井財野は今

昔、ベルギーにウジェーヌ・イザイというヴァイオリニスト作曲家がいました。(英語読みでユージン・イザイ)それが語源です。

Wii are the world〈音楽を学ぶ上で〉

2010-11-02 19:37:34 | 音楽

ゲームの話ではない。純然たる音楽の話である。

音楽を学ぶについて、常に考えておくべきことは何か?

いろいろあるだろう。それを三つくらいに絞り込めないか考えてみた。三つくらいだと、常に覚えておけるだろうから。

何を最初に持ってくるか、考えた結果「意志Will」という言葉に代表させてみようと思う。

これは「バレンボイムのマスタークラス」の中でバレンボイムが語った言葉に由来する。ホロヴィッツのレッスンを受けた時の話。14才のバレンボイム少年はルービンシュタインのファンだったから、とても気が進まなかったらしいが、そのホロヴィッツが一番大事なこととして、バレンボイム少年に語った言葉だ。

「意志Willを持ちなさい。」

私もこの言葉はよく使うのだが、どう思って演奏するかで結果は大違いだ。何も考えずに出した音は、単なる音であって、音楽になりきっていない。意志を込めて出した音は確実に違うのである。逆に、意志がある音で構成されていれば、大勢の人の好みに合っていなくとも、ある程度の説得力が生じる。ことほど左様に意志は大事なのである。

次に、intensityという言葉を挙げたい。

インテンシティなどという言葉は英米圏でも日常的には使わないようだ。日本語に訳すと「強さ」となるのだが、ここで問題にしたいのは、いわゆるダイナミックスの強さではない。気持ちの強さとでも良いだろうか。前述の「意志」を保ち続ける強さ、という意味での言葉である。(「緊張」という言葉を使うこともあるが、からだはリラックスさせなければならなかったりで、あまり適切とは思えない。)とにかく音楽人は、よく使うのである。

・バーバーの弦楽のためのアダージォでは「increasing intensity」という指示がある。クレッシェンドでは足りないということなのだろうか、と感覚的には思うところだ。

・ストラヴィンスキーが武満徹を最初に評価した時「very intensitive」と言った、と伝えられている。厳しい、と訳されたこともあるけれど、とにかく強靭な何かを感じたようだ。

・独墺系の音楽家も intensität という言葉をよく使う。日本人のバッハはインテンジテートが足りない、のように。

とにかく、心の中のエネルギーを最大にしておかないと、クラシック音楽の表現としては貧弱になる。日本音楽も、その点に関しては共通するように思われる。よって「強さ」ではなく「気合い」と訳すべきだ、と私は思っている。

最後にインプットinput。

ドイツのハンブルクではうなぎが獲れるそうだ。しかし、そのまま串刺しで焼いて食べるかムニエルにするかで、蒲焼というのは無いらしい。何ともったいない、蒲焼を教えなければ、と味を説明する時、しょうゆも口にしたことがない人にどうやって教えるか。

これは不可能と言って良いだろう。しょうゆの説明にたとえ成功しても、蒲焼のおいしさに到達するのは無理。

このように、全く知らないものは説明に限界がある。とにかく知らなければ話にならないのである。たくさん知った後に、初めて少し「出すoutput」ができる。聞いたこともないのに演奏だけしようというのは、本を読んだことがないのに小説を書くのと同じで、無謀なのだ。

昔のNHK英語会話の先生で松本亨という博士が、英語の勉強の要領を一言で述べていた。

More input,less output.

音楽も全く同じだと思う。爾来、私もよく使わせてもらっているフレーズである。演奏という行為はアウトプットであり、インプットでもある。だから演奏行為を止めてはならないし、演奏のためには、まず聞くことから始めるのは当然である。(ただ、猿まねをせよという意味ではない。)

さて、これらを覚えておくなにかキーワードのようなものはないだろうか、とずっと思っていた。最初はwillではなくてintendにして、三つのアイ、でどうかな、と思ったり・・・。でもintendよりwillなんだよなぁ・・・。

と思っていたところ、Wiiというゲーム機が現れたのである。しばらく気づかなかったが、Will,intensity,inputの頭文字はWiiではないか!

という次第で、音楽をやるにはWiiなのである。Wiiが音楽世界に欠くべからざるものなのだ。Wii are the world.