先日京都で画家の司修さん(1936年 群馬県前橋市生まれ)のお話を聴く機会がありました。
(司修さんは数々の優れた装幀で有名な方で、著書もたくさん出されています)
「宮澤賢治の世界」と題する「夜話講座」で、司修さんがどのように成長されたか、お兄さんと原爆の話、焼け木杭で家族が建てた家や「竹」で出来た家のこと、武満徹さんとの出逢いや音楽の話、そして宮澤賢治に関する本を出した経緯等について、非常に興味深い話の連続で、一言でも聞きこぼすともったいないぐらい面白かったです。
どれも司修さんの「創作の原点」に触れるとても深いお話の数々でしたが、司修さんのお顔はどんなつらい体験を語られる時も終始おだやかで、優しい口調の端々にどことなくユーモアがあり、私は何度も笑ったりうなづいたりしながら聴かせていただきました。
数々の賞も貰っておられる偉い先生なのに、ほんとに朴訥というか、シャイな面やまるで少年のような可愛さ?や純粋さを持っておられ、笑顔が魅力的なとても謙虚な方でした。
それでいて「質問はナシでいいでしょう、、わからない話はしないつもりですから」と、話し始める前に毅然として言われ、かなりぶ厚い原稿を手にしてちゃんと時間を見ながら配分を考えられ、長時間ノンストップで話される姿に、プロとしてさすがだなと感心しました。
あの東日本大震災のあった3月11日から今日でちょうど一年半になりますが、震災後司修さんは「今、賢治が生きていたら、どう思うだろう」と考えられたそうです。
講演会場のギャラリーには新作絵本『グスコーブドリの伝記』(ポプラ社刊)や『雨ニモマケズ』(偕成社刊)の原画や、描きおろしの新作が展示されていました。
その中の「賢治」の横顔に私はとても惹かれました。それは現実の写真に残っている賢治の姿では無く、司修さんの想う「賢治」の像ですが、私にはそれこそがまさに「賢治」だと感じられました。
言葉で説明するのは難しく、司修さんも「絵を観ていただければわかると思います」とおっしゃっておられましたが、私には例えば村上華岳と共通するような、そこに描かれているのは何か「光そのもの」(波動そのもの)と感じられました。そしてそれこそがまさに「賢治」の本質なのだと。
しばらく眺めているだけでも心が鎮められ浄められるような、初めて見たのになぜかなつかしく思わず泣き出したくなるような、そんな絵でした。
『グスコーブドリの伝記』はアニメ映画にもなっていますが、司修さんの絵とは全く何の関係も無く、たまたま出版社が宣伝のためにタイアップしただけとのことでした。
…………………………………………………………………………
今回伺ったお話の中で圧巻だったのは、司修さんの描かれた『グスコーブドリの伝記』のその原画に使ったブルーの色のことです。
この絵本はほとんどブルー一色と言っていいぐらいなのですが、描き出すにあたってまずありとあらゆるブルーの絵の具を集めてみたら、それだけでも何と200種類もあったそうです。
そしてそれらをいろいろ混ぜ合わせて試し塗りを重ねていくわけですから、全部で果たしてどのぐらいのブルーの数になったことか!? 想像するだけでもビックリしてしまいます。
もちろんちゃんと使い分けて塗るわけですが、一旦塗ってしまうと、出来上がった色はほとんど(見た目には)変わらず、ご自分でもそれがいったいどういうブルーの掛け合わせによって出来た色なのか、ほとんどわからないぐらいになってしまうとのこと。
それでもやはりそれはどこかに違いがあるので、決してこのブルーはあのブルーとは違い、ここはこのブルー、そこはそのブルーでなければならないのです。別のブルーでは表せないものがあるのです。
200色のブルーをただそのまま塗るのでは無く、司修さんの想う「賢治のブルー」(グスコーブドリのブルー)を求めて、あらゆる色の組み合わせを試され、工夫をし尽くされた結果出来上がった、どれもが最もぴったりの、どうしてもそこはそのブルーでなければならないという「唯一のブルー」なのです。
そしてそのたくさんの「司修さんのブルー」の絵を観られたある心理学者の方が、「見た目ではそのブルーの色の違いを見分けることが出来なくても、そこに使われているブルーの色は全部どれもちゃんと脳や心には響いている筈(科学的にも)」と言われたそうです。
(この話を司修さんはもっと素敵な詩的な言葉で的確に表現されたのですが、私流の要約でごめんなさい)
これらのブルーはどれもまさに「魂の色」なんですね。
一人ひとりが「自分だけのブルー」の色を見つけた時、それは自分自身の魂と出逢ったということなのかもしれません。
ところがそれほど苦労して描き、塗り分けたたくさんのブルーが、残念なことに印刷してしまいますと、この数え切れないぐらいのブルーの色の、繊細で微妙な違いが平板になってしまい、本ではせっかっくのその色の美しさや感動の全部を伝え切れていないのは本当に惜しいです。
ですから、ぜひ、ぜひ原画の前に立って直截にご自分の目でじっくり味わってご覧いただけたらとお奨めします。
★ 司修展「宮澤賢治の世界」~ 賢治の東北への思い ~
9月16日(日)まで。(12:00~19:00 )
ギャラリー「ヒルゲート」(京都 寺町通り/本能寺のすぐ近く)にて開催中!
(2F はカフェ・ギャラリー ヒルゲート ここに展示されている「賢治」の横顔をお見逃し無く!!)
原画とは少し色が違っていますが、もちろん絵本も素晴らしく、パッと見た目にはその色の違いがわからなくても、この本を読んでいる間にここに使われている「全てのブルーの色の影響」を受け、そのそれぞれのブルーの色の波動がその人にとって必要な箇所にちゃんと届くことと思います。
『イーハトーヴォ幻想』(岩波書店刊)、『孫文の机』(白水社)と合わせて、ぜひこの絵本『グスクーブドリの伝記』を手に取っていただけたら幸いです。
…………………………………………………………………………………………………………………………
最後に、色のこと(カラー心理学)等について、とても深くて面白い、そして役に立つインタヴュー記事を見つけましたので、司修さんとは関係無いのですが、ついでながらご紹介します。
「スピボイ」(クエストカフェ)というスピリチュアルなサイトに掲載されている「関口智恵さん」という方のお話です。こちらもぜひ訪問してみてください。
司修さんの「200種類のブルー」の話や、関口さんの語られた色の話から、そう言えばアズミックアートの色の塗り方もまさにそういう感じかもしれないとふと思いました。
例えば下記掲載の『アルシス』の深いブルーの色も一体どうやってこの色に辿り着いたのかわからないぐらい、いろんな色が塗り重ねられています。そしてどうしても「この色」でなければこの絵のメッセージを伝えることは出来ないのです。
この絵をご覧になった方々が矛盾や葛藤を「止揚」して、「上昇気流」の流れにふわっと乗り、新しい世界へと旅立つ勇気がどうか出ますように☆ と願っています。
亡くなられた方々、行方不明の方々、遺された方々のこと、そして東北の大地の鎮魂と復興を心より祈りつつ、深い感謝と共に。
(この絵はすでに予約済ですが、現在展示中で「らく~ら」にて原画をご覧いただけます)
無断転載、コピー等はご遠慮ください。
(司修さんは数々の優れた装幀で有名な方で、著書もたくさん出されています)
「宮澤賢治の世界」と題する「夜話講座」で、司修さんがどのように成長されたか、お兄さんと原爆の話、焼け木杭で家族が建てた家や「竹」で出来た家のこと、武満徹さんとの出逢いや音楽の話、そして宮澤賢治に関する本を出した経緯等について、非常に興味深い話の連続で、一言でも聞きこぼすともったいないぐらい面白かったです。
どれも司修さんの「創作の原点」に触れるとても深いお話の数々でしたが、司修さんのお顔はどんなつらい体験を語られる時も終始おだやかで、優しい口調の端々にどことなくユーモアがあり、私は何度も笑ったりうなづいたりしながら聴かせていただきました。
数々の賞も貰っておられる偉い先生なのに、ほんとに朴訥というか、シャイな面やまるで少年のような可愛さ?や純粋さを持っておられ、笑顔が魅力的なとても謙虚な方でした。
それでいて「質問はナシでいいでしょう、、わからない話はしないつもりですから」と、話し始める前に毅然として言われ、かなりぶ厚い原稿を手にしてちゃんと時間を見ながら配分を考えられ、長時間ノンストップで話される姿に、プロとしてさすがだなと感心しました。
あの東日本大震災のあった3月11日から今日でちょうど一年半になりますが、震災後司修さんは「今、賢治が生きていたら、どう思うだろう」と考えられたそうです。
講演会場のギャラリーには新作絵本『グスコーブドリの伝記』(ポプラ社刊)や『雨ニモマケズ』(偕成社刊)の原画や、描きおろしの新作が展示されていました。
その中の「賢治」の横顔に私はとても惹かれました。それは現実の写真に残っている賢治の姿では無く、司修さんの想う「賢治」の像ですが、私にはそれこそがまさに「賢治」だと感じられました。
言葉で説明するのは難しく、司修さんも「絵を観ていただければわかると思います」とおっしゃっておられましたが、私には例えば村上華岳と共通するような、そこに描かれているのは何か「光そのもの」(波動そのもの)と感じられました。そしてそれこそがまさに「賢治」の本質なのだと。
しばらく眺めているだけでも心が鎮められ浄められるような、初めて見たのになぜかなつかしく思わず泣き出したくなるような、そんな絵でした。
『グスコーブドリの伝記』はアニメ映画にもなっていますが、司修さんの絵とは全く何の関係も無く、たまたま出版社が宣伝のためにタイアップしただけとのことでした。
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今回伺ったお話の中で圧巻だったのは、司修さんの描かれた『グスコーブドリの伝記』のその原画に使ったブルーの色のことです。
この絵本はほとんどブルー一色と言っていいぐらいなのですが、描き出すにあたってまずありとあらゆるブルーの絵の具を集めてみたら、それだけでも何と200種類もあったそうです。
そしてそれらをいろいろ混ぜ合わせて試し塗りを重ねていくわけですから、全部で果たしてどのぐらいのブルーの数になったことか!? 想像するだけでもビックリしてしまいます。
もちろんちゃんと使い分けて塗るわけですが、一旦塗ってしまうと、出来上がった色はほとんど(見た目には)変わらず、ご自分でもそれがいったいどういうブルーの掛け合わせによって出来た色なのか、ほとんどわからないぐらいになってしまうとのこと。
それでもやはりそれはどこかに違いがあるので、決してこのブルーはあのブルーとは違い、ここはこのブルー、そこはそのブルーでなければならないのです。別のブルーでは表せないものがあるのです。
200色のブルーをただそのまま塗るのでは無く、司修さんの想う「賢治のブルー」(グスコーブドリのブルー)を求めて、あらゆる色の組み合わせを試され、工夫をし尽くされた結果出来上がった、どれもが最もぴったりの、どうしてもそこはそのブルーでなければならないという「唯一のブルー」なのです。
そしてそのたくさんの「司修さんのブルー」の絵を観られたある心理学者の方が、「見た目ではそのブルーの色の違いを見分けることが出来なくても、そこに使われているブルーの色は全部どれもちゃんと脳や心には響いている筈(科学的にも)」と言われたそうです。
(この話を司修さんはもっと素敵な詩的な言葉で的確に表現されたのですが、私流の要約でごめんなさい)
これらのブルーはどれもまさに「魂の色」なんですね。
一人ひとりが「自分だけのブルー」の色を見つけた時、それは自分自身の魂と出逢ったということなのかもしれません。
ところがそれほど苦労して描き、塗り分けたたくさんのブルーが、残念なことに印刷してしまいますと、この数え切れないぐらいのブルーの色の、繊細で微妙な違いが平板になってしまい、本ではせっかっくのその色の美しさや感動の全部を伝え切れていないのは本当に惜しいです。
ですから、ぜひ、ぜひ原画の前に立って直截にご自分の目でじっくり味わってご覧いただけたらとお奨めします。
★ 司修展「宮澤賢治の世界」~ 賢治の東北への思い ~
9月16日(日)まで。(12:00~19:00 )
ギャラリー「ヒルゲート」(京都 寺町通り/本能寺のすぐ近く)にて開催中!
(2F はカフェ・ギャラリー ヒルゲート ここに展示されている「賢治」の横顔をお見逃し無く!!)
原画とは少し色が違っていますが、もちろん絵本も素晴らしく、パッと見た目にはその色の違いがわからなくても、この本を読んでいる間にここに使われている「全てのブルーの色の影響」を受け、そのそれぞれのブルーの色の波動がその人にとって必要な箇所にちゃんと届くことと思います。
『イーハトーヴォ幻想』(岩波書店刊)、『孫文の机』(白水社)と合わせて、ぜひこの絵本『グスクーブドリの伝記』を手に取っていただけたら幸いです。
…………………………………………………………………………………………………………………………
最後に、色のこと(カラー心理学)等について、とても深くて面白い、そして役に立つインタヴュー記事を見つけましたので、司修さんとは関係無いのですが、ついでながらご紹介します。
「スピボイ」(クエストカフェ)というスピリチュアルなサイトに掲載されている「関口智恵さん」という方のお話です。こちらもぜひ訪問してみてください。
司修さんの「200種類のブルー」の話や、関口さんの語られた色の話から、そう言えばアズミックアートの色の塗り方もまさにそういう感じかもしれないとふと思いました。
例えば下記掲載の『アルシス』の深いブルーの色も一体どうやってこの色に辿り着いたのかわからないぐらい、いろんな色が塗り重ねられています。そしてどうしても「この色」でなければこの絵のメッセージを伝えることは出来ないのです。
この絵をご覧になった方々が矛盾や葛藤を「止揚」して、「上昇気流」の流れにふわっと乗り、新しい世界へと旅立つ勇気がどうか出ますように☆ と願っています。
亡くなられた方々、行方不明の方々、遺された方々のこと、そして東北の大地の鎮魂と復興を心より祈りつつ、深い感謝と共に。
(この絵はすでに予約済ですが、現在展示中で「らく~ら」にて原画をご覧いただけます)
無断転載、コピー等はご遠慮ください。