ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

愛育病院、総合周産期母子医療センター継続を決定

2009年05月16日 | 地域周産期医療

****** m3.com医療維新、2009年5月14日

「宿直は夜勤」なら、手当が支払える財源投入を

----愛育病院・中林正雄氏に聞く

“総合周産期母子医療センター”継続決定の経緯

【村山みのり、m3.com編集部】

 4月24日、東京都に総合周産期母子医療センター(以下「総合センター」)の指定返上を打診していた愛育病院(東京都港区)は、非常勤医師の増員などにより医師の勤務体制が整ったとして、総合センターとして継続することを決定した。 3月の労基署勧告後の院内体制の整備、指定返上を取りやめた背景、今回の出来事が医療界に与えた影響などを、愛育病院院長・中林正雄氏に聞いた(2009年5月1日にインタビュー)。

――総合センター指定の返上を取りやめた経緯をお教えください。また、3月に東京都へ返上を打診した際、理由として、非常勤医師のみによる当直体制、母子医療を専門とする病院であり、救急救命センター等を併設していないことなどを挙げていましたが、これらについての東京都や厚生労働省の見解は。

 これらの2点は、東京都としては差し支えないとの見解が出ました。当直体制については、都立墨東病院でも非常勤医師のみによる当直が行われており、医師が2人揃っていれば良いとのことでした。救急救命センターに関しては、厚労省医政局が、総合センターの設置基準について、連携病院を明らかにし、届け出を行えば良いとする文書を追加しました(編集部注:5月中に都道府県へ通知される予定)。愛育病院は以前から東京慈恵医大、日赤医療センターと連携しています。現実に、そのような病院が多くあるため、医政局も実態に沿ったものとなるよう対応を考えたのでしょう。

 東京都周産期医療協議会は、役員の交代時期であるなどの事情からまだ開催されていませんが、岡井崇昭会長(昭和大学産婦人科教授)から「そういうシステムであれば続けてほしい」との話もあり、続けることとなりました。

 むしろ愛育病院として考慮したのは、総合センターとしての十分な対応が、非常勤の医師でも行っていけるかどうかです。医療技術・知識的には問題ありませんが、総合センターにはコーディネーター的な役割があるため、それができるかどうか。非常勤であるが故に対応ができないということになると、病院としては大変責任が取りづらい。

 4月、過去に愛育病院に勤務し、現在大学に戻っている医師を中心に、経験があり、かつある程度上級クラスの医師に非常勤として来ていただいたところ、大変良く業務を行っていただけたため、これならば実質的には問題はないと担当部長が判断しました。

――労基署の是正勧告への対応、勧告後の勤務体制は。

 労基署へは改善後の体制を報告し、承認を受けました。

 愛育病院では、常勤医15人のうち、妊娠・出産・育児中の女性医師や他院へ出向中の医師などを除く5人の医師が夜間勤務に当たっていましたが、これに加え、現在3人の非常勤医師に来ていただいています。いずれも以前愛育病院で働いていたことのある医師で、夜間勤務はそれぞれ週1-2回、月6-8回程度。なお、これは暫定的な体制で、秋からは常勤医が2人増えるため、それ以降は常勤医で夜間勤務を行えるようになります。

 「36協定」も締結しました。あらかじめ時間外勤務時間数を定める必要がありますが、産科では「月45時間、年間360時間」という法定範囲に近い数字を出すことができるものの、NICUの担当医ではこれが全く不可能でした。結局、NICUの基準に合わせて、特例条項の時間数、標準の約2倍近い時間で届け出ています。おおむね常識的な範囲だと思います。

 現在NICUの医師は6人。これを7人にしなければ、どうしても勤務時間が長く、オーバーワークとなってしまいますが、NICUの医師は常勤・非常勤とも、どうにも見つけられません。

――今回の一連の出来事について、勤務している医師の反応はどのようなものでしたか。

 これまで、愛育病院では当直料を、所定の額に搬送数・分娩数などに基づいてランク付けした金額を上乗せする、という仕組みで支払っていました。これを、労働基準法に基づいた時間外手当とした結果、若い医師では以前よりも手当てが下がった状態が生じています。医長クラスも夜間勤務を行っているため、彼らにとっては多少の増額となりましたが、総額では大きな差はありませんでした。

 30代程度までの若い医師にとっては、月6回ほどの当直は、さほど負担・不満ではなく、むしろ収入源になっていました。産科医療従事者としては普通の回数であり、以前から当直の翌日は半日休みにしています。しかも時間外手当は30万円程度の収入になる。愛育病院は公務員準拠なので、基本給はさほど高くない。そこからすると、当直は少し多めの方が、収入が確保され、休みも取れて良かった。自身の勉強にもなることから、愛育病院では若い医師たちは比較的喜んで当直をしていました。

 そのため、今回労働基準法に沿った勤務体制となり、時間外手当が減ったことにより、その減収分が今後どう補てんされるのか、という不安の声の方がかえって聞かれます。今までそれで生活をしていたのだから、何らかの形で減給保障が必要だと考えていますが、非常勤の医師に支払う給与もあり、病院全体の人件費を大幅に上げる訳にはいきません。これはつらいところです。スタッフの給与の維持がどうしても困難であれば、分娩料を上げることも考えていかざるを得ないかもしれません。

――以前の勤務体制についても、院内の医師の間では特に問題視されていなかったということですか。

 愛育病院の勤務環境は、全国的に見れば非常に恵まれています。院内は平和に業務に当たっていたところへ、急に労基署の監査が入ったため、皆が戸惑ったことは事実です。恐らく、全体的に考えれば、今後の方向性を示しているものだろうと私は認識しています。労基署が指摘をしますよ、と示せば、他の医療機関も自主的にある程度の基準に整備していかなければなりません。それを踏まえた指導なのではないかと考えています。

 愛育病院としては、医師の健康・年齢を考慮して勤務体制を考え、どうしてもやむを得ない部分は金銭面で補う、という対策を取ってきましたが、医師の勤務環境の改善が必要だとわれわれが訴えている時に指導が入ったというのはどういうことなのかを、世間に問わなければなりません。

 やはり一番基本となるのは、医療への財源の振り分けです。夜間勤務をしている医師に対して、当直という名目ではなく、きちんとした額が支払えるような医療費を国が出すということにならなければ、第一の段階はクリアしない。勤務状況は厳しくても金銭的にはある程度優遇されるようになれば、人も増えてきます。その上で、労働基準法の時間を少しずつ基準に近づけていくことが必要です。現在の人数ではどうにもなりません。

 今回非常勤で雇った方々も、本来の職は持っています。非常勤なので労働時間の基準には入りませんが、当人の労働時間は増えています。規約上は解決されて見えても、実際に医師の過重労働という点では何も解決されていません。

――労基署の介入が今後の医療に与える影響は。

 労基署が入ったことにより、今後、夜間勤務は「当直」ではなく「時間外勤務」と扱われるようになります。この方向が示されたのは、現実には大きな問題です。どこの病院でもすぐに対応できる訳ではなく、これから集約化、金銭面での対応など各病院が努力していかなければならないということが、実感されるようになったのではないでしょうか。

 今回、愛育病院に立ち入り調査、是正勧告があったが、国としての全体の対策ができていないのでは困ります。医師の働き方については、これまでパンドラの箱的に開けてこなかった。それを開けて、今後はどうするのか。先行きを心配する人も多くいます。しかし、開けたからには国としてきちんとした対応をするきっかけにしてほしいと思っています。国として「夜勤である」と言ったからには、夜勤手当に相当するだけの医療費をきちんと病院サイドに払うようにすることが不可欠であり、従事する医師を育てることが必要となります。女性医師が仕事を継続できるような支援対策を強力に行うといったような、ポジティブな方向へ進めていただきたい。

 また、厚労省には、産科医療だけではなく、全国の「当直」を行っている医師に適切な夜勤手当を支払った場合にどの程度の財源が必要となるのかという試算をしていただきたい。われわれの試算では2000億円程度と考えられ、1兆円はかからない。小泉改革で2200億円が削減されたが、あれを戻せば充填できる程度の金額です。

――2008年度診療報酬改定で創設されたハイリスク妊娠管理加算、ハイリスク分娩管理加算は、財源投入によるバックアップの一環として機能していますか。

 ハイリスク妊娠、分娩管理加算の創設により、収入は上がりました。愛育病院では、増収分の半額を医師全体へ還元しています。この点数は、本来は医師に還元するためのもの。しかし、医師に還元せず、これ幸いと病院の赤字補てんに当ててしまった医療機関も多くあります。また、還元した場合でも、産科医へ少し払っただけで、同様に周産期医療に携わるNICUへは全く支払われないことが多数です。しかし、NICUがなければ、現在の産科医療は成り立たちません。

 もっとも、医師へ還元していない医療機関の中には、当直は皆が行っているのに、産科医だけに手当てを支払う訳にはいかないと考える施設もあります。愛育病院のように母子医療専門で、すべての医師がこれに携わっている病院ではなく、大学病院や総合病院など色々な科があり、それぞれが夜勤も行っている中では、産科医に限るわけにはいかないという判断もあるでしょう。

――NICUの充実、携わる医師の勤務状況改善には何が必要ですか。

 NICUについては、携わる医師を増やさなければどうにもなりません。今回、産婦人科が少し陽の目を見たのは、日本産科婦人科学会、日本産婦人科医会全体で国と交渉したため。皆にアピールし、入局者も少し増えつつあります。しかし、NICUは小児科の一部であり、少人数である上に、そういった政治的な動きをする時間すらない。親元である日本小児科学会全体が、NICUを何とかしようという動きをすることが必要ではないでしょうか。もっとも、小児科学会でも、NICUに対して理解のある医師がどの程度いるのかという問題はあります。

 行政が対策を行うと、国公立の箱物、病床を増やそうということになりますが、NICUの病床を増やしても診られる医師、コメディカルがいない。それよりも、小児科医になってそこに勤めようという人を増やすことが必要です。箱を作るのは簡単です。しかし、いかに人を育てていくか、また女性医師が就労を続けていけるようにするか。これには社会全体、多方面から対策を行わなければなりません。それが取り組まれていないことが、非常に大きな問題です。

(m3.com医療維新、2009年5月14日)

****** 東京新聞、2009年5月15日

スーパー周産期センター 指定1カ月半 

都民の不安に『応急処置』

 昨年十月、脳出血を起こした妊婦が都立墨東病院など複数の病院に受け入れを断られ死亡した問題を受け、都の周産期医療協議会が、都内三病院を「スーパー総合周産期センター」に指定して一カ月半が過ぎた。救命処置が必要な妊婦は必ず受け入れる全国で初めての方式について、協議会長の岡井崇・昭和大教授に現状と課題を聞いた。 【砂本紅年】

-搬送患者が集中し、パンクするという懸念の声もあったが。

 「まだ始まったばかりだが、対象患者の搬送例はなく、パンクの心配はない。対象患者は多くても年間九十件と見積もっていた。今のところ(患者の)近くの病院が頑張ってくれていると思う」

-妊婦が死亡した問題では、大都市での母体救命救急の危機が浮き彫りになった。

 「母と胎児の両方に対する診療が必要で、産科だけでなく脳神経外科などの関連科、新生児集中治療室(NICU)がそろわないと受け入れは難しい。東京は救急施設の数は多いが、一つ一つの規模が小さい。受け入れ率はもともと全国でも低かったが、高齢出産などでリスクの高い患者が増え、さらに受け入れ率が悪くなった」

-スーパーセンターを発想した背景は。

 「都民の不安に応え“応急処置”として頑張ろうと考えた。本当は、医師が多くてベッドがいつも空いているのが理想だが、今の診療報酬制度では経営が成り立たない。救急医療の診療報酬体系は見直す必要がある」

-センターの医師の態勢は。

 「昭和大病院の場合は産婦人科の当直を三人から四人に増やし、自宅待機が二人。NICU、脳神経外科、整形外科なども自宅待機を置いた。今春、産婦人科の研修医が九人入ったので、一人当たりの当直回数は月四回で増やさずに済んだ」

-産科医不足に必要な対策は。

 「産婦人科が敬遠される理由のトップは当直の多さ。せめて当直の翌日を休みにしたい。いい兆しもある。産婦人科の入局者は今年、全国で五十人増えた。国民が産科医を望み、国も産科を大事にしようとしている雰囲気が学生に伝わり始めたのではないか。今後さらに医療機関の集約を進め、診療報酬改正で手厚くなったハイリスク妊産婦管理加算などが、病院だけでなく医師の収入になるようにすることも必要だ」

スーパー総合周産期センター 昭和大病院(品川)、日赤医療センター(渋谷)、日大板橋病院(板橋)の3カ所。対象患者は脳血管障害や急性心疾患など6種類の妊産婦の救急疾患合併症▽羊水塞栓(そくせん)症など5種類の産科救急疾患の重症▽激しい頭痛や意識障害など6種類の症状があり重篤な疾患が疑われる症例-など。

(東京新聞、2009年5月15日)

****** 共同通信、2009年5月15日

出産費の地域格差1・5倍 所得水準反映、

平均42万円 厚労省研究班が初調査

 赤ちゃん一人当たりの出産費用について、厚生労働省研究班(代表者=可世木成明(かせき・しげあき)・日本産婦人科医会理事)が全国の医療機関を対象に実施した初めての実態調査で、都道府県別の平均額は最大1.5倍の地域格差があることが14日分かった。最も高い東京都が51万5000円、最も低い熊本県は34万6000円で、全国平均は42万4000円だった。

 研究班は、地域格差には住民の所得水準の違いが反映されていると分析。妊産婦と医療機関の双方に対し地域事情に合わせた財政的な支援が必要だとしている。

 調査したのは分娩料や入院料、新生児管理料、部屋代などの総額。今年1月、全国約2900の診療所・病院を対象に実施、59%の約1700カ所から回答を得た。

 通常の出産は保険適用外の自由診療で、価格設定は医療機関に任されている。医療機関別の出産費用をみると、最高の81万円と最低の21万8000円で4倍の格差があった。

 全国平均の約42万円は、公的医療保険から妊産婦に全国一律で支給される出産育児一時金の現行額の38万円を上回った。一時金は、10月から1年半に限り4万円の引き上げが決まっており、全国平均額には見合う水準となる。

 また、医療機関側が「適正と考える出産費用」は平均53万5000円。緊急時に備えた人員配置の経費などは妊産婦側に請求していない。研究班は「真に安全な出産管理には60万円は必要」と結論付けている。

(共同通信、2009年5月15日)


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