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月の岩戸

世界はキラキラおもちゃ箱・別館
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神の空

2013-11-04 13:57:32 | 天然システムへの窓
深い。広がってきている。



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ばらの”み” 14

2013-11-04 03:27:07 | 月夜の考古学

「大丈夫よ。笑ったりしないわ」
 すると、香名子の顔が見る間にくずれて、涙がぽろぽろと頬を流れた。
「まあまあ、何で泣くの? 泣かないで。お話をしてくれるんでしょ?」
「だ、だって、わたしの言うことなんて……」
 香名子はうつむいて、めそめそと泣きながら言った。おかあさんは、そんな香名子の様子に、よく泣く子だなあと思いながらも、気持ちをなだめるように、もう一度やさしく言った。
「さあ、お願い。おばさんたちに話してくれる?」
 すると、香名子は、しばし考え込むようなそぶりを見せてから、涙をふき、ごくりとつばを飲んだ。そして、おかあさんの笑顔が変わらないのを、ちらりと確かめると、ようやく安心したかのように、ぽつぽつと語りだした。
「……あれは、小学校三年の時……。おとうさんが、ドライブ旅行に連れていってくれたことがあるんです……」
「まあ、どこに連れていってくれたの?」
「名前は忘れちゃったけど、どこかの海岸……。初夏の、晴れた日で、海がすごく青く光ってて……そして浜辺には、一面に花が咲いてたの……」
 香名子は、あふれ出てくる思い出をかみしめるような、せつなげな瞳で、宙を見つめた。おかあさんがやわらかな声でたずねた。
「まあ、それはどんな花?」
「……赤くて、芯が黄色で、とてもきれいな花。とってもいい匂いがするの。もう一面に、いっぱい咲いてるの……。広い浜辺が、まるでじゅうたんみたい、花ばっかりで、とってもきれい……。そして、その向こうには、水色のサテンのリボンみたいに、海がきらきら光ってるの。わたし、あんなの見たの、初めてだったから、すっごくびっくりして、おとうさんに、あれ何って聞いたの。そしたら、おとうさんは、あれは、ハマナスだよって……」
「ハマナス? なんだか変な名前」
 口をはさんだ要に、おかあさんが言った。
「ハマナスは、ばらの花の仲間なのよ、カナメ」
「ばら! 要、ばらの花なら好きだよ! いい匂いがして、花びらがやわらかくて、すべすべしてるんだ!」
 要が言うと、香名子はうなずいた。
「……うん。そうなの。ばらの仲間なの。おとうさんも、そう言ってた。それに、秋になったら、ハマナスにはきれいな赤い実がなって、それが、とてもおいしいんだって……」
「ええ、ばらの実って、食べられるの?」
 香名子は、なんだか少し落ち着いてきた様子で、要の方を向いて笑顔を見せた。
「普通のばらの実は食べられないけれど、ハマナスは食べられるんだって。それに、本当は、リンゴもサクランボも、ばらの仲間なんだって……」
「へえ、香名子ちゃんのおとうさんって、もの知りなんだね」
 無邪気にいう要に、香名子はまたほほ笑んだ。
「わたしも、ばらの実が食べられるって、知らなかったから、おとうさんに、食べてみたいって、言ったの。おとうさんは、秋にならないと食べられないよって。だから、秋になったらまたここに来ようって……。でも、秋になる前に、おとうさん……」
 突然、画面が暗転するように、香名子がうつむいた。しばらく耐えていたが、がまんしきれずに、おしころしたすすり泣きが口からもれた。要は不思議そうに、そんな香名子の気配をうかがっている。台所でミルクをすすっていた環も、そっぽをむいたまま、じっと耳をすましていた。
「……わたし、その時、近所の公園で、友だちと遊んでたの。そしたら、おばあちゃんが、探しにきて……。わけわかんなかった。事故だって。車が、がけから落ちたんだって……。そんなこと言われてもわかんない。信じられない……。わたし、泣いて、ずっと泣いて、そのうちに、なんだか、頭が、こわれちゃって……、気がついたら、家の庭にすわりこんで、沓脱ぎ石を、金づちで、たたいてたの。涙がぽろぽろ流れて、自分でも、何してるんだって思ったけど、やめられなかったの……。おかあさんがきて、もうやめなさいっていうまで、ずっと、たたいてたの……」
 つまりながら何とかそこまで言うと、香名子はぐっと声を飲んだ。涙がまたぽたぽたと落ちた。おかあさんは、なんと言っていいのかわからず、つらそうな顔で香名子を見つめた。香名子は、しばしぐずぐず鼻をならして泣いていたが、やがてすっと涙をふき、顔を上げた。
「その年のクリスマスに、わたし、夢を見たんです」
「夢?」
 いきなり香名子の口調が変わったので、おかあさんは少し面食らった。香名子はそれまでとは打って変わり、まっすぐにおかあさんを見て、意見発表の時のように、すらすらと話し出した。それはまるで、香名子の中に二つの違う顔があって、それがスイッチひとつで切り替わったかのようだった。
「夜だったわ。外で、鈴の音がしたような気がして、窓を開けたら、黒い夜空に、星が一面に出ていて、流れ星みたいな大きな光の筋が、すうっと空を横切って、地面に落ちたの。そしたら、どこからか声がきこえて、言うの。『カナコ、ばらの実だよ!』って。……そして、ふと気がついたら、わたし、いつの間にか、一面のハマナスの花の中に立ってたの。耳をすましたら、かすかに、海の音が聞こえた。ああ、ここ、前におとうさんと来たとこだ! わたし、なんだか、すぐそばにおとうさんがいるような気がして、『おとうさん、実はどこ? お花ばっかりだよ』って、言ってみたの。そしたら急に、わたしの後ろに、だれかの気配がしたの。びっくりした。ほんとに、おとうさん? て思った。でも、ふりかえれなかった。ふりかえったら、なんだ、こわれちゃうような気がして……ドキドキしながら、そのままじっと、もう一度声が聞こえるの、待ってた……。
 しばらくしたら、わたしの肩の後ろから、すうっと太い男の人の腕が、伸びてきたの。驚いたのは、その腕が、サンタみたいな赤い服を着てたことなの。ちゃんと、そで口に白い毛皮の飾りもついてた。鈴の音もしたわ。とても大きな手で、その手は、近くの花を一輪つんで、それをわたしの口元まで持ってきてくれたの。そして、花を手の中にそっと包みこんで、こんなふうに、くるくるって、回して、また手を開いたの。そしたら、まるで手品みたいに、赤い実が、ころんと出てきたの……」
 手振りを交えながら、いっきにそこまで話すと、香名子は長い息を一回して、それからまた目を宙にあげた。
「やっと、声が、聞こえて……、それは、まるで、おとうさんがずっと年をとったような、なつかしくて、とてもやさしい、おじいさんの声だったわ。『ほら、食べてごらん、カナコ』って……。わたし、おそるおそる、実をとって、口の中に入れたの……」
「おいしかった?」
 おかあさんが、言うと、香名子はかみしめるように言った。
「……うん! とても、おいしかった。ほんとよ。ほんとに味がしたの。甘酸っぱくて、口の中で、雪みたいにすっととけて、そして、なんだか胸が痛いような、泣きたくなるみたいな、……なんて言ったらいいか、わからないけど、そんな味だったの。目が覚めても、口の中にその味が残ってて……。わたし、なんだかわけもなくうれしくて、急いでおばあちゃんのところに行って、その夢のことを話したの。そしたらおばあちゃんは、ああ、それはおとうさんがサンタになって、約束を果たしに来たんだって、言ったわ。それに、おばあちゃんは、いつも言ってくれるの。おとうさんは、ただ目に見えなくなっただけだよって。今も、どこかで、ずっとカナコのことを見てるんだよって……」
 おかあさんが、ほうっと、ため息をついた。
「すてきなおばあちゃんね……」
 香名子は、瞳を少し伏せながら、いくぶん声を沈めて、続けた。
「……学校の友だちにこのことを話すと、みんなバカにする。でもわたし、今でも、あれは本物のおとうさんだって、信じてる。本物の、わたしの、サンタクロースだって……」
 香名子は、何かを思い出してでもいるように、少しくちびるをふるわせた。しばしの間、いとおしげに香名子を見てほほ笑んでいたおかあさんが、何かを言おうと口を開きかけた時、横から急に要が大声で割り込んだ。
「ねえ、要、今すごいこと発見したよ! カナコちゃんって、カナメと少し名前が似てるんだ!」
「あ、そ、そう?」
 香名子は要の大きな声に、少しびっくりしたように、答えた。要は、香名子の名前を、音を一つ一つ区切りながら、味わうように唱えた。
「ユ・カ・ワ・カ・ナ・コ……か、『カ』が二つだね。カナメはねえ、ス・ナ・ダ・カ・ナ・メ。『ナ』が二つだよ。ねえ、カナコちゃんは、『カ』と『ナ』とどっちが好き?」
「どっちって……、そうだな、どっちも好き、だけど……」
「要も、両方好き! あのね、『カ』はね、おかあさんが作るポップコーンみたいに、ぱちぱちはじけてる、元気な音なの。それでね、『ナ』はね、赤ちゃんの毛布みたいに、やーらかーくて、暖かいんだよ。『カ』と『ナ』が両方続くとね、おかあさんみたいに、強くて、やさしーく、なるんだよ!」
香名子は最初、要の強引さにちょっととまどっているようだったが、やがて興味をひかれたように要の話に身を乗り出した。おかあさんは、楽しそうに笑って、二人の様子を見守っている。
「……ふーん、すごいなあ。わたし、名前のことで、そんなふうに考えたことなかった」
 香名子が言うと、要はうれしそうに笑って言った。
「サンタさんがね、名前いっぱい集めなさいって言ったの! 要、あれから、いろんなこと、考えてたんだ。サンタさんが言ったとおり、音には、一つ一つ、秘密があるんだよ。要、いつか、ぜーんぶ、音の秘密を見つけるんだ!」
「音の秘密か……。なんだか、要ちゃんて、音が見えてるみたいだね」
 香名子がふと言うと、それを聞いた要の顔がまるで、フラッシュをたいたみたいに、ぱっと輝いた。
「……そうだよ! そうだよ! うわぁ、カナコちゃんって、すごい! そうだよ! 要って、音が見えるんだよ! すてき! ね、おかあさん!」
「あら、おかあさんはずっと前からわかってたわよ」
 おかあさんの笑い声を受けて、要は大はしゃぎで続けた。
「でね、でね、カナコちゃん! 要ね、本当は、一番好きなのは『ミ』なの。『ミ』はね、丸くて、かわいくて、それでいて、どこか知らないとこに向かって、すうっと伸びてるような感じなんだよ。カナメっていう名前も、本当は『カナミ』の方が、かわいいなって、思ってたんだよ! ね! おねえちゃんも前に言ってたよね! 『タマキ』より『タマミ』の方がいいって、前に……」
 その時、突然、けたたましい音が響いて、辺りが静まり返った。
 いっせいに、みんなの目が、台所に集中した。白いミルクのしぶきと、割れたマグのかけらが、台所の床に散乱している。みんなは、玉のれんの向こうで、凍りつくように立ち尽くす環の影を見た。環は、テーブルの上においてあった醤油のびんをつかむと、それをまた思い切り床に投げ付けた。鈍い音といっしょにふたが外れて、黒い液体が床の上に広がった。
「……バカみたい! いい年してそんな幼稚な話、真剣にやるなんて! おかあさんも要も、わたしの気持ちなんて、ちっともわかってないんだ!」
「タマキ!」
 おかあさんが立ち上がる気配を見せると、環はさっと身をひるがえした。そして環の剣幕におろおろしている香名子を尻目に、走るように居間を出て階段を上った。
 部屋のドアを思いきり閉めて、鍵をかけると、環はベッドの上に身を投げた。まるであざ笑うように、思い出したくない光景が落ちてきて、環はたまらず、大声をあげて泣き出した。

(つづく)



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