怒れる中年

あなたは怒ることを忘れていませんか?  ①なんで借金しなければ勉強できないの! ②働きたいのに預ける保育園が無い、えっ!

歯が痛くて痛くて・・・

2022年03月08日 | 健康・病気

週に2~3度は書こうと決意していたのに、残念、仕事に振り回されとうとう20日近くもブログを書かない羽目に。

もう一つはウクライナ問題について書こうと考えていたこともある。

今のマスコミ報道は真実や公正さとは無縁の「戦時下報道」に成り下がっている。

また、これを批判する人がいないかのよう。

でも、これを書くにはちょっとまとまった時間がほしい。今日は書く意欲の表明のみに。

 

今日の「大変」は歯、痛くて苦しんだ。元はと言えば2カ月ほど前の「入歯」。

入歯が合わなくて物を噛むとズキンと頭に響く。

入歯をつくった歯医者さんに3度ほど直しに行ったが、「歯をならすため痛くても歯に付けておくように」と。

とてもじゃないが・・・入歯に歯を合わせるの??

今日、我慢ならなくて別の歯医者さんに。その歯医者さんは、歯に入歯を合わせようと入歯をけずったりしていた。

なんとか柔らかい物は食えた。

今夜のご飯はこれから、さあーどうなるか??

コメント

暦年令77才、体内年令62才!?

2022年02月20日 | 健康・病気

自分の健康チェックどうやってますか?

半年近く前ヘルスメーターを買い替えて、毎日健康チェックをしています。

ほんと一生懸命に健康づくりしているんですが、それがだめ!

日中できるだけ陽のあるうちにと周りを早歩き、20分ほど。

夜は仕事の終わりにミニ体操。四股やシャドーボクシングをクミアワセテ10分ほど。

お風呂に入っても、入浴前のお腹ポコポコ体操、お風呂の中の柔軟体操、出た後の顔の筋肉体操・・・

こちゃこちゃと、朝から夜寝るまで、仕事の合間にはミニミニ体操、体操・・・

だけどダメですねえ・・・。

今日も「体脂肪率18.1%」(目標19%まで)、「内臓脂肪レベル15.0」(目標9.5まで)、「足腰年齢70才」(目標60才)とでた。

私の暦の年齢は77才だから「こんなもの」かもしれないが、100才まで自分なりの仕事をしたいと思っているから

「これじゃだめだ―」と悩んでます。

体重67㌔前後、「体内年齢62才」、「体型判定5~6」なんですけどねー!!!

 

今は夜の9時半、パソコンたたきながらコーヒーをのみ、干し芋食べて、まだ何か甘い物食べたいよー

そして夜ご飯はこの後・・・自然と睡眠にしわ寄せが行き、毎日4時間前後に。

でもでも、頑張るぞー❕

 

コメント

愛犬に癌の宣告 ⁉ 「喉頭部に悪性リンパ腫ができてる、あと3か月か長くて1年もつか・・・」(主治医)

2020年02月11日 | 健康・病気

パピヨンの牡、名前は「茶々丸」、わがままなきかんぼう、典型的な内弁慶、

でもなかなかいい奴なんです。

「もう14歳だからそろそろ寿命・・・」などと慰められても納得できません。

10年前に預かって、ずーっとわが家の一員(茶々丸を入れて3人家族)できたのに、

癌で弱って、よろよろしているのを見ると何も言えない。

犬を飼っている人はみんなおなじではないでしょうか。

 

ところが数日前から奇跡(?)が、

妻がかかりつけの医者に行ったら、茶々を診察した医者が「あれー、腫瘍が小さくなっている!」と。

えー! まさか?

でもほんとらしいんです。

妻がさわっても小さくなっているのがはっきりわかるそうです。私は「癌だなんて」こわくてさわれませんが。

妻たちは2階で暮らしていて、私は1階で仕事。茶々は元気なときは一階に降りてきてはビッケをヒトカケラもらっていた。

ここんとこあまり降りて来なくなっていたんですが、最近、またちょくちょく来るんで「あれー元気になったみたい」と思っていたんですが・・・。

もしかしたら癌がよくなっている??

薬を変えて、少し減らしたのも良かったみたい。

でもそれだけではなく、食べ物もいいと思う。

茶々が食べているのは、ドッグフードだけでなく、納豆、黄な粉かけヨーグルト、ブロッコリーなどの茹でた野菜を少しずつ、サツマイモやジャガイモの茹でた根っこもの・・・だから毎朝の散歩でもウンチもりもりです。

少しでも長く元気に・・・と願うばかりです。

 

コメント

脳動脈瘤と向き合う その⑱ 「よかったねー」と喜べる人間になりたい

2018年12月05日 | 健康・病気

今回の病気(脳動脈瘤)で1年近く入院したり検査したり…の生活でした。

そして、多くの人たちのおかげで元気に復帰できて、最近思うのは、「元気になれてよかったよかった…」と自分のことのように喜んでくれる人たちのことです。

ご近所のKさん(私と同年齢の73才)、私を見るなり「手術が成功してよかったよかった」と喜んでくれました。

自分のほうが週に3回の人工透析受けたりと大変なのに、私がびっくりするくらい喜んでくれました。

「えっ、この人はなんでこんなに他人のことを喜べるんだ!」とショックを受けました。

自分はとてもできていない…と思ったからです。

最近気づきました。

仕事(保険の代理店)で、毎日のように何人ものお客さんと会います。そしたら多くのお客さんが「よかったねー」と喜んでくれるのです。

ほんとにありがたいし、この人たちは私の宝なんだと思います。

「東海林さんは悪運が強いんだねえ」と言ってくれた奥さんもいます。

ほんとに喜んでくれたんだと、こっちが嬉しくなりました。

みなさん、ありがとう!

私も、みなさんに恩返しできるように、「よかったねー」と一緒に喜べる人間になりたい!

コメント

脳動脈瘤と向き合う その⑰ 大病して自分は変わったか?

2018年10月02日 | 健康・病気

少しずつ、自分が変わりつつあるのではと思います。

① 空のきれいさ、大きさ、広さ、空のすがすがしい青さも素晴らしい、

夜の空もいいよ、月も星も田舎はきれいだ、夜の散歩のときの暗さ静かさも心に響く、

こんなことをしみじみと感じるようになったのは病気をしてから。

毎朝、毎夜、空に向かって大きく深呼吸もするようになりました。

② この20~30年間に喪った友人たち、不思議といい友人ばかりが多い、なんかしみじみと懐かしさがわいてきて、

ぽつりぽつりとお参りにまわっています。

「彼、彼女は、こんなにいいやつだったなあ」と。

③ 自分には4人の子供たちがいます。もう30代から40代になり、孫も4人います。

子どもたちについても、これまではともすれば「もっとこうすればいいのに…」と思いがちでした。

しかし、今度の病気を通じて、

一人一人が一生懸命に生きているんだなあと見えるようになってきました。

病気って、こんなに考え方までかえるのかなあ…、不思議です。

④ 根底にあるのは「多くの友人知人のおかげで生き返ったんだ」という思いです。だから、子供たちに対しても、欠点よりも良いところに目がいくのかもしれません。

脳の開頭手術のため大学病院に入院しながらも、「やはり開頭手術は危険が大きい、県外に行ってでもカテーテル手術を受けよう」と手術予定日の前日に退院し、仙台で治療できたのは、治療の体験者のご家族、医療関係者の話…など、多くの皆さんが教えてくれたおかげなのです。

「無事を祈って観音様にお参りしていた」という人、手術の成功を聞いて「涙が出てきちゃった」とまで心配してくれていた人、何回も何回もカテーテル手術を勧めてくれた人・・・ほんとに多くの皆さんのおかげで今の元気な自分が居るんだと実感します。こういう人たちがほんとの友人なのでは。

多くの人に助けられて、今の自分がある。

それを実感できたのが、この1年でした。

⑤ 自分の幸せとか、喜びとかは、いったい何だろう?

生き返って何がよかったのか? ・・・ふっと思います。

一番の喜びは、自分の納得できる生き方を貫けたときかな、と思う。・・・かもしれませんね。

私は、今、

損保・生保の代理店をしながら、保険会社の勧めるものではなく、自分がこの人に必要と納得できるものを売っています。それでお客さんに喜ばれると嬉しいし、やりがいを感じます。

普通なら、こんなやり方では代理店としてはとっくにつぶれてるでしょう。でも、それが不思議とつぶれず、なんとかやれてます。ありがたいことです。

今日は沖縄の友人から、玉城知事誕生の喜びに沸く現地の新聞「沖縄タイムス」が送られてきました。年に1、2度やりとりするだけなのに、まったく頼んでもいないのに、私の心をよんだように送ってくれた。友情に心がおどるようです。

地元の農民一揆の歴史にまなんで続けていた「白岩義民にまなぶ会」という勉強会を、一年ぶりに今月から再開します。「ようやく…」との思いです。これも今後のライフワークです。先月には見ず知らずの秋田の人から白岩一揆についての連絡があり、資料の交換をしました。「白岩一揆が秋田にも飛び火していたのか」と、これからの交流にわくわくです。

5~6年前、「3・11」後から調べ始めている地元の「寒河江ダム」(総貯水容量1億900万トンの巨大ダム)の危険性についても、やりたいことは一杯あるんですが、なかなか私一人の仕事の合間の片手間仕事では、到底太刀打ちできませんでした。でも、今回、生き返ったことで、やれることはあるんじゃないかと思う。また、多くの人も、以前は「ダム、何が問題なの?」という感じでしたが、最近の災害激発でぐっと関心は高まってる様子、もっともっとやれる、やれます!

これら一つ一つをやれるのは、多くの人の力で生き返ってきたからなんです。本当にうれしいし、ありがたい・・・。

多くの人によって生かされたこれからの人生、喜びとか生きがいというものを、自分だけでなく、他人と一緒に実感できる人生でありたい! そして、少しでも社会発展の役に立ちたい。

 

 

 

 

 

コメント

脳動脈瘤と向き合う その⑯ 手術後半年「きれいに治ってる」

2018年10月01日 | 健康・病気

わーい ばんざーい!!

脳動脈瘤のカテーテル手術をしたのが仙台の広南病院、9月28日、手術後半年のMRI検査があった。

お医者さんから「ほら、きれいに治ってるよ」と画像を示された。

うれしかった。

これまでは、手術後8日目の退院の際の検査で「治った」と言われ、それをたよりにしつつも一抹の不安を抱いていた。

今回は術後半年経っても大丈夫ということで、安心感は数倍増!

その後、

➡ 病院を出て、仙台に向かい、まずは「牛タン」で昼食、

➡ 食後のデザートに「ずんだ餅とお茶」のせっと、

➡ 宮城県美術館に足を運び「ディズニー・アート展(いのちを吹き込む魔法)」をきょろきょろ…(実はディズニーランドには一度も行ったことがないんだけど)、

➡ 車を運転して山形の自宅まで帰ってきて、夜、なんとなく「やる気」になって、明るい気持ちになったのでした。

 

 

 

 

コメント

脳動脈瘤と向き合う その⑮ 明日、手術後半年の脳の検査⁉

2018年09月27日 | 健康・病気

未破裂型脳動脈瘤と分かったのが昨年5月、

開頭手術のために地元の大学病院に入院したのが昨年11月、

開頭手術の重大リスクに気づき手術予定の前日に退院してセカンドオピニオン探しに、

地元を離れ仙台で脳のカテーテル手術を受けたのが今年の3月・・・、

いろいろあった1年でした。

迷いに迷い、悩みに悩んだ1年でした。

同時に、多くの人に支えられ励まされた1年でした。

何人もの友人から、治療についての貴重な情報やアドバイスをいただきました。だから開頭手術ではなくカテーテル手術に踏み切ることができたのだと思います。

退院してからの心境の変化もあり、亡くなった知人、友人の霊を見舞いにぽつりぽつりとまわっているのですが、2年ほど前に癌でご主人に先立たれたKさん宅で、私の手術の成功を祈って「毎日、観音様にお参りしていたんだ」という話をうかがいました・・・。本当にありがたいことです。

遠く愛媛から入院のためのパジャマや身の回り品を送ってくれた若い友人もいました。

 

自分は、他人のためにこれほどの励まし、支えをしてきただろうか?

恥ずかしくなるほどです。

 

明日の検査結果は明日にならないと分かりません。

しかし今現在、私が私なりに生きて、活動していられるのは、昨年の脳ドックに始まり、その後の右往左往と皆さんの応援のおかげです。

 

皆さんへの私の恩返しは何だろうかと思ったとき、その第一はクモ膜下出血、脳溢血、脳梗塞…などの予防を広げることだと、ふっと浮かびました。

しかし、一回5万前後(3万~7万)もする脳ドックは、山形の普通の勤労世帯にとって大きな負担に違いありません。私にとっても大きな負担です。

そこで思うのは「どんないい車に乗っていても倒れたのでは意味がない」ということです。

残念ながら収入を急に増やすのは容易ではない、とすれば、山形では脳ドックを受けるために車を節約するのがベターだと思いますが、あなたはどう思いますか?

私の第一の提案、車を節約してでも脳ドックを受けよう‼

山形に戻ってきてからの23年間、まだ新車を買ったことがありません。私も新しい車に乗ってみたい、でも車より自分という人間を大事にしたかったわけです。

あなたのご意見を聞かせてください。

脳ドックを受けていなければ、今の私は存在しなかったかもしれません。

 

 

 

 

コメント

首がまわらない! ・・・「借金で?」

2018年06月25日 | 健康・病気

21日の夜、「首が痛いなあ」と思っていたところ、22日の朝になったら首がまわらない!

斜め下を見る以外、前も、横も、上はもちろん、見ることもできない。

ちょっと横になって休もうとしても、ズキーンと首のあたりに激痛が走る。

21日の夜から痛くなって、夜中、熟睡ができなかった。30分置き位に目覚めていたようだ。

 

一番恐れたのは、3カ月前に脳動脈瘤のカテーテル手術をしたこともあり、今度は頸動脈に異変でもおきたのか、ということ。万一を考え、「これは頸動脈の検査を受けてみなくては」と思った。

だが、首が痛くて車の運転もできない。

幸い、家の近くの寒河江インターから高速バスが出ているので、この前、検査を受けた鶴岡の庄南クリニックに行った。

行き帰りの道中の痛かったこと辛かったこと・・・。

でも、検査の結果、「筋肉疲労だろう、脳や頸動脈は大丈夫」と診断されて大いに安心できた。

この2日間で大分良くなってきた。・・・だから、こうしてブログを書いてられるんだけどさ。

 

考えるに、原因は携帯電話、この数日、携帯は朝早くから夜遅くまで鳴りっぱなしのような状態だった。

私用も業務用も・・・。事故もいろいろあったし・・・。

電話があるのはお客さんから少しは信用されてるからだと思うんでありがたいことなんだけどね。

電話も無かったら寂しいだろうし…ね。

でもみなさん、携帯の長電話は身体に悪いですよ。私のきょうくんでーす。

 

 

コメント

脳動脈瘤と向き合う その⑭ 大病して分かった自分の「自分ファースト!」

2018年04月30日 | 健康・病気

3月13日に仙台で脳動脈瘤のカテーテル手術、経過良好で3月21日の退院後ほぼ普通に仕事や生活をしています。

特に気をつけているのは睡眠の改善。毎日6000歩歩くことと、6時間の睡眠を目標にしています。

今までは布団に入っての睡眠は毎日3~4時間、これがいかに体に悪いか、身をもって教えられました。

昨年5月に脳動脈瘤の診断を受けてからほぼ1年間、4か所の病院をまわり、3回の入院をして、ようやく先月(3月)手術の成功ということで、今後は経過観察のために1年間に数回の診察、検査となりました。

その過程で、つくづく自分の身勝手さを考えさせられました。

退院してからこの1ケ月余、いろんな方から心配、お見舞い、激励・・・などをいただきました。

「手術が成功でほんとに良かった」「自宅にある観音様にずっとお願いしてたんだ」「観音様のご利益かもね」・・・。

「手術が成功と聞いたら自然に涙が出てきちゃった」「ほんとによかった」・・・。

「心配してたんだけど、なんか電話がしずらくて」・・・。

こうして、多くの方からいただいた激励は私の宝物です。

みなさんの励ましがなければ1年間、病気と向き合い続けることはできなかったと思うのです。その中でも考えさせられたのはつぎのことです。

私と同年代の近所に住むAさん、数年前から体調をこわして入院、手術を繰り返していました。

私の入院中には、奥さんが「一人でさみしいだろう、うちに話しにきなよ・・・」と妻に声をかけてくれたそうです。

私が退院して半月もたったころ、Aさんと顔をあわせたら

Aさん:「具合はどう?」

私:「良くなった、ほぼ普通に生活できるんだ」

Aさん:「それはよかった、ほんとに良かった」と3回も4回も喜んでくれたのです。

普段は、多忙のせいであいさつ程度の言葉しか交わしていなかったのに、Aさんがここまで喜んでくれたことにビックリ!

つくづく「自分は、他人のためにここまで喜べるだろうか?」と考えさせられてしまいました。

自分は自分のためにも余り喜ばないほうだと思いますが、まして他人のために喜ぶことなんてほとんど無いかも?

Aさんは凄いなあ・・・。

 

コメント

脳動脈瘤と向き合う その⑬ 「受ける前は心配だったんだ」「何もなくてよかったあ」・・・仲間を誘って脳ドックへ 

2018年04月20日 | 健康・病気

4月10日、帯状疱疹の合間に鶴岡まで脳ドックに行ってきました。もちろん私が受診したのではなく、職場の仲間や仕事上のお客さんで「脳ドックに行きたい」という人たち3人と車で行きました。昨年12月、私が受診した庄南クリニックの長畑先生(一昨年まで山形市の済生館病院に勤務)のところへです。

50代60代の女性3人でしたが、診察の結果はみんな大丈夫でした。

帰りの車の中では「不安だったが、何にもなかったのでほっとした」「私もそう、よかったあ」「受ける前は心配だったんだ」・・・など、みんな不安がいっぱいだったんだと教えられました。

帰路、車中で食べた「かたくらのだんご」のうまかったこと。みんな「うまいね」の連発でした。

成人病検査は受けていても、なかなか脳ドックまでは受診の機会がないんですね。

今回、受診しに行って良かった!

 

自分が脳動脈瘤と分かったのが昨年5月、それから「脳動脈瘤って何?」から始まって、「どこで手術すればいいのか?」「開頭手術がいいのか、カテーテル治療がいいのか?」・・・など、迷いに迷って10か月間。あっちの病院、こっちの病院と4か所廻り、ようやく仙台の広南病院にたどり着いて、今年の3月、カテーテル手術を受けることができました。

自分が悩んだり苦労したから、だからできるだけ多くの人に安心してほしいのです。

脳の検査を受けなかったためにクモ膜下出血で倒れる人を、自分の周りから無くしたい。

皆さん、脳ドックを受診しましょう!

必要な時は連絡ください、できるだけのお手伝いを致します。

私自身が、多くの仲間のみなさんに励まされ、治療についてのいろんな情報を教えてもらい、ほんとうにみなさんのおかげで地獄から無事に生還できた・・・との気持ちでいっぱいです。だから、できるだけのことをしたい。

 

コメント