2022年の桜シーズンに自転車仲間である横浜在住のJimさんが恒例の桜井花見をするので、タイミングを合わせて桜井在住の現役歯科医でありかつ自転車仲間である「純ちゃん」別邸に集まり奈良の桜を愛でるポタリングに参加しました。
2022年4月4.5日(青春18切符による九州からの移動)
昨年はコロナ感染対策として長時間の列車に乗車することを避けて夜行バスと新幹線を利用しましたが、今年は移動の自粛が昨年ほど厳しくなかったので「青春18切符」を利用した九州から車窓を楽しむ旅としました。
4月4日 飯塚ー青春切符ー近江八幡
yahooの路線で調べた一番早い列車は最寄り駅発車が5時4分でした。
折尾・西小倉・下関・岩国・糸崎・相生・草津の合計7回の乗換えで18時56分に近江八幡に着きました。途中の乗り継ぎ時間が一番長い岩国駅では38分あったので駅構内を出て駅前をチェックしました。コンビニ(セブンイレブン)があるだけで食事を出来る店は閉まっているか、開いていても簡単な軽食のみで錦帯橋という名所が近い駅にも関わらず閑散としている雰囲気です。昔なら駅に売店があることも期待できましたが車社会になって鉄道の利用客が減り、経営効率の為でしょうが自販機がある程度で駅弁を買う楽しみはもう随分前から出来なくなり、青春18切符で長距離を移動するには事前に食料を調達して列車に乗り込む必要があります。
山陽本線は現在新山口駅の近くに娘が住んでおり、少し前まで新南陽駅から見える官舎に住んでいた事もあったので身近で見慣れた景色が車窓に見えます。
柳井から広島までは瀬戸内海が望めます。桜が咲いている里山、穏やかに流れる綺麗な川、緑の山、レンコン畑、昔からの茶色い瓦屋根の家と最近の工法で建てられた新築の住居。ロシア軍の爆撃によって焼け焦げたウクライナのビルや街の映像をテレビで毎日の様に見ているから、「日本は平和でいいなあ・・」と車窓の景色を見ていました。
姫路駅に停車している時、フッと開いていたドアから姫路城が見えた。何度もこの駅を青春切符の旅で通過していたが、ホームからお城が見えることに今まで気づいていなかった。
4月5日(火)奈良観光
近江八幡ー京都ー奈良ー桜井
滋賀の家を片付けた後、青春切符2枚目を使って12時26分の快速に乗り、京都経由奈良に午後2時過ぎ到着した。ゆめしまサイクリングをした横浜の自転車仲間であるJimさんが輪行して夕方桜井に来ることになっていた。彼より少し前に桜井に着けば良いので、奈良で途中下車して高校時代の友人に会ってみようと電話してみると出かける用事があるとの返事だったので、一人で散歩することにした。子供がまだ小さかった頃、大阪に帰省した正月は春日大社に初詣をしていたから、奈良は知っていたが随分昔の事であって今はどうなっているのか見ておきたいと思った。昔と同じ様に鹿が居た。県外からの観光客だけでなくて外国人が鹿の扱いに慣れていなくて事故があるといけないから英語、中国語、韓国語を併記した警告看板がありました。(勿論こんな物は40年前には無かった)
興福寺までの距離が「えらい遠いなあ」と感じたので駅前の観光案内所で入手した地図をよく見るとJRの奈良駅から奈良公園までの間の近鉄の奈良駅があった。昔よく奈良に来ていた頃はJRでなく近鉄を利用していたから、それで奈良公園までの距離が近かったのだと分かった。
猿沢の池から南円堂への階段を登って先ず、興福寺の境内に入ってみた。奈良は桜が満開の季節。
五重塔が有名だけど中金堂が目立っていた。中金堂は2018年に301年ぶりに再建されたから立派に見えたのだろう。
興福寺から春日大社に向かって歩くと鬱蒼とした森に入って行きます。春日山原始林は春日大社から奥(東側)に在りますが、繁茂した巨木の雰囲気はここでも十分に聖域としての自然を感じる事が出来ます。
春日大社まで行く時間が取れそうになかったので、随分昔に訪れて記憶が定かでない東大寺を観てみようと左折して東大寺まで行きましたが、途中で外国人の姿を見かけることはありません。きっとコロナ前なら中国語や韓国語の他色んな国の人が歩いていたのだろうと思われます。歴史研究家でも無い私は拝観料が勿体ないから、外観と雰囲気だけを見れば十分なので写真を撮って駅まで戻りました。
JR奈良駅から青春切符で桜井まで乗り、歯科医院を開業されている自転車仲間の「純ちゃん」の別邸には午後5時過ぎに到着しました。用意された布団など寝具を整えて、もう一人の自転車仲間であるJimさんの到着を待ちました。Jimさんが、しまなみ海道を走って尾道から輪行して桜井に到着後、一緒に近くのスーパーまで食材を調達し、今年も再開出来た乾杯をして食事の後歓談しました。
2022年4月4.5日(青春18切符による九州からの移動)
昨年はコロナ感染対策として長時間の列車に乗車することを避けて夜行バスと新幹線を利用しましたが、今年は移動の自粛が昨年ほど厳しくなかったので「青春18切符」を利用した九州から車窓を楽しむ旅としました。
4月4日 飯塚ー青春切符ー近江八幡
yahooの路線で調べた一番早い列車は最寄り駅発車が5時4分でした。
折尾・西小倉・下関・岩国・糸崎・相生・草津の合計7回の乗換えで18時56分に近江八幡に着きました。途中の乗り継ぎ時間が一番長い岩国駅では38分あったので駅構内を出て駅前をチェックしました。コンビニ(セブンイレブン)があるだけで食事を出来る店は閉まっているか、開いていても簡単な軽食のみで錦帯橋という名所が近い駅にも関わらず閑散としている雰囲気です。昔なら駅に売店があることも期待できましたが車社会になって鉄道の利用客が減り、経営効率の為でしょうが自販機がある程度で駅弁を買う楽しみはもう随分前から出来なくなり、青春18切符で長距離を移動するには事前に食料を調達して列車に乗り込む必要があります。
山陽本線は現在新山口駅の近くに娘が住んでおり、少し前まで新南陽駅から見える官舎に住んでいた事もあったので身近で見慣れた景色が車窓に見えます。
柳井から広島までは瀬戸内海が望めます。桜が咲いている里山、穏やかに流れる綺麗な川、緑の山、レンコン畑、昔からの茶色い瓦屋根の家と最近の工法で建てられた新築の住居。ロシア軍の爆撃によって焼け焦げたウクライナのビルや街の映像をテレビで毎日の様に見ているから、「日本は平和でいいなあ・・」と車窓の景色を見ていました。
姫路駅に停車している時、フッと開いていたドアから姫路城が見えた。何度もこの駅を青春切符の旅で通過していたが、ホームからお城が見えることに今まで気づいていなかった。
4月5日(火)奈良観光
近江八幡ー京都ー奈良ー桜井
滋賀の家を片付けた後、青春切符2枚目を使って12時26分の快速に乗り、京都経由奈良に午後2時過ぎ到着した。ゆめしまサイクリングをした横浜の自転車仲間であるJimさんが輪行して夕方桜井に来ることになっていた。彼より少し前に桜井に着けば良いので、奈良で途中下車して高校時代の友人に会ってみようと電話してみると出かける用事があるとの返事だったので、一人で散歩することにした。子供がまだ小さかった頃、大阪に帰省した正月は春日大社に初詣をしていたから、奈良は知っていたが随分昔の事であって今はどうなっているのか見ておきたいと思った。昔と同じ様に鹿が居た。県外からの観光客だけでなくて外国人が鹿の扱いに慣れていなくて事故があるといけないから英語、中国語、韓国語を併記した警告看板がありました。(勿論こんな物は40年前には無かった)
興福寺までの距離が「えらい遠いなあ」と感じたので駅前の観光案内所で入手した地図をよく見るとJRの奈良駅から奈良公園までの間の近鉄の奈良駅があった。昔よく奈良に来ていた頃はJRでなく近鉄を利用していたから、それで奈良公園までの距離が近かったのだと分かった。
猿沢の池から南円堂への階段を登って先ず、興福寺の境内に入ってみた。奈良は桜が満開の季節。
五重塔が有名だけど中金堂が目立っていた。中金堂は2018年に301年ぶりに再建されたから立派に見えたのだろう。
興福寺から春日大社に向かって歩くと鬱蒼とした森に入って行きます。春日山原始林は春日大社から奥(東側)に在りますが、繁茂した巨木の雰囲気はここでも十分に聖域としての自然を感じる事が出来ます。
春日大社まで行く時間が取れそうになかったので、随分昔に訪れて記憶が定かでない東大寺を観てみようと左折して東大寺まで行きましたが、途中で外国人の姿を見かけることはありません。きっとコロナ前なら中国語や韓国語の他色んな国の人が歩いていたのだろうと思われます。歴史研究家でも無い私は拝観料が勿体ないから、外観と雰囲気だけを見れば十分なので写真を撮って駅まで戻りました。
JR奈良駅から青春切符で桜井まで乗り、歯科医院を開業されている自転車仲間の「純ちゃん」の別邸には午後5時過ぎに到着しました。用意された布団など寝具を整えて、もう一人の自転車仲間であるJimさんの到着を待ちました。Jimさんが、しまなみ海道を走って尾道から輪行して桜井に到着後、一緒に近くのスーパーまで食材を調達し、今年も再開出来た乾杯をして食事の後歓談しました。