
暮らしの中でのモノ減らしをする中で、ストック品の活用も同じくらい大切な要素です。
ベランダに面した仕事部屋のカーテンが長年の使用に耐えきれず、洗いを繰り返すうちにボロボロに破れて退化、代わりのものに掛け替えました。(机の向こうに下がっていたので破れていた個所はずっと机に隠されていて見えなかったけれど)。
「無印」で綿や麻のカーテンも探したけれどいいのがなかったし、知人宅の窓辺に惜しげなく下がっていたタッサーシルクの薄手のカーテンに気持ちがそそがれたけれどここはちょっと我慢、我慢。南に面した窓なので光がそれなりに当たるのです。
以前買い置いた一枚の綿レースの布をカーテンとして吊るすことにしました。ところがちょっと丈が足りません。
ここでの私の手仕事は、足りない部分を縫い足すことです。
今までに下がっていた退化したカーテンのすその部分は痛みが無くそれを使うことにしました。
ほどよくレースが施されていた前のカーテン。そのころはレースが好きだったんですねぇ。今はちょっと恥ずかしいけれど廃物利用とあればそんなことも言っていられません。
以前のカーテンは、このマンションに移り住んだ時からのものなのでもう20年になります。
このカーテンをあつらえてくれた今は亡き女性Sさんのことを少し書きたいと思います。
同世代のSさんは細くて華奢な感じのするとてもチャーミングでセンスのいい女性でした。彼女がこだわって建てた家は「家庭画報」にも取り上げられ、その小窓にはいつもレースをあしらった素敵な白いカーテンが下がっていたのです。雑貨を扱うギャラリーとして家の一角を使い、様々な提案を各方面にしていました。家族のご事情などもあり、今思えば生活が苦しかったのだと思います。知り合った25年前くらいからずっとお洒落でときにはユニクロの服を上手に取り入れて召していたし、私にもたくさんの刺激をくれましたが、数年前、Sさんは胃がんを患いあっという間に他界してしまいました。そのことを後で知った私は驚き、知らせてくれた人に「2~3カ月くらい前に彼女に駅でぱったり会ったのに」と言葉がありませんでした。
前置きが長くなってしまったけれど、私が今回足した元カーテンはそのSさんが作ってくれたものなのです。思い切りよく捨てるのも私の心情のひとつだけれど、Sさんを偲んで裾のレースにもうひと働きしてもらうことにしました。それに、このカーテンを思い出すとあんなにひたむきに生きたSさんに比べ、生かされていま在る自分の生をもっと慈しみ感謝しなければとそんな原点に立ち戻されてくれるのです。