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ちあの散歩道

輝いてアラカンヌ☆ありがとうの言葉を添えて暮らしのドアをそっと開けると今日も豊かな感動と新しい気づきが待っています。

ハンドウォーマー完成

2011年11月09日 | 私の手仕事

 

下手ということを自認しながら、なお、つくりたいものいろいろ。
私なりのハンドウォーマーが完成して、冬の寒さにそなえます。
むつかしかったのは止め方。
ネットで検索して二目ゴム編み止めのページを開いて、悪戦苦闘。
仕上がりはあまり美しくないけれど、自分用なら、まあ、いいかの心持です。

今はなんでもかでもアバウトに、おおざっぱにおおざっぱにと言い聞かせています。
小さいころ、好きなことだったのに、完璧にできなくて、どれだけ多くの挫折をしてきたことでしょう。
そんなもろもろの刷り込みからも解放されて、
好きだからつくる、この一点のみで前に進めるありがたさをかみしめる日々です。

下手な分、素材にはこだわって。
毛糸はISAGER(イサガー)製。ペルーのもので、アルパカ50%ウール50%です。


ゆたんぽカバー

2011年10月10日 | 私の手仕事

節電のことを書いていて、ゆたんぽカバーのことを思い出しました。

断捨離モードに入っている私は、いろいろのものを思い切りよく捨てていますが、捨てられないものはまだまだあります。

  

ゆたんぽは、ずいぶん以前に買った無印のものですが、カバーがありません。
ゆたんぽブーム再来で、家にあったことを思い出し、去年あたりからカバーを探しているものの、お洒落なものほど何とも高価なので手が出せないままでした。
ゆたんぽは人さまに見せるものではないのに、この値段はなんだろうとカバーを見ながらあきれたりもしました。足もとを冷やさないための活用方法もあることにはあるけれど。

写真のゆたんぽカバーを作りました。
材料はセーターに付いていたネックウオーマーです。
セーターはウールの丸首で、ずいぶん着込んだので、去年処分の対象に。しかし、このネックウオーマー、首巻きは新しいままだったので、とっておくことにしました。
元より筒型になっているリブ編みのこのネックウオーマーの片端しを縫って袋状にし、出来上がりです。
出入口をしばるヒモは、こちらも断捨離の難を逃れた「RIBECO」の紐を使いました。

断捨離の定義の“離”は、いつか必要になるかもしれないととっておくものたちを手離すことだと理解している私。
それは執着だと言われても、まあ大方は実行できても、捨てられないものってあるのですよね。
集めていたというよりとって置いたヒモもずいぶん整理し、捨てましたがこのヒモは捨てがたくとっておいたので、今回活用できてよかった!!!

こうして、ゆっくりゆっくり冬支度をしています。


木工所の「木工教室」で

2011年06月15日 | 私の手仕事

 

知り合いが働く木工所の「木工教室」で、木のコースターを作りました。
ヒノキを電動のこぎりで希望のサイズにカットしてもらい、木肌を整えるために、サンドペーパーでやすりがけをして完成です。
水をくぐらせ、使い込んで行くうちにきっといい色合いに落ち着いてくることを願っています。


希い、それぞれ。

2011年03月21日 | 私の手仕事



いつか開きたい「下手展」。
下手だっていいじゃない、専門じゃなくたっていいでしょう?

今日は雨……冷たい雨が降っています。
自然は、人の思いに忖度なく、宇宙レベルで動いています。
そして、その宇宙と同じ大きさを持つ人間。
ひとりひとりが宇宙の中で生かされる大切ないのち。

新聞紙面には様々なニュースが載ります。
そうそう、今朝の「毎日新聞」には折り込み広告がありませんでした。
新聞は大災害の様子を伝える一方で、災害募金の箱を盗もうとした人などの記事もありました。
みんな自分の考えで一生懸命生きて、その結果起こる様々な出来事。

ネットのニュースで目を引いたのは「久米宏さんが2億円を寄付したもコメントなし」など。
有名人や著名の方々の大口の寄付が続き、とてもよいことだと思います。
その一方で、溜まった1円玉や小銭を募金するふつうの人たち。
どちらが重いか……重さは同じです。
そして生活苦のために募金が出来ない人たちも、それはそれで素敵なことです。

何事も、動ける人は動き、動けない人は動かないという2極があり、そのどちらも正しいのです。
今回のことで、私はそれにさらに気づかせていただきました。
そして、ひとりひとりのかけがえのない命の重さも。

いつか、「下手展」を開きたいな。
下手だっていいじゃない。専門じゃなくたっていいでしょう?


コートを巻きスカートへ

2010年12月01日 | 私の手仕事

今年の流行語大賞にノミネートされた「断捨離」という言葉。
今日発表の大賞とベストテンからはどうやら外れてしまったようですが、この言葉に大いに刺激を受けたひとりです。
3Rならぬ4Rはリフューズ(断る)、リデュース(減らす)、リユース(再利用する)、リサイクル(資源回収・再生産)で、3Rにリフューズ(断る)が加わって4R。
持ちこまない(入るを断つ)ためにも、リデュース(減らす)し、それでも捨てられなかった残ったものはリユース(再利用する)です。

  

10年間着ることのなかった手織り布を使ったロングコートを解体し、巻きスカートをつくりました。
着なかった原因は、コートとして重かったということです。
(フード付きだったのをフードを外し、丸襟に→→それでも重いので、上下別々に→→さらにスカート部分の裏や芯地を外して2枚の巻きスカートへ)

作り方は簡単です。
ウエストの辺りの適当な長さのところでハサミを入れ、チョキチョキチョキ。
一枚の布のようになったところで、ハサミが入った部分を手で纏って始末をします。
リバーシブル仕立てだったこのコートの裏には大島紬が使われていたので、表と裏で2枚の巻きスカートが出来ました。芯地なども外したので軽~くなりました。

 

一枚の布のような巻きスカートを東南アジアの筒スカートのように畳み、ヒモをつけて完成です。
ウエストで着物を着るときのようにヒモを結ぶと、ずり落ちる心配も無く着心地もパーフェクト。
スパッツや細いパンツ、ワイドパンツの上にこの巻きスカートを巻くと、防寒も兼ねたお洒落が楽しめて、私はとても気に入っています。

冬よ来い(恋)~~と、そんな気分の12月が始まりました。
リユースとして成功かどうかは、街に着て出掛けたかどうかが重要。
このスカートは外出時の定番になりそうなくらい、役だっています。


物々交換 ~リンゴとバスマット~

2010年11月04日 | 私の手仕事


先日長野からリンゴが届く前、友人は私に電話で、「ねぇ、ねぇ、ほんとに要る?送ってもいい?」と確認。私は「もちろん!」と応えました。

荷が届くと、リンゴの下には彼女の着古したもんぺが5~6枚入っていました。
それを見て、私は「おお!!さすが~~」と、感嘆しました。
もんぺは擦り切れた個所に当て布が当てられ、さらに刺し子でちくちくと刺した形跡がありあり。ひざやお尻の個所の痛み具合から長い年月自給自足を貫いて来た友人の覚悟とその足跡が感じられ、本当に感動もののもんぺの襤褸が届いたのです。

 
 

私が「送って!」と言わなければ友人はゴミに出そうとしていたようです。届いたモノを見て私もすぐに電話をし、「待っててね、作ってみるから」と伝えました。

そして出来上がったのが、お風呂場に敷く「足ふきマット」(写真一番上のモノ)。
バスタオルを芯地に使い、ちくちくちくちく……。
重厚な古民家に暮らし、お客様も多く、美しい暮らしを貫く友人のお風呂場にぴったりだと思っています。

ちなみに友人は敷物作家。バスマットの先の敷物は友人の手織りじゅうたんです。
友人の暮らしを記した私のブログは→☆

私も不遜なこととは思いながら、敷物作家にシキモノを贈るのですから、ね。
でも、これでリンゴのお礼の物々交換品完成です。
本当は、もう少しあちこちに刺し子を刺して送ろうと思います。
出来上がった感想は、もっと襤褸っぽい雰囲気のものを作りたかったのに、何だか新品のような仕上がりになってしまいました。まだまだ腕とセンスが今一歩です。惜しげなく使っていただくうちに、きっと味わいが出て来ると思いますが。


10月の手仕事 衿をかける

2010年10月31日 | 私の手仕事
 

あんなに苦手だった学校での家庭科の授業。
ミシンかけはいうに及ばず、未だ我が家にはミシンというものがありません。それなのに、この最近の変身ぶりに自分でも驚いています。
“必要は行動の母”とも言える出来事が続いています。

ずっとずっと前にセールで買った海外ブランドの木綿のブラウス。ちょっとお高かった。前立てにも裾にも白い布がトリミングされ、袖口のカフスにはさらにたっぷりの白い布が配されているのに、なぜか衿だけは地の生地のまま。地黒の私には顔映りが悪く、型も含めて他は気に行っているのに着る機会がほとんどありませんでした。

そうだ、衿を何とかしよう!と白い綿ローンの布で衿をかけました。
何ともエレガントなブラウスへ変身です。



使った布は、窓に掛けてカーテンとなったインドの白いサリーの綿ローンの端布。
使い回しの知恵も含めて仕上がりには満足しています。

それにしても、なぜあんなに学校の家庭科が嫌いだったのでしょう。
課題の作品の提出は一度も仕上がらないままの超劣等生で、今でも夢に出てくるほど悶絶しました。先生の説明が細か過ぎて、「衿の布はバイヤスを使います。縫いしろを1、5センチとり、適当に布を伸ばしながらキセをかけたりして細かく丁寧に仕上げます」などという言葉の意味そのものと、私の不器用な手がついて行かなかったのだと思います。
「自由にやってごらんなさい~☆あら、素敵なものができましたね!」と、たったこの2つの言葉かけがあったなら、お調子者の私はメキメキと腕を伸ばしていたかも、ネ。
そのときを取り戻すように、楽しい楽しい手仕事三昧。



ほんのひと手間

2010年10月22日 | 私の手仕事


ロゴが入っていたシューズケースに小布を使ってアップリケをしました。
すると出番が格段に増えました。
私らしさの演出です。大いなる自己満足の世界。

小さな暮らしの中で

2010年10月14日 | 私の手仕事


暮らしの中でのモノ減らしをする中で、ストック品の活用も同じくらい大切な要素です。
ベランダに面した仕事部屋のカーテンが長年の使用に耐えきれず、洗いを繰り返すうちにボロボロに破れて退化、代わりのものに掛け替えました。(机の向こうに下がっていたので破れていた個所はずっと机に隠されていて見えなかったけれど)。
「無印」で綿や麻のカーテンも探したけれどいいのがなかったし、知人宅の窓辺に惜しげなく下がっていたタッサーシルクの薄手のカーテンに気持ちがそそがれたけれどここはちょっと我慢、我慢。南に面した窓なので光がそれなりに当たるのです。
以前買い置いた一枚の綿レースの布をカーテンとして吊るすことにしました。ところがちょっと丈が足りません。
ここでの私の手仕事は、足りない部分を縫い足すことです。
今までに下がっていた退化したカーテンのすその部分は痛みが無くそれを使うことにしました。
ほどよくレースが施されていた前のカーテン。そのころはレースが好きだったんですねぇ。今はちょっと恥ずかしいけれど廃物利用とあればそんなことも言っていられません。

以前のカーテンは、このマンションに移り住んだ時からのものなのでもう20年になります。
このカーテンをあつらえてくれた今は亡き女性Sさんのことを少し書きたいと思います。
同世代のSさんは細くて華奢な感じのするとてもチャーミングでセンスのいい女性でした。彼女がこだわって建てた家は「家庭画報」にも取り上げられ、その小窓にはいつもレースをあしらった素敵な白いカーテンが下がっていたのです。雑貨を扱うギャラリーとして家の一角を使い、様々な提案を各方面にしていました。家族のご事情などもあり、今思えば生活が苦しかったのだと思います。知り合った25年前くらいからずっとお洒落でときにはユニクロの服を上手に取り入れて召していたし、私にもたくさんの刺激をくれましたが、数年前、Sさんは胃がんを患いあっという間に他界してしまいました。そのことを後で知った私は驚き、知らせてくれた人に「2~3カ月くらい前に彼女に駅でぱったり会ったのに」と言葉がありませんでした。

前置きが長くなってしまったけれど、私が今回足した元カーテンはそのSさんが作ってくれたものなのです。思い切りよく捨てるのも私の心情のひとつだけれど、Sさんを偲んで裾のレースにもうひと働きしてもらうことにしました。それに、このカーテンを思い出すとあんなにひたむきに生きたSさんに比べ、生かされていま在る自分の生をもっと慈しみ感謝しなければとそんな原点に立ち戻されてくれるのです。


9月の手仕事 刺し子で遊ぶ

2010年09月21日 | 私の手仕事
 

経年の使用でくたびれてしまった我が家のモノモノたち。

スエードの赤いクッションカバーもタブーともいえる何度かの水洗いに耐えてくれたものの色あせてしまいました。
捨てるにしのびなく、裏返して見ると裏はぴかぴかのきれい。縫いしろや裏に付けられたタグなどが気になるもののこれでしばらくまた使えそうです。ソファーの上の枕として使うため、いつのまにか頭の脂で汚れてしまうため、無印で新しいクッションカバーを買ったもののサイズが合わず断念。
仕方がないのでそれを上に敷いてごろんと寝転がって本を読む楽しさ。
ふと思いつき、このクッションカバーをシートとして使おうと、小布をあしらい刺し子でちくちく。
裏返してみると裏面もなかなか乙なものが出来たと自画自賛(上写真右)。



表面も洗濯に耐えうる丈夫なものが出来ました。



ついでにもう一仕事。
これからの季節に向けて、破れかかったソファーの座面を隠すカバーとして古いウールの毛布をサイズに合わせてチョキチョキとハサミを入れ、こちらも刺し子でちくちく。
まだ冬には早いけれど、冬支度が出来ました。