著者の原田マハさんは、「楽園のカンヴァス」や「暗幕のゲルニカ」といった美術関連の小説を書いている、今や人気作家と言っていい小説家です。もちろん、他の分野の作品もあり、それらは、主として旅で得たインスピレーションが元になって描かれているようです。32編からなるこのエッセイ集は、小説家になる前からのプライべート旅と、小説家になってからの取材を兼ねた旅行の部分に、大きく二つに分けられます。
プライベート旅について書かれた章がかなり面白く、「岐阜の須恵器」、「別府ヤングセンター」、「餃子の生まれ変わり」、「親切なおじさんはタクシーに乗って」といった章がそれに当たります。例えば、『旅先では、人間の脳内に「へんなモノ買ったるぞ物質」なる刺激物質がドドーンと流れて、~不可解なものを買ってしまう』と記し、須恵器とか犬の手押し車を買ってしまい、旦那様にあきられているようです。
(「岐阜の須恵器」の挿絵)
小説に登場する人物のモデルや街と出会った様子が活き活きと描かれています。「永遠の神戸」や「沖縄の風に誘われて」の章がそうなのですが、原田さんの美術関連以外の小説では、人との出会いなど旅などにおける体験がものをいっています。
(「永遠の神戸」の挿絵)
取材旅行で訪れたヨーロッパにおけるモネ、ゴッホ、ピカソなどの足跡を巡る旅は、直接には小説を書くためのものですが、彼らが書いた絵とモデルになった土地などとの対比考察が行われていて、美術館勤務やキュレーターとしての経歴がある原田さんだからこそ書ける文章になっています。
(「運命を変えた一枚の絵」挿絵。ピカソの家の前の広場で鳩と寛ぐ著者)
全体に明るく、空想の世界に遊ばせてもらえるところもあって、面白いエッセイです。「フーテンのマハ」とはよく名付けたもので、いまもどこか旅をしているに違いありません。なお、本文の挿絵(イラスト)は、原田マハさん本人のものです。
(「睡蓮を独り占め」の写真。オランジェリー美術館における著者)