オオボケップリ発揮しました。
今月2回目の保険証忘れ!
本日、主治医の交代のための引継ぎがあった。
受付をして、今日は子ども達の遺伝子検査のための初診の手続きをしていました。
私は、脳血流の検査時間も迫っていたので、夫に「車の中に忘れた~。持ってきて、私は検査に行くから」
検査をして棺おけにはいっている途中で、思い出した。リュックの中だと気がついた。
検査が終わって行って見ると、
夫が、「なかったよ!!!更に車からメールしたら、座席の上で鳴っているし・・・・。それでじゃあ、ドロにと思ったら、それも車の中!さすがにぶちきれそうになったよ。」
「ついでに言うと、お前今月これ、2回目だぞ!」
私:「??????そうだっけ?いつ?」
夫:「この間のドロの入院の時、ファックス送ってっていったじゃない!おれは、家でずっとお前の探し物に付き合ったんだぞ。お前が持っているんだからいくら探してもないに決まっているじゃないか?」
・・・・・そうでした。
「ごめんなさい。はあ、どうしょうもないね。」
やっと、保険証を出して、
掛かる科の前で、問診表を書いていると、
すると、事務の人が来て、
「主治医の先生は、今日は来ない。」
と言う。
「えーっ?だって、月曜日に、朝の初診の先生に掛からないといけないか聞いたら、午後に間に合うようにくればいいよ。」
って言ってたのに・・・・。
もう、ビックリ!
だって、昨夜遅くに、ちゃあんとラブレターを書いたのに・・・。
事務の人が、
「先生に連絡を取って見ます。」
とのこと。
主治医は来て引継ぎをしてくれることがわかり、一安心。
事務処理が終了して、昼食を摂り、リウマチ科に行くと、先生の姿が見えた。
「今日は先生早い!早く終わるかも・・・。」
すると、夫が、
「おーい、Psy科だぞ!」
「え?何時の予約?」
「13時!」
「あれ、遅刻じゃない?」
更に、う~ん、タイスケ絶対たくさん遅れる!
Psy科の先生は、呼ばれるまでの時間が長い。
シンチの結果は、
2011年頃の数値まで回復していた。
「免疫抑制剤が効いているようだね。良かった。」
と先生は言うが、
今日はついていない。
夫に目一杯報告されてしまった。
リウマチ科は、さほどに待つこともなく呼ばれた。
先生3人に患者5人。狭っ!
しこ玉たくさんの資料を渡す。
最後の私と夫の診察をして貰って、
今生の別れをした。
ラブレターは渡せました。
先生との思い出を振り返ると、
人の心は変わるものだとつくづく思います。
正直、最初の入院中から、その後1年くらいは、なかなかしっくり行かなくて、関係に悪戦苦闘していた。
何度も、病院を変えようかと思ったりした。
自分は他の病気なのではないかと思うときもあった。
それでも、まあ仕方ないかあ。
抑制剤を使ってからは疲れも感じにくくなったし、生活上のとんでもハップンも減った。
薬だけ貰えばいいし、取り敢えず、ステロイド0に出来るって減らしてくれる先生だから良いか。
地元に帰れば、一生涯ステロイド10ミリにコルヒチン1.5ミリの薬漬け。減らして欲しい。いや、駄目だのバトルを繰り広げなければならない。
でも、長くなると、はっきりしなくて物足りないときもあるが、良い面も見えてきた。
緊張がなくなったところで、再び、新しい先生と関係を築くのはエネルギーがいる。
結局、新しい先生に
食い下がったが、次世代シーケンサーでの遺伝子検査は、NG。
家族症状が何か自己免疫の元は繋がっているだろうが、出方が、家族みんなそれぞれ変化球になって出てきて多彩すぎて10万打か10億打かあるうちの項目が絞れないとのこと。
「大人と小児の見方は違うから、小児科に。小児のリウマチは、日本でもここと、鹿児島大学しか専門ではないので是非ここの小児科の方が良い!」
と、今度の主治医に言われ、
小児科に掛かることに・・・予約外初診なので、かなり時間が掛かるかも知れないとのことで、
途中で夫と私の皮膚科受診を入れて、ほっと一息。
結構、ここが私達夫婦にとっては、PSY科の役割を果たしてくれている。
癒しなんです。ここで気持ちを仕切り直して、
今日は、夜間救急部での会計覚悟をした。
「ファックスも先に送った方がいいね。」
と、夫が送ってきてくれた。
17時半
やっと診察開始。
最初で最後の教授診察は、19時を回った。
「膨大な資料を読み込んで、今後の指針を出すのはすぐすぐと言うわけには行かないから・・・・
まあ、リウマチ科の新主治医に、相談して連絡して置くからそちらから・・・・」
何だかバタバタな1日だった。
9時から、19時半まで、子ども達は頑張ってくれました。
夫が、帰りに一言。
夫:「今日は、筋トレの一日だった。」
感度の悪い私は????
夫:「家族分の膨大な資料を、一日担いで、結局一つも使わなかった!!筋トレしただけだ。」
私:「まあ、日ごろの運動不足解消のためと思えばいいんじゃない?」
夫:「何となく話術に惑わされて皿回しならぬ、何とか回しだな。」
私:「うん、それは感じた。でも、めげずに頑張ろう!裏切られるのはもう慣れたって言ったの父ちゃんだよ。
きっと、子ども達にブリリアントな出会いが開けるための導きなんだよ!」
夫:「・・・・・」
私:「でも、パルスについては、意見も貰えたし・・・・。良かったじゃない。穴が開くほど、子ども達の資料読み込んで返事をくれるって!」
それでも、夫は元気がなかった。
一夜明けて、
本日は、私が、ダウン。
今まで、昼寝してしまった。
夫は飲み会なので、
あるものでこれから夕食にします。
今月2回目の保険証忘れ!
本日、主治医の交代のための引継ぎがあった。
受付をして、今日は子ども達の遺伝子検査のための初診の手続きをしていました。
私は、脳血流の検査時間も迫っていたので、夫に「車の中に忘れた~。持ってきて、私は検査に行くから」
検査をして棺おけにはいっている途中で、思い出した。リュックの中だと気がついた。
検査が終わって行って見ると、
夫が、「なかったよ!!!更に車からメールしたら、座席の上で鳴っているし・・・・。それでじゃあ、ドロにと思ったら、それも車の中!さすがにぶちきれそうになったよ。」
「ついでに言うと、お前今月これ、2回目だぞ!」
私:「??????そうだっけ?いつ?」
夫:「この間のドロの入院の時、ファックス送ってっていったじゃない!おれは、家でずっとお前の探し物に付き合ったんだぞ。お前が持っているんだからいくら探してもないに決まっているじゃないか?」
・・・・・そうでした。
「ごめんなさい。はあ、どうしょうもないね。」
やっと、保険証を出して、
掛かる科の前で、問診表を書いていると、
すると、事務の人が来て、
「主治医の先生は、今日は来ない。」
と言う。
「えーっ?だって、月曜日に、朝の初診の先生に掛からないといけないか聞いたら、午後に間に合うようにくればいいよ。」
って言ってたのに・・・・。
もう、ビックリ!
だって、昨夜遅くに、ちゃあんとラブレターを書いたのに・・・。
事務の人が、
「先生に連絡を取って見ます。」
とのこと。
主治医は来て引継ぎをしてくれることがわかり、一安心。
事務処理が終了して、昼食を摂り、リウマチ科に行くと、先生の姿が見えた。
「今日は先生早い!早く終わるかも・・・。」
すると、夫が、
「おーい、Psy科だぞ!」
「え?何時の予約?」
「13時!」
「あれ、遅刻じゃない?」
更に、う~ん、タイスケ絶対たくさん遅れる!
Psy科の先生は、呼ばれるまでの時間が長い。
シンチの結果は、
2011年頃の数値まで回復していた。
「免疫抑制剤が効いているようだね。良かった。」
と先生は言うが、
今日はついていない。
夫に目一杯報告されてしまった。
リウマチ科は、さほどに待つこともなく呼ばれた。
先生3人に患者5人。狭っ!
しこ玉たくさんの資料を渡す。
最後の私と夫の診察をして貰って、
今生の別れをした。
ラブレターは渡せました。
先生との思い出を振り返ると、
人の心は変わるものだとつくづく思います。
正直、最初の入院中から、その後1年くらいは、なかなかしっくり行かなくて、関係に悪戦苦闘していた。
何度も、病院を変えようかと思ったりした。
自分は他の病気なのではないかと思うときもあった。
それでも、まあ仕方ないかあ。
抑制剤を使ってからは疲れも感じにくくなったし、生活上のとんでもハップンも減った。
薬だけ貰えばいいし、取り敢えず、ステロイド0に出来るって減らしてくれる先生だから良いか。
地元に帰れば、一生涯ステロイド10ミリにコルヒチン1.5ミリの薬漬け。減らして欲しい。いや、駄目だのバトルを繰り広げなければならない。
でも、長くなると、はっきりしなくて物足りないときもあるが、良い面も見えてきた。
緊張がなくなったところで、再び、新しい先生と関係を築くのはエネルギーがいる。
結局、新しい先生に
食い下がったが、次世代シーケンサーでの遺伝子検査は、NG。
家族症状が何か自己免疫の元は繋がっているだろうが、出方が、家族みんなそれぞれ変化球になって出てきて多彩すぎて10万打か10億打かあるうちの項目が絞れないとのこと。
「大人と小児の見方は違うから、小児科に。小児のリウマチは、日本でもここと、鹿児島大学しか専門ではないので是非ここの小児科の方が良い!」
と、今度の主治医に言われ、
小児科に掛かることに・・・予約外初診なので、かなり時間が掛かるかも知れないとのことで、
途中で夫と私の皮膚科受診を入れて、ほっと一息。
結構、ここが私達夫婦にとっては、PSY科の役割を果たしてくれている。
癒しなんです。ここで気持ちを仕切り直して、
今日は、夜間救急部での会計覚悟をした。
「ファックスも先に送った方がいいね。」
と、夫が送ってきてくれた。
17時半
やっと診察開始。
最初で最後の教授診察は、19時を回った。
「膨大な資料を読み込んで、今後の指針を出すのはすぐすぐと言うわけには行かないから・・・・
まあ、リウマチ科の新主治医に、相談して連絡して置くからそちらから・・・・」
何だかバタバタな1日だった。
9時から、19時半まで、子ども達は頑張ってくれました。
夫が、帰りに一言。
夫:「今日は、筋トレの一日だった。」
感度の悪い私は????
夫:「家族分の膨大な資料を、一日担いで、結局一つも使わなかった!!筋トレしただけだ。」
私:「まあ、日ごろの運動不足解消のためと思えばいいんじゃない?」
夫:「何となく話術に惑わされて皿回しならぬ、何とか回しだな。」
私:「うん、それは感じた。でも、めげずに頑張ろう!裏切られるのはもう慣れたって言ったの父ちゃんだよ。
きっと、子ども達にブリリアントな出会いが開けるための導きなんだよ!」
夫:「・・・・・」
私:「でも、パルスについては、意見も貰えたし・・・・。良かったじゃない。穴が開くほど、子ども達の資料読み込んで返事をくれるって!」
それでも、夫は元気がなかった。
一夜明けて、
本日は、私が、ダウン。
今まで、昼寝してしまった。
夫は飲み会なので、
あるものでこれから夕食にします。