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井財野は今

昔、ベルギーにウジェーヌ・イザイというヴァイオリニスト作曲家がいました。(英語読みでユージン・イザイ)それが語源です。

アルバム「日本茶・茶・茶」を発表しました

2020-06-14 15:07:23 | 井財野作品
コロナ禍で突然できた時間を利用して、旧作(1999~2002)の弦楽四重奏曲の多重録音というのをやってみたのです。

当時活動していた弦楽四重奏団の演奏会のために書き下ろした作品群ですが、今見返すと、クラシック音楽のスタイルの啓蒙を必死に模索していた30代の自分が見えてきます。

ポピュラー音楽で使われていた「循環コード」をロンド形式に当てはめた《春る・る・る》。
だじゃれの音楽《日本茶・茶・茶》。
弦楽四重奏界のルロイ・アンダーソンを目指した《せみ・くらしっく》。

毎回、何か面白いことをやれば、少しずつでも聴衆が増えてくれるのではないかと、あれやこれや考えた結果の作品群です。

残念ながら弦楽四重奏団はその後解散し、私自身も弦楽四重奏だけがやりたい事でもなかったので、それから再演される事もなく、長い時間が経ちました。

その間、時代は変わり、インターネット上にないものは世の中にないもの、と言われる時代になっています。そうなると、旧作が休眠状態というのは良くない!と思う訳ですね。

それで、チェロだけ頼むと弦楽四重奏ができる!と気づいて、チェロを九州交響楽団の重松さんにお願いしてできたのが、このアルバムです。

ところが、できてみるとヴァイオリンとヴィオラが揃い過ぎていて、「3音出せる弦楽器」とチェロの二重奏みたいな妙な感じも出てきました。(一方で、その3音が全く揃わない箇所もありますが。)

そして、携帯電話で聞いてみると、低音が全くというほど聞こえない、というバランスのマズさも感じます。
チェロの重松さんからは、彼女の視点で音楽的に納得できないから、公表するなら名前を出さないでくれと言われました。(それ以前にチェロがあまり聞こえないことは、大変申し訳なく思っています。)

それでも、なぜ公表するか。

それは、まず先ほど述べた通り、世の中にないものにしたくなかったことがあります。

では完成度の低いものを、なぜ敢えて公表するか。

それは、ここからの出発だと思っているからです。
「スター・ウォーズ」の音楽、1978年に発表された時、当時の高校生でもひどく雑然とした演奏だな、と思ったものです。でも、誰もそれを問題にしませんでした。

とは言うものの、今回の録音、それよりもさらにレベルが下がるところがあるので、それを引合いに出してはいけないかもしれません。

私の場合、完成度を求めていたら、そのうち死んでしまいそうな気がします。
(それでも、録音し直したいところは多々ありましたが、世の中が動きだし、時間の余裕がなくなって時間切れになってしまったのが本当のところです。)

そして、現在新作の準備もしております。

今からの時代、こうして次々と新作を出すことが「私のあり方」かと思い始めました。

今回のアルバムを聴かれて「良いな」と思ってくださった方には、今後を期待して応援していただければと思いますし、「聞けたものではない」と思われた方は、今後を期待していただければと思います。

また、ついでに1曲だけアート作品《レゲンデ》を入れました。黒田寛賢氏との合作で、2019年の新作になります。(バランス的な問題は一番少ないです。)
合わせてお楽しみください。

ここまでの長文を、読んでいただき、ありがとうございました。

今後、時間を見つけて一曲ずつ紹介したいと思います。


万葉集より渋沢栄一、だろう

2020-03-12 00:17:44 | 井財野作品
仲間うちで、歌曲を作って発表しよう、という話が出てきた。

重鎮曰く「令和にふさわしく万葉集から取材して作らないか」

後日、それを聞いた友人曰く「万葉集を持ち出しただけで、ちょっと敷居が高くなるかも」と言われた。

ではどうするか。

「新一万円札の渋沢栄一は?」

え?財界人だろ?

「いや、何か出てくるかもしれないよ。」

というやりとりの数日後、本屋の棚に渋沢栄一のムックが置いてあり、早速買って読んでいるのだが……。

とても歌曲向きとは言えない「名言集」が記載してある。名言だけあって、内容はとても興味深いけれども。

しかし、もっとブレーキをかける文字があった。

【尾高惇忠】

渋沢栄一の従兄で、師でもあったという。
が、我々の世界では作曲家の名前だ。
同姓同名にぎょっとして、調べてみたら曾祖父、曾孫の関係なのだそうだ。

で、渋沢栄一と尾高惇忠の共通の孫に尾高尚忠。あの「尾高賞」の尾高である。

孫と曾孫に、日本を代表する作曲家がいらっしゃる渋沢栄一。
ちょっとおそれ多くて、簡単には手が出せない。
一方で、知れば知るほど、渋沢栄一とは魅力的な人物だったことがわかる。

うーむ、どうしよう。

大在スクエア

2019-10-27 19:49:16 | 井財野作品
2019年11月2日17時頃、宝塚ベガホールで再演されます!

《大在スクエア》という弦楽四重奏曲を昨年作った。「大分の音楽」と銘打って、大分8地区それぞれをテーマに、弦楽四重奏曲を作曲家に委嘱し、それぞれの地域の音楽として末永く愛好してもらおう、という企画だった。

その作曲家として井財野も選ばれ、昨年作曲して、今年の2月に大分市内の能楽堂で初演された。

井財野に頼まれたのは「大在」という地区。もともと大在町、大在村という地域で合併して大分市になったため、独自の歴史がある。

古墳があるから、太古の昔から栄え、稲もよく獲れたらしく、ここだけ肥後の領地だったという。

そして、昭和の御代には「新産業都市」の指定を受け、現在でも海岸には工場が並ぶ。

その工場が、夜には煙や照明でキラキラ光り「大在ディズニー」と異名をとるほど。(しかし、実際に光を放っている工場は隣町のものとのこと。)

現在は、大分のベッドタウンとして、住宅が並んでいる。

という大在地区。正直言って、現在が一番面白みに欠ける。

だけど、それが「音楽」で面白くなったら……という意味で、作曲家の腕の見せどころである。ブランデンブルグやニュルンベルクがドルトムントやアーヘンより興味を惹くのは音楽のタイトルになっているからだろうから。

だからと言って《ニュルンベルクのマイスタージンガー》にニュルンベルクらしさはないから、何か作って「これが大在だ!」と強く主張すれば、それでも用は足りる。

しかし、それでは私が面白くない。

さんざん考えた挙げ句、大在の地図を楽譜に置き換えることを思いついた。

大在の平地の地形は台形をしている。

なので、4音を台形に配置した音形を基本モチーフにして作ってみたのである。

それだけではまだひねりが足りないので、2楽章は《あんたがたどこさ》を引用し、3楽章は《行っちきち見ちきちしちくりぃ》という大分方言を採り入れた。

初演の日は別の仕事がかなり前から決まっており、伺えなかった。
今度も遠隔地につき、簡単に行く訳にはいかないが、お近くの方は、是非聴きに行っていただきたく思います。

宝塚市民合唱祭のゲスト演奏で、大分の「川瀬弦楽四重奏団」が演奏する。
大分市と宝塚市は姉妹都市らしい。なぜ姉妹都市なのかはわからないが、とにかく、川瀬さんが私の曲を選んでくれたことはとても光栄に感じている。

重ねて申し上げますが、都合つく方は、是非宝塚まで足をお運びいただきたく思います。

《アンピトリーテーの声》ができるまで⑤

2019-06-20 07:55:00 | 井財野作品
結局、ドレス・リハーサルは、どの曲もほぼ通すだけで終わり、本番まで数時間の休憩時間を確保できた。

案の定、チェリスト〈南こうせつ〉は最後のアッチェレランドがディズニーランド(非現実)だった。
このあたりで、カナディアン・コンサートマスターも「速いテンポは苦手らしい」ことが、感じられてきた。

何のかんので、やはりコンサートマスター、小アンサンブルであれ、彼の能力を超えることはできないのである。

これは、もう本番に賭けるしかないかと思いかけた矢先、チェリスト〈こうせつ〉からアッチェレランド部分を再度練習させてくれ、と要求が出た。彼もディズニーランドに居るのは不本意らしい。

結局3回練習した。でもできなかった。まあ、他のパートはできてきたから、聴衆にはわからないレベルまではいくだろう。

しかし、チェリスト〈こうせつ君〉は、楽譜を製本することはなく、本番でもずっとペラペラの紙を横にずらしながら演奏していた。これでバッチリ演奏するなら文句はないけど、ページが変わる度にどこを弾いているかわからなくなり、落ちる、を繰り返していた。
私が教えている学生とほぼ同じ行動である。
結論∴【楽器由来の性格は人種を超える】

写真は本番中のグリーンルーム(控え室)の様子。コリアンとインディアンがいて人種のモザイクぶりがわかる。


《アンピトリーテーの声》ができるまで④

2019-06-19 08:03:00 | 井財野作品
さて、ドレス・リハーサルである。

始まる前にインスペクター兼ステージマネージャーから言われた。

「各曲のリハーサル時間配分はマエストロに任せます。が、みんな疲れています。できればある程度休憩時間にしてもらって、本番に力を残しておいた方が、良い結果が出ると思います。もちろんリハーサル時間全て使っても構いません。」

この期に及んで、この言葉。
私から見たら、みんなチンタラちんたらやっている感じで、これで「疲れている」とは驚き桃の木山椒の木だったったのだが、人種が違うと顔色は見分けられないということなのだろう。

無論、こちらだって疲れたくない。
しかし、あの南こうせつとチック・コリアを足して2で割った顔のチェロ君は、このリハーサルで何とかしないと、と思っていただけに、何だかガックリくる言葉だった。

“O.K. I see.”
と言っておくしかない。

写真は会場を出て数分の光景。