ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

危機の地域医療

2009年08月01日 | 地域医療

****** 東京新聞、埼玉、2009年7月31日

医師の不足 『命軽視した政治の結果』 

休診 中核病院まで

 「常勤医師不在となるため、耳鼻咽喉科診療を一時休診とさせていただきます」。六月末、深谷市の深谷赤十字病院は、七月から同科の外来を休止する通知をホームページに掲載した。

 十月には心臓血管外科の担当医二人が退職予定で、後任確保は難航している。見つからなければ、同科も休診だ。「急性心筋梗塞(こうそく)などの患者を受け入れられなくなる。ここまできてしまった」。諏訪敏一院長はため息をついた。

 同病院は、県北部で唯一、救命救急センターと地域周産期母子医療センターの指定を受ける地域医療の核。しかし、勤務医の退職が相次ぎ、補充できないまま対応できる診療内容が減る悪循環が続いている。

 常勤医師総数は四年前の七十六人から六十五人に。特に内科は十八人が十二人に減り、日中の外来を五人から三人態勢に縮小した。

 小児科医も五人から三人に。未熟児や、病気を持って生まれた赤ちゃんを治療する新生児集中治療室(NICU)を完備しているのに人員配置がままならず、開店休業状態だ。全科で五百六床あるベッドも四十七床を閉鎖中だ。

 一九八〇年代からの政府による医療費・医師数抑制を背景に、「地域医療に穴を開けられない」と頑張った結果、残った勤務医の労働環境は悪化の一途。「日中勤務して当直に入り、翌日もそのまま診察や手術をする。三十六時間勤務も当たり前」なのが現実だ。

 燃え尽きるように医師は疲れ果て、退職が相次いだ。さらに二〇〇四年の研修医制度改定で大学病院医局から医師の派遣を受けにくくなり、医師不足はさらに深刻に。綱渡りの綱は切れた。

 諏訪院長は「救急医療なんてなおのこと、とっくに崩壊している。命を軽視した政治がこの状況を生んだ」と憤りを隠さない。

 地元の深谷市・大里郡医師会の地域医療担当・金子勝理事は「深谷赤十字が受け入れてきたこの地域の重篤な患者を、遠くの病院へ送るようになった。患者の負担が増している」。五月には行政も巻き込んで初めて意見交換会を開いたが、解決策は見えない。

 疲弊した現場で、政治は何をしてくれるのか。諏訪院長は「勤務医がきちんと勉強しながら、現場で気分的にも時間的にも余裕を持って働ける財政的裏付けが必要だ」と強調する。それを実現できる政権を選ぶことが、医療を立て直すカギになる。「どの地域でも医療崩壊はひとごとではない。選挙に行って声を上げてほしい」 【柏崎智子】

(東京新聞、埼玉、2009年7月31日)

****** 秋田魁新報、2009年8月1日

危機の地域医療 

「お年寄り 行き場失う」 

医師不足、過疎地を直撃

 「病院がなくなるのではないかと不安。自宅で面倒を見てもらえないお年寄りは、行き場がなくなってしまう」

 北秋田市米内沢の北林栄紀さん(64)が、表情を曇らせた。北林さんの義母(77)は4年前から自宅近くの公立米内沢総合病院に入院しており、寝たきりとなっているからだ。

 北林さんは5人暮らし。家族を中心に地元で約70年続く食堂を切り盛りしており、仕事は午前9時ごろから午後8時ごろまで。北林さんは昼の出前を担当するほか運転代行業も行っており、自宅に帰るのは連日深夜になる。在宅で義母を十分に介護するだけの時間的余裕は家族になく、「過疎化で売り上げも年々減っている。暮らしは楽ではない」と北林さん。一家にとって、義母を安心して預けられる公立米内沢は心強い存在だ。

 ◇    ◇

 全国的な医師不足で、同市内の公立病院は苦境に立たされている。常勤医2人(歯科医を除く)の市立阿仁病院は10月から無床診療所に改組、同月開業予定の北秋田市民病院(指定管理者・県厚生連、320床)は常勤医を計画の約半数の15人しか確保できず、稼働病床も約半数にとどまる見通し。公立米内沢は、市民病院と連携し病状の安定した患者を受け入れる計画だったが、同病院の医師不足のあおりを受け、同月以降の運営規模は不透明なままだ。

 「市民病院に加え、赤字体質が深刻な公立米内沢を計画通りに存続させることは財政的に困難」と市幹部。市は今後、市民病院の運営にも公費負担(赤字補てん)を余儀なくされる見通しとなっており、公立米内沢の大幅な規模縮小は不可避との見方を示す。

 その一方で、縮小に伴い入院患者が退院を迫られた場合、受け皿となるはずの市内の施設、病院に余裕はない。市高齢福祉課によると、市内の特別養護老人ホームは入所待機者が200人以上おり、利用者負担が重い介護老人保健施設でさえ満床状態。市民病院も、医師不足のため対応できる入院患者数は限られる。北林さんは「在宅介護をしようにも、日々の暮らしがそれを許さない。どうすればいいのか」と戸惑っている。

 ◇    ◇

 国は、医師不足を招いたとされる新人医師の臨床研修制度を来年度から見直すことを決定。また、追加経済対策として、自治体の医師確保や病院再編などを支援する地域医療再生基金(3100億円)を創設した。しかし、この地域が対象になるかや、政策の効果がすぐ表れるかなどは未知数だ。

 衆院選を控え、多くの政党が医学部の定員増など医師不足対策を掲げ、崩壊の危機に直面する地域医療の立て直しを訴えている。北林さんは「『暮らしの安心』を守ってくれる政策を提示しているところ(政党)に、一票を投じたい」と力を込めた。

臨床研修制度

 新人医師に病院での研修を義務付ける制度で、2004年度に導入。研修先を自由に選べるため、新人医師が都市部に集中し、人手不足に陥った大学病院が地方の自治体病院などに派遣していた医師を引き揚げたことで、医師不足が加速したとされる。来年度から、都道府県や病院ごとの募集定員の制限、必修診療科目数の削減を柱とした見直しが行われる。

(秋田魁新報、2009年8月1日)

****** 毎日新聞、京都、2009年7月31日

偏在と膨張の構造見直せ 

原則公営化含め、早急に議論を

泉 孝英さん(73) 中央診療所理事長・京都大名誉教授。1965年京都大医学博士。89~99年、京都大教授として胸部疾患研究所、付属病院呼吸器内科などに勤務。99年から現職。06~08年に滋賀文化短大学長。

医師の不足や偏在を含め、医療崩壊が指摘される現状をどう見る?

 日本と同じく国民皆保険の英国、スウェーデンの両国と比較して整理したい。05年のデータでは、日本は両国に比べ、人口当たりの医師数は83%、59%と少ない。それ以上に問題なのは国民1人当たりの受診回数が2・7倍、4・9倍と多いことで、医師1人当たりの診療回数は3・2倍と8・2倍だ。医師が多忙すぎて、いい医療を望めなくなっている。

 また、両国では医療機関が原則的に公営か半公営で、医師・看護師は準公務員であるのに対し、日本は大半が私営だ。医師の養成課程も、両国がすべて国公立なのに、日本は授業料が極めて高額の私立大が3分の1を占める。施設も人材も採算のいい地域・部門に集まるのは当然の帰結で、そもそも偏在のない適正な配置は不可能な構造になっている。

医療費の増加については?

 両国では、外来は診療所、病院は入院・救急と、役割が明確に分担されている。スウェーデンでは65歳以上の患者は医師ではなく、看護ステーションで看護師に最初に診てもらう。そして前述のように公営・半公営だから一定の予算配分がなされ、その中で医療を提供している。

 だが、日本は「フリーアクセスと出来高払い」が基本だ。どの病院でも何回でも受診できる。医療機関にとっても出来高払いのため、数が増えれば稼ぎになる。薬と検査が多いのも特徴で、人口当たりのCT台数は両国の7~12倍、MRI台数は4~7倍、投薬量は3~4倍だ。06年データをみると、医療機関の支出では人件費が60%なのに、収入では医師の技術料は34%。足りない分を投薬・注射と検査で補い、機器メーカーや製薬会社にもカネが流れる。医療費が膨らむのは当然だ。

政治家に何を望む?

 これらの現状、構造的な問題を直視し、根本から議論してほしい。そもそも医療は採算が取れるものではなく、利権の対象にすべきではない。誰もが標準的な医療を受けられるようにするには、両国のように原則公営にし、医師・看護師は公務員にすべきだと思う。警察・消防と同じく計画的に配置でき、偏在などなくなる。そして税金でまかなうのだから、無駄は省く。両国とも公営化の議論から実施までに半世紀くらいかかっている。すぐに議論を始めるべきだ。 【聞き手・太田裕之】

(毎日新聞、京都、2009年7月31日)


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