久しぶりにパソコンを開けてみると、中学時代の友達からのメール。年末突然、お母様を亡くされた彼女から茶のお誘い。飛んで伺ったが、彼女はもう大阪。でも今週里帰りとのことで、お茶の時間が持てそうなので、良かったです。
お母さんはお正月用の裏白を取りに行かれて、そのままだったようで、あまりにも、あっけない去り方だったようです。
私も何かそんなことは遠い先のことと、漫然とおこたつで過ごしているけれど、何時、私達皆にもいつお呼びがかかるか解からない。60歳を二、三年過ぎると、体の調子が以前と異なる。減量中なので、ご飯一杯と決め、過ごしていると、もう食べ過ぎると、胃の調子が何だか変。これも意外なきずきです。もう小食におやつも少なくと意識した新年です。
そんな折り、友達から断食道場に行ったとの年賀状。そう、もう、私達はそんなことを意識して生活しなければいけないようだ。
何時お迎えが来てもいいように、真摯に生きていかなければと思いました。
正月は冥土への一里塚でしたね。
今年は実感がこもり、しっかり受け止めています。
明日はお寺で先代坊様の一回忌。夕方は宮講。今回はお客さんで出席。家を代表して出ます。お客としては、初デビユーです。男性が殆ど、女性が出るのは多分私が始めてかもしれないです。もうすっかり田舎に馴染んでいるので、抵抗感はなし。先月は私達の組の当番。沢山のお客さんでした。これまで当番以外は男の中に出るのに、戸惑っていましたが、今年から、家を代表して参加。
田舎の男性のお話会を楽しみましょう。
若い方は洗練されているので、お酒が出ても大丈夫でしょう。年輩者にお酒が入るとややこしいので、困ります。でも60歳も過ぎると処理の仕方もわかってきましたので、まあ、まあと観察させていただきましょう。
冬の村の親睦会のようです。
また、その内、女の観音講があるはずです。
昔から、農村では冬、集って、親睦を深め、結束を固めたのでしょうね。
氏神さんの下や、先祖供養という目的を持っての一種のレクレーションでしょうね。
冬、閑と言っても、なにやらかにやら、行事続きます。
どんどこどんどこ、雪の中、何かが走り抜けます。
お母さんはお正月用の裏白を取りに行かれて、そのままだったようで、あまりにも、あっけない去り方だったようです。
私も何かそんなことは遠い先のことと、漫然とおこたつで過ごしているけれど、何時、私達皆にもいつお呼びがかかるか解からない。60歳を二、三年過ぎると、体の調子が以前と異なる。減量中なので、ご飯一杯と決め、過ごしていると、もう食べ過ぎると、胃の調子が何だか変。これも意外なきずきです。もう小食におやつも少なくと意識した新年です。
そんな折り、友達から断食道場に行ったとの年賀状。そう、もう、私達はそんなことを意識して生活しなければいけないようだ。
何時お迎えが来てもいいように、真摯に生きていかなければと思いました。
正月は冥土への一里塚でしたね。
今年は実感がこもり、しっかり受け止めています。
明日はお寺で先代坊様の一回忌。夕方は宮講。今回はお客さんで出席。家を代表して出ます。お客としては、初デビユーです。男性が殆ど、女性が出るのは多分私が始めてかもしれないです。もうすっかり田舎に馴染んでいるので、抵抗感はなし。先月は私達の組の当番。沢山のお客さんでした。これまで当番以外は男の中に出るのに、戸惑っていましたが、今年から、家を代表して参加。
田舎の男性のお話会を楽しみましょう。
若い方は洗練されているので、お酒が出ても大丈夫でしょう。年輩者にお酒が入るとややこしいので、困ります。でも60歳も過ぎると処理の仕方もわかってきましたので、まあ、まあと観察させていただきましょう。
冬の村の親睦会のようです。
また、その内、女の観音講があるはずです。
昔から、農村では冬、集って、親睦を深め、結束を固めたのでしょうね。
氏神さんの下や、先祖供養という目的を持っての一種のレクレーションでしょうね。
冬、閑と言っても、なにやらかにやら、行事続きます。
どんどこどんどこ、雪の中、何かが走り抜けます。