2019年10月4日(金)晴れ 20.4℃~
フェズFezーイフレンIfrane-ミデルトMidelt-エルフードErfoud-メルズーガMerzouga
GPS記録 登坂累計高さ:2,826m 最高標高:2179m 移動距離:341Km 移動時間6時間32分
最高時速:100Km/h 停止時間:1時間55分 (走行中に電源が切れたので実働より走行距離が短いようです)
宿:Auberge Yasmina Merzouga
今日は砂漠に向けて殆ど1日移動の日です。朝8時にホテルを出発です。バスのアシスタントのムハンマドさんは挨拶だけの日本語と、アラビア語、ベルベル語、英語、フランス語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語が話せるそうです。彼はスーツケースのバスへの積み下ろしと、毎朝の500ccのミネラルウォーターを出発した車内で一人づつに配ってくれます。その後は最前列のドアの補助席で前方を監視しています。彼に「自分はサイクリストで世界を走りたいと思っている」と話すと「モロッコでも自転車旅行者を見掛ける。出会ったら教えるよ」と言ってくれました。
バスの席は左の中央でした。
9時20分、イフレンのホテルでトイレ休憩。この街は軽井沢の様な森林の保養地です。気温は20.4℃で涼しくて清々しいから「アフリカ」なんて思えない環境でした。
道路わきにアトラスライオンの像があります。ローマ時代は見世物としてこの大型ライオンを捕獲したことと環境変化で絶滅したと思われていましたが、亜種がラバトの動物園に今でも居ると文献には書かれています。
ダイヤモンドの大きさを示す単位としてカラットがあり、その元となった豆がイフレンにもありました。日本語ではいなご豆ですが、ギリシャ語でキャラティオンと言い、この種の重さが約0.2gほどで一定だったことから豆の名前がダイヤモンドの単位の「カラット」になったそうです。
添乗員の小松さんはアトラス山脈の「アトラス」という言葉の意味をギリシャ神話から説明し、カラットの豆から貴重品としての金の地球上の総量とエジプトのピラミッドなどの墓から盗掘された金の流れも説明。本当に物知りだなあと恐れ入りました。
土獏の様な不毛の土地に見えますが少しは羊の餌になる様な草が生えていて、ベルベル族が羊の群れを連れて移動いるそうです。
羊が道路わきに居たのでバスを停めて現地ガイドのサイドさんが聞いてみると、水道があり水飲み場になっているので羊に水を飲ませているとのことでした。
イフレンからミデルトへ向かうN13の道路は車2台がすれ違うことは出来ますが細い道です。でも車が殆ど通らないからマイペースで走れそうです。
国道番号の表示や速度制限の標識は見かけません。
移動しながら羊を飼うベルベル族の人達はかまぼこ型のテントで生活しているそうです。11時過ぎ、道路の左にそのテントが見えました。
車窓の景色は真っ平でなくて起伏もあります。斜面のアラビア語はここの地名??車内温度は27.8℃でした。
12時前にミデルトMideltにあるレストランでマス料理の昼食を食べました。
この町はリンゴが取れます。飲み物はこの町のアップルサイダーにしました。イスラムの国だからこの店にはアルコールがありませんでした。
1時間20分の昼食が終わってバスが南へ走り始めると、街はずれに名産のリンゴのオブジェが交差点のサークルの中央にありました。
イフレンからミデルトのほぼ中間地点にはZAD峠(2178m)がありましたが、ミデルトから約20分走るとタンゴット峠TANGOUT(1907m)を越えます。
午後3時前、ズイズ川によって削られてグランドキャニオンの様な景観となったズイズ渓谷ZIZでバスを降りて写真タイム。
エル・ラシディアER RACHIDIAは1060m。大地が赤っぽく見えるのは鉄分が含まれるから。NHKのチコちゃんが「鉄が錆びるのは、錆びたがっているから~」とテレビでやっていたそうですが、鉄は自然界では錆びようとする。これを製錬して兵器に使った部族が銅剣の相手を撃破した。その歴史や、サハラ砂漠は鉄分が多くて赤い砂だが、リビアやエジプトの砂漠の砂は白い・・と説明する添乗員の知識にまたまた関心しながらバス旅行が続きます。
大切な水の蒸発を少なくして効率的に使える様に建設されたムハンマド5世ダムがありました。
地下水が湧き出るオアシスでなくて、川が流れる所は川オアシス。ズイズ川の恵みを受けてナツメヤシが群生している場所でバスを降りるとお土産を売っているオジサンが全員に味見をさせてくれました。1箱50DHでカルフールで売っていた高級品の46DHより高いけど、甘さは強くて10箱も買ってバスに持ち帰る人が居ました。
午後5時半、エルフードの街にある化石の加工工場を見学しました。昔海の底だった場所が近くにあり、そこにはアンモナイトやオーム貝の化石が集積しているので切り取ってテーブルや洗面台に加工したり、置物やブローチに加工・販売しています。
ミデルト以後、15時35分のトイレ休憩から、2回目のトイレ休憩でした。オーム貝は巻貝として知られていますが、古代のオーム貝はストレートだったそうでそれが進化してアンモナイトの様なクルクル巻いた貝になったそうです。以前に引率したグループの中の書道の先生が居て、文鎮として丁度いい大きさと重さだったので、生徒へのお土産に30本のオーム貝の化石を買ったことがあったとか。
三葉虫の化石。
アンモナイトの化石がある洗面台。
17時55分、工場を出ると6台の4輪駆動車が停まっていて6人づつに分乗してメルズーガへ出発しました。
暫く舗装道路を走りましたが、途中から舗装が無い平原を進み始めました。
他の5台の4WDは窓を閉めて、多分エアコンを入れて走っていましたが、私が乗った車の運転手はワイルドな運転が好きなのか、エアコン無しでドアは開けたままで他の車とは違うルートを突っ走りました。砂ぼこりを吸いこんでエンジンが傷まない様に、空気の取り入れ口がエンジンルームから煙突の様にフロントガラスの横を天井まで伸びていて、特殊装備のパジェロです。前の車の後を走ると砂埃の中を走ることになるので、バラバラにばらけて並行して走ると砂漠ではありませんが、パリダカの気分に少しづつなってきました。
丘の稜線で車が停まり、他の5台も同じ稜線に停まりました。特に添乗員から説明が無く、運転手はフランス語しか話さないので何故停まったのか理由は分かりませんでしたが、日が暮れる前の土獏とこれから向かうサハラ砂漠の方向を見せたかったのかな?
10分ほど停車後、また乗れと言われて4WDに乗り込むと6台が好き勝手に走るのですが、GPSの画面を拡大すると点線で道路らしいものが描かれているのに「道」という感覚でない平原でした。砂漠の際の集落メルズーガMerzougaまで同乗した5人はエアコンが無いし、乱暴とも言える運転で乗り心地は良くなかったかも知れないけれど、助手席に座ってほんの少しですが運転手とGPSを見せて会話してラリー車のナビゲーター気分で楽しい夕陽の中の疾走でした。
19時、メルズーガの「オーベルジュヤスミナ」Auberge Yasmina Merzougaにチェックインしました。ロビーでミントティーを配られて、テーブルに置いてあったレーズンとピーナッツを頂きました。
ホテルの部屋は2階にベランダがある広い部屋。エアコンも効いてリゾートらしく素晴らしい雰囲気です。洗面台はエルフードの工場で見たアンモナイト付きでした。旅行社の資料ではスタンダードクラス。このホテルのホームページでは一人35ユーロとなっていました。この安値でこの豪華な部屋?モロッコの南は物価が安いのかな。wifiはありませんがプールのあるホテルです。
7時半にバイキングの夕食を食べました。夕食後はホテルの裏の砂漠へ星空観賞に出かけました。ホテル「ヤスミナ」は土獏と砂漠の境目に建っているので、ホテルの裏は砂漠そのものです。懐中電灯で足元を照らすとラクダのウンチがいっぱいです。サンダルでも砂の上を十分歩けました。月が出ておらず、晴れていましたが、ホテルの明かりが近くにあるので、天の川まで見えるほど多くの星は見ることが出来ませんでしたが、それでも日本の自宅では見られない多くの星が見えました。
フェズFezーイフレンIfrane-ミデルトMidelt-エルフードErfoud-メルズーガMerzouga
GPS記録 登坂累計高さ:2,826m 最高標高:2179m 移動距離:341Km 移動時間6時間32分
最高時速:100Km/h 停止時間:1時間55分 (走行中に電源が切れたので実働より走行距離が短いようです)
宿:Auberge Yasmina Merzouga
今日は砂漠に向けて殆ど1日移動の日です。朝8時にホテルを出発です。バスのアシスタントのムハンマドさんは挨拶だけの日本語と、アラビア語、ベルベル語、英語、フランス語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語が話せるそうです。彼はスーツケースのバスへの積み下ろしと、毎朝の500ccのミネラルウォーターを出発した車内で一人づつに配ってくれます。その後は最前列のドアの補助席で前方を監視しています。彼に「自分はサイクリストで世界を走りたいと思っている」と話すと「モロッコでも自転車旅行者を見掛ける。出会ったら教えるよ」と言ってくれました。
バスの席は左の中央でした。
9時20分、イフレンのホテルでトイレ休憩。この街は軽井沢の様な森林の保養地です。気温は20.4℃で涼しくて清々しいから「アフリカ」なんて思えない環境でした。
道路わきにアトラスライオンの像があります。ローマ時代は見世物としてこの大型ライオンを捕獲したことと環境変化で絶滅したと思われていましたが、亜種がラバトの動物園に今でも居ると文献には書かれています。
ダイヤモンドの大きさを示す単位としてカラットがあり、その元となった豆がイフレンにもありました。日本語ではいなご豆ですが、ギリシャ語でキャラティオンと言い、この種の重さが約0.2gほどで一定だったことから豆の名前がダイヤモンドの単位の「カラット」になったそうです。
添乗員の小松さんはアトラス山脈の「アトラス」という言葉の意味をギリシャ神話から説明し、カラットの豆から貴重品としての金の地球上の総量とエジプトのピラミッドなどの墓から盗掘された金の流れも説明。本当に物知りだなあと恐れ入りました。
土獏の様な不毛の土地に見えますが少しは羊の餌になる様な草が生えていて、ベルベル族が羊の群れを連れて移動いるそうです。
羊が道路わきに居たのでバスを停めて現地ガイドのサイドさんが聞いてみると、水道があり水飲み場になっているので羊に水を飲ませているとのことでした。
イフレンからミデルトへ向かうN13の道路は車2台がすれ違うことは出来ますが細い道です。でも車が殆ど通らないからマイペースで走れそうです。
国道番号の表示や速度制限の標識は見かけません。
移動しながら羊を飼うベルベル族の人達はかまぼこ型のテントで生活しているそうです。11時過ぎ、道路の左にそのテントが見えました。
車窓の景色は真っ平でなくて起伏もあります。斜面のアラビア語はここの地名??車内温度は27.8℃でした。
12時前にミデルトMideltにあるレストランでマス料理の昼食を食べました。
この町はリンゴが取れます。飲み物はこの町のアップルサイダーにしました。イスラムの国だからこの店にはアルコールがありませんでした。
1時間20分の昼食が終わってバスが南へ走り始めると、街はずれに名産のリンゴのオブジェが交差点のサークルの中央にありました。
イフレンからミデルトのほぼ中間地点にはZAD峠(2178m)がありましたが、ミデルトから約20分走るとタンゴット峠TANGOUT(1907m)を越えます。
午後3時前、ズイズ川によって削られてグランドキャニオンの様な景観となったズイズ渓谷ZIZでバスを降りて写真タイム。
エル・ラシディアER RACHIDIAは1060m。大地が赤っぽく見えるのは鉄分が含まれるから。NHKのチコちゃんが「鉄が錆びるのは、錆びたがっているから~」とテレビでやっていたそうですが、鉄は自然界では錆びようとする。これを製錬して兵器に使った部族が銅剣の相手を撃破した。その歴史や、サハラ砂漠は鉄分が多くて赤い砂だが、リビアやエジプトの砂漠の砂は白い・・と説明する添乗員の知識にまたまた関心しながらバス旅行が続きます。
大切な水の蒸発を少なくして効率的に使える様に建設されたムハンマド5世ダムがありました。
地下水が湧き出るオアシスでなくて、川が流れる所は川オアシス。ズイズ川の恵みを受けてナツメヤシが群生している場所でバスを降りるとお土産を売っているオジサンが全員に味見をさせてくれました。1箱50DHでカルフールで売っていた高級品の46DHより高いけど、甘さは強くて10箱も買ってバスに持ち帰る人が居ました。
午後5時半、エルフードの街にある化石の加工工場を見学しました。昔海の底だった場所が近くにあり、そこにはアンモナイトやオーム貝の化石が集積しているので切り取ってテーブルや洗面台に加工したり、置物やブローチに加工・販売しています。
ミデルト以後、15時35分のトイレ休憩から、2回目のトイレ休憩でした。オーム貝は巻貝として知られていますが、古代のオーム貝はストレートだったそうでそれが進化してアンモナイトの様なクルクル巻いた貝になったそうです。以前に引率したグループの中の書道の先生が居て、文鎮として丁度いい大きさと重さだったので、生徒へのお土産に30本のオーム貝の化石を買ったことがあったとか。
三葉虫の化石。
アンモナイトの化石がある洗面台。
17時55分、工場を出ると6台の4輪駆動車が停まっていて6人づつに分乗してメルズーガへ出発しました。
暫く舗装道路を走りましたが、途中から舗装が無い平原を進み始めました。
他の5台の4WDは窓を閉めて、多分エアコンを入れて走っていましたが、私が乗った車の運転手はワイルドな運転が好きなのか、エアコン無しでドアは開けたままで他の車とは違うルートを突っ走りました。砂ぼこりを吸いこんでエンジンが傷まない様に、空気の取り入れ口がエンジンルームから煙突の様にフロントガラスの横を天井まで伸びていて、特殊装備のパジェロです。前の車の後を走ると砂埃の中を走ることになるので、バラバラにばらけて並行して走ると砂漠ではありませんが、パリダカの気分に少しづつなってきました。
丘の稜線で車が停まり、他の5台も同じ稜線に停まりました。特に添乗員から説明が無く、運転手はフランス語しか話さないので何故停まったのか理由は分かりませんでしたが、日が暮れる前の土獏とこれから向かうサハラ砂漠の方向を見せたかったのかな?
10分ほど停車後、また乗れと言われて4WDに乗り込むと6台が好き勝手に走るのですが、GPSの画面を拡大すると点線で道路らしいものが描かれているのに「道」という感覚でない平原でした。砂漠の際の集落メルズーガMerzougaまで同乗した5人はエアコンが無いし、乱暴とも言える運転で乗り心地は良くなかったかも知れないけれど、助手席に座ってほんの少しですが運転手とGPSを見せて会話してラリー車のナビゲーター気分で楽しい夕陽の中の疾走でした。
19時、メルズーガの「オーベルジュヤスミナ」Auberge Yasmina Merzougaにチェックインしました。ロビーでミントティーを配られて、テーブルに置いてあったレーズンとピーナッツを頂きました。
ホテルの部屋は2階にベランダがある広い部屋。エアコンも効いてリゾートらしく素晴らしい雰囲気です。洗面台はエルフードの工場で見たアンモナイト付きでした。旅行社の資料ではスタンダードクラス。このホテルのホームページでは一人35ユーロとなっていました。この安値でこの豪華な部屋?モロッコの南は物価が安いのかな。wifiはありませんがプールのあるホテルです。
7時半にバイキングの夕食を食べました。夕食後はホテルの裏の砂漠へ星空観賞に出かけました。ホテル「ヤスミナ」は土獏と砂漠の境目に建っているので、ホテルの裏は砂漠そのものです。懐中電灯で足元を照らすとラクダのウンチがいっぱいです。サンダルでも砂の上を十分歩けました。月が出ておらず、晴れていましたが、ホテルの明かりが近くにあるので、天の川まで見えるほど多くの星は見ることが出来ませんでしたが、それでも日本の自宅では見られない多くの星が見えました。
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