◎アメリ(2001年 フランス 121分)
原題/Le Fabuleux destin d'Amelie Poulain
監督/ジャン=ピエール・ジュネ 音楽/ヤン・ティルセン
出演/オドレイ・トトゥ マチュー・カソヴィッツ ドミニク・ピノン ヨランド・モロー
◎今この瞬間、何人がオーガズムに達しているのかしら?
なんてことを、モンマルトルの丘に佇みながら真剣に空想しているのは、もしかしたらアメリと僕くらいしかいないんじゃないかっておもうのは、あきらかに間違ってる。でなければ、この映画が配給会社初の大ヒットになるはずもないし、以後の配給の流れの中に芸術作品という分類が生まれるはずもない。
だから、世の中というのは、意外に信じられないようなくだらないことを、大のおとながくそまじめに空想してるもんなんだよね~ってことを、ぼくたちは本気で信じるべきなんじゃないだろうか。
だから、おそらくは、こんな雑文を書いている今このときも、日本では数え切れないくらいのカップルがオーガズムに達してるんだね、きっと。
で、だ。
アメリのように、母親がノートルダム寺院で落ちてきた観光客と接触して他界するとか、家族との触れ合いもなく、厳格な父親が心臓の検査のために自分の胸を触れたことに興奮し、それで、父親が心臓に欠陥があると信じてしまったために、自分の部屋に閉じ籠もらざるを得なくなるような人間は少ないかもしれないし、いたずら半分に犯罪すれすれのことをして小さな幸せを与えてあげようという、いびつなロマンチックさをそのまま展開しつつも恋にはきわめてうぶというのは、おとなのおとぎ話としては成立するものの、現実ではこんなに可憐にはいかない。
せいぜいできることといえば、テディベアかなんかを連れて世界中を旅し、あるいは知り合いに頼んでベア入れ込みの写真を撮ってもらうくらいなことだろう。
にしても、ひとつの映画でこれだけつらつらと考えさせてくれるのは、それだけこの映画の印象がつよく、好感度が高かったからにほかならない。もっというと、いかにもフランス的な音楽も良くって、ひさしぶりに「サントラを買いたいわ~」とかおもってしまったくらいだ。
心理的に均衡を失いつつある主人公の心の鍵になる玉手箱を見つけるお話ってやつは、ほんと、観てて心臓が楽になるわ。