キャロリン。の日記

いつも、熱く、楽しく、全速力で、生きること。

HPVV副反応10月20日~朽ちていく命

2014年10月21日 | 医療、福祉、介護、ワクチン被害
10月20日昨夜は人生最悪の日だった。修羅場を見た気がした。

薬を飲みたくないドロに対して、夫が強攻策に出た。

昼間の受診時に金曜日に、神経内科では採血も無かったので、元のところでして貰った採血結果を聞いた。今回は、赤沈がまたかなり高かったのだ。
前回の入院後は、約2年振りに赤沈が下がった。でも今回は下がっていない。どこかで炎症しているのは確かなのだ。好中球も高い。でもどこかがわからない。
その焦りもあったのだろう。

全く歩けなくなって、手の筋力も体全体の筋力が落ちていく中で、何もなす術も無く見守るだけしか無い状況。
神経伝達の検査をして貰いたいのに・・・・

今迄、代替医療は馬鹿にして来た夫。小さな頃から、西洋医学どっぷり使ってきた夫の家族。
血漿交換で命を取り留めた夫の弟、免疫吸着もした夫の母。
漢方やビタミン点滴等、正直鼻で笑ってきた夫。

その夫が、
サプリやら、電位治療やらにすがる。

余程の行き詰まりなのだと思う。



私自身は、諸行無常の境地。


「薬はもう飲みたくない自然に帰る。」という娘。


私は、もう娘の自然回帰、薬は怖い。という言葉に、

すぐには止められないからと、最低限の薬だけは飲んでと了承させた。

夫は、納得出来なかったようだ。自分で飲ませようとした。

初めてのことだった。

今迄、いつでも私が飲ませてきた。口で私に促しても自分では何でも行動はしない人だった。

ドロは、発狂したように奇声をあげた。

近所迷惑を考えると、この絶叫は止めてもらいたいのだ・・・。

今迄、この状態で動画を撮るとか出来なかったが、やはり、不随意運動等、残して置くべきかと思うようになった。

それでも、必死のときにはそんなことは忘れてしまうのだが・・・。

携帯とカメラのムービーを回す。


結局、不随意運動が始まってしまった。

止まってから声をかけるが触ると不随意運動になってしまう。

声だけ何度も呼びかけて、起こす。

魂が飛んでしまった。構音も障害された。

雨の中を這って出て行った。
「おうちに帰らなきゃ!」

と・・・・。

ハイジが付いて行って宥める。
一生懸命宥めている。

(内心、うまい!と思った)

私が行って、引き摺って来た。

泥だらけ真っ黒で、びしょ濡れだ。

脱がせて裸にして風呂に入れた。

風呂の中でも、泣き喚いていた。

悔しい。なんでこんなに苦しまなければならないのか・・・・。

はっきりしない言葉で、

病院での一番の友達の名前を呼びながら、
「♪ちゃんどこ?♪ちゃんどこ?」と、家の中を這って探す。
♪ちゃんは居ないのに・・・

ドロは言う。

「ドロちゃんの家族はもっと優しかった。
楽しかった。
素敵だった。
お父さんはもっと優しかった。
もう家族がなくなってしまった。
薬、怖い。
医者怖い。
朽ちていくしかないんだ。
自然に帰る。
土に帰る。明日、生命活動止める。
早く迎えが来ないかな。
早く死にたい。」

不随意運動が2週間以上24時間に近い状態で続いていたときも、意識が飛んで記憶が悪くなって行ったときも、
私が「自分の命と引き換えに、死んで治療をして欲しいと訴える」と言ったときも、

ドロは、

取り乱すこと無く、冷静で落ち着いていた。
どのような状況下でも、静かにその運命を受け入れているかのように見えた。

初めて、後ろ向きなドロを見た。
心が折れそうなドロを初めて見た。

こんな不条理をなぜ受けなければならないのだろうか。

ドロは、人に意地悪したことも無ければ、いつでも誰にも公平だった。人を嫉むことも一切無い子だった。
正直で、約束はきちんと守る穏やかな子だった。

なぜこれほどの苦しみを受けなければならないのだろう。いつまでこの苦しみが続くのだろう。

それでも生き続けなければならないって、拷問だとつくづく思う。


夜中に寝静まったあとで、
ハイジが、私に言った。

「子宮頸がんワクチンのことで、ハイジは絶対に泣かない!って、心に決めたんだ。」

相変わらず、無き虫は母ちゃんばかりなり。

コメント (6)
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子宮頸がんワクチン接種後の体調不良について

娘と同じように子宮頸がん予防ワクチンの副作用を疑う症状のある方、ワクチン接種後数ヶ月から遅い方は3年も経ってから頭痛、めまい、不随意運動、麻痺などが出て来る方もいます。 もしかしたらと思われる方は、 下記まで 全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会 電話・FAX:042-594‐1337 ご連絡下さい。