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北軽井沢番外編・63~薪ストーブ

 北軽井沢の山小屋にある薪ストーブ。標高1,100メートルのここでは必須のアイテムで、冬は当然だが、春や秋でも寒い夜は重宝する。薪をくべ酒を飲みながら燃える炎をただ眺めているだけで至福の時間が過ごせる。時々、薪が『パチッ!!』と弾ける音が何とも言えない。
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ヤマハンノキ・2~冬芽

 長沼公園“栃本尾根”の頂上付近に生育している「ヤマハンノキ(山榛の木)」。カバノキ科ハンノキ属の落葉高木。写真は冬芽の様子で濃紫色の芽鱗にしっかりと守られている。隣の枝には雄花序や雌花序の蕾があるので、開花の頃にまた来よう。ヤマハンノキの葉はハンノキより大きくまた鋸歯が不揃いなので見分け易い。
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散歩道・44~打越弁財天

 我が家から首都大学東京の丘を越え、野猿街道の野猿峠を過ぎて、北野方面に向かう道に“多摩丘陵”という何とも多摩全地域を代表するような名前のバス停がある。周りは八王子市街地南側の確かに丘陵地ではあるが、住宅が立ち並び大きな雑木林や緑地ががあるという場所ではない。なぜ、こんな名前のバス停になったのだろう。早い者勝ちだったか。
 そのひとつ先には“打越弁財天入口”バス停があり、そこから八王子バイパス沿いに700~800メートル進むと打越弁財天に着く。境内の碑銘には、
『打越弁財天は、梅洞寺塔頭のひとつである輝西軒に由来する。輝西軒は梅洞寺第5世水月青公和尚を開山として建立され、弁天堂の開創は天正年間(1573~91年)と推定される。
 かつて八王子は織物の街として養蚕業が栄えていた。養蚕が盛んな市内各地では、丹精込めて育てた繭をねずみに荒らされ困ることから、ねずみを退治してくれる“白蛇”を御神体とした弁財天信仰が盛んになった。その中でも打越弁財天は鑓水より始まる絹の道(シルクロード)に最も近く、関東近県より大勢の信仰を集めていた。
 江戸中期より、例年八十八夜の夜に大祭が行われ、12年に1度の“巳年”には、霊験あらたかな秘伝弁天さまがご開帳された。養蚕が盛んな頃は、六間×五間の大きさの御堂での盛大な開帳特別祈祷が行われ、各地から数千人の信者が訪れたといわれる。
 昭和59年、国道16号バイパス(八王子バイパス)の開通に伴い一部境内地が削られたため、昭和62年に御堂が再建された。昭和60年には伝統由緒ある打越弁財天を守らんと保存会が結成され、商売繁盛・家内安全を祈願する弁天さまとして護持発展にあたっている。
 色とりどりの樹木や花に囲まれたこの打越弁財天が21世紀の心のよりどころ・安らぎの場として未来永劫に受け継がれることを祈っている。 平成13年5月』とある。
 冬では何の花も見られず、このあと、石橋入緑地、鑓水の道了堂、絹の道、尾根緑道、小山内裏公園を経て帰宅した。
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カワヤナギ・1~冬芽

 ヤナギ科ヤナギ属の「カワヤナギ(川柳)」。河辺や池の縁などに見られることから名付けられている。これは長池公園“築池”畔のものだが、以前、“自然館”の中庭に幼木の鉢があったので、おそらくそれをここに移植したのだろう。写真は冬芽の様子で葉痕にはヒゲおじさんのような顔が見える。カワヤナギは「ナガバカワヤナギ(長葉川柳)」とも呼ばれるが、ネコヤナギの葉とさほど変わらないように思える。調べてみるとネコヤナギの新葉の縁が巻かないのに対して、カワヤナギの新葉の縁は外反するという。春に忘れずに確認してみよう。
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