教団「二次元愛」

リアルワールドに見切りをつけ、二次元に生きる男の生き様 (ニコニコでは「てとろでP」)

必ず死なすっ!!(エスプガルーダ2)

2010-07-26 00:00:44 | シューティング
「ずっとこの時を待っていた・・・必ず死なすっ!!」

CAVEのシューティング「エスプガルーダ2」のステージ5ボス「セセリ」の登場時のセリフである。
じつは割と有名なセリフらしい。

このセリフ、少なくとも1周目のラスボスまでは到達しないと聞くことができない。
このセリフを、自分の腕前をもってして生で聞いたことがある者が、いったいどれほどいるのだろうか。

CAVEのシューティングにはこういったセリフがいくつか登場する。
たとえば・・・

「貴様らの存在を消してやるぅ!」
 セセリ @ エスプガルーダ

「死 ぬ が よ い」
 シュバルリッツ・ロンゲーナ大佐 @ 怒首領蜂

「おのれ、生かして帰さん」
 ガラ婦人 @ エスプレイド

・・・みたいな感じだ。

こういうのを見るとすぐに
「暴力的どうのこうので青少年への悪影響が(以下略)」
みたいなことを言うヤツが現れる。
よく赤い人がいうことだ。

しかし!
このCAVEのシューティングに限ってはそういう意味はこめられていない。

なぜなら!
これはプレーヤーが敵を攻撃して相手を死に至らしめることを意味したセリフではない。
これは敵がプレーヤーを攻撃して相手を死に至らしめようと待ち構えていることを意味したセリフだからだ。
むしろ殺されるのは我々のほうなのだ。

そしてプレーヤーは
「望むところだ! この俺を殺せるだけの弾幕をバラまいてみせろ!」
と心の中で叫びながら挑むのだ。



実際、これらのセリフには尋常でないすごみがある。
これはプレーヤー本人でないとわからないことだ。

死に物狂いで弾を避けて、瀕死になりつつ潜り抜けた最終面。
さらなる狂気の弾幕がそこにあることを覚悟していどむラスボス。
そこでプレーヤーは死の宣告を受ける。

そのすごみがいったいどれほどのものなのか。
それは自分の腕でたどりついた者でなければ理解できない。

これはアニメとは異なる。
たしかにアニメの敵の大将もそんなセリフを言う。
しかしアニメはたいがい主人公にとって都合がいい。
アニメには一定の安心感が常にあり、そういうモノにはあのすごみは出すことができない。

これはRPGとも異なる。
たしかにRPGのラスボスもそんなセリフを言う。
しかしRPGは多くても何度かやっていれば誰でも倒すことができてしまう。
RPGには必ず倒せるという安心感が常にあり、そういうモノにはあのすごみは出すことができない。

シューティングだけは違う。
自分の腕であの狂気の弾幕を避けきらなければならない。
そう、いともたやすく死の宣告が成就してしまう事くらい、誰であろうと知っている。



最近はニコニコやYouTubeでラスボスの弾幕を見ることができる。
あるいみで良い世の中になったと思う。

あれを見て
「よし、いつかは俺もあそこへと到達したい!」
と思うヤツが1人でも現れてくれればいい。

しかし、あのラスボスの死の宣告は自分で聞かなければ臨場感を理解できない。
ニコニコやYouTubeでうまい人のプレイを見て、それで満足してしまう人が少なからず現れてしまう。
それはそれで不幸なことに思う。



怒首領蜂の2週目ラストに現れる真のラスボス。

ヤツに
「死 ぬ が よ い」
とはじめて言わせたときにはどれだけ武者震いしたことか。

その感動を皆も味わってほしい。


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