元旦にあったちょっと不思議な話です。
大晦日に仕事部屋のカレンダーをかけかえた際、特に最後の一枚(山本光輝さんの「書」と「歌」)があまりにも素晴らしかったので、その一枚だけを(暦部分は切り離して)和室に持って行きました。
「幾星霜(いくせいそう) 光り輝き 天意(あい)の道 空を仰ぎて 原点回帰す」
日本の古代紫のすてきな色合いもとても氣に入り、娘の写真の後ろにその大きな色紙サイズの歌の書を飾りました。
が、その時はあまりその歌の詳細ははっきりとは意識してなかったのです。
元旦の朝に瞑想した際に、ふと「原点回帰」という言葉が浮かんだのですが、実はその歌の中に偶然同じ言葉が書かれていたことにはその時点ではまだ氣づいていませんでした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
その後「舞子海上プロムナード」へ出かけて初日の出を拝んだ後、せっかくの記念に館内のお土産コーナーで明石海峡大橋の写真ハガキを買って帰ろうと思い、
どれがいいかな?といつものように一つずつオーリングテストして選ぼうとしたのですが、なぜかどれもオッケーが出ません。
おかしいな。。と思いながら何度繰り返しても同じ結果です。
ところが全く別の一枚だけが、オッケーだったのです!
それは橋の写真では無く、「竹田城跡の雲海」の写真ハガキでした。
なぜその土産物売り場に、橋とは何の関係も無い筈のそんな写真が売られているのか?
首を傾げながらも、「オーリングでオッケーだったから、何か意味があるのかも?」とそれを買い求めて帰宅しました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そして帰宅後すぐ観音さまと亡娘にお雑煮をお供えしてお経やら祝詞を奏上していて、ふと気付いたことがありました。
そっか! これはもしかして娘からの何かのメッセージなのかも!?
なぜって、娘の写真の背景は「竹田城跡の雲海」だったからです。。
娘は生前に、友だちと一緒にその雲海を見に行ったことがあり、娘の遺影の写真はその折りのものでした。
それだけなら、どうってことの無い単なる「シンクロ」に過ぎないかもしれませんが、
その後もう一つ氣づいたことがありました。
瞑想した時に私の脳裏にふと浮かんで来た「原点回帰」という言葉は、カレンダーの「歌」の中にすでに詠まれていたということに!
(そのカレンダーの書とその「歌」を、私は11月、12月と2ケ月間も毎日眺めていた筈なのに!?)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
さらにもっと驚くことがありました。
元旦に届いた年賀状の中に、娘の友だちからのものがあり、そこにこんな「和歌」が書かれていたのです!
「なにわずに さくやこの花 冬ごもり 今を春べとさくやこの花」
そして、その歌のすぐ後ろには彼女の小学生の息子さんの名前が書かれていたので、私はこの歌はその子の作と思い込んで驚愕!
小学生にしてこんな歌を詠むなんて、何て凄い!!
と、すぐに彼女にメールを送ったのです。
(しかもこの男の子は特に娘が可愛がっていた大好きな子だったからです)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そんなこんなで元旦にいろんなことがあって、新年二日目にその年賀状をくれたYちゃんが(一昨日のブログにも書きましたが)他の2人と一緒に遠くからうちに遊びに来てくれて、
やっとその歌の真相と「いきさつ」がわかったのでした!!
Yちゃんの話では、何か年賀状に書くいい言葉が無いかなとネットで検索していて、その歌を見付けたそうで、
その折りに息子さんも同じ画面を彼女と一緒に見ていたそうなんです。
そして、その後息子さんに何か年賀状に載せるメッセージを頼んだら、何と!(何も見ずに)なぜかその歌をすらすらと書いたそうなのです!!!
実はこの歌は、日本カルタ協会の競技の前に必ず詠み上げられる「序歌」だそうで、百済から来た王仁(わに)博士が西暦397年頃に詠んだ歌だそうで、なぜその歌が「序歌」として採用され、いつから使われるようになったのか? 等々、
その詳細は下記のリンクをご覧くださいね。
★ 難波津に 咲くやこの花 冬ごもり・・「横浜なう」横浜流行通信
それにしても、ほんとに不思議です。
私は昨年「萬葉集」の魅力に深くハマッて、度々、村田正博先生の講座に通い詰めていたからです。
この歌はそれよりもさらに古い時代の歌というのですから、もうほんとうにびっくりです!!!
そんな歌が今日まで歌い継がれているこの国は何て「言霊の幸(さき)わう国」なのかと、改めて感心し、心から感動してしまいました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
さて、話はまだ続きます♪
4日に届いた賀状の中にもまたまた同じメッセージがあったのです!
それは私の精神的なメンターでもある島根に住むNさんからの年賀状で、その中に今年は「源点回帰」と書いてあったのです!!!
また、いつも読んでいる「天下泰平」(やつは)さんからの(1月4日付)メルマガにもこんなことが書かれていました。
「これまでの人生、短期間に2つ以上の別ルートから同じキーワードを聞く、
いわゆるシンクロニシティが起こった時は、天からのメッセージとして捉えており、
大事なことを上の世界は伝えていると感じている・・」云々。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そういうわけで、2019年はまさに「歌」がキーワードなのかも!?
そしてその「歌」(言霊)を通して「原(源)点回帰」することで、天とつながり、また人と人もつながることが出来るということ。
さらには、人は亡くなっても魂は生き続けていて、こちらの世界を見守り、縁のある者たちを応援し続けてくれていて、
必要な時にはいつでもメッセージを送ってくれるということも、今回のことでこれまで以上に確信を持つことが出来ました。
意識していなければ、うっかりと見過ごしてしまったり、よくある「シンクロ」と思ってしまうかもしれませんが、
その中に「隠されたメッセージ」を、もしも正しく読み解くことが出来れば、どんなにそのメッセージの送り手も喜んでくれることでしょうか。
その真偽の見分け方は、そこに「愛」を感じ、ハートがあったかくなるかどうか?でわかるのではないでしょうか。。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
絵を通して宇宙からのメッセージをお伝えすることを仕事にしている私ですが、「果たしてほんとにそれが正しいものなのかどうか」(私の勝手な思い込みではないのか)、ほんとうのところは私にもわかりません。
受け取った方々にとってそれが何らかのかたちでお役に立ち、そのメッセージの意味をご本人が深く理解してくださって初めて、(うまくいかなかったことも)「全てそれでよかったのだ」と後で(時には何年も経ってから)わかることも多いのです。
時には頑に受け取ることを拒否される場合もありますが、それでも描くだけでも「つながり」の端緒を切り開くことが出来るのではないかと、私は今回のことを通じて知ることが出来ました。
「冬ごもり」の時期は誰にもあるけれど、いづれ花咲く時が必ず来ることを教えられたからです。。
「難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今をはるべと 咲くやこの花」
ほんとにいい歌ですね♪
ちなみに「和歌の父母」とも称されるこの歌から派生した詩歌の中にはこんな俳諧もあるそうです。
先づ祝へ梅を心の冬ごもり 芭蕉
今をはるべと咲いたこの花は「梅」だったのでしょうか。。
和歌では「冬ごもり」は春の枕詞でもあるそうで、芭蕉のこの俳諧は「予祝する」ことの大切さを教えてくれているようでもあり、
また秋山眞人さんもおっしゃっているように、今年(「震」の年)は植物との縁が運勢アップしてくれるそうで、
特に「蘭」や「梅」の花などを育てるのもいいとのこと。
梅は私も大好きな花なので、盆栽でも飾ってみようかな?(笑)
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超長文を最後まで読んでいただきありがとうございました♡
大晦日に仕事部屋のカレンダーをかけかえた際、特に最後の一枚(山本光輝さんの「書」と「歌」)があまりにも素晴らしかったので、その一枚だけを(暦部分は切り離して)和室に持って行きました。
「幾星霜(いくせいそう) 光り輝き 天意(あい)の道 空を仰ぎて 原点回帰す」
日本の古代紫のすてきな色合いもとても氣に入り、娘の写真の後ろにその大きな色紙サイズの歌の書を飾りました。
が、その時はあまりその歌の詳細ははっきりとは意識してなかったのです。
元旦の朝に瞑想した際に、ふと「原点回帰」という言葉が浮かんだのですが、実はその歌の中に偶然同じ言葉が書かれていたことにはその時点ではまだ氣づいていませんでした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
その後「舞子海上プロムナード」へ出かけて初日の出を拝んだ後、せっかくの記念に館内のお土産コーナーで明石海峡大橋の写真ハガキを買って帰ろうと思い、
どれがいいかな?といつものように一つずつオーリングテストして選ぼうとしたのですが、なぜかどれもオッケーが出ません。
おかしいな。。と思いながら何度繰り返しても同じ結果です。
ところが全く別の一枚だけが、オッケーだったのです!
それは橋の写真では無く、「竹田城跡の雲海」の写真ハガキでした。
なぜその土産物売り場に、橋とは何の関係も無い筈のそんな写真が売られているのか?
首を傾げながらも、「オーリングでオッケーだったから、何か意味があるのかも?」とそれを買い求めて帰宅しました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そして帰宅後すぐ観音さまと亡娘にお雑煮をお供えしてお経やら祝詞を奏上していて、ふと気付いたことがありました。
そっか! これはもしかして娘からの何かのメッセージなのかも!?
なぜって、娘の写真の背景は「竹田城跡の雲海」だったからです。。
娘は生前に、友だちと一緒にその雲海を見に行ったことがあり、娘の遺影の写真はその折りのものでした。
それだけなら、どうってことの無い単なる「シンクロ」に過ぎないかもしれませんが、
その後もう一つ氣づいたことがありました。
瞑想した時に私の脳裏にふと浮かんで来た「原点回帰」という言葉は、カレンダーの「歌」の中にすでに詠まれていたということに!
(そのカレンダーの書とその「歌」を、私は11月、12月と2ケ月間も毎日眺めていた筈なのに!?)
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さらにもっと驚くことがありました。
元旦に届いた年賀状の中に、娘の友だちからのものがあり、そこにこんな「和歌」が書かれていたのです!
「なにわずに さくやこの花 冬ごもり 今を春べとさくやこの花」
そして、その歌のすぐ後ろには彼女の小学生の息子さんの名前が書かれていたので、私はこの歌はその子の作と思い込んで驚愕!
小学生にしてこんな歌を詠むなんて、何て凄い!!
と、すぐに彼女にメールを送ったのです。
(しかもこの男の子は特に娘が可愛がっていた大好きな子だったからです)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そんなこんなで元旦にいろんなことがあって、新年二日目にその年賀状をくれたYちゃんが(一昨日のブログにも書きましたが)他の2人と一緒に遠くからうちに遊びに来てくれて、
やっとその歌の真相と「いきさつ」がわかったのでした!!
Yちゃんの話では、何か年賀状に書くいい言葉が無いかなとネットで検索していて、その歌を見付けたそうで、
その折りに息子さんも同じ画面を彼女と一緒に見ていたそうなんです。
そして、その後息子さんに何か年賀状に載せるメッセージを頼んだら、何と!(何も見ずに)なぜかその歌をすらすらと書いたそうなのです!!!
実はこの歌は、日本カルタ協会の競技の前に必ず詠み上げられる「序歌」だそうで、百済から来た王仁(わに)博士が西暦397年頃に詠んだ歌だそうで、なぜその歌が「序歌」として採用され、いつから使われるようになったのか? 等々、
その詳細は下記のリンクをご覧くださいね。
★ 難波津に 咲くやこの花 冬ごもり・・「横浜なう」横浜流行通信
それにしても、ほんとに不思議です。
私は昨年「萬葉集」の魅力に深くハマッて、度々、村田正博先生の講座に通い詰めていたからです。
この歌はそれよりもさらに古い時代の歌というのですから、もうほんとうにびっくりです!!!
そんな歌が今日まで歌い継がれているこの国は何て「言霊の幸(さき)わう国」なのかと、改めて感心し、心から感動してしまいました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
さて、話はまだ続きます♪
4日に届いた賀状の中にもまたまた同じメッセージがあったのです!
それは私の精神的なメンターでもある島根に住むNさんからの年賀状で、その中に今年は「源点回帰」と書いてあったのです!!!
また、いつも読んでいる「天下泰平」(やつは)さんからの(1月4日付)メルマガにもこんなことが書かれていました。
「これまでの人生、短期間に2つ以上の別ルートから同じキーワードを聞く、
いわゆるシンクロニシティが起こった時は、天からのメッセージとして捉えており、
大事なことを上の世界は伝えていると感じている・・」云々。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そういうわけで、2019年はまさに「歌」がキーワードなのかも!?
そしてその「歌」(言霊)を通して「原(源)点回帰」することで、天とつながり、また人と人もつながることが出来るということ。
さらには、人は亡くなっても魂は生き続けていて、こちらの世界を見守り、縁のある者たちを応援し続けてくれていて、
必要な時にはいつでもメッセージを送ってくれるということも、今回のことでこれまで以上に確信を持つことが出来ました。
意識していなければ、うっかりと見過ごしてしまったり、よくある「シンクロ」と思ってしまうかもしれませんが、
その中に「隠されたメッセージ」を、もしも正しく読み解くことが出来れば、どんなにそのメッセージの送り手も喜んでくれることでしょうか。
その真偽の見分け方は、そこに「愛」を感じ、ハートがあったかくなるかどうか?でわかるのではないでしょうか。。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
絵を通して宇宙からのメッセージをお伝えすることを仕事にしている私ですが、「果たしてほんとにそれが正しいものなのかどうか」(私の勝手な思い込みではないのか)、ほんとうのところは私にもわかりません。
受け取った方々にとってそれが何らかのかたちでお役に立ち、そのメッセージの意味をご本人が深く理解してくださって初めて、(うまくいかなかったことも)「全てそれでよかったのだ」と後で(時には何年も経ってから)わかることも多いのです。
時には頑に受け取ることを拒否される場合もありますが、それでも描くだけでも「つながり」の端緒を切り開くことが出来るのではないかと、私は今回のことを通じて知ることが出来ました。
「冬ごもり」の時期は誰にもあるけれど、いづれ花咲く時が必ず来ることを教えられたからです。。
「難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今をはるべと 咲くやこの花」
ほんとにいい歌ですね♪
ちなみに「和歌の父母」とも称されるこの歌から派生した詩歌の中にはこんな俳諧もあるそうです。
先づ祝へ梅を心の冬ごもり 芭蕉
今をはるべと咲いたこの花は「梅」だったのでしょうか。。
和歌では「冬ごもり」は春の枕詞でもあるそうで、芭蕉のこの俳諧は「予祝する」ことの大切さを教えてくれているようでもあり、
また秋山眞人さんもおっしゃっているように、今年(「震」の年)は植物との縁が運勢アップしてくれるそうで、
特に「蘭」や「梅」の花などを育てるのもいいとのこと。
梅は私も大好きな花なので、盆栽でも飾ってみようかな?(笑)
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超長文を最後まで読んでいただきありがとうございました♡