ベッラのブログ   soprano lirico spinto Bella Cantabile  ♪ ♫

時事問題を中心にブログを書く日々です。
イタリアオペラのソプラノで趣味は読書(歴女のハシクレ)です。日本が大好き。

チャンネル桜の「討論」国の為に死ぬこと~佐藤健志先生「自己陶酔を感じませんか」に完全同意です。

2016年12月14日 | 政治

★ チャンネル桜の「討論」の動画をupしたのと私の感想を書いたエントリhttp://blog.goo.ne.jp/bellavoce3594/e/48412bfb408e6f49ae873a3684c867a2があります。
しかし内容が難しい上に「保守」独特の言い回しが気になって、もどかしいような感じで終わってしまいました。
(決して著者の伊藤祐靖氏のことではありません。
便乗して大口をたたく人のことがイヤなのです。それに平伏して乗せられる軽率さな人たちも、です。)

そして新しくもう一度「討論」からエントリを書きます。といいますのは「討論」に出演されていた佐藤健志先生の文を先生のサイトで読み、私はホッとできたのです。そして私のブログに転載の許可を得ましたのでご紹介します。
以下の文は佐藤健志先生の文です。



>・・・ちなみにテーマは

国のために死ぬこと〜再考 大東亜戦争。

じつにチャンネル桜らしいテーマ選択ですが

みなさん、ここにも自己陶酔を感じませんか?


「国のために死ぬ」というフレーズには

より大きなもののために自分を犠牲にする点で

潔く美しいイメージがあります。


そんなことはない! 国家のために死ぬなんて悲惨なだけだ!!


・・・と言いたがる方もいるかも知れませんが、

私の知るかぎり、そういう方ほど

憲法九条のためだったら

潔く美しい自己犠牲の覚悟ができているようにお見受けしますので

取り合わないことにいたします。


その覚悟ができていないのであれば

九条が改正されようが

憲法から削除されようが

結局は受け入れて流されるという話になるでしょうしね。


だとしても。

祖国が命運を賭けた総力戦を遂行しているとき

国民がすべきことは何か。

本当に「死ぬ」ことか?


違うでしょうに。

まずもってすべきは「勝つ」ことです。


事実、米陸軍では新兵訓練の際、

死ぬことで国の役に立った兵士などいない!

と教えます。

兵士たるもの、

勝つまで生き延びることで国の役に立つのだ、と。


海兵隊になるともっとスゴくて

海兵隊員は政府の所有物だ、許可なくして死ぬ自由はない!

と教えるのですぞ。


そしてここには深い真理がある。

大変な戦いであればあるほど

「死ぬ」ほうが「勝つ」よりラク。

ついでに仲間がどんどん死んだら

自分だけ助かるのは申し訳ないという気になるでしょう。


とはいえ兵士がいくら死んでも、

国が負けたら意味がない!!


だからこそ、死の自己目的化を阻止する必要があるのです。


むろん戦争ですから、

祖国の勝利のためには自分が死なねばならない状況はあるでしょう。

そのときには

「国のために死ぬ」ことが意味を持ってくる。


しかしそれは

「国のために勝つ」ことをとことんやり尽くしてからでなければならない。


そして先の戦争、とくに負けがこんできた末期において

わが国に「死の自己目的化」の風潮があったのは否定しがたい。

潔く散ると言えば聞こえはいいものの、

これはひとつ間違えると、

死ねば負けてもいいということになってしまいます。

すなわち一種の責任回避。


ところが70年たって、

その戦争を振り返ろうとするときまで

いきなり「国のために死ぬ」と来てしまう。


死ねばいいってもんじゃない!

戦争は勝たなきゃダメなんだ!!


こういうリアリズムを持たないまま

自己陶酔にひたってしまう傾向が

今なお見られるわけです。


国のために死ぬと言うまえに

国のために勝つことを、もっとシビアに考えるべきではないか?


そんな発想で収録に臨みました。

あとは見てのお楽しみです。


ちなみに二時間目では

西部先生と水島社長が、

かなり白熱したバトルを展開したりもしますよ・・・

ではでは♬(^_^)♬
(以上、佐藤健志先生の文を転載)
http://kenjisato1966.com/%e5%9b%bd%e3%81%ae%e3%81%9f%e3%82%81%e3%81%ab%e6%ad%bb%e3%81%ac%e3%81%a8%e8%a8%80%e3%81%86%e3%81%be%e3%81%88%e3%81%ab/




★ 佐藤健志先生、快く転載をご許可頂きありがとうございます。
私は「保守」の中に独特の「美学」を読むことに抵抗がありました。

もう一度あの「討論」をじっくり見ました。
メモもしました。しかし誇り高い形式的な「死」への絶対的な憧れ・ついでに思想的強制には私は心の底から拒絶感が続いていたのです。
「討論」のテーマを見た時に嫌な予感がしました。

私は音楽家なので自分にわかりやすいように解釈すると、それをヴァーグナーの楽劇(オペラ)の揺るがぬ「死への憧れ」「魂の浄化」などと結びつき、まだヴァーグナーの場合はヴェルディのオペラを盾に異論も言えるのですが、実際はそうはいかず、いたたまれない気持ちがしたのです。
ヴァーグナーのオペラはヒロインの「自己犠牲」によって魂が救われる、という美学がありますが、聴き手は陶酔してしまうのですね。

ところで「三国志」では敗戦の軍のシンガリを務めるのは、あの義理堅く知性に優れた勇将である「趙雲子龍」でした。
先陣を行くより、シンガリを務めるのはいかに難しいか、そして危険か。

「終戦時、軍部の武装解除の命令に背き、在留日本人をを護り生き延びて帰国させた事例」を書いたのは三宅博前衆議院議員で、満州で無傷で残った関東軍が「終戦」で武装解除を命じられ、その為に多くの日本人がソ連の軍隊や八路軍に殺害された事実でそれを事前に見通していた賢明な軍人の話です。もっと生きる、生き延びさせなければならないという信念。

根本博中将は軍の命令に背いても責任をすべてかぶって武装解除をせず、多くの日本人を大陸から無事に帰国させた事実、三宅先生は5月に『覇権の終焉とアジアの黎明』と題する講演でこう話されていた。


「モンゴルにも関係があるが、ここまで日本が国家の矜持を失った原因に硬直した官僚機構がある。
終戦の時、無傷の百万関東軍は愚かにも武装解除をした結果、多くの軍人がシベリアに連行され、酷使されて亡くなった。
また満州にいた200万人の日本人居留民が関東軍の保護を受けることができずに、数十万人の悲惨な犠牲を見たのだ。
共産主義思想のソ連軍・延安の八路軍は大変な略奪・凌辱・殺戮をしたのだ。

同時期、満州隣接の蒙彊軍司令官であり共産軍の本質を正しく理解していた根本中将は敗戦後の武装解除の命令に従わず、自分一人で全ての責任を背負いモンゴル周辺にいた4万人以上の日本人居留民を無事に帰国させた。

日本の保守も人それぞれで難しい。過去の世界は覇権によって抑え込まれてきたが、現在は終焉を迎え動乱の状況になっている。
この混乱を収束しうる大きなものは新たな価値観でやっていくしかないし、至難の業である。(以上、三宅博前衆議院議員)




★ 勝つことが出来ない場合は「シンガリ」を務める賢明な軍人が必要である、ただただ「死」を美しいものとして讃えるだけではとても納得できない。

また西部先生がこの「討論」の終わりごろで安倍総理の真珠湾訪問のことでこのように述べられている。


>・・・勝ったほうはカネをとるか領土をとるか・・・この国はどういう危ないところにきているかというところに安倍首相がスーパーマリオの真似をして真珠湾に行くなど擁護は官房長官だけにしてほしい。

水島氏・・・では行かないでやめるとどういうことが起こるか?我々は想像すべきです。

西部先生・・・首相官邸ゴトキに、状況を知っている人って?
軍隊が指揮命令系統とわかっている、しかし状況そのものは現場にいる人しかわからない。(以上)

★ 佐藤先生の上記の文を読んでいなかったら私は「討論」についての感想を再びここまで書かなかったことでしょう。
私には専門的な難しいことはわかりませんが、いつも感じるのは「ホシュ」の「決まり文句」でした。

ヴァーグナーが聴衆に与える「陶酔」は、現世と死への憧れに至る「奈落の底」へ真っ逆さまという「ニヒリズム」を感じるのですが、
劇場を出てしまうと余韻だけで日常生活に戻る、芸術はそんな場合「仮の世界」なのでしょう。

佐藤先生のメリハリのあるご発言に「窓を開けて古い空気を新鮮な空気に入れ替える」すっきり感があり、助かりました。
本当にありがとうございました。


★ 読み返し一部手直しをしています。

ブログのティールーム



★ カラヤン指揮によるブラームスのシンフォニーのフィナーレをどうぞ。(1分40秒です。)

Karajan - Berliner Philharmoniker - 1988 Live - Ultimo Brahms... "Malori da emozione" in sala.

・・・ブラームスの音楽は建築物のようなガッチリした構造があり、その上に美しい勇気!を感じさせる。

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2 コメント

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やはり教育です。 (katachi)
2016-12-16 12:42:21
洗脳する教育と徳育と客観的知識を教える教育とは、自ずから違ってくる。
白人が征服できなかった唯一の国が、日本である。
したがって現在の様な高度な状態でも日本を骨抜きにしようと頑張っているが、上手くいかないのは、歴史を見てのとおりである。
日本は、歴史が有り過ぎ文化が抜きんでて有り過ぎ、似非ユダヤが影響を与えようにも日本の方が数倍も優れている事を日本人は、見抜き感じ取るのである。
坂本龍馬などは、影響を受けて武器商人のパシリをしていたが、思想的には日本開国の影響を与えている。
それも民度が、高いからできる事で、単なる土人であれば日本制服に手を貸しているだろう。
東インド会社(似非ユダヤ)も日本は、一筋縄ではいかないことを認識したであろう。
それは、在日鮮人を使って、今でも続いている事を知るべしである。
日本を変えることは、相当高度な知識と仕掛けが、必要な国である。
似非ユダヤには、無理であろう。
彼らは、成功しているようで失敗している。
今では、キッシンジャー93歳、ロックフェラー103歳それでも諦めず動いている。
遠望するとユダヤジョークに見えてしまう。
洗脳の70年 (Katachiさまへ)
2016-12-17 00:10:29
洗脳も70年以上続くと、これが普通の考えとして
国民の側に植え付けられているようです。
目覚めている者たちがそれを語る時、何と苦しい思いを
しながら言葉を尽くすことか。

トランプ、プーチンをはじめ、ならず者たちがリーダーに
なっている、日本は外圧に弱くかつての強い精神はあまりにも少ない。
「寄らば大樹のかげ」「長いものに巻かれろ」、確かに
それは短期間ならなんとかごまかすことはできますが、これからの世界はその短期間も難しいことでしょう。安倍・プーチンではプーチンの圧勝、
それでも「マスコミに騙されるな、安倍は勝っている、
焦土は戻る」なんていう安倍信者のたわごとがまかり通っているのですから、困った日本です。

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