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写真とコメントで紹介する旭川の郷土史エピソード集

旭川・雪の絵葉書

2019-07-11 19:00:00 | 郷土史エピソード

今のように便利な除雪車などなかったかつての旭川。
長い冬の間、街や人の様子はどうだったのでしょうか。
今回は、そんな疑問に答えてくれる冬の旭川を捉えた絵葉書をご紹介します。



                   **********



絵葉書①


まずはこちら。
大正末期の撮影と推測される絵葉書です。
カメラは、旭川駅前から今の買物公園=師団通方向(画面右)に向けられています。
師団通の入り口の、向かって左に建っている立派な建物は三浦屋旅館、左にわずかに見えているのが宮腰屋旅館です。
左端、今のイオンモールのあたりに見えているのは、鉄道関係の施設です。
その前に並ぶ黒い影は人力車。
夏の間だけかと思っていましたら、このように雪の積もった時期にも営業していたんですね。
雪道を細い車輪の人力車を引くのはさぞかし大変だったと思います。
その後ろの樹々は、樹氷のようにすっかり白くなっています。
旭川の冬の厳しさを感じさせる1枚です。



絵葉書②


同じ時期の絵葉書です。
「市役所正門前」と書かれていますが、画面、左端の雪のかぶった2つの門柱のさらに右奥に、当時、6条通9丁目(今のOMO7のあるところ)にあった市役所庁舎があると思われます。
ということで、少し分かりづらいのですが、画面手前の道が6条本通、門の向こう側が緑橋通と思われます。
道路脇の雪山が結構な高さになっているのがわかります。



絵葉書③


続いては、常盤通です。
馬鉄=馬車鉄道が写っていることとハガキの形態から、明治40年から大正7年の間に撮影されたものであることがわかります。
通りの奥には、初代の旭橋が見えているはずですが、白く飛んでいて確認できません。
手前に積もり重なった雪はかなりの高さになっているようです。
かろうじて馬鉄の線路は除雪をしてありますが(もちろん人力!)、それ以外は雪が積もり放題といった感じ。
建物の軒先まで雪が迫っているところもあります。
ちなみに最後の屯田兵だったワタクシの母方の祖父が、兵村の廃止に伴い、剣淵から旭川に移り住んだのが明治41年。
当時の番地などを参考にしますと、画面左端の家の裏あたりに家があったと推測されます。
こんな様子の通りを祖父たちも歩いていたと思うと、感慨深いものがあります。
 


絵葉書④


通りが雪でいっぱいの状況は、中心部でもあまり変わりません。
写っているのは、師団通の3条周辺です。
蜂屋時計店の時計塔が見える画面右の特徴的な建物のあたりには、今オクノが建っています。
よく見ると、通りの中央付近の雪が盛り上がっていて、店側に向かって緩やかに傾斜しているのが分かります。
おそらく降った雪を踏み固めているうちに、自然とこういう状態になったのではないでしょうか。
左手前の店は、傾斜のあるところを削って階段のようにしています。
このころはまだ車は普及していない時期。
なので人々は傾斜のない通りの中央部分を選んで歩いているように見えます。



絵葉書⑤


もう1枚。
3条通8丁目あたりから東方向を写しています。
こちらは通りの中央部分が盛り上がりすぎて、もう通れない状態です。
人や馬車はその脇にできた狭いスペースを縫うようにして行き交っています。
それと歩いている人の服装。
何枚重ね着をしているんだと思ってしまいます。



絵葉書⑥


続いては路地の様子です。
玄関のところだけ、穴を掘るように雪を退けてあって、まるで雪版の竪穴式住居のような装いです。
よく平屋の木造住宅が雪の重みに耐えていたなと驚きます。
そういえば、私の子供時代(昭和30〜40年代)も、ここまでではありませんが、屋根の高さ近くまで雪が積もった小路があった記憶があります。
絵葉書屋さんは、写真を撮るために子供達に声をかけて外に出てきてもらったのでしょうか。
先人は、こうした苦労を乗り越えて、郷土を築いてきたのだなと、改めて感じる1枚です。

(追加)

絵葉書ではありませんが、雪の中を走る馬鉄が写った写真がありましたので、追加でご紹介します。



画像①


まずは絵葉書にもあった常盤通です。
今のロータリー(当時は常盤橋という橋があった場所です)あたりから旭橋方向を写しています。
馬鉄とすれ違っているのは馬そりでしょうか。
これだけの荷物をよく運んでいるものだと思います。



画像②


大きな橋は初代の旭橋。
馬鉄が通っているのは木造の専用橋です。
この専用橋、大水の際には度々流されました。
再建されるまでの間は、旭橋上に線路を敷いて、馬鉄を通したそうです。



画像③


そしてこちらは一条師団通。
右端に写っているのは丸井今井です。
馬鉄の線路のところだけ、しっかりと除雪されているのがよくわかります。





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<お知らせ>



オーディションの様子



稽古場



宣伝美術担当のワダタワーさん(俳優・イラストレーター)が作ってくれたビジュアル=バックは芝居に登場する「カフェー・ヤマニ」。その前にいるのは小熊秀雄ら主な登場人物。



このブログでも度々お伝えしている旭川歴史市民劇ですが、6月30日にキャスト・スタッフのオーディションを行い、新たに20人の仲間が加わりました。
7月20日には、専用の練習場所(「スタジオ・スクラッチ」と名付けました)の「稽古場開き」(4条通8丁目)、27日には第1回のワークショップを行うなど、いよいよ本格始動します。
また8月10日には、ワタクシが講師となって市民劇に登場する実在の人物や出来事について解説する「旭川歴史市民劇セミナー」もスタートします(今のところ、今年〜来年で10回程度開催予定)。
こうした市民劇関連の情報も随時、お伝えしていきたいと思っています。





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