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南の島の土着民風自由人

自分の生活、計画し実行してきましたが、病気や人間関係など思いがけない障害に遭遇しました。

いい加減にして

2010-02-05 18:49:18 | 仕事
鬼は外、福は内の豆まきの日でしたか。インドネシアの鬼はどこ?こういう習慣は無いようです。
こういうことになるのではないかと、あまり期待していなかったが、ジャックだかダックだかに、お願いしてみることになった、ワーキングワービザの申請と取得でしたが、やっぱり、時間が足りないと、断られてしまった。書類は返してくれないし、今の会社の延長についての申請についても一連の申請もやる気が無いらしい。
 そこで、今までも私的にお願いしていたローカルのエージェントに頼むことにした。最初から、そうしようと思っていたが、1200US$を払わなくて済むかもしれないと言われて、日系のエージャントに頼んだのでしたが、事務的に簡単に却下されてしまった。
ローカルエージェントに1200US$を払って、新しい会社のワークングVISAまで、一連の申請をすべやってもらうように頼んだ。これで、右往左往しないで、安心して、待っていればいいことになった。こんなことで、他人に振り回されたくないし、費用は自己負担なので、安くあげたいものです。

 まだバカな話が尾を引いているようです。或る会社が、日本から輸入している押出成形品の現地調達を目指して、成形をできる会社を探している。最初、私がいなくなった後のK社に見積もり依頼をし、安かったので、試作を頼み、製品が、できあがったが、K社は量産を引受けなかった。そうこうしているうちに、K社は解散してしまった。K社が二年ぐらい前に出した見積もりが、殆ど原料価格と同じだったのです。それに気がついた、日本人が、製品はOKになったが、その後、逃げまくったのでした。其の客先からの電話にも出ない、メールにも返事をしないで知らん顔を通した。
 客先はその事情を知らないので、その、とんでもない価格を指し根として、押出をできる会社を探している。そして、射出成型の会社に、どこかないかと、訪ねて、回っている。それらの、射出成型の会社の日本人が私に話を持ってくる。同じ話があちこちから来る。そして、そのバカバカしい、価格が示される。その都度、事情を説明しなければならない。成形は問題ないが、この価格については、お客さんもいつまでも引きずっていないで、自分で、適当な価格か、原料の価格そのままか、検討してもらいたいものです。新しい、会社になったら、私は直接、話に行くつもりでいます。いい加減にしてほしいと、全て、私に、話が、集合していますと。
 一か所から話が巻かれて、一か所に集まる。行く先が他にないのに、直接話をしに来ればいいのに。
 家の畑に妻が植えた菜の花と孫のアンジェリーナマユミ
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ノウハウ技術秘密

2010-02-04 18:48:13 | 仕事
 専門的すぎますが、ついでですから、知っているぞということを少しだけ書き加えておきます。エンプラには、ポリアミド(ナイロン)、ポリカーボネート、ポリオキシメチレン(ポリアセタール)、などなどがあり、押出成形(Extrusion Molding)は超特殊です。超と言えば、超エンプラ、というのもあります。エンプラより以上に高熱に耐えられたり、金属のように固く、叩けば、キンキン、カンカンと音がするものもあります。航空機やロケットなどにも使われます。これらはもっともっと、難しい。
 鍋の焦げ付き防止にコーティングしてある樹脂はテフロンと言います。フッ素樹脂です。何百℃にも耐えるし、滑りが非常に良い。原料は熔けにくいので普通は粉末の状態から熱を加えて高い圧力をかけて、プレス成型が基本です。超高密度ポリエチレン(ウルトラ、ハイ デンシティ ポリエチレン)(UHDPE)と言って、やはり、スクリューで押し出そうとしても、スクリューの谷間の形(スパイラルチューブの様な状態)で出てきてしまい、そのままでは押出成形はできません。アロイと言って何か他の樹脂を混ぜて、成形をしやすいように溶融特性を変えて成形します。勿論、単一の場合の物性とは変わりますが、それでも、使えるかどうかはテストしてみる必要があります。しかし、何も形ができないよりは良い。こういうことが、技術者のノウハウというものです。工夫しなければできない、その工夫をできない人には成形ができないし、工夫して作った人に、何かを混ぜるなどごまかしだとか、客先をだましているとか批判する人です。
 こういう、工夫から、新材料が生まれるのです。ABS(アクリル、ブタジエン、スチレン)などは良い例です。三つの樹脂を混ぜて、成形しやすく、それぞれの樹脂の良いところを強調し、悪い点を打ち消しているのです。最初はこの樹脂も邪道と言われたのです。化学的に結合させるものもあり、単位ただ混ぜるものもあります。
 若いころ、ナイロンとポリカーボを混ぜて、真珠の様な光沢のある樹脂ができた。ころころ丸くして、真珠玉のイミテーションを作って、多くに人にプレゼントした。二三年後にテイジンからメタマーブルという商品名で混ぜたその原料が売り出された。
 また、粘度が低くて、押出成形ができない、射出の原料に熱硬化性樹脂のエポキシを混ぜて、粘度を高めて押出ができるようにした。これは、数年後カネボーにヒントを与え、彼らは溶融粘度が格段に高い、押出用の原料を作った。私の会社もその原料を月10トン以上使って、スパイラルチューブを作って大儲けをした。このノウハウは今、三菱エンプタというエンプラ原料の最大手に引き継がれている。
 私の顔を見ただけでは単なる爺さんですが、ちょっと過去の栄光でした。しかし、これからも、次の会社で新製品に挑戦します。
http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/
PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの開店案内はこちらから。MM2100内の場所の地図を加えました。
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今から心配

2010-01-30 18:14:55 | 仕事
 あっちへ行ったりこっちへ来たり、押出工場のレイアウトを決定した。来週月曜日から本格的な作りの工事が始まる。何とか押出機を6台早めに手に入れたい。新しい仕事、降り仕事、工事が終われば、たちまち10台くらいのラインは必要になる勢いで、多くのお客様から期待されている。全部の期待を受け止めるようにしなければならない。押出機を早く手に入れなければならない。
  スルヤチプタのお客さんを夕方訪問した。そこで、押出の新規製品の成型の可能性を確認された。これも、まだ、日本から輸入しているものです。国内調達をしたいという新しい話でした。これも、やるとすれば押出機が二台必要になる。

 訪問に先立って、チカムペックまで行って、チムベダックとドリアンを仕入れてきた。訪問した会社に土産としてチムベダックを一個渡した。その人も大好きらしく喜ばれた。そのあと、車まで送ってくれたが、ドリアンを見つけられてしまった。しょうがないからドリアンも一つプレゼントした。
 先ほど19:00頃、ちょっと大きめのドリアンを一個平らげた。今、頭に血が昇って火照っている。お腹の中も熱い。明日03;30に起きなければならないが、眠れるだろうか。
 もうひとつ、PT.NANBUとして進出する理由について、聞かれたので、新しく作った会社案内を見せながら、説明した。射出成型品の価格の安さはまともじゃないと、そのインドネシア企業でさえ、悪戦苦闘だそうで、NANBUが戦えないのではないかと、逆に大丈夫?と言われてしまった。だから、本当に射出製品の中でも、大型を狙うか精密を狙うか、特殊な部門に特化しなければ成功しないのではないかといわれてしまった。その通りだと思う。営業の人がどんなサービスを提供できるか、マーケティング担当の日本人の総合的能力に負うことになる。PT.K社の人の様では話にならない。

 とにかく、最初は、インドネシアに新風を巻き上げるでしょうが、下手をすれば、新風だけで、後は、風がやんでしまうかもしれない。甘い考え厳禁である。

http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/
PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの開店案内はこちらから。

 ニュールンベルグの家の居間で。
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人材募集

2010-01-29 19:53:34 | 仕事
 新会社として何の人材を募集しているのでしょうか、私が行ったときに必ず、誰かが面接に来ている。誰の紹介なのでしょうか、誰が、どこから募集して集めているのか不明です。私としては大丈夫かなと思う。
 そこで、押出は独自に部集させてもらうことにした。独立採算制ですから、私が選ばせていただくことは当然だと思っている。
PT,MAKUTAにいなかった部門の人間を入社させようと人材を募集している。
特にISOの関係でQCが少しわかって、フローチャートを書ける人を探すのが優先である。当てはないが、どの程度できれば私たちと一緒にできるかは、ちょっとテストすればわかるし、高卒の工業系を出ていれば大丈夫だという程度でいい。
  実情を知らない日本人が、高度な知識や技術を求める場合は、非常に困難なことになるし、ストレスが増す恐れがある。
 最近の日本人の理工系の大卒者でも、その学科のことで、すぐ会社で使い物になる人はいない。インドネシアでの同じ程度で、大卒の人間の数が日本に比べれば圧倒的に少ないので、なお、人材集めは難しいし、はずれの確立も高い。だから、給料が二万円程度で、日本人の大卒で何年か会社で経験を積んで、狭い範囲の専門的知識を持った人を入れようとして、面接や筆記テストをして、満足する人間は皆無である。いくら人件費が安いといったって、技術者と単なる組み立て工と5千円しか違いでは、贅沢を言えない。
 せめて、10~15万円の給料を出すつもりで、ほかの会社で実績をあげている人をハンティングすることをしてほしい。他の人とのバランスをとるために設定を低くする必要はない。大卒、高卒の給料格差は日本人が考えられないほど大きい。
 このことは、経理や人事や購買、などについても同じことが言える。日本人の大卒の初任給の三分の二位の給料を出すつもりでないと、求める能力者は入れることはできない。

 二週間ぶりに歯医者へ行ってきた。木曜日しか,かかりつけの医者が来ないことがルマーサキット ハラパンクルアルガの欠点である。医者は、二つ三つの総合病院を回っているし、大学で講義もしているそうで、一か所にずっと、というわけにはいかないらしい。差し歯が完了するのは二週間後と言われた。
http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/
PT.NANBU PLASTICS INDONESIAの開店案内はこちらから。
http://nanbuindonesia.web.fc2.com/page100.html 或る会社の閉店案内はこちら。

 今日、面接した二人にはぜひ入ってほしいと頼んだ。ただし、最初の三カ月は契約社員であることも確認した。
 タシクマラヤ付近の山越えの道、タシクマラヤを過ぎた処のサツマイモ(Ubi)の店の並び。インドネシアのどこにもある風景です。作り物の模型の様ですが実物です。
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慌ただしい

2010-01-23 14:30:48 | 仕事
交通事故が多いのでその様子の写真を撮るためにカメラはいつも脇に置いてある。渋滞の先には必ず何かがある(例外もあって、もう、処理が終わってしまっている場合)。現場に近付くと車線が少なくなっているので、割り込み割りこみでなお車の前後左右がすれすれになってくる、それに対応しながら、左手でカメラを構え、事故車に近い車線に寄り、徐行しながら写真を撮る。警察官や事故関係者が早く行けと言っている。こんな風に運転中に写真を撮ることが多い。事故でなくても、インドネシアらしい雰囲気をしている場所があれば写真を撮っておく。
デジカメは二台持っていて、必ずリックサックに一台は入れておく、もう一台はポケットか車のポケットに置く、写真をパソコンに移すので、そのカメラを外出の時に持って出るのを忘れることがあるが、予備があるので安心です。いざというときはHPのカメラを使うこともできるが、そこまで、いざ、となったことはない。

 新しいパスポートを受け取りに、またジャカルタ領事館まで行ってきた。真新しいものは何でもいいものだ、以前のパスポートはしばらくするとICチップを埋め込んだものに変わるから5年物にした方がいいと進められて5年物にした。その通り、今回受け取ったパスポートには厚いページがあり、そこにICチップが埋め込んである。濡らしたり折ったりしないようにと、注意書きがしてある。費用は一万四千五百円でした。在留届もついでに出してきた。10年ものですから次の書き換えは76歳です。
この前の女性が対応してくれて気分がよかった。何か変化があったら必ず届けるように言われてしまった。

 新旧パスポートとブクビルとKITASをサクラのスンチンさんへ渡した。月曜日にPT.MAKUTAの人間として延長の申請をするそうだ。一か月後には新しい会社に入るので、すぐ、申請しなおさなければならない、もったいないが、仕方がない。

6ラインの増設のための見積もり依頼をした。当初の6~7ラインでは営業に回れない。直ちに発注して6月には12ライン以上にするためである。

PT,NANBU PLASTICS INDONESIAのホームページとまではゆきませんが、設立概要です。直前報告ご案内です。
http://otaindoesiaextrusion.web.fc2.com/index.html
今日のジャカルタ新聞に紹介されていたことに絡んで、動きがある、これは新たなものだが、以前から情報は入っていた。押出ラインはこれにも絡んで可能性として今年中に20ライン近くにまでにする必要が出てくるかも知れない。

また、今度は高速道路走行中に右後ろのタイヤの横腹にパンと音がしてぺしゃんこになってしまった。インターチェンジまで三百メートルくらいだったので路肩をゆっくり走って、インターの出口斜めの車線脇でタイヤの交換をした。三日前に新しい交換タイヤを買ってあったので、良かった。このときはMM2100の中のファミリーで買って8千5百円して高かったので、今回は、ジャバベカへ向かうカリマラン側の橋のたもとのタイヤ屋で買った。4千8百円だった。ずいぶん違う。予備タイヤが一個では心配なので、もう一つ買って予備を二個にした。アルミホイールとセットで6万5千円でした。
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近日予定

2010-01-22 18:48:57 | 仕事
私がダイレクターの一人になるらしいので、会社の運営の基本的考え方の打ち合わせをさせてもらった。今まで、聞かれたことがあれば答えるだけで、お願いすることはなかったが、今回は言いたいことを言わせてもらった。

どういうわけかEPSONのプリンターがチカランやチビトゥン辺りのショッピングモールや電気屋に置いてない。hpやキャノンは品揃えが豊富に置いてあるし、専門店もある。何故でしょうか、地元なのにない。
売れてしまって、補給が間に合わないのでしょうか、それとも、販売店が置いても売れないからと思って注文していないのでしょうか。新会社ではどうしてもエプソンでなければならなかったので、半日、探して回ったが結局無駄足だった。
 それにしても、インクもエプソンのものは置いてない。プリンターよりもインクで儲けているはずなのに、変である。
 
新しい会社のプロファイルをばら撒いて良いという許可が出たので、私のWEBSITEにも掲載しました。まだ、仕事は始まっていませんが、目標日がはっきりしてきたので、紹介を始めようという姿勢になったと思います。今の場所だけでは足りない程の大型プロジェクトが控えていますから、なお、工場用地を増やす方向で動いています。最初は押出から始まりますが、射出成型の大工場にすると意気込んでいます。インドネシアの各社のご協力をお願いいたします。
PT,NANBU PLASTICS INDONESIAのホームページとまではゆきませんが、設立概要です。直前報告ご案内です。
http://otaindoesiaextrusion.web.fc2.com/index.html

自分の運転であちこちへ行っているし、色々しているので、時間が進むのが早すぎる、一日が早く終わってしまう。歯医者へ行く日だったが行きそびれた。入れ歯を入れるのが一週間伸びてしまった。
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PTの形

2010-01-21 18:40:46 | 仕事
 昨日のジャカルタ行きは10:00にMMをでて、領事館へ入ったのが11:30を過ぎていた。危うく、12:00の休憩時間に入ってしまうところだった。住家へ帰ったのが14:00だった。領事館の中にいたのは30分くらいだったと思う。その他は車の中で運転していたことになる。雨と事故が原因です。ジャカルタへ平日に行くのは本当に嫌です。ジャカルタへ行く前ジャカルタから出発する前には必ずトイレへ行くことにしている。しかし、行かないわけにはいかない。
 スディルマン将軍の銅像です。

会社としての形態を整えるためのスケジュールを立てたようです。やらなければならないことは山ほどある、これらを一つ一つ迅速にこなしていかなければならない。元K社の社員で契約社員として延長されず、早くからやめた人二人が、総務と会計で入社した。日本人ができることやり彼らができることの方がはるかに多い。日本人二人は彼らに頼るところが多いと感じる。日本人が彼らを上手に使うかどうかが、スタートダッシュの肝心なところである。
 たとえば、携帯電話やプロバイダーについても、本当は賢い方法があって、とっくに手に入れることができていたはずである、しかし、まだ、思い浮かぶどころか、私や彼らに聞こうとしていない。方法は他の会社の名義を借りることである。

 KPKの元委員長アンタサリに殺人教唆の嫌疑で、検察から求刑がでた、死刑だ。この事件に関して他にも二人死刑の求刑を受けてた。

 今日の交通事故の処理風景、40フィートコンテナトラックが陸橋に左端橋脚に突っ込んで、コンテナだけが柱に引っ掛かっていたところを釣り上げてはずそうとしていた。路肩に転がっているのは日常的だが、橋脚に突っ込んでいるのを見たのは、はじめてである。
PT(ペーテー)とは株式会社という意味で、インドネシアの会社の大部分はPTから始まる。Perseroan Terbatasの略である。
http://otaindoesiaextrusion.web.fc2.com/index.html
新しく始めようとしている会社です。MM2100内ですが三月初旬には生産開始の目標です。射出については、6月ごろ営業開始になるでしょう。ISO習得については押出部門だけ直ぐに動きます。EPTEも直ちに申請します。
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いよいよ動く

2010-01-12 17:54:03 | 仕事
K社の伸ばし伸ばして使われている契約社員は、彼らから聞くところによると、今月末で、終わりになっているらしいが、私の感触では、まだ、一部の人は伸ばすと思う。責任者の手配で、Y社に移った従業員が一部いるが、射出のトップと二番目は、彼のいうことを聞かずに、私が仲介した会社に、有利な条件で入った。すでに、二か月過ぎた。
 その他に責任者からA社に行くように言われている何人かも、私の会社に勤めることになっている。それはそうです。彼らには、他社に比べてK社の給料が少なかったので、私が個人的に援助をして、他社の給料水準を保証して、つなぎ止めていたのです。私に付いていきたいと思っているに決まっています。今の代表者は勿論そういうことを知らないし、思いもつかないことです。  
Y社、A社に送り込むための本人たちの地位や給料について何の保証も先方から得ないで、また、本人たちの了解も得ずに、行かせると、約束してしまっているのです。インドネシア人に対して失礼な話です。そして、行かなかった人に怒っているのです。まったく、考えられないほどの・・・さんです。
 
私が手伝う新会社に最低30人ほどの元K社の社員に入社してもらおうと思っています。それに必要な書類を私が預かっています。逆に今A社で冷遇されていると思っている人たちからも、何人か願書を受け取っている。必ず彼らを、私が責任を持って、面倒を見ます。給料もポジションも私が納得させます。決して引き抜きではない。こちらから、誘っていない。
その他に日本人を一人推薦する。私はのんびりしたいので。その人に色々、押しつけてしまおうと思う。しかし、技術的なことは、私が登場する。
本日の動きは急だった.多くの方とインタビュー、ミーティングをした。一番、うれしかったことは、工事の日程が決まったことでした。いよいよマクベスのごとく、森を動かす準備が始まる。ほっとしたし、従業員や客先の多くの人にも安堵してもらえる。
歳の差90才の風景です。
現在の会社でも新しい会社でもネット販売を考えている製品の一部です。インドネシアでオンリーワンです。
詳しくは、
http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage0012.html
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再びインドネシア

2010-01-07 20:24:52 | 仕事
インドネシアで楽しく暮らす 15-479()
斜めからインドネシアを眺めよう 479
 インドネシア、ジャカルタタイム22:30(日本時間00:30)家に着いた。また来てしまった。
成田発よりかなりゆっくり、08:40に家から出る。皆が門前で見送ってくれた、初めてのことである。「次はまたドイツへ来て」と、頼まれた。
 静岡駅前09:15リムジンバス出発、富士山静岡空港着10:07着11:45出発
のつもりが、コリアンエアーの到着が遅れて、はらはらさせられた。それも、インチョアンでの連絡時間が一時間しかない。45分遅れたので、空港内で、ダッシュ。搭乗時間は過ぎていたが、まだ、行列状態だった。危ない危ない、やはり、このコースにはリスクがある。ジャカルタ行きの日本人は私一人のようだった。欧米人もいない。とにかく、韓国語でしか話しかけてくれないので、いちいち、英語で聞きなおさなければならない。疲れる。だから、ほとんど、寝てしまいたいが、あいにく、インドネシア人の子供が隣に座って、ゲームを大騒ぎでやっていて、奇声を上げる。眠れないから、これを書き始めた。
 その子の母親はインドネシア系韓国人で、里帰りなのだろうか、状況は聞かないが、入国カードや関税カードの書き方が分からなくて、聞いてくる。彼女も私を韓国人と思い込んでいたらしく、いきなり、韓国語で話しかけてきた。インドネシア語で私は日本人ですが、インドネシア語はできます、と、言ってやったら、一瞬、戸惑った顔をしていたが、インドネシア語で会話を始めて、全部書き終えた。かなり、思いがけない状態で、それでも、安心したようでした。
 
昨日の夕方から、頭の両側が重くなり始め、今朝、起きた時には痛くなっていた。じっとしていられなくなるほどだった。当社拒否症候群ならぬ、インドネシア行き症候群になっていたのかもしれない。体が、日本の快適な環境から、離れることを拒否したのかもしれない。一応、痛み止めを飲んで、治ったが、全く忘れていたパニックにならないかと心配したがならなくて安堵した。

 会社は受注をこなしきれずに、正月も休日出勤で休みなしだったそうです。
韓国のインチェオン空港、-10℃だとか、二度とこの飛行場を見ることはないでしょう。やっぱりバリ経由でガルーダがいい。
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さよなら、スルガ

2010-01-05 15:57:32 | 仕事
日本最終日、完全にリラックスした、日々でした。こんな、気楽な、楽しい環境を後にして、なぜ、一銭にもならない、責任ばかり大きく背負い込む、場所へ行かなければならないのでしょうか、それも、この歳になって。それも、ときどき、気が遠くなるような不安があるのに。

 それは、唯一つ、どうしても、インドネシアでやらなければならないと思っていることがあるからです。このまま、日本に引きこもっていては、自分を納得させることができないことがあるからです。インドネシアで仕事をしていなければ、それが、できないからです。その舞台を昨年一年間で準備をし、殆ど整えたからです。
 私がやらなければならないことを、承知している人がインドネシアに一人半いるはずです。なぜ一人半かも、その人たちには分かっていただいているはずです。お待たせさせてしまっている会社、人たち、もうしばらくです。
 
太田化工へ行って、皆に新年の挨拶をし、製品のサンプルをもらってきた。インドネシアで製造し、ネット販売、カタログ販売をしようと思う自社商品の参考にするためである。今度こそ、本社が、押出成形を理解している会社と組んでやるので、誰にも、気兼ねなく、というより、期待されて、押せ押せで、インドネシアのお客さんを開拓できる。

 N社へエッジングの注文を出したK社の判断は理解できない。私の技術がN社に行ってしまった姑息な手段は以前スパイラルチューブの製造装置でもあった。真似した方も真似させた方も気の毒に思う、私の技術を、私の了解を得ずに、間接的に手に入れて、生き延びようとするその人は、一時期、私がちょっと見習った、七歳年上の人です。しかし、ある時期から、私がやっていることを真似して、私の客先に横から割り込むような商売の仕方になってしまって、可哀そうに思うようになってしまった。他人のふんどしで相撲を取って、一時しのぎをしようとする人が多い。日本にもインドネシアにも、同じような日本人はいるものだと思う。
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仕事始め

2010-01-04 19:28:18 | 仕事
仕事始めの日でした。インドネシアの工場の計画を練ってきた。大きな話が一杯あるが、メインは医療関係になるので、その準備の予定表を作ってもらうこととし、派遣員も今の一人から二人目を決めてもらったので、工事の監督をしてもらいながら、インドネシア人とインドネシア語に慣れてもらうことができる。外に出してある設備は全部一か所に集めたので、コントロールパネルなどの準備もできる。押出エリアの排水、給水の工事はすぐに発注してもらって、2月末には全面移転できるようにしてもらう。私も、二月末にはPTが新しくできた処に移る。別の会社に入って手伝うことになる。VISAも書き換えなければならない。

 孫の七五三のお祝いの真似ごとで、着物を着せて家族で写真館へ行き、記念写真を撮りに行った。婿殿には私の着物を着させて、参加させた。面白い思い出になったと思う。“馬子にも衣装“でなく”孫に着物”でした。かなり、可愛かったと爺バカで思う。
 今の写真館は、デジタル一眼レフを使って、何十枚かを撮影し、すぐにモニターに移して、すべてを全員でチェックし、選んで、註文をする。昔の様にべた焼きをしたり、全部写真にしてその中から選んで、大きく焼いてもらうという手間がなくなっただけ、受け取りが速くなった。

 もっとも、私が撮影したものを、プリントした方が、安く、きれいに、また、変化に富んだ、写真や思い出ができるはずである。事実、年末年始の写真集をメモリースティックにまとめて、明日渡すこといしている。
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デフレ日本だが

2009-12-15 19:52:43 | 仕事
パンガンダラン ジャンビ滝
今週はどんな週になるでしょうか。ある会社から、新製品のサンプルを受け取った。三種類である。其の会社のメインの日本へ輸出する製品の主力になるはずで、今まで,受注してきた全て以上の生産量になることは確実で、生産設備の増強が必要で、場所も今の所ではとても対応できない。
 その点について、今週は大きな動きがある。
 しかし、問題があった。日本で購入している価格が安い。日本で、何故こんなに安い価格でできるのか理解できない。原料費は数年前に比べれば原油価格の高騰で上がっているはず、それでも、価格に転嫁していないのでしょうか、数年前以降全く、値上げの申請はなく、昔の価格が維持されているという。

 その会社にとって、どれほどの規模の会社か知らないが、この商品の生産がなくなれば、かなり、工場の雰囲気に影響があるでしょう。人件費を何とか出せるだけでも、その価格で売り続け、継続したい気持ちは分かります。何年か前に多分その会社でしかできないと考えていた、PPのプルファイルをインドネシアで作ってしまい、その会社の多分一ライン分の生産が無くなってしまったという痛い事態があったので、その他の製品でも、そういうことが起きてしまうのではないかという恐れを持っていると思う。
しかし、私としても、従業員や客先の利益を考慮し、ぜひ、日本の会社のとんでもない安い価格より、安く出すことにせざるを得ない。同じ、押出し技術者としてもうしわけない気持ちでいっぱいですが、流れは止められない。
http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/
 PT.MAKUTAが移転する工場の入口
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執行延期

2009-12-11 18:43:08 | 仕事
残り、20日になってしまった。今年中に新しい工場に移って、設備も増強して、拡販の準備が終わることを目標として、もがいてみたが、結局、今年中には出来ないと諦めた。それでも、延期になっているだけで、中止ではない。置く場所はまだないが、装置の新規製造と購入は着々と進めている。移転の目標日を2010年2月末日に替えた。

Hari antikorupsi“汚職撲滅デー”とでもいうのでしょうか。ネットの呼びかけによって、9日インドネシア国内各主要都市で、大規模なデモが行われた。警察、検察へと大統領の曖昧な態度への抗議である。センティリ銀行の不明支出の解明の矛先が副大統領と財務大臣に向けられている。
マッカサールなど一部の都市を除いて、秩序ある、比較的静かなデモだった。学生や知識人が主体なので、パニックになることはほとんどなかった。それでも、1998年のことを知っている人達は、集団になった時の横暴さを知っているので、大分心配したようで、店を閉めた商店街もあった。コタ、グロドックは営業していたが、客は半分以下の印象だった。

例のオーミ病院から訴えられていた女性が払わなければならない204万円は、これも、ネットでの呼びかけで、コインを集める運動が始まっている。全国各所で募金が行われている。数えるだけでも多くのボランテャが必要である。いつ頃まで続くのか知らないが、どんな状態になったら終了するのでしょうか。また、何十万円もいっぺんに寄付する人もいて、二百万円を今週中には超えるでしょうが、インドネシアのことです、この機会に、募金をして、自分の懐へ入れてしまう金額の方が多いことが想像される。
罰金の他に半年の禁固刑も言い渡された。これらに対して、抗議のデモが始まっている。ジャカルタは各種デモで渋滞が激しい。
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製品と原料の価格が同じ

2009-12-05 19:54:52 | 仕事
http://www.ab.auone-net.jp/~bekasi/newpage011.html
 私が手伝った二つの会社の見積もりの計算の仕方に共通点があった。どちらも、原料価格に固定費や運賃包装費など比例費を乗せ、歩留まりで割って工場価格を出す。検査費や事務費を1.5倍くらいにし、社内価格が決まる。それを、二倍して、客先への見積もり価格とする。売上の50%が利益です。そのうえ、装置の償却は終わっているので、固定費の設定も高くしてある。
 ですから、現実離れをした金額になってしまう、当然、客先は高いと判断するので、実際には利益率を下げて出し直すことになる。そして、担当者同士の話で、利益は10%以下になってしまう。最初の計算は何のためだったのでしょうか、という、ことになるが、経営者はそのフォームを変えようとしない。そのうえ、最終的に決まった値段と、最初の計算通りの見積との差を確認していない。

 そこで、両者の共通した失敗がある。それは、見積書を書いた担当者の間違いに気が付かず、サインしてしまい、客先に出し、客先は安さにびっくりだが、黙って、注文をしている。両社の代表者は、利益率が高い仕事を獲得したとして、大満足である。間違いの内容は、小数点を一桁間違えて、10で見積もりをする所を1で出してしまっていた。もうひとつは、例えば0.25で出すところを0.05で出してしまっているなどです。私が、客先から、指値を出されて、分かったことです。なぜ、指値をもらったかというと、K社がその仕事から撤退することを通告された会社から、私にその仕事の依頼があったからです。私がいなくなってからK社が引き受けた仕事でした。
 しかし、K社はA社に仕事も装置も引き渡してしまって、もう、その損失からは解放させている。A社は、今度は引き継いだお客さんについては価格を見直して、引き受けたが、独自で獲得した仕事のいくつかが明らかにKg当たりの原料価格とKg当たりの製品価格が同じというのがある。これらは、代表者が気付いていない。売り値の半分は利益と思っているのです。納入先から原料を購入して、それの95%程の重量を製品にして戻しているのです。原料を100で買って製品に加工してロスが5ですから95で売っているのです。オマケですが、その客先は原料メーカーから80で買っているのです。

これは、何故分かったかというと、内のスタッフが原料支給見積もりと製品の指値を示されたのです。

こういう会社や経営者は他にも沢山あると思います。ぜひ、一度見直してみたらいかがでしょうか。

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当てが外れた

2009-11-27 19:04:08 | 仕事
インドネシアで老後を過ごしたい方や、定年退職者の海外再就職などを考えている人はぜひ、参考にしてください。諸手続は簡単で安いです。日本国内で申請し、許可を取るのではなく、インドネシアへ観光ビザ(30日)で入って、インドネシア国内で申請し、ビザはシンガポールで取る方法が一番簡潔ですよ。それらの方法も紹介しています。
http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage%20top%204.html

 やはり、私が一番望まない方向に進みそうで、急に気持ちが重くなってきた。“プラーラスお前もか”である。自分の領分を主張、死守したい人が、インドネシアへ来るようでは、スタートから、もう、どうでもいいやという感覚になる。昨日今日の様子で、もう先が見えてしまった。始まっても、早く、誰かに任せて、関わり無くす方法をとることになる。仕事を始めた時から私が嫌っていた状態になることは確実です。一つの目標を早く達成して、この場から、離れることになるでしょう。
 
 一昨日、直したばかりのタイヤがパンクしていた、出発30分前に知った。MM2100で待ちあわせの時間まで、1時間前だった。直ぐ、交換しようとしたが、ナットが緩まない。スパナが滑ってしまう。きつく締めてあった上に、ナットの頭が丸くなってしまっていた。どうしようもないので、パンク修理屋(タンバルバン)まで、パンクして、ぺしゃんこのままゆっくり走って行った。500mくらいだったと思う。そこでもなかなか緩めることができなくて、修理終了まで、一時間かかってしまった。スペアータイヤも修理したものだったが、漏れていて、本当は使えないのだが、ないからしょうがない、空気をとにかく一杯入れてもらい、高速を走ってMM2100へ行った。30分の遅刻で済んだ。ところが、待ちあわせの相手が、来ていない。40分待たされた。相手は日本人だった。まるで、インドネシア人のようだ。
 その時の打ち合わせの間に、他の人の運転手にMM2100の中の修理屋へ持って行ってもらって、二本、新品に交換した。タイヤの位置もローテーションしてもらって1万5千くらい支払った。打ち合わせが終わったと同時に車が届いた。

 ついていたと思った。昨日は往復渋滞の中ジャカルタまで行ったが途中のパンクでなくてよかった。また、今日30前に、そこへ出る用事があって、知ったのです。出発の時間に出ていたら、待ち合わせ時間に一時間遅れたでしょう。
 パパンダヤンと仲間たち
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