今の私、足りないものなどないなあと思います。
そんな中、震災被災地の方々の暮らしを思います。
先日の新聞には「靴」が欲しいという記事が載りました。
「家族3人、サンダルしかない。長靴とスニーカーが欲しい」と、確かこんな記事でした。
そして、別件で昨日届いた手紙の中には次のような呼びかけが記されていました。
「大阪に住む○○さんからです。被災地に足を運んだ結果、現地のニーズを把握した立場で以下の呼びかけをします」ということで、その呼びかけとは1、古本(文庫・マンガ・単行本) 2、辞書(国語辞典・英和辞典・和英辞典) 3、文具(ボールペン・ノート・鉛筆)新品で。
私の家は地震で本箱から本が飛びだし、その片づけの中で本の整理をしました。
ところが不要な本がたくさん出て、それをどうしたものかと思っていたので、私はさっそくその本を指示を受けて現地に送ろうと思います。当面ミカン箱2つくらいですが。
足りないものを呼びかける被災地の方々の暮らしを思うと涙が出そうです。
足りないものは自分で働き自分で買う……そのことのリズムを崩しすべてを失い途方に暮れている人たち。
「靴がない」という記事を読みながら、以前観たイラン映画「運動靴と赤い金魚」を思い出しました。
わずか数時間で行ける被災地との大きな隔たり。どこにも均一にまんべんなくあった暮らしが寸断され状況が一変したことをこんなことからも知らされます。
そんな中で私は自分に問いかけます。
あなたに本当に必要なものは何?今の持ち物、持ち過ぎではないですか?と。
児玉清さんの訃報をネットニュースで知り、驚いています。
77歳はまだまだ若いのに、残念でなりません。
冬至を過ぎた去年から今年にかけたある日、丸善本店で児玉清さんをみかけました。
黒っぽいカシミアのロングコートを召して、スッと立った児玉清さんの立ち姿の美しさにほれぼれとみとれました。児玉さんは書棚の前で本を読んでいました。
「アタック25」や「週刊ブックレビュー」で児玉清さんの大ファンだった私は、思わずそのとき「児玉さんのファンです」と声をかけそうになりました。しかし、ここでは児玉さんのプライベートタイムなのだと思い直し、思い留まり遠巻きに眺めましたが、すぐに自分の探している本を探しに動きました。
そのときに買った本が『ホ・オポノポノ』関連の本でした。
六本木にある、とあるヨーガの教室に通っていた私は、主宰者であるヨーガの先生(女性)にことごとく無視され続け悩んでいました。ひそやかに一生徒としてその場に居ただけの私なのに……。それは私がとても気に入った手当法で通信教育でも受講しましたが4ヶ月でその教室を辞めたあとも悩みは消せず、数人の方に相談した結果、私に『ホ・オポノポノ』の本を薦めてくれた人がいて、その本を丸善に寄った折り買ったときに見かけたのが児玉清さんでした。
背の高いみるからに紳士然とした児玉清さんの美しさ。知性と人格がその姿に映り込んでいるように感じたことを思い出します。
児玉清さんがお好きだったという藤沢周平の『蝉しぐれ』を児玉さんに触発されて私も再読したりしました。
そのヨーガの教室を辞めた後、数人の方のアドバイスを受け背中を押していただき、私は自分の感性と自分の手を信頼して、時間のとれたとき私なりのセラピーを人さまに始めました。
少しずつ少しずつご縁のあった方々へのセラピーをやらせていただくことによって驚くほどの学びと感動をいただいています。教室で悩んでいた悩みはうそのように氷解し、新しい世界が拓け、私のセラピーをよろこんで受け入れて下さる方々との関わりは至福の宝物となって私を勇気づけてくれています。
児玉清さんの、ひとり書物を立ち読みしている凛とした美しい姿に触れたとき、私は児玉さんからもうしろ姿を通してそのときたくさんの勇気をいただいたのかもしれません。ありがとうございます。
児玉清さん、さようなら。
安らかにお眠り下さい。
毎日新聞夕刊に「特集ワイド」という紙面があります。
「特集ワイド」では「東日本大震災2カ月・渇いた心にこの1冊」ということで特集が組まれ、池澤夏樹さん(作家)、広瀬弘忠さん(東京女子大名誉教授)、柳田邦男さん(ノンフィクション作家)がそれぞれお薦めの本のことを書かれています。
私、若いころは柳田邦男さんの大ファンでした。柳田さんの本もずいぶん読み、勇気や生きるヒントをたくさんいただきました。
でも、最近の柳田さんはちょっといただけないなあと思っています。なぜか、理由はよくわかりませんがなんとなくそう思うのです。
柳田さんが今日11日の「特集ワイド」紙面でお薦めしていた本は、『でも、わたし生きて行くわ』(コレット・ニース・マズール作、エステル・メーンス絵、柳田邦男訳、文渓堂)と、『あの路』(山本けんぞう文、いせひでこ絵、平凡社)の2冊です。
思わず、「えっ!!」と声をあげてしまいました。
紙面を使って薦める2冊のその2冊とも片や柳田邦男訳、片やいせひでこ絵なんて、なんという厚顔無恥と思わず叫んでしまいました。
自分の訳本と、自分の妻の絵の入った童話2冊を自薦。何を薦めても勝手だけれど、私だったらそんなこと恥ずかしくてできないです。新聞読者はこの記事を読んで、読んでみたいなと本を取り寄せる人も多いでしょう。だからこそ、自分の著作関連とは離れたところでもっと他にあるよい童話を薦めるべきですね。限りなく数ある童話には他にもよい本がたくさんあるはずですから。それが矜持というものだと思うけれど。
何だかがっかりしてしまいました。
そして、私が最近、ここ10年くらいの柳田邦男って、魅力ないなあ……と何となく思っていた勘は大当たりということになってしまいました。
それとも、いいものはいいと、自分の翻訳本を堂々と自薦し、自分の妻が絵を描いた童話を推薦する、しかも公共の新聞紙面を使って……というこの行為。新聞社もそれに迎合して載せてしまっているわけだから、ここにも慣れ合いの構図があるのでしょうか???社内や編集局内でそういう意見が出なかったのか聞いてみたいところです。
あ~あ……。
ジャッジをしないと決めた私なのに、こんなつまらないことで思わずジャッジをしてしまいました。
ちょっと落ち込みそうですがドンマイドンマイで立て直そうと思います。
ゆるして下さい、愛しています、感謝します、ありがとう、ホ・オポノポノ。
菅総理が「浜岡原発」の全面停止を中部電力に要請したというニュースが飛び込みました。
何かを決めると賛否両論の意見が沸き起こってくるのは世の常。様々な論評が新聞紙面をにぎわせています。
私個人としては「原発いらない派」です。
「福島第1原発事故」に関しても、政府の発表が正しいのかどうか知る術もありません。自分のフィルターをしっかり働かせたいと思います。
ただ、ここであぶり出されて来たのが、産官学の癒着という真実。
原発の安全性ひとつをとっても、産業の利益優先に官僚も学者も、そして地域住民も呑みこまれて来たという反省の声が少しずつ聞こえて来ています。
むつかしいことはわからないけれど、生活者としての目線でとらえても、おかしいと思うことが多々あります。
そして声を上げることも無く、便利さという恩恵を受けて来たことは曲げようもない事実です。
私はというと……、
パソコンメールに不具合が生じ、今までのようにメールの送受信がスムーズに行きません。辛うじて読むことと返信することはできますが。
パソコンも、ムツカシイことは知ろうともせず、日常ひんぱんに使っていて、不具合がないときはまったく便利この上ないシロモノですが、いざトラブッタとなると、もうお手上げ状態。
サポートセンターのサポートを受け、パソコンを前にしての長い長い電話でのやりとりと、指示により動かすパソコン操作、しかし、まだ解決していません。
調べてみると今のパソコンは2008年3月に購入したものです。
パソコンの寿命は短いというけれど、3年で壊れたのかしら???
パソコンは無くてはならない生活道具。ここでも便利さ享受の暮らしがあります。
混とんとした今の政治の中から、どこに光を見いだせるのか、固唾をのんで見守っています。
近くの市場で買ってきた売れ残りのカモミール一鉢。
何とも儚げな様子、うまく育ってくれるといいのですが。
近くにある知り合いのフレンチレストランに行きました。
「ここは地震の影響はありませんでしたか?」とグラスなどの容れられた重厚なキャビネットを眺めながら尋ねると、「モノとかは落ちてきたりしなかったけれど、お客様の予約が100件キャンセルになりました」という答え。いろいろのところで影響が出ているのだなあと驚きました。
「3・11当日夜の団体予約のお客様が来られなかったし、電話はつながらなくて、あとの日々は余震が続いたので皆さん出控えたのですね。こんな場合はキャンセル料もいただけないし、大打撃です」とマダムの話しです。
福島原発で家に住めなくなった人たちも大変でお気の毒ですが、私の周辺にも商売上がったりの方たちが多くその影響は被災地から遠く離れたところでも出続けているようです。
さらに、今日のニュースでは海底土砂から高濃度放射性物質が検出されたとか。放射能汚染の影響もジワジワ広がっています。
小さなお子様のいる家庭では不安も大きいことでしょう。
放射能の影響も個体差があるそうで、日常の生活の中で免疫力を上げることに希望がつながるくらいしか私には術がありません。
私は、自分の家でのんびりと暮せますが、被災された方々、家を津波で流されただけなら自然災害とあきらめもつくでしょうが、放射能汚染での退去はどこであきらめをつけ、気持ちと折り合っていけるのでしょうか。
人間は強くて弱いし、弱くて強い。
それでも、あきらめきれない無念さを多くの方が持っていることでしょう。阪神淡路のときの復興のスピードが記憶に残る私にはもどかしさを感じます。
訊いてみないとわからない3・11関連のそれぞれの被害。
暮らしと心の立て直しがスムーズに行きますようにと祈るしかできません。
テレビで流れた田中好子さんのお別れのメッセージ。
凄いなあ……。
人は死に向かい合ったとき、死を意識して生き続けたとき、生がこんなふうに昇華されて行くのですね。
素敵な最期に喝采を。
ご冥福をお祈りいたします。
ありがとうございます。
ずいぶん昔、六本木の文章教室に通っていたときの講師のことば。
「人の心を打つひとつは、あなたのもっともスキャンダラスなことをさらけだして書くことです。
読み手にとって、幸せなモノガタリはちっとも面白くありません。人の不幸は蜜の味です。
人の心を打つ文章はだれでも書けます。上手下手は関係ありません。
その第一はラブレターです。二つ目は遺書です。
いずれも必死で自分の思いを伝えなければならないからです」と。
この言葉になるほどと深く納得した私。
確かこのとき、講師はマラソンの円谷選手の遺書、「父上さまありがとうございました。母上様ありがとうございました……」を読んで聞かせてくれたことを覚えています。
その前後の講師(別の人)の話がちっとも面白くなくて、私はこの言葉を聞いて月謝の元がとれたとすぐに教室を止めてしまいましたが。
いいかっこしいの私にはよい文章がいまだに書けないでいます。
そして、本日25日付「毎日新聞」夕刊トップ記事。
父親を津波にさらわれた12歳の少年が「毎日小学生新聞」に寄せた体験日記が掲載されていました。
その文を読んで泣きました。
まさに名文です。こんな文は彼にしか書けない。同じ日の裏面に黒柳さんの被災者に寄せる言葉が載っていましたが、黒柳さんの文も霞んでぶっ飛ぶほどの迫力です。
その12歳の少年は箱石佑太君。
冷静沈着な文と心情を吐露したまっすぐな文、具体的で端的な表現、だれもどんな作家も随筆家も彼に立ち打ち出来ないリアリティでその日記文は読み手の心を引っ張って行きます。
どうか、日々を向き合う事で、書く力をもっともっと鍛えて書き続けて欲しいと思います。
きっと彼は日記を書いて投稿することで、震災と向き合い、彼自身の内面を浄化し、立ち直っていけるのだと思います。
ありがとう!!佑太君。あなたの書いた悲しみの文から多くの教えを受けました。
とてもとてもせつなくて悲しいけれど、よく書いてくれましたね。本当にありがとう!!!
そして、彼の日記を夕刊トップに掲載して下さった新聞社の英断、感謝申し上げます。
きっと佑太君のこの文は彼を励まし、忘れ難い名文として私の心に残り、私の手本とし、そして読んだ人の多くの心に残り続けていくことでしょう。
書くことは凄いなあ……と、そんな思いに震えています。
昨日の雨も上がり、快晴の日、富士山がよく見えます。
今日24日は東日本大震災の日から49日目を迎えます。
先にもご紹介しましたが、下記の呼びかけに私も応えたいと思います。
最初の呼びかけ人内山節さんの呼びかけは、
「この日(4月24日)にそれぞれの場所、それぞれの方法で亡くなられた方々への冥福を祈りましょう。また12時正午にはみんなで祈りを捧げたいと思います」という内容です。
詳しいことは→★
私はダライラマのCDをかけて、亡くなられた方々へ鎮魂の祈りを捧げたいと思います。
このブログを読んで下さり、共感して下さる方は、どうかあなたの方法で被災で亡くなられた方々の冥福を祈って下さい。
ありがとうございます~・:。☆。:・~
福島原発事故の影響を受けて政府は「立ち入り禁止区域」の発表をしました。
チェルノブイリ事故を扱ったドキュメンタリー映画「ナージャの村」(97年)と「アレクセイと泉」(2002年)は、チェルノブイリ事故の放射能汚染を取り上げた本橋成一監督のドキュメンタリー。
ドイツ映画「見えない雲」では放射能汚染の恐怖が真に迫って来たのを覚えています。
他にも、「祝の島」(纐纈あや監督作品)なども観ました。
東中野の映画館「ぽれぽれ東中野」では、「特集上映・25年目のチェルノブイリ」として原発関連のドキュメンタリー映画が上映されます(4月23日~5月6日予定)。
詳しくはこちら、東京新聞→★ 「ぽれぽれ東中野」の上映関連記事は→★
私も観たい映画があり、足を運びたいと思います。
それにしても……。
家財もなにもかもを残して家を飛び出してきた「東日本大震災」の被災者たちに放射能汚染による「立ち入り禁止区域」として自分の家に立ち戻ることを禁止する通達がなされました。
当事者たちはどんな思いでこのニュースを受け入れているのでしょうか。
そこに自分の家がありながら帰れない悲しさ、悔しさに身のつまされる思いです。
人らしさの根幹の一つともいえる帰巣本能をも制度として拒んだ原発事故。
映画を見た当時は、まるで日本でこんなことが現実に起きるなどは夢想だにしなかったこと、無念な思いにひしがれています。