門司港で遊んだ後小倉に出て、本来の1泊の用事を済ませて
九州滞在4日目は伊万里(佐賀県)に行った。
47都道府県、チョコット立ち寄っただけも含めたら
行ってないのは数県だけ。
その一つが佐賀県。
ネットでチラッと見た「陶器の橋」が σ(^_^)ワタシ の佐賀県のイメージで、
その橋は是非見たい!!と思ってた。
調べたら、それは伊万里にあるらしい。
京都から小倉まで、新幹線のぞみ なら乗り換えなしで約2時間40分、
小倉から伊万里まで、待ち時間を入れるとさらに2時間を超えるので
ついで、と言うには少々遠いけど今回がチャンス!と計画した。
小倉 ↓ から
新幹線 ↓ さくらで
新鳥栖 ↓ へ。
懐かしい(ここ)ハウステンボス号 ↓ に乗り代えて
↓
有田 ↓ へ。
JRから ↓ 松浦鉄道に乗り換えて
↓
やっと ↓ 伊万里に到着。( -。-) =3 フゥ
駅前から ↓ 2時間に1本のバス(15分)に乗って
かつて佐賀鍋島藩の御用窯があったという国指定史跡
大川内鍋島窯跡(おおかわち なべしまかまあと)へ。
ここで造られた焼物は、将軍への献上や諸大名への贈答、
あるいは藩主の城中用としてのみ使用することが目的であったため、
採算を度外視した生産であり、また一般市場へは出回ることはなかった
といわれている。そう。
バスを降りたとこから少し戻り
閉ざすことで製陶の秘法を守った ↓ 関所(再現したもの)
からスタート。
関所を通って ↓ すぐ左に折れると
陶工橋(木製) ↓
地面に敷き詰められているのは ↓ 焼き物の欠片(かけら)
橋を渡ったとこに ↓ めおとしの塔
橋を渡ると人の動きに反応して
大きさや絵柄、形の違う ↓ 14個の白磁の風鈴が鳴りだす。
めおとし とは、
鍋島藩窯時代から焼き物を叩いてその音色で選別していた技で
音色の美しさから環境省の 残したい日本の音風景100選 に選ばれている。
んだそう。
その向こうには ↓ 水力利用の陶土を砕く唐臼小屋(展示用)
↓
関所跡の道に戻って進むと小高い丘に ↓ 陶工の墓(陶工無縁塔)
ここで作られる陶器は大名家への贈り物等として作られ、その技は門外不出で、
江戸時代に陶工たちはこの狭い地域に押し込められ、外出の自由はなく、
高麗人をはじめ、無名の江戸時代の陶工たち880基の無縁墓標を集めた供養塔。
無名の陶工たちによって、あの優れた鍋島がつくられた証、とのこと。
エッシャーのだまし絵みたいな階段 ↓ を上り下りして
陶工の墓まで丘を登るのは、パス! (^^;)ゞ
少し進むと、ありましたっ!!
是非見たい!と願ってた ↓ 陶器の橋 (^-^)v
↓
大川内山観光の象徴とされる
長さ9.5m、幅15mの鍋島藩窯橋(なべしまはんようばし)
欄干内側には ↓ 地元の窯元が手書きで描いたという磁器板
欄干の上、中央部分に ↓ 高さ1mの伊万里焼の壺
↓
欄干には、地元の窯元が陶器市で売れるような品物まで
かなりの量を無償で提供したという ↓ 伊万里焼を砕いた破片がぎっしり
↓
(この破片は、他の場所でも多用されてる)
欄干の外側には100枚以上の陶板で ↓ 上流に竜
下流に ↓ に鳳凰
(下流には行かなかったので、ネットより拝借)
が描かれている。
σ(^_^)ワタシ にとっての ザ・佐賀 をやっと見れて ヽ(*⌒∇^)ノヤッホーイ♪
(続く)
九州滞在4日目は伊万里(佐賀県)に行った。
47都道府県、チョコット立ち寄っただけも含めたら
行ってないのは数県だけ。
その一つが佐賀県。
ネットでチラッと見た「陶器の橋」が σ(^_^)ワタシ の佐賀県のイメージで、
その橋は是非見たい!!と思ってた。
調べたら、それは伊万里にあるらしい。
京都から小倉まで、新幹線のぞみ なら乗り換えなしで約2時間40分、
小倉から伊万里まで、待ち時間を入れるとさらに2時間を超えるので
ついで、と言うには少々遠いけど今回がチャンス!と計画した。
小倉 ↓ から
新幹線 ↓ さくらで
新鳥栖 ↓ へ。
懐かしい(ここ)ハウステンボス号 ↓ に乗り代えて
↓
有田 ↓ へ。
JRから ↓ 松浦鉄道に乗り換えて
↓
やっと ↓ 伊万里に到着。( -。-) =3 フゥ
駅前から ↓ 2時間に1本のバス(15分)に乗って
かつて佐賀鍋島藩の御用窯があったという国指定史跡
大川内鍋島窯跡(おおかわち なべしまかまあと)へ。
ここで造られた焼物は、将軍への献上や諸大名への贈答、
あるいは藩主の城中用としてのみ使用することが目的であったため、
採算を度外視した生産であり、また一般市場へは出回ることはなかった
といわれている。そう。
バスを降りたとこから少し戻り
閉ざすことで製陶の秘法を守った ↓ 関所(再現したもの)
からスタート。
関所を通って ↓ すぐ左に折れると
陶工橋(木製) ↓
地面に敷き詰められているのは ↓ 焼き物の欠片(かけら)
橋を渡ったとこに ↓ めおとしの塔
橋を渡ると人の動きに反応して
大きさや絵柄、形の違う ↓ 14個の白磁の風鈴が鳴りだす。
めおとし とは、
鍋島藩窯時代から焼き物を叩いてその音色で選別していた技で
音色の美しさから環境省の 残したい日本の音風景100選 に選ばれている。
んだそう。
その向こうには ↓ 水力利用の陶土を砕く唐臼小屋(展示用)
↓
関所跡の道に戻って進むと小高い丘に ↓ 陶工の墓(陶工無縁塔)
ここで作られる陶器は大名家への贈り物等として作られ、その技は門外不出で、
江戸時代に陶工たちはこの狭い地域に押し込められ、外出の自由はなく、
高麗人をはじめ、無名の江戸時代の陶工たち880基の無縁墓標を集めた供養塔。
無名の陶工たちによって、あの優れた鍋島がつくられた証、とのこと。
エッシャーのだまし絵みたいな階段 ↓ を上り下りして
陶工の墓まで丘を登るのは、パス! (^^;)ゞ
少し進むと、ありましたっ!!
是非見たい!と願ってた ↓ 陶器の橋 (^-^)v
↓
大川内山観光の象徴とされる
長さ9.5m、幅15mの鍋島藩窯橋(なべしまはんようばし)
欄干内側には ↓ 地元の窯元が手書きで描いたという磁器板
欄干の上、中央部分に ↓ 高さ1mの伊万里焼の壺
↓
欄干には、地元の窯元が陶器市で売れるような品物まで
かなりの量を無償で提供したという ↓ 伊万里焼を砕いた破片がぎっしり
↓
(この破片は、他の場所でも多用されてる)
欄干の外側には100枚以上の陶板で ↓ 上流に竜
下流に ↓ に鳳凰
(下流には行かなかったので、ネットより拝借)
が描かれている。
σ(^_^)ワタシ にとっての ザ・佐賀 をやっと見れて ヽ(*⌒∇^)ノヤッホーイ♪
(続く)