地図を見ると頭が下を向いている。その上、首の部分は、パンガンダランへの入場料を払ってはいる。そして、半島(頭)に入るには、また、入場料を払ってはいる。東西一か所ずつゲートがある。多くの人は西から入る。西海岸は、頭の部分に延びていて、今は、座礁船があるパシール プティーに続いている、海岸を歩いてゆけないように頑丈な柵が、不格好に、行く手を塞いでいる。それでは、西海岸からボートで、パシール プティーに行く人はどうなの?払わなくていい、船で、また、西海岸に戻るなら、それでいいが、上陸して、船に戻らず、頭に入ろうとする人は、しっかり、入場料を取られる。パシール プティーからジャングル方面に入る細い道が二か所ある、それらに、しっかり、料金を徴収する人が控えている。勿論、東西のゲートから払って入った人は、パシール プティーに行って、また、チャガールアラムに戻っても、かまわない。ちょっとややっこしいが、とにかく、頭の部分のチャガールアラムに入るのは、払わなければ、入れさせないぞという、システムになっている。

http://otaenplaext.net/newpage21.html ここに地図も乗っている。 

 

この前までは、キジャン(鹿)が首の頭寄りに、放されていた。東西チャガールアラムへのゲート付近には、うろうろしていた。今回行ったら、いなくなっていた。そして、ジャングルに入る途中の柵で囲われた場所に、鹿が集められていた。理由を聞いたら、やはり、鹿が悪さをするからだそうだ、人、子供に危害を加えたり、食べ物を食べてしまう被害も多くなったそうだ。ホテルやプンギナパンもドンドン増え、それらに入り込んで、食料をあさる場面も多くなって、クレームが増え、たまらず、一か所に集めてしまったそうだ。

 

サルの被害は相変わらずだ。入場者に、注意をしているが、カメラ、HP,ボトル、ハンドバック、お菓子などなど、サルが奪い取る事例は跡を絶たない。一般人が歩き回れる、パシール プティーから、ゴア ジャパンがある広場、そこから、東ゲートまで、開けた場所が、観光客は歩ける場所だ。サルに襲いかかられる可能性が高い場所だ。私は、通過するだけだが、すれ違う観光客に、必ず、声をかける、セルフィーで撮影中のカメラ、HPを持っていかれた人が、さっきいたよと。どろんこの靴を履いて、ズボンもTシャツも泥だらけの得体のしれない、何人だかわからない爺さんから、声を掛けられて、引いてしまう子供もいる。余談、以前、一緒にいた、日本人が、サルの脛を噛まれたこともあった。何かおいしそうな食べ物に見えたのでしょう。その人、市民マラソン人で、バリやジャカルタマラソンに参加したことがある。すらっとした、きれいな足をしていた。

 

ゲートから入ってすぐの広場から、多分、2~300mくらい東西と南の部分に観光客はガイドと一緒に入ることができる。私がいつも入る自然保護地区へ入るには、ゲートで許可を取らなければならない。要するに、ラフレシアを探したり、滝つぼまで行ったりするには、本人が申請をしなければならないことになっている。しかし、私はフリ-パス、そこのいるほとんどすべて、何の役目か知らないが、制服を着た公務員もガイドも、行けば、親しげに、“私は、この日本人を知っているよ”と、周囲に主張したいよな、歓迎ぶりになる。一般の観光客は、何?この人?というような顔をする。

それはさておき、許可を取らないで、ガイドも使わず、入ってしまって、行方不明になった外国人グループ、捜索騒ぎなった例は、何度か知っている。毒蛇やサソリはいるし、ビアワックもいる。崖も多いし、沢にはいくつもの滝があるし、危険な場所は沢山ある。薄暗くなれば、それを、見分けるのも難しくなる。先日も、私の文章を読んで、ここに来た日本人がいたという。必ず、ガイドを使って、身元をはっきりさせて、特に、申請書は用意されていなと思う(私は書いたことがないので)が、ジャングルの入る申請をしてください。健脚の人なら、途中何回かの休憩をしても、5時間くらいのコースになると思う。朝、7時くらいに入って、昼過ぎに出てくるのが普通です。私は、そのまま、シーフードレストランに直行です。

 

今回、私は行っていないが、ヌサカンバンガンに行くなら、早朝、西海岸から出発がいい、半島の先端まで、潮の流れに逆らうので、相当な三角波を乗り越える。朝のうちのほうが、波の高さは低い。先端を過ぎれば、穏やかになる、ただし、ウネリの高さは、経験したことがない人にとってはびっくりするくらいの上下になる。昼めしを広大な海岸、独り占めで、ロブスターなどシーフードを野性的に堪能できる。遠浅で、水浴びにも適している。はるか向こうに、パンガンダランのこんもりした、亀の背のような。半島が見える。

前日に米やボトルの水、鍋や飯盒、ブンブー(出汁)を予約したボートの持ち主に、お金を渡しで準備をしてもらう。

 

パンガンダランの両肩や胸の部分、東西や北を見て回りたいなら、行けるところまで、ガイドと一緒にバイクで行くのがいい。

http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00087.html

http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00085.html

こんな時もあった。

昨日から、今まで、まともに、投稿できなっかたし、写真もアップできなかったが、治ったようだ。 エンジョイ ハティハティ スナン

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