BRING UP

①子どもを育てる。養育する。しつける。②問題などを持ち出す。提起する。

鹿男あをによし

2008年02月28日 | Weblog
「鹿男あをによし」
万城目学著  幻冬舎発行  1500円

   はじめに
 ずいぶん、おさない頃の話だ。
 ベッドに入ってうとうとし始めると、頭の上らへんを、ときどき小人の鼓笛隊が通っていった。おれは目を閉じている。だから、その姿は見えない。ただ、「しゃんしゃかしゃんしゃか」と音を立てて何かが通っていくのを、夢とうつつの間で聞いている。どうして、見えもしないのにそれが小人だとわかるのかと訊ねられても、上手には答えられない。夜中に「しゃんしゃかしゃんしゃか」と風のような音を立てて通るような連中は、小人の鼓笛隊に決まっている、と子供のおれは考えたのだ。
 だが、そのうちおれも知恵がつく。小学校にも上がる。小人が枕元をうろうろしているといつまでも思わない。ある夜のこと、例のごとく、頭の上を小人が通っているとき、おれは初めて夢の世界に落ちることなく、「起きろ」と自分に命令することができた。ゆっくりと、おれはまぶたを開けた。
 枕に接するように、ベッドのヘッドボードが立っている。板の厚みは二センチほど。その厚みを鼓笛隊の連中が一列になって渡っているとおれは勝手に想像を働かせていた。おれは素早く身体を起こし、小人たちの姿を捉えようとした。
 もちろん - そこには一匹の小人の影も見当たらなかった。
 その夜を最後に、おれは二度と「しゃんしゃかしゃんしゃか」を聞くことはなかった。馬鹿なことをしてしまったと思った。無性に残念でならなかった。このことを父に話したら、案の定、腺病質なやつだとさんざん馬鹿にされた。次に母に話したら、母はウンウンと大げさにうなずいてから、「それはお前が大人になったからだ」とよくわからない説明をしてくれた。大人になったも何も、おれはまだ自分の名前すらまともに漢字で書けない七歳の餓鬼坊主だったのに。ついでに母は「純な心を持っている証拠だ」と無理矢理おれを褒めてくれた。そんな心
を持っているやつは、あそこで起きたりはしないと思ったが、面倒なので黙っておいた。
 おれの二十八年の人生のうちで、不思議な出来事といったらこれくらいのものだ。それから先、おれは不思議な体験というものを一度も味わったことがない。
(以上「はじめに」全文)

 以前直木賞候補の新聞書評が載っていて、面白そうだから読んでみたらドラマになった。娯楽作品として読みやすくテンポも良いなと思っていた。ところが思わぬ効果があった。テレビドラマが始まり4年生の末っ子が鹿面の男を面白がった。ストーリーをもったいぶって小出しに話すと、自分でも興味を持ち原作本を読み始め、先ごろ読了した。結構なページ数だったので意外だった。今ではドラマを見ながら原作との違いなどを批評している。彼に言わせると「本の方が面白い」だそうだ。本好きとは言えない息子が、次は何を読もうかと春からのドラマ原作本を探している。
 昔、角川映画で「読んでから観るか、観てから読むか」のようなフレーズがあったが、観る前に読ませるのが当たった。
 読書に対する動機付けの面白い方法だと思う。