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写真とコメントで紹介する旭川の郷土史エピソード集

小説版「旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」第八章・第九章

2022-09-07 11:30:00 | 郷土史エピソード
<はじめに>


「小説版 旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」。
今回はいよいよ5回目、第八章と第九章です。

この2章は、6月の招魂祭(しょうこんさい)の日の出来事です。
招魂祭は、旭川にある北海道護国神社のお祭り。戦争で亡くなった北海道出身者のための慰霊大祭で、かつては北海道各地から大勢の遺族が集まり、街は賑わいを見せました。
その招魂祭の夜、物語は大きく展開します。

それでは今回も最後までお付き合いください。




               **********





第8章 数日後 カフェー・ヤマニ


 
 日を追って何かが煮えつまってゆくような重い予感がわたくしにも濃くなってゆきました。しかし、どんな形で、いつあらわれるのかは、全くわかりません。あたりはかえって前よりもしずかな感じさえあるのです。

           (齋藤史 「おやじとわたしー二・二六事件余談」より)




 ハツヨと栄治の兄妹(きょうだい)と、義雄、武志らが出会って数日が経った。四条師団道路のカフェー・ヤマニでは、昼の営業が始まったばかりの時間で、客はいない。昼番の女給たちは、この日もまた手持ち無沙汰である。

「先生、やっぱりこれ……」

 テーブルに置かれた朝刊を見ながら武志が言うと、義雄が続けた。

「まずいっすよねえ」

 声をかけられた社会活動家の佐野文子がうなずく。

「そうよねえ」

 三人は息を合わせたように一斉に腕組みをすると、しばし黙り込む。
 そこへ店主の速田が事務所に続くドアを開けて姿を見せた。中で事務作業をしていたらしい。

「……どうしたんですか、こんな時間から顔を突き合わせて」
「ああ大将、これ見てくださいよ」

 武志は速田を招くと、テーブルに広げた新聞を指差した。速田が体を折るようにして目をやる。

「えーと……」

 記事は社会面の上段。「違法な労働を強要されし十六歳の酌婦、語った赤裸々な実態」という見出しだ。

「これって……」

 すると義雄が記事の少し下を指差した。

「それに、ここ」

 段が変わったところに関連記事がある。「訴えを受けし黒色青年同盟旭川支部、近く同店舗を当局に告発」との小見出し。

「なんだよ、これ」
「でしょ?」
「これって、あの娘(こ)、ハツヨちゃんが、黒色青年同盟のところに匿われてるって言ってるようなもんじゃない」
「で、まずいと思って、先生にも来てもらったんです」

 文子は腕組みを解いて、両手をテーブルについた。

「私もね、あれからもやもやしてたのよ。こんなことになるならハツヨちゃんを渡さなければよかったって、つくづく思わされるわ」

 何々さる、というのは、北海道でよく使われる言い回しである。このハサミよく切らさる、などと使う。文子は道産子ではないが、旭川に住んでもう十年になる。時折だが、このように北海道弁が口に出る。

「うーん、そうですよね。……あ、で、北修さんは? 北修さんもハツヨちゃんのことは承知なんだから、知らせた方がよくない?」

 新聞から顔を上げた速田が促すと、義雄が頭をかいた。

「それがまだ腰痛くて動けないんですって。だから、あとは任せたって」

 数日前にぎっくり腰をやった時の苦悶の表情が速田の頭に蘇る。だが武志は容赦がない。

「つくづく使えない親父。ちょっとの間でも弟子になったのが恥ずかしいわ」
「まあまあ二人とも。体のことなんだから仕方ないじゃない。……で、先生、これからどうします?」
「うーん、それなんだよね……」

 速田に問われた文子が再び腕組みをすると、ガランガランと鐘が鳴り、入り口の辺りが騒がしくなった。女給たちが大きな声を上げている。
 三人が顔を向けると、ドアの前で男が崩れるようにして膝をつくのが見えた。ハツヨの兄の栄治である。あわてて義雄と武志が駆け寄る。

「武志、手貸して」

 二人は、栄治を抱えるようにして近くの椅子に座わらせた。その頬は赤く腫れ、一部が切れて血が滲んでいる。

「殴られてるみたい。誰か、外にいるのかも」

 武志がそうつぶやくと、女給の一人が様子見てきますと言って駆け出した。速田が、え、大丈夫と声をかけるが、そのまま飛び出してゆく。

「……栄治さん。話せます?」

 椅子のところでは、義雄が栄治の顔を覗き込んでいる。

「……俺は大丈夫。でもハツヨが連れてかれて」
「え? ハツヨちゃんが?」
「同盟の人が一人付いていてくれたんだけど、何にもできずに殴られて……」

 そう言うと、頭を抱えて蹲(うずくま)った。

「俺のせいだ。やっぱり早くどっか遠くに行かせていれば」
「ちょっと、あんた。頭抱えてる場合じゃないよ。ちゃんと話してごらん」

 文子の言葉に、栄治は二〜三度頭を振って顔を上げた。

  栄治によると、兄妹はヤマニを出た後、梅原が手配した市内の空き部屋にいたという。そこは黒色青年同盟の支持者が持つ倉庫の二階で、ヤマニからは通り二つ離れた問屋街の一角にあった。
 二人は外に出ず、食料などは付き添った同盟の活動員が運んでいた。この日も遅い朝食を取って部屋にいたところ、十時頃になって、突然、男たちが乱入、栄治らに暴行したうえハツヨを連れ去ったという。

「え、でもなんでそこにいたのがバレちゃったの? 」

 速田がそう言うと、栄治は悔しそうに顔を歪めた。

「同盟の人が言ってました。情報がもれたらしいって」
「何よそれ、しょーもない」

 とたんに武志が憤る。義雄はテーブルの新聞を持ってきた。

「この新聞のことも、栄治さんご存じなんですか? 」

 記事をちらりと見るとうなずいた。

「……支部長には言ったんです。そんな記事が出たら、ハツヨが危なくなるって。でもハツヨのことを世の中に伝えて、それで不正を正すんだって。……俺はそれも大事だけどって言ったんだけど……」

 栄治は唇をかみしめている。その時、様子を見に行っていた女給が息を切らせて戻ってきた。外には怪しい男たちはいなかったが、近所の商店主の話だと、少し前に近くの店のガラスが割られたという。襲われたのは極粋会の幹部が経営する店、襲撃したのは黒色青年同盟のメンバーである。

「それって、ハツヨちゃんを連れていかれた仕返しですかね?」

 義雄の問いに栄治がうなずいた。

「だと思います。支部の人がこのままじゃ引き下がれないって言ってましたから」
「でさ、極粋会も人を集めてるって言ってた」
「今日は招魂祭(しょうこんさい)のお祭りなのにぃ」

 女給の一人がそう声を上げた時、入り口から男が姿を見せた。黒色青年同盟の梅原である。髪が少し乱れ、目が血走っている。

「祭りの夜に騒ぎを起こすのは、不本意なんだが、身にふる火の粉ははらわないといけないのでね」

 押し殺した声でそう言うと、椅子に座る栄治のところにまっすぐに歩いてくる。

「……栄治君、すぐ事務所に戻れと部下が伝えたはずだが。勝手な行動は困るんだ」

 そこに割って入ったのは、文子である。

「あんたさ、栄治君に文句言う前に、言わなきゃならないことがあるんじゃないの?」
「……それはハツヨさんのことですよね。どうもスパイがいたようなんです。だが、大丈夫です。こちらも彼女の居所はつかみました。ハツヨさんは、奴らの本部事務所に監禁されています」
「え、監禁!」

 声を上げた女給があわてて口を押さえるが、梅原は意に介さない。

「それに極粋会は我々の事務所のある常盤橋(ときわばし)の近くに集結していて、今夜にも襲撃してくるつもりのようです。先程、少し脅しておきましたが、我々は奴らを返り討ちにして、そのあとハツヨさんを救出します」

 文子の梅原に対する不信は、すでに頂点に達している。

「あんたねえ、簡単に言うけど……」

「我々は、幾多の修羅場をくぐっていますからね。どうかご安心を。ということで、栄治君、君も準備を」

 そこで梅原は、はじめて栄治の頬の傷に気がついたようだ。

「……ん? 怪我でもしましたか?」

 文子と梅原のやり取りの間に、栄治は椅子から立ち上がっている。

「……いや、怪我はたいしたことないが、俺は行かない」
「……どういうことです?」

 その目からは、おどおどとしていた光が消えている。

「……俺は、もうあんたにはついていかない。あんたは俺らのことを分かってくれる人だと思ってたけど、間違ってた」
「……なぜ? 不正を正したいと、君も言ってたじゃないか。今夜は、あの犬どもを蹴散らして、我々の正しさをアッピールする絶好の機会なんだ。君にはそれが分からないのか?」

 梅原の声が大きくなるが、栄治の目は真っ直ぐに梅原に注がれている。

「帰ってくれ。俺はもうそれがどれほど正しかろうと、あんたの言葉では動かない」

 梅原は顔を真赤にしてしばらく栄治を睨みつけていたが、やがて顔を背け、吐き捨てた。

「……社会正義の意義を認めん愚か者とは、一緒に行動はできんな。君とは決別する」

 低い声でそう告げると、梅原は一堂を見渡し、大股で外に出ていった。 



 それを見届けると、緊張の糸が緩んだのか、栄治が椅子に座りこんだ。その肩に武志が手を置く。

「……俺も優柔不断なんだけどさ、あいつと離れるのは、間違ってないと思うよ」
「……でも、奴を信じたせいで」

 武志の手の下で肩が震え始めた。

「栄治君。めそめそしている時じゃないよ。いま大事なのはとにかくハツヨちゃんを救うこと。みんなも、それはわかるわよね」

 文子が皆を見渡しながらそう言うと、栄治が涙を拭った。その横では、速田が身を乗り出している。

「というと、先生、なんか策がありそうですね」
「うーん、まだ策と言えるものではないんだけど。……極粋会と黒色青年同盟が、いま常盤橋のところで睨み合っているのよね。夜、本格的にぶつかれば、極粋会の事務所は手薄になるはず。その隙をつけばってとこね」
「なるほど。で、どう動きます?」

 義雄と武志も、近くに寄ってきた。

「具体的にハツヨちゃんを救い出すのはあなたたち若い三人として、あとはどう時間を確保するかってとこなのよ」

 皆が頭を捻り始めてまもなく、文子が腿のあたりをポンと打った。

「……そうだ! 大将に協力してもらいましょう」
「え? 私?」

 戸惑う速田ににっこりと笑いかけると文子が言った。

「いえ、力を貸してもらうのは、もう一人の大将よ!」







第9章 その夜 旭川極粋会事務所



 俺は疲れて帽子を釘に掛ける。
 汗臭い襯衣(しゃっつ)を脱いで顔を洗ふ。
 瓦斯に火をつけて珈琲を沸かす。
 俺は独りだ晩飯の支度をする。
 馬鈴薯と玉葱をヂャツク・ナイフで切り刻む。
 俺はこのナイフで靴の泥を落した。
 俺はこのナイフで波止場の綱(ろっぷ)を断(き)った。                     

                          (鈴木政輝「あぱあと」)




 三階建てのその建物は、カフェーや居酒屋、料亭などが集まる三条通六丁目の一角にあった。もともとは、土木請負業で財を成し、料亭や劇場の経営にも乗り出した元博徒の実業家、辻川泰吉(やすきち)の会社の一つ、辻川興行の社屋だった物件である。だが四年前、系列会社の新たな本拠地となるビルが完成し、辻川興行もそこに移った。このため今は十ほどある部屋は貸し出され、不動産業者の事務所や商店の仮倉庫などに使われている。

 その中で、国粋主義団体、旭川極粋(きょくすい)会の事務所は、建物の最上階にあった。会の発足に合わせ、会長となった辻川が場所を提供したのである。現在、この建物で借り手のある部屋は半分ほど。最も多く階段を上り下りしなければならない三階には極粋会事務所しか入っていない。

 その事務所の隣にある空き部屋では、つい先程着いたばかりの四人の影があった。義雄、武志、栄治ともう一人。濃い緑の長着に羽織姿の初老の男。活動写真館、神田館の大将こと、佐藤市太郎である。

「大丈夫かな。私は興行主なんで、ここには何度か来ているが」

 親交のある佐野文子の依頼でハツヨの奪還に手を貸すことになったが、ここに至って怖気づいているようだ。

「佐野先生の指示通りやれば、大丈夫ですから」

 自分にも言い聞かすように武志が言う。

「もう一度確認しましょう。速田さんが探ってくれた情報だと、ハツヨちゃんは事務所の奥の部屋にいるようです。いまは黒色との抗争で人が出払っていて、見張りは一人。で、その見張りを、神田館の大将がうまいこと言って外に誘い出す。その隙に僕らがハツヨちゃんを助け出す」

 義雄がそう言って顔を見ると、やっぱり責任が重いなあと市太郎が目線をそらす。

「そんなこと言わないで。大将が頼みの綱なんです」

 若者三人がそろって手を合わせると、ようやく腹を据えたようだ。

「わかったよ。こう見えても不肖佐藤市太郎。若い時は、やくざものと渡り合ったこともあったんだ」

 そう言うと、市太郎は部屋を出て極粋会事務所の扉を叩いた。送り出した三人は、扉を少し開けて様子を伺う。



「ごめんなさい。邪魔するよ」

 中に人の気配はするが、返答はない。

「神田館の佐藤でした。片岡さんはいたかい?」

 もう一度叩くと、半開きにした扉から覗き込むようにして男が顔を出した。丸刈りの頭に極粋会の法被。片岡に付き従っているいつもの三人のうちの一人である。市太郎と目が合うと、表情が緩んだ。

「あ、社長。ご苦労様です」
「ああ、中、いいかな」

 少し考えたが、招き入れた。まずは順調だ。

「ここ座ってください」

 部屋は十二畳ほどである。事務机と椅子が一揃い。壁に戸棚が二つ。中央の黒の応接セットがやけに重々しく目立っている。奥にも扉があるが、閉められている。その奥にハツヨがいるはずである。男は市太郎にソファを勧めると、ご無沙汰してますと頭を下げた。

「ああ君、なんてったっけ? 」
「鶴岡です。すみませんね。きょう片岡はあいにく……」
「あ、そう。出てるんだ」
「はい。ちょっと立て込んでまして」

 鶴岡は、急須にお湯を入れ、お茶を出す用意を始めている。

「あの、佐藤社長には、いつも神田館、顔で入れてもらって助かってます」
「ああ、そうなんだっけ?」
「俺、活動写真見んのが大好きなんすよ。だから」
「ああそう。そうなんだ」
「休みんときは、三本も四本も立て続けに観るんすよ。あ、でも今度からはちょっとは木戸銭払うようにしますんで」
「いやいや、気にせんでいいよ。極粋会さんにはお世話になってるからね」

 この鶴岡、もともと辻川が博徒だった時代には、配下で使いっぱしりをしていた男である。辻川が足を洗ってからは、彼が経営する土木請負の会社に雇われていたが、極粋会の発足に伴って実働部隊の一人として送り込まれた。
 このため右翼といってもポリシーはなく、どちらかと言うと揉め事は嫌いという人間である。そのせいか、いつもの三人のうち武闘派の二人は黒色との抗争現場に駆り出され、彼は留守番をさせられている。

 鶴岡が、どうぞと出した茶を一口飲むと、市太郎が話し始めた。

「……実はね、今度新しい活動館を建てる計画があるんだけど、そこの支配人に誰か出してもらえないか、相談に来たのさ」
「え、そうなんすか?」
「うん。おととし、うちの看板だった第一神田館が焼けちまったろう。そのあと、旭川は一館だけでやってたんだが、なんとか資金の手当てが付いてね」

 鶴岡は自ら活動写真好きと言うだけあって、市太郎の向かいに座るや身を乗り出した。

「……君、鶴岡君だっけ? 関心ありそうだね」

 市太郎はそう言うと、ふところから四つに畳んだ紙を取り出した。

「で、これ図面なんだけどね」

 テーブルに広げると、新しい活動写真館の見取り図が描かれている。

「一階はここが客席で、ここが舞台で、これがスクリーン。二階と三階にも二つずつ舞台とスクリーンあってさ……」

 鶴岡は図面に釘付けである。

「……ね、どっか、外で話さない?」
「え?」
「いや、せっかくだから酒でも飲みながらさ。私も活動好きの人の意見、じっくり聴きたいしさ」

 途端に鶴岡が困った顔をした。

「いやー、ここじゃだめですか?」
「ここ?」
「ええ」
「外じゃ駄目?」
「すみません。きょうはここ離れられないんすよ。訳ありまして」

 やっぱり、簡単には連れ出せないようだ。

「そっか、飲みながらのほうがいろいろ意見が出るんだけどねえ」

 と渋い顔をするや、市太郎が素っ頓狂な声を上げた。

「あー、おしっこ」
「え、なんすか? おしっこすか?」
「うん、年取ると近くなってね。どこかな?」
「ああ、それなら、廊下左に行って、右曲がって、突き当りです」
「え、どこ? わかんない」
「だからここ出たら廊下ありますでしょ。そこ左に行って、次、右曲がったら突き当りに……」
「私、最近、目が弱くなってね。ここ暗いしさ。案内してくんない?」
「え、俺がすか? 困ったな」
「私、そういう親切な人に支配人になってほしいなー、なんて思ったりして」

 それを聞くと、いきなり立ち上がった。

「あ、いきます。いきます。トイレくらいならいいです。喜んで」

 体はもう出口に向かっている。

「うん、いいなー、そういう機敏に動ける人。じゃ手引いてもらって」
「え、社長、そんなに目悪かったですか? よくここまで来られましたね」

 鶴岡は怪訝そうな顔をしたが、市太郎の差し出す手を取って扉を開けると、廊下の奥にある便所に向かう。市太郎といえば、まるで一気に十も老けたようなおぼつかない足取りである。

 そんな二人が廊下の角を曲がって見えなくなるのを確認すると、陰で様子を伺っていた若者たちは、義雄、栄治、武志の順に素早く事務所に滑り込んだ。手はず通り武志が外の様子を伺い、義雄と栄治が奥の部屋に進む。

 その部屋は書類などが置かれた六畳ほどの洋室である。戸棚の陰に椅子があり、ハツヨはそこに置かれた椅子に縛られていた。駆け寄った二人にすぐに気づいて声を上げようとするが、猿ぐつわをされているためもごもごというばかりである。そんなハツヨに声を上げるなと身振りで伝えると、二人は猿ぐつわを外し、幾重にも巻かれた麻縄を解き始めるが、これがなかなか硬い。事務所の入り口では、元来せっかちな武志がしきりに気をもんでいる。

「ハサミ持ってくりゃよかった」

 義雄はそう弱音を吐いたが、一つの硬い結び目を栄治がようやく解くと、上半身を縛っていた縄は一気に緩んだ。裾を縛っていた残りの縄の結び目もほどなく解け、ハツヨが立ち上がるとあっけなく床に落ちた。 

「よし行こう」

 三人を迎えた武志が半開きにした扉から外をうかがった時、廊下の角から甲高い声が響いた。

「あー、おしっこして、すっきりしたー。もう事務所に戻ってきちゃったー」

 事務所を出てすでに十分ほど。市太郎もさすがに時間を稼ぐのに限界を感じたらしい。

「なんすか? 急に声でかくなりましたよ」
「そう? 最近耳も遠くなってきたせいかな。普通だと思うけど」

 市太郎はそう言いながら事務所の扉の前の廊下の床を素早く見渡した。奪還に成功した時は紙くずを落としておく約束だが、どこにも見当たらない。

「いやいや、かなり張ってるじゃないですか」

 ぶつぶつと言いながら鶴岡が中に入った。すでに義雄ら四人は奥の部屋に戻っている。鶴岡はソファのところまで市太郎を案内すると、自分も椅子にかけ、先程の図面を眺め始めた。

「新しい活動館の場所はどこなんすか? やっぱ元の神田館の所がいいですよね」

 早くも支配人になったかのような調子である。

「うん、まあそんなところかな」
「ですよね。あそこ、一等地ですからね」

 手詰まりになった市太郎は、もう一度誘いを入れる。

「ところでさ、やっぱりどっか外で話さない?」
「そうしたいところなんですが、すみません、ここ空にするわけにいかないんすよ」
「そうなんだ」

 市太郎はそう言いながら再び図面の説明を始めたが、急に話を止め、再び素っ頓狂な声を上げた。

「あー。今度は、なんか、下の方がもよおしてきちゃった」

 立ち上がると、下腹を押さえる。

「え、大きい方ですか? さっき一緒にしちゃえば良かったじゃないすか」
「いや僕もそう思うよ。そうすりゃ、一回で済んだのに。でも、あ、お腹も痛くなってきちゃった。悪い、もう一回」

 市太郎は、片手で下腹を押さえ、片手で拝むポーズをしている。しかもひときわ苦しげな表情。これでは鶴岡も付き合わざるを得ない。

「しょうがないなー。これが最後ですよ」
「ああ最後、最後、最後だから。じゃあ、お便所、行ってくるぞー。今度は大きい方」
「ですから。声張り過ぎですって。何なんすか、本当に」

 そう言いながらも、鶴岡は再び市太郎の手を引いて事務所から出ていった。
 扉に耳を当てて様子を伺っていた四人は、部屋に誰もいないことを確かめると行動を起こす。武志を先頭に事務所を出ようとするが、扉を開けたところで足が止まってしまう。廊下の先に人影があったからである。時間をおいてもう一度扉を開けると、目の前に見覚えのある白の上下の大柄な男がいた。常盤橋に出かけているはずの片岡である。

 その片岡、背広の所々に土汚れがついていて、髪も乱れている。左手に木刀を持っているのは、右腕を痛めたせいか。

「これはこれは、皆さんおそろいで。……そうですか。我々が黒色の連中とやりあっている間にってことですか。ま、ひとまず中に入っていただきましょうかね。……絵を描いたのは、佐野先生あたりでしょうな」

 片岡の言葉に気圧されたかのように四人は部屋の中に後ずさった。片岡も引きつったような笑いを浮かべながら部屋に入る。後ろ手に扉を閉めると、ゆっくりと近くにあった椅子を引き、腰を下ろした。

「さてと、どうしたもんですかね」

 片岡がそう言って木刀を肩に担いだとき、廊下の角から市太郎と鶴岡が姿を見せた。用を済ませて戻ってきたようだ。

「あー、すっきりしたーって、さすがにもういないよね」
「いないって何がです?」
「いやいやお腹の中のもののことさ」

 そう言い繕いながら床を見渡すと、やはり紙くずはない。あわてて扉を開けると、片岡の背中越しに四人の姿が目に飛び込んできた。固まっている市太郎を押しのけるように鶴岡も部屋に入ると、思わず、え、どうなってるんすかと声を上げる。それを聞いた片岡が怒りを爆発させた。

「ばかやろう。どうなってるって、常盤橋で黒色と乱闘になったんだよ。そしたら警官が割って来て、どっちもほとんどしょっぴかれちまった。お前、社長に騙されかけてたのが、わかんないのか?」
「えっ、社長、おれ騙してたんすか?」

 市太郎は顔を真赤にした片岡から遠ざかるように部屋の隅に回り込むと、鶴岡に向かってごめんごめんをしている。

「面目ありません」
「だから気を抜くなと言っといたろうが」

 片岡が足元のごみ箱を蹴飛ばすと、市太郎の脇の壁に当たって大きな音を立てた。

「……あのー、片岡君。あんたの部下を騙そうとしたのは悪かった。が、ここは私の顔を立てて、娘さんを開放してやってくれないだろうか。仲間が警察に連れて行かれたって言ってたよね。そんな状態なら、もうこっちの話はいいだろう」

 しかし片岡の顔はこわばったままだ。

「社長には、いろいろ世話になってるんで、逆らうのは恐縮ですが、これはメンツの問題なんですよ。そんな小娘、どうでもいいっちゃいいんだが、こんだけ舐められたうえに、素人に出し抜かれたとあっちゃ、俺らは今までのように旭川で仕事ができなくなる」
「そうは言っても…」
「私はね覚悟はできてるんだ。悪いが、娘置いて、帰ってもらうしかないですね」

 その時、部屋の奥に身を寄せ合うようにしていた四人の中から、武志が一歩前に出た。

「ふざけんな。あんたけがしてるじゃないか。あくまでって言うなら、力づくでも」
「……坊主。そういう口をきくときは相手を確かめてからにするんだな。俺は覚悟を決めてるって言ったろう」

 片岡は立ち上がって左手の木刀を横にいる鶴岡の方に放ると、同じ手でふところから黒っぽい塊を取り出した。小型の拳銃である。それを見た義雄が武志の腕を取って後ろに引き寄せた。

「……武志。下がろう」

 武志の顔からは血の気が引いている。

「……そう、みんな、いい子だ。言うことは聞いたほうがいい」。

 片岡はうなずきながら四人を見渡していたが、ふとその動きを止めた。視線の先には、膝をついてハツヨをかばいながらも鋭い視線で身構えている栄治がいる。

「おや一人反抗的な子がいるね」

 栄治はごくりと一度つばを飲み込むと、ゆっくりと立ち上がった。

「……あんたさ、いい加減、強がるのは止めなよ」
「ん? よく聞こえなかったな。もう一度言ってくれよ」
「……強がるのは止めなって言ったんだよ」

 そう言いながら片岡に近づこうとする栄治の腕をハツヨがつかむ。しかし栄治は片岡の目を見据えながら、その手をゆっくりと振りほどく。

「あんたのことはヤマニの大将から聞いたよ。あんたは俺とおんなじだ。だから分かるんだよ」
「何を言いたいんだか、さっぱりだがね」

 栄治は、さらに片岡との距離を詰めていく。

「分かるんだよ俺には。あんたはこうすることが正しいと上から言われて、それを信じることが勤めだと思っている。……でも本当にそれはあんたがやりたいことなのか? そんなことをしても心は満たされないと、気が付いているはずだ」
「……うるさいな。黙れよ」

 片岡が構えた拳銃が横に振られる。それはいやいやでもしていようだ。

「俺もね。おんなじだったから分かるんだよ。俺たちは空っぽだったんだ。だから最初は良かったんだ。何にも考えずに。ただ言われたことを黙々と実行する」
「黙れよ。止めろ」

 片岡の声が大きくなる。

「信じたことが間違いだったら何もなくなっちゃう。それが怖いんだよ。あんたも! 俺も!」
「黙れって言ってんだろ!」

 片岡が叫ぶと同時に、パンという乾いた音が事務所に響いた。同時に壁際の三人の目の前で栄治が崩れ落ちた。一瞬の沈黙の後、ハツヨが栄治に駆け寄る。

「兄さん!どうして。兄さん」

 栄治はうつ伏せのまま太もものあたりを押さえて苦悶の声を上げている。その時、事務所の外で男の声が響いた。

「え、警察、何の用だよ? え? 発砲音? パンクかなんかじゃないの。え? 片岡部長? ここになんかいませんて」

 それを聞いて我に返ったのか、誰だ、と片岡が鶴岡に問うた。

「もしかしたら誰か、若いもんが戻ってきたんじゃ」

 その声にかぶさるように男の声が続く。

「え? 令状? なんのことか分かんないよ。だから、いないもんはいないって言ってるでしょうが」
「片岡さん、まずいっすよ。誰だか知らないが、時間稼ぎをしている間に逃げましょう。非常口の階段使えば、逃げられます」

 片岡は分かったと言うと、ひと固まりになっている義雄らを見渡し、拳銃で栄治を指した。

「こいつはおれを見下した。自業自得だからな」
「片岡さん、急ぎましょう」
「わかってる」

 二人は、非常階段に通じる扉がある奥の部屋に向うと、普段は使われていない扉を開け、階段を急ぎ足で降りていった。カンカンカンという足音が消えた頃、ようやく我に返った武志が義雄に向かって声を上げた。

「え、それで、ど、どうする?」
「どうするって、外に警察がいるんなら知らせなきゃ。それと医者」
「そうだよな。じゃ外へ」

 武志が事務所を出ようとすると、先程の男の声がまた響いた。

「だから、いないって言ってるじゃないですか。いないんですよ、片岡部長は」

 あわてて身を隠す武志。

「片岡さん? ……いないですよね? 片岡さん? いやしませんよね?」
「え、お前?」

 辺りをうかがうように入ってきたのは、四つボタンの上着に、短めのズボン。近文コタンの東二である。

「え、お前、どうして」
「様子を見にきたんだけど、拳銃の音が聞こえたんでね」
「じゃ、警察は?」

 武志が混乱した様子で聞くと、東二は鼻で笑った。

「そんなの乱闘事件で出払ってるよ。いま仲間が医者を呼びに行ってる」

 まだぽかんとしている武志をよそに、義雄はすでに事情を飲み込んでいる。あとの心配は栄治である。

「大将、栄治さん、どうですか?」
「うーん、急所はやられていないが、急がないと……」
「兄さん、聞いた? お医者さん、呼んでくれてるって。それまで頑張って。兄さん」

 東二は首に巻いていた手ぬぐいを引き裂くと、栄治の止血を始めた。




(続く)






<注釈・第八章>



* (北海道護国神社)招魂祭(しょうこんさい)
・ 戦死した北海道出身者を祀る北海道護国神社の慰霊大祭のこと。例年、6月4日が宵宮祭で、5日が慰霊大祭、6日が後日祭。かつての旭川には、招魂祭に合わせ、大勢の遺族が道内各地から集まった(もちろん今もお参りをする人は少なくない)。また市内には見世物小屋や露店も建ち並ぶ。



招魂祭の賑わい(昭和6年)




<注釈・第九章>


* 三条通六丁目
・ 旭川中心部の一角で、古くから多くの飲食店が集まっている場所。現在も36(さんろく)街と呼ばれ、北海道では札幌のススキノの次ぐ規模の歓楽街として知られている。


* 「佐藤でした。片岡さんはいたかい?」
・ 電話をしたり、人の家を訪ねたりするとき、北海道民は過去形を使って挨拶することがあるが、これは「です」「いる」と言い切るより、幾分丁寧な言葉遣いである。







小説版「旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」第六章・第七章

2022-09-05 11:30:00 | 郷土史エピソード
<はじめに>


「小説版 旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」の掲載は、今回から後半、まずは第六章と第七章です。
後半では、主人公の義雄と武志、そして周辺の人々が、前半で登場した二つの団体の対立に巻き込まれていきます。
この両者の対立、実際にこの時代の旭川であったことをもとにしています。
また対立激化のきっかけとなった酌婦の少女の逃亡も、同じく実話をもとにしています。
2021年に出版した旭川歴史市民劇の記録本の中にも書きましたが、この物語は大正〜昭和初期の旭川の歴史を調べていたワタクシの頭の中に、ある日、突然下りてきたストーリーが土台になりました。
なので、このお話は、旭川の歴史が書かせてくれた物語と思っています。
それでは今回も最後までお付き合いください。



               **********




第6章 昭和二年六月 佐々木座界隈



 ふるさとは馬追帽子に
 垢じみたつづれをまといて帰るところ
 無骨な靴の底は裂け
 沓下ちぎれて素足に土をなつかしみ
 飢渇わけば草に聞いて
 田園近き清水に遠き日を想へ
 ふるさとは古き友に嘲けり追われ
 花と変りし幼馴染に恐れられ
 子供らの礫の的となるところ                

                  (塚田武四「ふるさと」)


 
 佐々木座といえば、北海道でも有数の規模を誇る本格劇場である。三角の大屋根のある木造三階建て。中には間口十二間(約二十二メートル)、奥行き十間(約十八メートル)、高さ三間半(約六点三メートル)の堂々たる舞台がある。さらに舞台中央には、直径六間(約十一メートル)の回り舞台まで設けてある。

 旭川の目抜き通りである師団道路から少し外れた、当時は本町(ほんちょう)と呼ばれた一条通六丁目にこの劇場がお目見えしたのは明治三十二年のこと。建てたのは、岩手出身の博徒の顔役、佐々木源吾(ささきげんご)である。

 詳しい経緯(いきさつ)は本人も明らかにしていないが、幕末の江戸で遊侠の群れに身を置いていた佐々木は、函館戦争を戦った榎本武揚(えのもとたけあき)に従い北海道に渡った。維新後、函館に留まった佐々木は、当地を本拠地として全道に勢力を伸ばしていた博徒の元締め、森田常吉(もりたつねきち)率いる丸モ(まるも)派に加わり、やがて大幹部となる。そして明治二十年代半ば、森田によって送り込まれたのが、新開地である旭川だった。

 開拓当初、厳しい労働に明け暮れた男たちにとって、慰めは酒、そして賭け事だった。親分に倣って丸サ派を名乗った佐々木は、まず各所に賭場を設ける。さらに料理屋や妓楼、芝居小屋の経営に乗り出し、たちまちのうちに旭川一の高額納税者となった。このうち当初は平屋の粗末な造りだった芝居小屋を大規模に改築したのが佐々木座である。

 現在、佐々木座は、博徒稼業から足を洗って朝鮮に渡った佐々木に代わり、配下だった辻川泰吉が仕切っている。この辻川、興行主としての能力は佐々木以上というのがもっぱらの評判。近年は関西から文楽一座、東京から菊五郎、左団次ら歌舞伎の看板役者を次々と招聘し、土地っ子の喝采を浴びた。

 その佐々木座に近い裏通りを歩いている三十半ばの男がある。書生姿で長髪。手には安物のバイオリンと弓。胸元から売り物の歌本が覗いている。半年ほど前に東京から流れてきた演歌師である。
 この日も師団道路でのどを披露したが、ここしばらく同じ歌ばかりを歌っているせいか、通行人の反応は今ひとつ。足を止めるものもいたが、歌本を求めるものはいなかった。

「けっ、しけた街だぜ。景気が良いと言うから、こんな果てにまで足を運んだのに。そろそろ潮時だな」

 そう演歌師がひとりごちたとき、突然、女が目の前に飛び出してきた。走って角を曲がってきたらしい。

「おっと、危ねえ」

 演歌師が身を捩るようにして避けると、女はあっと声を上げ、つんのめるように膝をついた。黄色地に赤の格子模様の木綿の着物。割れた裾から覗く足元は裸足である。年は、かなり若い。

「ごめんなさい」

 立ち上がって先を急ごうとする女を、演歌師が呼び止めた。

「お待ちよ姉さん。落としもんだよ」

 そう言って拾い上げたのは、一葉の写真である。家族らしい四人が写っている。

「あ、それ」

 演歌師が差し出す写真を半ば引ったくるように受け取ると、一瞬、胸に押し当てた。

「すみません」

 頭を下げた女は、一度後ろを気にするとかけ出した。すぐに二つほど先の小路に入り、姿は見えなくなる。

「……ふん、訳ありって感じだねえ」

 演歌師がため息交じりにつぶやくと、先程の角から今度は男たちが飛び出してきた。旭川極粋会の揃いの法被。行動部長の片岡とともにカフェー・ヤマニに現れた三人のうちの二人である。やはり演歌師にぶつかりそうになり、足を止めた。

「なんだ演歌師か」
「こんなところで、ぼけっと突っ立ってんじゃねーよ」

 毒づきながらも息が荒い。とすると、先程の女を追ってきたのか。

「はいはい。あいすいませんねえ」

 演歌師が首をすくめると、年長の小柄な男が横にらみしながら聞いた。

「おい、いまさっき、女が来たろ? どこ行った?」

 やっぱし、あの女追ってきたんだ。

「え、女? 女、女ねえ。……ああ来た来た。来ましたよ」

 演歌師は手を打つと、周りを二・三度見やり、女が去ったのとは逆方向の小路を指差した。

「そっちい、行ったな」
「おい、行くぞ」

 二人は再び女を追い出したが、結構な距離を走ってきたせいか、勢いはない。それでもすぐに姿は見えなくなり、辺りは再び静けさを取り戻した。

「ばーか。なんだ演歌師かって。おめえら何様のつもりだい」

 演歌師は二人が消えた小路に向かって毒を吐くと、バイオリンと弓を持ち直して歩き出した。腹の虫がおさまらないのか、まだぶつぶつ言っている。



 しばらくすると、向こうから胡麻塩頭の初老の男がニコニコとしながら近づいてきた。どこかで見た覚えのある顔だ。

「おお、演歌師さん。いいところにいた。こないだはおあしがなくてねえ。あんたの歌本、今度見かけたら一冊譲ってもらおうと思ってたんだ」
「え、そりゃありがたいこって」

 そう言えば、二日ほど前、前の方で熱心に歌を聴いていたじいさんだ。

「ここでもかまわないかい?」
「ええもちろんさ」

 男は二円を払って歌本を受け取ると、上機嫌で去っていった。
 いつの間にか、雲の合間から丸い月が見えている。

「人助けの真似ごとにもなりゃしないが、神さんが褒美をくれたったところかね。ま、せっかく出端って来たんだ。もう少し粘ってみるか」

 演歌師は来た道を引き返し始めた。





第7章 昭和二年六月 カフェー・ヤマニ


 私が死んだら
 私を愛惜措かない人々が
 私を焼いたり煮たりして食べられるものなら
 一層惜別の情をそそるであろう

 親愛なる君には尻ッぺたの肉一斤 
        ー即ち霜降りロースの上等を
 魯かなる女房には脳味噌の知識
 目のたまは 私が惚れた下賤の女の明眸へ
 私は連日深酒だから
 さぞや鱈の粕漬のように美味だろう

 骨はたたきにしてスープをとる
 酒のみの私を偲んで一盞傾け
 諸君らはほろほろと哭いて
 私を喰べてくれたまえ                     

                 (中家金太郎「空想葬式図」〕




「大将よ。何ちゅうか、昼間のカフェーってのは、あれだな。静かなもんだな」

 旭川師団道路の名店、カフェー・ヤマニのテーブルに両肘を付き、あくびまじりに言ったのは地元生まれの画家、高橋北修である。頬骨が突き出た特徴的な面相とどら声、そして一般の住民には伺いしれない特殊な生業から、地元では知らぬ人がいない。きょうは紺のズボンに白の開襟シャツという出で立ちだ。

「コーヒー一杯でも歓迎なんですけどね。でも、やっぱりヤマニは夜という印象があるようで」


 北修に大将と呼びかけられたのは、店主の速田弘である。赤いチョッキに黒の蝶ネクタイのいつもの姿。よほど手持ち無沙汰なのか、先程から同じグラスを何度も拭いている。

「そう言えば、聞きましたよ。小熊さんと組んで、またきわどいこと始めたんですって?」

 カウンターを離れてテーブルに近づいた速田は、少し離れた所でやはり暇を持て余している昼番の女給二人をちらりと見やり、声を潜めた。

「……ヌード写生会」

 北修の眉がぴくっと動く。

「きわどいって……。あくまで芸術を追究する試みよ」
「でも絵なんて描けない奴らが、ハダカ見たさに詰めかけてるって話じゃないですか」
「確かに、ウワサ聞きつけて、覗きに来る奴の方が多いんだわ。俺も小熊もそういう連中追い払うのに忙しくてよ。ハダカ描いてるヒマなんてないのよ」

 速田がそれはそれはとうなずくと、ただなと北修が渋い顔をした。

「それもいつまで続けられるんだか」
「え、なぜ?」
「菊頭だよ。また東京に行くって言い出してんのよ」

 二人が話題にしているのは、特異な髪型の共通の友人、小熊秀雄のことである。小樽生まれで、東北、北海道、樺太の各地を転々としていた彼が、生き別れになっていた姉のいる旭川にやってきたのは大正十年。それからもう六年が経っている。  

 その間、小熊が上京を企てたのは二回。今は、旭川新聞で記者をしているが、もともと中央詩壇で確固とした地位を固めることが望みである。しかし二度とも作品は売れず、持っていった金を使い果たして旭川に戻った。

「でもまたおっつけ戻って来るんでしょう」

 速田は軽い調子で言うが、北修は真顔だ。

「いや、そうでもないのさ。なんせ三度目だからよ。前のように浮ついたところがないんだわ」
「そうなんですか」
「しゃーない。かわりに、武志か義雄使うか」
「よしなさいよ。そんなところにあんな坊やたち連れてったら、鼻血出して、倒れちまうよ」

 今度は速田が真顔で言うと、ガランガランと入り口のドアの鐘が響いた。

「いらっしゃいませー」

 女給たちの甲高い声に迎えられて入ってきたのは松井東二である。北修や小熊が開いた美術協会の展覧会で出面に来ていた近文コタンの少年だ。何やら風呂敷包みを下げている。

「おお来たか。ま、こっち来いよ。こいつが話してた東二だ。ほらあいさつせんか」

 北修に手招きされた東二は、速田の前に進むと、ペコリと頭を下げた。

「おい」

 北修に促され、東二はテーブルの上で風呂敷を解いた。現れたのは木彫りの熊である。高さは八寸(約二十四センチ)ほど。彫りにまだ稚拙なところはあるが、吠えるヒグマの迫力は十分に伝わってくる。

「……こりゃあ、なかなかのもんだ」

 速田は手にとってしげしげと眺めている。

「だろ? 頼みは二つ。ここにゃ旭川見物の客も来るだろ。だから会計のところにでも置いて、売ってやってくんないか。土産にいいだろ?」
「ええ、確かに」
「それと、こいつ、こんなふうに器用だからよ。装置作りの仕事がある時は、使ってやって欲しいんだわ。あと仲間と楽隊もやってるんで、ショーの伴奏もできる」
「わかりました。なかなか重宝じゃないですか」
「頼むな」

 北修はそう言うと、無言でやりとりを聴いていた東二に顔を向けた。

「ほら、こういう時はすぐに頭下げんだよ」

 またペコっと頭を下げる。

「ほんとに、あいそがないんだからよ」
「まあまあ、いいじゃないですか」

 と、速田がとりなした時、新たな客が入ってきた。

「いらっしゃいませー」

 女たちの声に迎えられたのは、元小学校教諭でクリスチャン、社会活動家の佐野文子である。年は三十代なかば。髪は流行りの断髪で、中肉中背。グレーのツーピースを着ている。

「いらっしゃい。あ、佐野先生じゃないですか」
「あら、支度中じゃなかったの?」
「いえいえ、ちゃんと開店してますから」
「そう? 人がいないからまだかと思っちゃって」

 そう言いながら慣れた様子で中に進む。

「先生、かんべんしてくださいよ」
「コーヒーお願いね」

 そう言ってテーブル席に着こうとした文子は、奥にいる東二に気付き、あらという顔をした。東二は軽く会釈したものの、なんとなくバツが悪い感じである。その様子に気付いた速田がカウンターから声をかける。

「なんだ、知り合いなんですか?」
「まあ、ちょっとね」

 そう言葉を濁すと、東二の後に隠れるようにしていた北修に声をかけた。

「……そっちにいるのは北修さんね? お久しぶり。奥さまはお元気?」
「ああ、えー、はい。あの、お、お元気です」

 うろたえる北修に、文子がたたみかける。

「絵はちゃんと描いてるの? お酒ばかり飲んでいるんじゃないの? またどっかで喧嘩したんじゃないの?」
「いやいや、とんでもない。ま、真面目にやってますって」
「そうなの? 本業ほっといて、またろくでもないことやってるんじゃないの? 前に奥さんこぼしてたわよ」

 コーヒーを用意していた速田が吹き出と、すかさず北修が目でやめてくれと制する。

「いやいや、そんなことありませんて。ちゃんと絵、描いてますって」

 そう言いながら速田に近づくと、小声で囁いた。

「ちょっと向こう行って相手してくれよ。俺、苦手なんだよあの先生」
「わかりましたよ。今コーヒーやってますから。そのあとね」

 速田も小声で返す。

「なにそこでひそひそ話してんの? また良からぬ相談でしょ」
「いえいえ、そんな。違いますって」

 北修は、激しく手を振って否定すると、テーブルに戻りながら東二を手招きする。

「おい、東二。こっち来て、真面目な仕事の打ち合わせしよう。な、真面目な」

 持っていた手ぬぐいで汗を拭い始めた。



「……それにしても、久しぶりですね、先生」

 女給に淹れたてのコーヒーを託した速田がカウンターの中から文子に声をかけた。

「忙しかったのよ。中島遊郭なんだけど、一人逃げてきた娘(こ)がいてね」
「そうなんですか。でも、遊郭の奴ら、黙っていないでしょ」
「敷地の外に出てくるまでが大変なのよ。そこは、手助けできないから。出てきてくれたら、すぐいっしょに汽車に乗っちゃうんで、大丈夫なんだけど」
「女はそうですけど、先生ですよ」
「私? 私はいいのよ。危険は承知なんだから」

 文子は、もともと両親とともに姉の嫁ぎ先の旭川にやってきた島根からの移住者である。中心部の小学校で教師をしていたときに、旭川で農場を経営する実業家に見初められて結婚するが、すぐに夫は病死。以来、島根時代に洗礼を受けたカトリックの信仰をもとにさまざまな社会活動に当たっている。 

 その中心は弱い立場の女性の自立支援である。なかでも遊郭で働く娼妓の廃業を支援する廃娼(はいしょう)運動では、全道的にその名が知られている。

「去年でしたっけ? 遊郭のど真ん中で、逃げ出してここに来いって、自宅の地図入れた紙撒いたの」
「はいはい。さすがにあの時は外に連れ出されたけどね。でも私は顔が売れてるから、簡単に手を出せないのよ」
「さすが廃娼運動と言えば佐野文子。肝が太いや」
「やめてよ。よけいに北修さんに怖がられちゃう」

 その時、奥のテーブルを拭いていた女給が、武志に気付いた。勝手口から顔を出して中をうかがっている。

「あら、武志君。きょうは早いのね」
「ああ、ちょっと事情があって」
「おう、どうした」

 近くにいた北修も武志に気がついたようだ。

「ああ、北修さん、よかった。ほかに誰かいる?」
「いやこのメンツだけだけだけど。あと東二と佐野先生。廃娼運動の」
「廃娼運動? ああ、了解です。じゃ中入って」

 後ろに声をかけると、義雄が若い女に肩を貸しながら入ってきた。すかさず武志も手を貸す。

「……ど、どうしたのよ、その娘(こ)?」
「後で説明しますから」

 武志は北修を制しながら近くのテーブルの椅子を引くと、そこに座らせるよう義雄を促し、さらに女給に水を持ってくるよう頼んだ。女は黄色地に格子柄の着物姿。膝の辺りが土埃で汚れている。

「いい? 見せてもらって」

 心配そうな顔つきの文子が足の様子を見る。

「……けがは大したことないみたいね。あなた、武志君って言ったっけ。一体、どうしたの?」
「店の裏で蹲(うずくま)ってたんです。裸足だし、転んで足くじいたって言うから、どうしたのって聞いたら、逃げてきたって」
「どうも極粋会の連中に追われているようなんですよね。連中、血相変えて走っていったんで」

 そう義雄が続けると、俯いていた女が顔を上げた。

「……あの、すみません、迷惑かけて。すぐ出ていきますから」
「出てゆくって、とてもそんな感じじゃないな。なんか事情があんだろ?」

 北修が覗き込むと女は再び下を向いた。

「大丈夫。ここにいる人たちはね、あんたを誰かに引き渡したりしないから。身なりから言ったら、どっかの店で働かされていたってところかい?」

 少し考えると、女は小さく頷いた。

「……はい。十五丁目の『たまや』って店で、酌婦してました」
「え、たまや!」

 口に手を当てている女給に武志が尋ねる。

「知ってんですか?」

 ええ、まあと隣の女給を見る。

「わたしも知り合いから聞いたことがある。あんまりいい噂じゃないんだけど……」

 酌婦は、文字通り場末の飲み屋で酒の相手をする女のことである。ただ店によっては、体を張った接待を強いるところもある。さらに酌婦と言えば当然春をひさぐもの、と考えている男たちさえいる。

「……はい。なので……」
「そっから逃げ出したってわけだ。あんたいくつだい?」
「……もうじき十七になります」
「じゃあその店で働くのは、わけがあるんじゃないの?」

 こういう時、北修も文子も無駄な遠慮はしない。ただ配慮ももちろんできる。

「いいのよ、無理にとは言わないから」

 女給から受け取ったコップの水を一口飲むと、女は話し始めた。

「……いえ、お話します。……私、江上(えがみ)ハツヨといいます。うちはもともと永山で雑貨を商っていたんですが、父さんが急に病気で死んでしまって。そしたらたくさん借金があったことが分かったんです。で、借金を返せないのなら、ここで働けって」

 ハツヨの話によると、実家の雑貨商は両親の地道な仕事ぶりで順調だったが、半年ほど前、父親が病気で急死すると、通夜の席に高利貸しが現れたという。多額の借金は父親が友人に誘われて始めた博打にはまった結果だったが、実はその友人は高利貸しの仲間で、最初から店の蓄えを狙いに父親に近づいたらしいとハツヨは話した。

 ただ、だとしても借金は借金である。結局、店は人手に渡る。ハツヨは女学校を辞め、仲居として料理屋で働き始めたが、もっと稼げる仕事でないといつまでも借金を返せない、と高利貸しが言い出す。そして「たまや」に送り込まれたのがふた月前だったという。

「なるほどね。極粋会の連中、きっと、その店か金貸しに頼まれて、彼女を追ってるんだ」

 つぶやいたのは、腕組みしながら聴いていた速田である。

「……わたし、お酒の相手をするだけならいいんです。でも来月からお客を取れって……」

 皆が顔を見合わせる。

「……わかった。ハツヨさん。わたしは佐野ってもんだけど、あんたみたいな境遇の娘(こ)のことはよく知ってるの。だから、安心なさい」

 しかしハツヨは頭(かぶり)を振る。そして懐から写真を出した。

「いえ、そんな。見ず知らずの皆さんに迷惑かけるわけにはいきません。……あの、ここに連絡していただけないでしょうか。兄さんがいるんです」

 ハツヨが差し出した写真には、温和そうな両親と笑顔のハツヨと兄が写っている。そして裏には兄の勤め先が書いてあった。受け取った北修が声をあげた。

「……こりゃ驚いた。兄貴は黒色青年同盟だってよ」
「黒色青年同盟って? あの無政府主義の?」

 文子が、しかめっ面になった速田に尋ねる。

「いま極粋会と対立してるんですよ。こりゃあ話が複雑になりそうだな」
「……兄さんは、父さんが死んだあと学校を辞めて。そしたら今度は母さんがふせってしまって、働きながら面倒を見ているんです。仕事を渡り歩いて、いまはそこで厄介になってるって言ってました。そこの人たちの力を借りて、店辞めさせてやるからもう少し待ってろって」

 それを聞いて、動いたのは北修である。

「わかった。東二、お前、ひとっ走り行って、この娘(こ)の兄貴呼んできてくんないか。時間、あんだろ」

 しかし、東二は下を向いたまま動こうとしない。

「ん? どうした?」
「……それは勘弁してください」
「なんだよ、勘弁って」
「……関わりたくないんすよ。極粋会の関係者は、顔の人が多いし、俺ら、ただでさえ邪険にされてんのに、余計なことして睨まれたくないすから」

 それを聞いて武志が目をむいた。

「何よ、その余計な事って」

 美術展の準備のときに出会ってから、この二人はお互いにいい印象は持っていない。

「だから、お前ら学生と俺らは違うんだよ」
「何だって」

 喧嘩に発展しそうなところを北修が分けて入る。

「わかったから、東二はいいよ。……武志、行ってくれっか?」

 気持ちの高まりを抑えるように一つ息を吐くと、武志は北修から写真を受け取り、無言で勝手口から出てゆく。

「……あの、兄さんが来たら、すぐ出てゆきますから」

 武志を見送ったハツヨはそう言うと、あなたももうここにいない方が、と東二に声をかけた。東二はため息を一つつくと木彫りの熊を包んでいた風呂敷をたたみ始めた。

「……じゃ、悪いっすけど、俺はこれで」

 皆が押し黙る中、東二はレジ脇の入り口から外に出ていったが、なぜかすぐに急ぎ足で戻ってきた。表情がこわばっている。

「北修さん。極粋会のやつら、すぐそこにいますよ。その娘(こ)、隠しといたほうがいいですね」

 どら、と言って北修もドア越しに外をうかがうと、やはり顔色を変えて戻ってきた。そしてお前は行けと東二を送り出す。

「まずはこの娘(こ)だね。どこに隠そうか」

 こうした時、修羅場を何度も経験している文子は冷静である。

「ここには、あなたたちが着替える部屋かなんかないの?」

 すかさず女給の一人が二階をさす。

「それなら上に」
「じゃ、義雄君だっけ。あなたは外に出て時間を稼いで。それと北修さんは、その娘(こ)おぶって二階に行って」
「え、俺?」
「だって速田さんはここにいないと、おかしいから」

 ああ確かにとつぶやくと、北修は速田の手助けを受けてハツヨをおぶり、女給たちと一緒に二階に向かった。

 北修たちの姿が見えなくなってまもなく、外に出た義雄の声が聞こえてきた。

「……だから、誰も来ちゃいませんよ。うたぐりぶかいなあ。え、なんですか? なにもごまかしちゃいませんよ」

 後退りをしている義雄を押しのけるように、男たちが姿を表した。極粋会の男たちである。

「だから、はんかくせーことすんなって言ってんだろうが、この小僧はよ」

 遅れて麻の上下の片岡が入ってくると、義雄をかばうように前に出た速田と向き合った。

「速田さん。何故かここに来るときは、同じような状況だねえ。若い女が来ている筈なんだが、出してもらいましょうか」

 いつも通り感情を抑えた話し方だが、顔はやや上気している。

「若い女? ここは若い女たくさんいるからね」
「この店に逃げ込んだのは間違いないんだよ」

 そう吠えたスキンヘッドは目が血走っている。

「そう言われてもねえ。お探しなのはどんな女なんですか? 片岡さん」

 男たちの様子にいつにない高ぶりがあるのを感じた速田は、逆に度胸が座ったようである。

「うん。よくある話なんだが、借金を踏み倒して逃げてしまった女がいましてね。店主さんが困り果ててるんですよ」
「なるほど。で?」
「なんせ額が大きくてね。働いて返すからって頼むんで雇ったのに、恩をあだで返されたって。店主さんが泣いてるんですよ。あなたも水商売の経営者なら、わかるでしょ?」

 その時、奥のテーブルに陣取っていた文子が声を上げた。

「何が泣いているよさ。弱い立場の女を食い物にしているだけじゃない」
「……これはこれは、佐野先生ではないですか。最近は、遊郭だけじゃなくて、カフェーにもお出かけなんですね」

 極粋会の会員には妓楼の経営者も少なくない。その関係で、片岡と文子はこれまで何度か顔を合わせている。

「あんたもね、右翼なら右翼らしく、ちゃんと政治活動したらどう? それとも極粋会ってのは業者の用心棒なの?」

 だが、片岡は挑発に乗るつもりはないようだ。ゆっくりと一歩、速田に近づくと、顔を寄せた。

「速田さん、あなたね、今は流行っているからいいものの、だんだんと商売がしにくくなりますよ。みんな借金の踏み倒しにゃ神経とがらせてるんだ」
「うちは借金のかたに女の子を働かせるような商売はしてないから関係ないね」

 やや強めの口調で告げると、片岡の目を見据えた。

「片岡さん。そもそもこの店には、あんたたちが探しているような女はいない。帰ってくれるね」

 速田の後ろには、立ち上がって近づいてきた文子もいて、やはり片岡を睨んでいる。

「……わかりました。佐野先生もおいでのことだし、きょうは引き揚げましょう。ただあまり深入りするのは止めた方がいいですよ。我々にもメンツがありますから」

 片岡はそう言うと、店の中をぐるりと見渡し、さらに階段の上を見上げると、二〜三度軽くうなずいた。

「では」

 顎で部下に合図すると、大股で店を出ていく。



 片岡らが去ると、体を固くして成り行きを見守っていた義雄が椅子に座り込んだ。

「……あの人も、もともとはおとなしい人だったんだがね」
「え、大将、知ってるんですか?」
「ああ、同じ旭川だから、ちょっとはね。いまの役職に就いてからやたら肩に力入っちゃって」
「あら大将もなかなかのものだったわよ。これからああいう連中と関わる時はお願いしようかしら」
「先生、よしてくださいよ」

 その文子の頭はすでに次に向けて動いているようだ。

「さて、これからだね。まずはあの娘(こ)をどこに匿うか。家(うち)に連れて行こうかと思ってたけど、私が絡んでるのが知れちゃったからだめだし」

 そう思案に暮れていると、義雄が再び勝手口から顔を出して様子をうかがっている武志に気付いた。

「あ、武志、なにやってんの?」
「……なんかバタバタしてたみたいだったんで。大丈夫かな?」
「平気だよ。極粋会が来てたんだけど、もう帰った」
「やっぱ用心しといてよかった」

 武志はホッとした表情を見せると、こっち入ってくださいと後ろに声をかけた。手招きされて入ってきたのは、グレーの作業服姿の若い男、ハツヨの兄の栄治である。手に工員帽を握っている。続いて黒色青年同盟旭川支部長の梅原が現れた。武志が訪ねた時、栄治と一緒に事務所にいたという。

「ハツヨの兄の栄治といいます。あの、妹は?」
「二階にいますよ。義雄君、案内してくれる? 上がってすぐの部屋だから」
「はい。じゃ」

 義雄と栄治が急ぎ足で二階に上がるのを見届けて速田が言った。

「いつぞやの騒動以来だね。あんときはあんたが追われてたっけ」
「はい。その節はご面倒かけました」

 言いながら梅原の視線は文子に向かっている。

「ああ、そちらは佐野文子先生。たまたま店に来ていて……」
「ご高名は存じています。黒色青年同盟の梅原と申します。今回は、ご迷惑をかけまして」
「佐野です。迷惑なんかかかっちゃいないわよ。梅原さん、ハツヨさんのお兄さんとはいつから?」
「ああ、うちの活動員になったのは、一月半ほど前です」

 梅原によると、当時栄治は市内の食品加工の工場で働いていたが、従業員の解雇を巡って労働争議が持ち上がり、黒色青年同盟が組合員の支援に入ったという。その際、組合の役員から栄治の境遇について話を聞き、自ら活動員にならないかと誘ったと梅原は説明した。

「その時に、ハツヨさんの事も?」
「ええ。ひどい話なんで、我々の方で店主を糾弾しようと考えていたんですが、その前に店を抜け出してしまったというわけなんです」

 それを聞いて、文子の顔色が変わる。

「ちょっと。抜け出してしまったって言い方はないんじゃないの」
「いえいえ、ハツヨさんに何も罪はないのはわかっています。ただ時期的に」
「時期的って何よ。なんか気に入らないね」

 横を向いてしまった文子に、どうしたものかと梅原も顔を曇らせる。

 実は、黒色青年同盟などアナキズム系の団体は、束縛からの解放を標榜し、廃娼運動に関わる組織が少なくなかった。梅原らの旭川支部も「芸妓、娼妓相談所」の看板を事務所に掲げ、娼妓らの自由廃業を後押ししていた。
 ただアナキストによる廃娼運動ではトラックで遊郭に乗り付けたうえ牛太郎を挑発するなど、多分に自己宣伝的な行動が目立っていた。そこに、文子は反感を持っていた。
 
 一方、梅原らは、クリスチャンによる廃娼運動を生ぬるいと見なしながらも、実績にある文子には一目置かざるを得ない立場だった。
 気まずい沈黙が続く中、二階から栄治が降りてきたのに速田が気づいた。

「ああ、ハツヨさん、どうでした?」

「あの、思ったより元気で、それは良かったです」

 栄治はそう言うと、助けを求めるように梅原に近づいた。

「……支部長、やっぱり極粋会に手配が回っているようなんです。家に連れて行ってもすぐに知れるだろうし。これからどうしたら」
「栄治君、まずは落ち着くこと。奴らは奴らでメンツをかけて連れ戻しにかかるだろうが、大丈夫。うちはうちで、全力をあげてハツヨさんを守る。同盟の力は、君が考えている以上なんだ。だから奴らの好きにはさせない」
「でも極粋会に目ぇ付けられてるという意味では、あんたたちは筆頭でしょ? 大丈夫なの?」

 自信ありげに語る梅原を、速田も信用していないようだ。

「速田さん。お言葉を返すようですが、我々にはたくさんの支援者がいます。奴らには指一本触れさせません。栄治君。うちの組織で、ハツヨさんを守る。いいね?」
「……はい。それは、支部長にお任せしてますんで」
「うん、じゃ、夜になったら妹さんを連れ出そう。それまではそばに付いていてあげるんだ。僕はいったん事務所に戻って、算段を付けてくる。いいね」
「……はい、わかりました」
「速田さん。ということで、もうしばらく力をお貸しください」

 梅原の言葉に引っかかるところはあるが、断る理由も見つからない。

「ああ、それはかまわないが……」
「では、また夜に」

 速田の言葉が終わる前に、梅原はそう言って勝手口から出ていってしまった。再び気まずい沈黙が部屋を包む。

「……俺、ハツヨの様子見てきます」

 雰囲気に耐えられなくなったようにそう言ったのは栄治である。階段を登る姿が見えなくなるのを確かめると武志が言った。

「……俺、梅原って嫌いだなー。こんなことになってるのに、なんかうれしそうじゃん」

 文子、速田と思いは同じようだ。

「いいんですかね先生、あいつらに任せてしまって」
「……まあねえ、実のお兄さんがそうするって言ってるわけだし。私達にもこれと言ってあてがあるわけでもないし」

 文子は渋い表情でそう言うと、二人の顔を見ながら今回は任せましょうと続けた。

「……分かりました。……あれ、そういえば、北修さんはどうしたんだっけ? 二階に行ったっきりだよな」

 カウンターに戻りかけた速田がそうつぶやいたとき、義雄が慌てたように階段を降りてきた。

「あの、皆さん手貸してくれませんか」
「えっ、ハツヨさん、どうかした?」

 速田が大きな声を上げる。

「いや北修さんなんですよ」
「北修さん?」
「さっきおんぶして二階に行ったとき、ぎっくり腰やっちゃったみたいで。固まって動けないんです」

 三人が見上げると、手で大きくバツを作った呆れ顔の女給二人が階段の上に並んでいた。


(続く)






<注釈・第六章>



* 佐々木座
・ 旭川最初の本格劇場。明治、大正と地元興行界をリードした。その後、旭川の興行界の中心が他の地区に移ったことから衰退し、1933(昭和8)年頃、営業を終えた。


佐々木座

* 塚田武四・つかだたけし
・ 旭川生まれの詩人。小熊秀雄らの詩誌「円筒帽」の創設メンバーの一人。旧制旭川中学卒業後、放蕩の限りを尽くして生家から追放され、各地を転々とする。その後、旭川に戻るも、肺疾患により二十代の若さで亡くなった。

* 佐々木源吾・ささきげんご
・ 朝鮮に渡った後の佐々木は、大規模旅館を経営するなど成功をおさめるが、大正に入ると経営を息子に任せて旭川に戻る。旭川では茶舗と銭湯を経営するも、大正末になると今度は樺太に渡り、1928(昭和3)年、当地で死去。最後まで流転を重ねた人生だった。


佐々木源吾

* 榎本武揚・えのもとたけあき
・ 旧幕臣、のち新政府で外交官などを務めた。旧幕府軍を率いて五稜郭を攻略、函館戦争を戦ったことで知られる。

* 森田常吉・もりたつねきち
・ 幕末生まれで、房総船橋から北海道に移住した博徒の大親分。森田が組織した丸モ派は、函館を拠点に北海道全域に勢力を伸ばし、最盛期の構成員は2万人に達したとされる。

* 辻川泰吉・つじかわやすきち
・ 架空の人物。モデルにしたのは旭川の実業家、辻広駒吉(つじひろこまきち)。辻広は、元博徒の佐々木源吾が朝鮮に渡った際、佐々木が経営していた劇場の佐々木座と、料亭の第一樓を受け継いだ人物。小説の辻川が佐々木同様、元博徒であるのに対し、辻広は渡世稼業にあったことはなく、土木請負が本業だった。その後、幅広く事業を拡大したが、特に佐々木座の経営では手腕を発揮した。旭川の市会議員も勤めたことでも知られる。

* 演歌師
・ 街頭でバイオリンやアコーディオンを弾きながら演歌と呼ばれた流行歌を歌い、歌の本を売った芸人、行商人。明治末から昭和初期に多く活動した。



<注釈・第七章>



* 中家金太郎・なかいえきんたろう
・ 旭川生まれの詩人。1936(昭和11)年、旭川で結成された北海道詩人協会に参加。その後、札幌の新聞社に勤めながら詩や小説などの創作を続けた。大の酒好きで知られ、札幌出身の作家で、新聞社の同僚でもあった船山馨(かおる)の小説のモデルにもなった。

* ヌード写生会
・ 高橋北修らが設立し、小熊秀雄も参加した美術研究会「赤耀社(せきようしゃ)」が実際に行った催し。会費を集めて実施した。その模様は、小熊の短編小説に描かれている。実際には1923(大正12)年12月からの開催。

* 木彫りの熊
・ 北海道の熊の木彫りは、1923(大正12)年、道南の八雲にあった徳川農業の農民たちが始めたのが嚆矢。旭川では、その2年後、東二のモデルである松井梅太郎(まついうめたろう)が製作を始め、その後、近文コタンに広まった。

* 仲間と楽隊
・ 松井梅太郎は、大正〜昭和初期に近文アイヌの仲間たちで作った楽隊のメンバーでもあった。楽隊は活動写真館で伴奏をしたり、各地のイベントに呼ばれたりして演奏を披露した。

* 佐野文子・さのふみこ
・ 旭川での廃娼運動では、遊郭の用心棒である牛太郎に日本刀を突きつけられ、死を覚悟したこともあった。文子の助力により遊郭を脱した娼妓は10人を超えるとされている。戦時中は、国防婦人会旭川支部長としての精力的な活動が全国的に知られたことから、軍の要請を受けて上京。当時の首相、東条英機邸で家庭教師として働くという数奇な経験もした。


佐野文子

* 中島遊郭(なかじまゆうかく)
・ 現在の旭川市東1〜2条2丁目付近にあった遊郭。1907(明治40)年に営業を開始した。陸軍第七師団に隣接し、最盛期の1932(昭和7)頃には、妓楼約40軒、娼妓数200人余に上った。


中島遊郭

* 廃娼運動
・ 娼妓の人権保護の観点から、公娼制度の廃止を訴える活動のこと。また娼妓への自由廃業の啓蒙、廃業を希望する娼妓の支援なども廃娼運動の一環として行われた。

* 永山
・ この時代で言うと、旭川の北の永山村(戦後、旭川市と合併)をさす。永山村は、1891(明治24)年に屯田兵が入植し、開村した。名称は、当時の屯田兵本部長、永山武四郎(ながやまたけしろう)の名前が由来である。











小説版「旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」第四章・第五章

2022-08-30 11:30:00 | 郷土史エピソード
<はじめに>




先週から掲載を始めた「小説版 旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」。 
今回は前半の終わり、第四章と第五章です。
第四章では、主人公の一人、義雄、そして彼が一目惚れした後の歌人、齋藤史が、それぞれ心を痛める「ダブル失恋」の場面が登場します。
手前味噌になりますが、小熊秀雄がからむこの場面は、この物語の中でワタクシが一番好きなシーンです。
そして第五章では、その史と父親の瀏が旭川を去ります。
四章と五章の間には、大正から昭和の改元があります。
天皇崩御の日の様子については、実在の史が書いた手記の一節を引用させていただいています。
散文でも才能を発揮した彼女の名文の一つです。
それでは今回も最後までお付き合いください。





                   **********




第四章 大正十五年十二月 上川神社頓宮



 霧華(きばな)とは、一般には霧氷又は樹氷などとかかれて居る「きばな」に私が宛てた文字である。霧氷、樹氷では硬すぎ、大きすぎて、ここのきばなを表現するには不適当だし、又「木花」では誤解を生じるから、この文字にしたのである。

                  (齋藤瀏「自然と短歌」)



 石狩川と牛朱別(うしゅべつ)川に挟まれた中島(なかじま)地区は、旭川の中心部と陸軍第七師団のある近文(ちかぶみ)地区の接点に当たる場所である。そこには石狩川に架かる旭橋、そして牛朱別川に架かる常盤橋(ときわばし)の二つの主要橋があり、交通の要にもなっている。

 その中島地区で旭川初の都市公園の造成が始まったのは、十五年前、大正元年のことである。五年後には堀池や築山が完成して開園した。公園には、その後、ボート乗り場や茶屋なども設けられ、今では市民の憩いの場として定着している。当初は中島公園と呼ばれたが、まもなく常磐公園と称されるようになった。「なかじま」、「ときわ」、ともにこの一帯を示す古い呼び名である

 この中島地区の一角は、川の中洲に当たることから、もともと中心部には近いが具体的な利用計画はなかった土地である。そこが公園となったのは、造成開始の二年余り前に表面化した当時の旭川町と七師団の確執があった。

 発端は、師団側が持ち出した衛戍地(えいじゅち)、つまり駐屯地の町からの分離独立案である。師団の中で、一般町民と同率の町税が軍関係者に課せられるのは不当であるとの意見が高まったのだ。
 衛戍地では、土木、衛生、教育などさまざまな公的事業をすべて自前で賄っている。施策の恩恵を受けていない町の税を、住民と同様に負担する必然性はないというのが理由である。是正されなければ、旭川町から離れ、別の一村を設立することも辞さない、それが師団の主張だった。

 これに対し町は、制度上、特例は認められないと拒否した。しかし師団を失っては、当時目論んでいた、町から、市に準じる区への昇格に影響が出るのは必死と思われた。このため紆余曲折はあったが、結局は町が折れざるを得なかった。そして明治四十三年、軍関係者に対する実質的な税の軽減に加え、近文地区の利便性の向上を図る各種の施策の実施など、師団側の要求を全面的に飲んだ八項目の協定書が交わされる。その八項目の一つが、近文地区に隣接する中島地区に公園を設けることだった。

 こうして誕生した常磐公園の堀池には、大小二つの島がある。そのうち大きい方の千鳥が島には小ぢんまりとした社が建っている。県社上川神社頓宮(とんぐう)である。
 
 上川神社は、上川地方開拓の守護、旭川鎮守の神社として、明治二十六年に創設された。長年、中心部にあって信仰を集めたが、二年前、市南部の高台である神楽岡(かぐらおか)に遷移した。
 これに合わせて造営された頓宮は、神輿渡御の際の御旅所(おたびしょ)としての役割を担っている。毎年七月の例大祭では、神楽岡を出発して市内を巡った神輿が頓宮で一夜を過ごし、翌日、また市内を巡って本社に帰る。

 その頓宮では、二時間前に始まった旭川歌話会の歌会が少し前に終了したところである。控室に、会の幹事である三人が戻ってきた。
 第七師団参謀長でもある齋藤瀏(りゅう)、地元信用組合の総代を務める酒井廣治(ひろじ)、そして小熊秀雄である。部屋には鋳物製の石炭ストーブがあって、薬缶から白い湯気が立っている。

「いや、いや、お疲れ様でした。おかげで、今回もいい会になりました」

 五歳ほど年長の瀏に椅子を勧めながらそう話しかけたのは、酒井である。まだ四十代そこそこだが、薄い茶色の絣の袷と羽織を着こんだ姿は、年よりも落ち着いて見える。

「これも名幹事のたまものだな。小熊君。本当にご苦労さま」

 休日とあって、瀏も軍服ではなく和装である。かっぷくの良い体躯を、焦げ茶の御召と黒の羽織で包んでいる。頭は丸刈りだが、目元がやさしいため、軍人特有の威圧感はない。

「いえいえ、皆さんに手伝ってもらってるんで、なんとか役目を果たせてるんですよ」

 書生姿の小熊は、そばに立ったままである。

「でも旭川歌話会、本当に結成して良かった。毎回、やるたびに作品の質が上がっている。君もそう思うだろう」

 そう瀏が向けると、小熊はうなずいた。

「やっぱり創作は、切磋琢磨が必要なんでしょうね。周りの刺激が、こんなにも大切なものかと僕も再認識しました」

 旭川歌話会は、この夏に酒井や瀏が呼びかけて結成された旭川初の本格的な短歌の勉強会である。市内や近郊の四十人余りが参加し、この日を含め、これまでに四回の歌会が開かれている。

「ま、そういう意味では、旭川の短歌界も大きな刺激を受けて飛躍したということでしょう。軍人歌人として知られる齋藤参謀長が旭川勤務になり、去年は白秋先生、今年は牧水先生が来てくれた。こうしたことがなかったら、歌話会結成の話など持ち上がりませんでした」
「白秋の弟子である酒井会長が旭川に戻っていたことも大きかったと思いますぞ。やはり地元で中心になる方がいないとね」
「いえいえ。それはそうと、きょうの歌話会で言うと、やはり史嬢ですな。前回は最高点だったが、きょうは別の意味で驚かされました」

 酒井は、そう言うと、会場から持ち帰った短冊を探り始めた。瀏は苦笑している。

 これこれ、と言って酒井が作品を取り出した。

「長髪の小熊秀雄が加わりて歌評はずみきストーブ燃えき。長髪の小熊秀雄が加わりて歌評はずみきストーブ燃えき。……うん、やはりこりゃ短歌を始めたばかりの人が作る歌ではありません」

 小熊は、困ったなという表情である。

「また当の本人を目の前にして、こうした歌を出すというのは……。や、父君を前にしてこれは失言でした」
「いやいや、わたしは一向に。ただなりは大きいが、まだ子供ですから。含みは、やはりないのでしょう」
「もちろんですよ。幹事の立場を忘れて、私があれこれ批評を言うので、印象に残ったのだと思います」
「まあ、ここはそういうことにしておきますか」

 酒井がこう言って破顔すると、師範学校の制服姿の義雄と武志が部屋に入ってきた。会の出席簿や筆、硯などが入った箱を抱えている。

「小熊さん。これはこっちでいいんですか?」
「ああ初参加の君に手伝わしてしまって悪いな。武志君も会員でもないのに使ってしまって」
「僕は一番下っ端なんですから当然です。こいつは、どうせ暇なんで」
「暇とはなにさ。お前が付いて来てくれって言ったんだろ」

 義雄と武志がいつものようにやりあっていると、遅れて史が部屋に入ってきた。黒白の千鳥格子の袷に、大柄の牡丹を配った紫の羽織。歌会という場所を意識したのか、洋服好きの史には珍しい装いである。

「親父様。迎えの車が着きました。酒井先生もごいっしょにどうぞ」
「うん、お送りしましょう。どうせ師団の差し向けの車なんだから、遠慮せずに」
「そうですか。それは助かりますが。でも史さんは?」
「わたくしはもう少しやることがありますから」
「申し訳ないねえ。本当はあなたにお手伝いしてもらうのは気が引けるんだ」
「いやいやそれは私が命じたんだ。もう女学校も出てしまったんだし、家でぶらぶらしているんだから」

 ちらりと娘を見やりながら瀏がそう言うと、史がわざと不満げに応える。

「あら、ぶらぶらとは失礼だわ。でも会のなかでは年少者ですから、当然のことです。親父様、あまりお待たせすると……」
「ああそうだな。さ、会長」

 瀏がそう言って立ち上がると、小熊も酒井を促した。

「あとは会場をもとに戻す程度ですから、気にせんでください」
「そうかい。それじゃ。お先させてもらいますか」

 瀏と酒井が皆にねぎらいの言葉をかけて出ていくと、部屋にはほっとしたような空気が流れた。師団の参謀長と信用組合の総代。その立場で出席しているのではないとしても、やはり同席する若者に緊張は隠せない。


「義雄さん」

 二人が片付けを始めようとしたときに史が声をかけた。

「あ、はい!」
「始まる前は、時間がなくて失礼しました。やっと来てくださったんですね。ありがとうございます」

 お辞儀をすると、義雄も慌てたように返す。

「あ、いえいえ、なんもです」
「なかなかお見えにならないので、やはり短歌には興味がないのかなって」
「いえ、そんなことはないんですが、その……」
「ああ、こいつ、行きたくてしょうがなかったんですけど、いい作品持ってかなきゃ史さんに恥ずかしいって」

 そう言う武志の腕を義雄が引っ張る。

「よけいなこと言わなくていいの。小熊さん、会場もとに戻すって言ってましたよね。僕らでやりますから。おい、行くぞ」
「あ、ざっとでいいからね。……ふっ、何あわててるんだ」

 二人が部屋を出て、歌会の会場となっていた拝殿に行くと、しばらく部屋は沈黙に包まれた。史が何か言いたそうなそぶりをしているのを察した小熊は、椅子を勧めた。

「史さんに会計をしてもらえると助かりますな。金の計算とか、全く苦手でね」

 そう言いながら、小熊も少し離れた椅子に座る。

「詩人さんで、お金の計算が得意な人って……。やっぱり似合いません」
「そりゃそうだ。史さんの言うとおり」
「……あの、迷惑でしたか?」

 居住まいを正した史がそう問うと、小熊は、えという顔をした。

「きょうのわたくしの歌」
「ああ。……突然自分の名前が出てきたんで、少し驚きました」
「それだけ?」
「うん。……斬新で、とても良かった」

 史は、ほっとしたように微笑むと、小熊の顔を覗き込むようにして聞いた。

「わたくしが最初に小熊さんとお会いした日のこと、覚えていらっしゃいます?」
「もちろん。旭川に来られてすぐ、父君に会いに官舎にお邪魔した。その時ですよね」
「親父様が新聞記者の方がいらっしゃると言うから、てっきり師団担当の方かと」
「父君は軍人でありながら、歌集も出して、絵も描かれると聞いたんで、どんな人か会ってみたくなったんですよ」
「でも親父様の前で、いきなり軍の悪口を言い出して。わたくし、なんて人なのと思いました」
「いやー、思ったことは口に出してしまうたちなんで。……でも、父君は度量が広い。だから歌話会の幹事も引き受けたんです。ただこれだけは、お嫌いのようですな。会うたびに、その黒珊瑚はどうにかならんかと言われる」

 小熊はトレードマークの長髪を自ら指した。

「わたくしは、新聞に『黒珊瑚』という署名記事を見つけて吹き出しました。すぐ貴方だとわかりましたから。それと、わたくし、小熊さんのこと、ずっと独身だと思ってたんですよ。最初に来られた時、男やもめなのでと、おっしゃってたから」
「ああ、でもその時は確かに」
「ええ、その後にご結婚されたんですよね。旭ビルディングの美術展に来られた小学校の先生が今の奥様」
「はい、その通りです。よくご存じで」

 小熊の意外そうな顔を見て、史はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「ええ、いろいろと探らせていただきましたから」
「……そうか、じゃ僕の素行の悪いところは、みんな知られているんだ」
「そうですわ。いろんな女性に声をかけている事とか、お腹の大きな奥さまを、樺太の実家に一人残して旭川に戻ってきた事とか。奥さま、なんてお気の毒」
「いやあれは……。話せば長くなるんだが、義母(はは)と僕の折り合いが悪いので、いないほうが良いと本人も言い出して……」
「勘弁してあげます」

 そう言うと、こらえ切れず吹き出した。

「そんなに言い訳なさらなくても」
「……いや。これは失敬」

 社(やしろ)の外はもうかなり暗くなってきている。冬の間も頓宮に参拝に訪れる人はいるが、夕方以降はまず人気はない。


「……わたくし、そろそろ旭川を去ることになりそうですの」

 しばらくの沈黙の後、史がそう切り出した。

「え? それはもしかして父君の異動で?」
「ごめんなさい。それ以上詳しくは……」
「なるほど、失礼しました」
「父もわたくしも旭川が好きなんです。だからとっても残念」
「うーん、それはびっくりですね」

 小熊が続く言葉を探しているのを、史は待っている。

「そうですか……。せっかく歌話会もできたばかりなのに、惜しいことです」

 ストーブの上の薬缶がシューシューとかすかに音を立てている。

「……でも史さんは歌を続けてください。僕は、短歌は古い芸術だと思っていたが、あなたの歌を見て思い直した。牧水が歌をやるべきだと言ったそうだが、史さんはぜひ歌を作り続けてください」

 史は小さく息を吐くと、伏せぎみにしていた顔を上げた。

「……ありがとうございます。小熊さん、ひとつお尋ねしていいですか?」
「……何でしょう?」
「小熊さんは、いずれまた東京に行かれるおつもりなんでしょう?」
「……うーん、ま、そうなるでしょうなあ」
「どうしてわざわざ東京に行かれるのですか? 旭川には、良いお仲間とお仕事があって、とてもいきいきしているように見えますのに」
「……確かにそうですね。いい仲間がいて、大好きな姉もいるし、なにより妻子を養うことのできる職場もある」
「なら」
「でも、心の奥のもう一人の自分がそれじゃいかんと言うんですよ。それじゃ本物の詩は書けないって。……僕はね、弱い人間です。だから温かい所にいると、ちゃんと自分と向き合えなくなる」
「創作って、そんなに不自由なものなのですの? だったら、わたくしはやりたくない」
「いやいや、それはね、自分がそうなんです。私という人間の業であり、それが使命なんですよ。あなたには、あなたの使命があるように」
「……使命って、変えることはできないんでしょうか?」

 史はそう言うと、立ち上がって窓に近づいた。いつの間にか、雪が降り始めている。気温の低い旭川ならではの乾いた粉雪である。


「……申し訳ありません。師団通まで送っていただけませんでしょうか」
「わかりました。お送りします。……ええと、義雄君たちはどこにいるのかな」

 と、小熊が立ち上がった時、入り口の扉の脇から若者二人が顔を出した。

「ああ、そこにいたのか。会場の片づけは?」
「はい。終わりました。……というか、とっくに終わってたんですけど」

 武志が頭をかきながらそう言うと、小熊はたちまち恐縮した。

「ああ、それは申し訳なかった。で、もう一つ悪いんだが、僕は史さんを送ってゆくので……」
「はい。社務所に声をかければいいんですよね。どうぞ、遅くなりますから」
「そう? 悪いね。じゃ史さん」

 史は窓から離れると、入口近くにいた義雄と武志に近づいた。

「義雄さん、きょうは来てくれて本当にありがとうございました。じゃ、武志さん、お言葉に甘えて、お先しますね。御機嫌よう」

 史は、お辞儀をすると、小熊の後について部屋を出た。ストーブの石炭が切れかかってきたのか、時折カン、カンという金属が収縮するときの音がしている。


「……いやいやいや、まいったんでないかい」

 押し黙ったままの義雄の様子を伺っていた武志が、おどけたように言った。

「……全くさ。部屋に入るったって、あの雰囲気じゃ入れないべさ」

 義雄の表情は変わらない。

「……あのさ。知ってる? ここの、常磐公園のボートってさ、アベックで乗ると、別れちゃうんだって。あ、いっけね……」
「……そう、気ぃつかわないでいいべさ」

 立ったままだった義雄が椅子にかけながら言った。

「何よ」
「いくら鈍感な俺だって分かるっしょ。あの会話聴いてりゃさ。……史さん、小熊さんのこと好きだったんだな。ものすごーく」
「……うん。まあな」

 武志も腰を掛けた。

「しかもかなり前からさ、ずっと好きだったんだわ」
「……そうかもね」
「で、せめて自分の気持ち、伝えておこうってさ」
「……そだねえ」
「もしかしたら、二人きりになることって、もうないかもしれないしさ」
「……うん、ま、そういうことなんだべな。……あれ、お前……」

 武志はうつむいている義雄の顔を下から覗き込んだ。

「泣いてるんかい?」

 目が赤くなっている。

「……したってさ。史さんの気持ち考えたらさ。可哀想だべさ」
「……うん。……ま、俺はお前の方が可哀想だけどね」
「……うん、俺も史さんと同じくらい悲しい」

 再び下を向いてしまった義雄の横で武志は思案顔である。すると、あのさと言って立ち上がった。

「俺、歌作ったんだけど、聞いてくれる?」
「え、なに、歌ってなにさ。短歌のこと? なんでお前が?」
「いいじゃん。浮かんだのよ。歌。武志作」

 いいかと言うと、武志は一言一言確かめるようにして自作の歌を披露し始めた。

「慰めの……言葉探すも見つからず……。ここまでいいか?」
「うん」
「……初恋やぶれし……友よ許せよ」
「え?」
「だから。慰めの 言葉探すも見つからず 初恋やぶれし 友よ許せよ」

 とたんに義雄が吹き出した。

「なんなのよそれ、全然歌じゃねーべ」
「え、歌じゃん」
「歌じゃねーって。普通の会話、五七五七七にしてるだけだべさ。ほんとお前って」
「何よ」
「初恋やぶれし友よ許せよ、って、なんだよそれ。ククク」

 義雄が笑い出したのを見て、武志は少し安心したようだ。

「……腹減ったな。どっか食いに行こうか」
「お、いいね。どこ行く? お前の好きなとこでいいよ」
「……ヤマニでライスカレーかな」
「おお、こないだ大将が始めた奴な。うん、じゃ行くべ」

 二人は、社務所に声をかけに行く途中もじゃれ合っている。

「ライスカレー、武志のおごりな」
「え、なんでよ」
「当然だろ。友よ許せよって謝ってんだから」
「なによそれ、意味わかんねーし」






第五章 


 十二月に入ると、いよいよ北海道らしい激しい吹雪がつづいた。
 土地に生れ育った人々が、落ち付きはらって冬に籠り、当り前の事として毎日の雪を眺め、平気に凌いで行くのが羨ましかった。
 折から、大正天皇御不例(ごふれい)の報が、しきりにきこえて、伝導の仕どころの無い毎日の屈(くぐ)んだ心の中に、かなしく積っていくのであった。
 神去りました知らせを受けた夜は、殊に寒く、絶えず父の勤めさきからかかる電話を待って、誰も寝るどころではなく、黙りあって座って居た。馬橇の鈴の音ひとつ聞えない、くらい夜であった。

              (齋藤史 散文集「春寒記」から「師走の思い出」)



 そしてわずか一週間の昭和元年が過ぎ、年が明け、昭和二年となった。




昭和二年三月 カフェー・ヤマニ


 
 カフェー・ヤマニのある師団道路は、旭川一の目抜き通りである。北北西の方向に伸びる通りは途中でさらに西方向に折れ、常盤橋と旭橋を経て第七師団のある近文地区に至る。
 
 旭川の街の始まりのころ、この道は村外れの田舎道の一つに過ぎなかった。それが賑わいを見せるようになったのは、明治三十一年、通りの起点の位置に道央と結ぶ鉄道の拠点、旭川停車場が設けられたためである。

 その後、稚内や網走、富良野方面にも鉄路が伸びると、旭川の商圏は一気に拡大する。札幌や小樽、さらには本州からも大勢の商人が流入し、通りにはさまざまな商店が軒を構えた。衣類から日用品、薬や食品、書籍、時計、眼鏡など、ここに来れば大概のものは手に入る。最近では、東京銀座の銀ブラに倣い、師団道路をブラブラ、団ブラという言葉も使われ出した。

 そうした人出の増加を見込み、中心部には各種の飲食店も急増した。ただこちらは二条から五条辺りの条通りやその仲通りに多く、師団道路にある店は意外に少ない。ヤマニは、先代の食堂時代から、この数少ない目抜き通りに面した飲食店の代表格である。

 そのヤマニ。今は、昼の喫茶営業の時間で、カウンターでは店主の速田が手持ちぶさたにしている。少し離れたテーブルには、制服姿の義雄が新聞を読んでいる。その義雄をせかすように声をかけたのはボーイ姿の武志である。

「あのさ、駅いかないの?」
「……うん」
「うんじゃねーよ。史さんの出発、そろそろだべさ?」
「……うん」
「あのさ!」

 武志がじれったそうに声を上げた時、義雄が新聞の記事を指差した。

「『熊本第六師団旅団長に栄転の齋藤参謀長御一家、きょう旭川を出発』。新聞にまで書いてあるんだもの。どうせ行ったって物凄い人なんだろ。おれなんか行ってもしょうがないべさ」
「でもさ。気持ち伝えておいた方がいいんじゃない? 後悔するよ」
「いいのよ。もう俺は踏ん切りがついたんだから」

 そう言いながらも浮かない顔の義雄の様子が武志には気に入らない。

「踏ん切りって何よ」
「踏ん切りは踏ん切りっしょ。だいたいさ、思うんだよね、どうかしてたんじゃないかって。よく考えたら、そんなすげえいい女かなーとか、思ってさ」
「お前だよ。ここで。天使が舞い降りた、とか言ってたやつ。まさに、この場所で」

 思わず身振り手振りが伴う。

「いやいや、天使って。ついそういう言葉が浮かんだだけなんだわ。俺、いちおう詩も書いてるしさ。まあ普通に考えたら、言い過ぎだよな。そうそう天使って言える人、いないしさ。ま、どうにかすることって、あるじゃない。誰でもさ。それによく考えたら、史さん、結構、気が強い感じだし……」

 義雄の話の途中で、速田と武志がクスクスと笑い出した。

「……え、何笑ってるの。なにさ大将まで」

 当惑している義雄に、後ろから声をかけたのは史である。

「気が強いって、どなたの事ですの?」

 細かな花模様の紺のワンピース。ボーカラーの長い襟をリボンのように胸の前で蝶結びしているのが、大柄な史によく似合っている。義雄がなにやら弁明をしている間に店に入ってきたらしい。

「いやいや気が強いっては、そういう意味ではなくて。あの、あれでして。……いや、そ、それより、どうしたんですか、だ、だ、だって、きょうは……」

 また北修のようになっている。

「ええ、でも最後にヤマニの美味しいコーヒーを飲んでおかなくちゃと思って。そしたら親父様まで」

 史が涼しい顔で答えると、遅れて瀏が店に入ってきた。軍服姿。外に車を待たせているらしい。

「……ああ、わかっとる。すぐに戻るから、少し待っていてくれ。……おお、義雄君。それに……」
「あ、武志です」
「ああ、そうだ武志君。君らにも世話になった。ここでは、酒はよく飲んだが、コーヒーは飲んだことがなくってね」
「大将、お願いできるかしら。わたくしと親父様と」

 史は速田に声をかけると、瀏とともにカウンター前のテーブルについた。

「よござんすよ。お二人に最後に飲んでいただけるなんて、光栄の限りです」

 武志が運んできた水を飲むと、父娘(ふたり)はそれぞれ名残惜しそうに店内を眺めた。史が店に入ってきた段階でもう察したのか、速田はいち早くコーヒーの準備を始めていたようだ。すぐにドリップされたコーヒーがほろ苦い香りを立て始めた。

「来ていただいたのはうれしいんですが、お時間は大丈夫なんですか? 駅で皆さん待っておられるのでは」

 淹れたてのコーヒーをカップに移しながら速田が尋ねた。

「いやいや、どうせ固い挨拶ばかりだから、あまり早くいきたくないというのが本音なんだ」
「歌話会の皆さんには、先日、送別の歌会を開いてもらったんです。その時に御挨拶させていただきました」

 ともに肩幅のあるがっしりとした体躯に丸顔。こうして並ぶと父娘(ふたり)はよく似ている。さっぱりとした性格も含め、史は父親から多くを受け継いでいる。

 速田はそういうことなんですねと返すと、近づいてきた武志に手で大丈夫と合図をし、自らコーヒーをテーブルに運んだ。

「大将に、自ら運んでいただくなんて」
「光栄だな。ではいただこう」

 瀏はカップを持ち上げて香りを確かめると、ゆっくりと口に近づけ、コーヒーを味わい始めた。時折うんうんと頷いている。
 史は、スプーンで一つ砂糖を入れてかき回した後、やはり一口一口確かめるようにしながら飲んでいる。


「……ああ、やっぱりおいしい。わたくし、ここのコーヒーの味は忘れません」
「うん。こんなうまいコーヒーがヤマニにあったとは。知らないでいて損をした気分だな。ますます旭川に思いが残る」

「熊本へは直接行かれるのですか?」

 テーブルから少し離れたところで二人を見守るようにしていた速田が尋ねた。

「はい。親父様は直接。わたくしと母は、東京の親戚のところに寄ってから向かうことにしています」
「向こうはもう暖かいんでしょうね」
「そうですね。もう桜が始まっているんじゃないかしら。着いたときは、もう見られないかも」
「そうか。九州はもう経験済なんですね」
「はい。ここと同じで二度目です」

 黙ってコーヒーを味わっていた瀏が、奥のテーブルにいる義雄に目を向けた。

「……そうだ、義雄君」

 義雄は、はいと言って居住まいを正す。

「小熊君といっしょで、君も専門は詩らしいが、ぜひ短歌も続けてほしい。特に歌話会に君のような若い人が加わっていることはよいことだ。期待しているよ」
「はい。ありがとうございます」
「それじゃ、あわただしいが、そろそろ行かねば」

 コーヒーを飲み終えた瀏が立ち上がった。釣りはいらないと言って速田に札を渡し、おいと史に声をかける。

「申し訳ありません。先に車に乗ってらしてください。すぐ行きますから」

 なにかやり残したことでもあるのだろう、そう察した瀏は軽くうなずくと、ゆっくりと外に向かった。

「では御一同、お世話になりました。お達者で」

 敬礼をした瀏は、義雄らが立ち上がって見送る中を去っていく。
 瀏が外に出ると、一緒に立ち上がっていた史が義雄の方を向いた。

「義雄さん。短い間でしたけど、本当にありがとうございました」
「いえ、とんでもないです」
「わたくし、この三か月、自分の使命って何なんだろうって考えていたんです」
「使命……ですか?」
「ええ。小熊さんに言われたんです。『あなたには、あなたの使命がある』って」

 史は少しうつむくと、言葉を選びながら続けた。

「そうしたら、わたくしにとって大切なのは、毎日のなにげない暮らしや周りの方々との関わりのように思えてきました。ですから、これからはそうした日常や周りの人たちとの関わりの中で生まれてくる言葉とともに生きていこうと思います」

 史はそう言うと、再び義雄に顔を向けた。

「生意気な言い方ですが、義雄さんは、人にはない感性をお持ちの方と思います。創作がそうなのかはわかりませんが、義雄さんもきっとご自分の使命を全うされていくんだろうなって思います」

 義雄は溢れそうになる思いを抑えながら応えた。

「……ありがとうございます。僕の方こそお世話になりました。史さんもお元気でいて下さい」

 義雄が頭を下げると、史もならった。

「……行かなくては」

 史はテーブルに置いてあった上着とハンドバッグを手に取ると、店にいる三人の方を向いた。

「それでは皆さま、御機嫌よう」

 史は少し早足で入口のドアに向かうと、レジの横で足を止めた。そして名残惜しそうに店内を見渡すと、外に出た。
 見上げると、いつの間にか、厚く黒い雲が空を覆っている。



                 ***



(夢の続き、あるいはその後の物語・実在の人物その一)


齋藤瀏… 

 昭和四年、第二歌集「霧華(きばな)」を出版。翌年、予備役となり、軍務から離れ東京に住む。昭和十一年、二・二六事件で決起した青年将校を支援したとして拘束され、禁固五年の判決を受けて下獄する。終戦間際に故郷である長野に疎開。戦後もそのまま居住した。昭和二十八年、七十四歳で死去。


齋藤史…

 二・二六事件では、旭川の北鎮小学校で幼なじみだった二人の青年将校が処刑され、父、瀏も禁固刑を受ける。以来、事件は、史の創作上の大きなテーマとなった。昭和十五年、第一歌集「魚歌(ぎょか)」を上梓。以来、歌壇の中心として活躍。現代短歌大賞など多くの文学賞を受賞した。平成十四年、九十三才で死去。



(後半に続く) 




<注釈・第四章>


* 常磐公園(ときわこうえん)
・ 1916(大正5)年に開園した旭川初の都市公園。今も市民の憩いの場として親しまれている。地域名は「盤」、公園名は「磐」の字を使う。

* 上川神社頓宮
・ 今のような手頃なイベントスペースが街中になかった時代には、この頓宮や寺院などがさまざまな団体の会合に使われた。旭川歌話会が頓宮で開催されたことはないが、そうした事実を伝えたく、あえて開催場所とした。



上川神社頓宮(昭和2年)

* 霧華(きばな)
・ 凍てついた朝、霧が草や木に付いて凍った姿を指す齋藤瀏による造語。旭川歌話会の合同歌集および瀏の第2歌集のタイトルでもある。旭川の銘菓「き花」のネーミングは、この言葉を元にしている。


旭川歌話会合同歌集「霧華」

* 牛朱別川(うしゅべつがわ)
・ 旭川と、北隣りの当麻町を流れる石狩川支流の一級河川。昭和初期、洪水対策として、旭川中心部で流路を変える大規模な切り替え工事が行われた。

* 旭橋

・ 川の街、旭川を象徴する橋。初代は1904(明治37)年、北海道で2つ目の鋼鉄橋として誕生。1932(昭和7)年架橋の2代目旭橋は、北海道3大名橋の一つで、美しいアーチで知られる。


初代旭橋

* 常盤橋(ときわばし)
・ 昭和初期に行われた牛朱別川(うしゅべつがわ)の流れを変える切替工事の前、今の常盤ロータリーの場所にあった橋。旭橋と並び、中心部と師団のある近文地区を結ぶ重要な橋だった。


常盤橋(昭和5年頃)

* 衛戍地(えいじゅち)分離独立案
・ 旭川町からの分離独立も辞さないという陸軍第七師団の強硬姿勢を示したプラン。新しい遊郭の設置計画に対する強硬な反対姿勢など、当時の旭川町の町政運営に対し、不満を募らせていた師団が嫌がらせ的に無理難題を持ちかけたという側面もある。

* 区
・ 本州の市に準じる当時の北海道独自の行政単位。北海道で市が誕生するのは1922年(大正11)年まで待たねばならなかった。

* 上川神社
・ 上川地方および旭川の鎮守として、1893(明治26)年に創設された。

* 軍人歌人
・ 陸軍将校であり、歌人でもあった齋藤瀏を指して言った言葉。

* 酒井会長
・ 実際の旭川歌話会は、発足時、会長は置かなかった。酒井廣治(さかいひろじ)は齋藤瀏らとともに顧問を務めた。

* 長髪の小熊秀雄が加わりて・・・
・ 齋藤史の作品だが、作ったのはゴールデンエイジ期ではなく晩年。旭川時代を振り返っての歌。

* 美術展に来られた小学校の先生
・ 当時、神居小学校の音楽教師だった崎本(さきもと)つね子のこと。会場で知り合った小熊とつね子は、翌1925(大正14)年2月に結婚する。



独身時代のつね子

* わたくし、そろそろ旭川を
・ 実際には軍人である父の異動を匂わすことはないと思われるが、あえてこうしたやり取りとした。ただし瀏の異動については、この場面の前年である1925(大正14)年11月、小樽新聞に少将への昇進が内定したという記事が掲載されている。このため、異動先は不明なものの、周囲には翌春には旭川から去ると受け止められたはずである。

* 常磐公園のボート
・ いつの頃から言われたかは定かではないが、筆者が小学生〜高校生の頃、常磐公園でボート乗りを楽しんだアベックはその後別れる、といった趣旨の話をよく耳にした。



常磐公園のボート遊び(大正末か)



<注釈・第五章>


* 旭川停車場
・1898(明治31)年、北海道官設鉄道上川線の駅として開業した旭川の玄関口。現在の駅舎は4代目。

* 熊本第六師団

・ 旧陸軍の師団の一つ。熊本、大分、宮崎、鹿児島の南九州の出身兵士で編成された。司令部は熊本市に置かれた。

* 旅団長
・ 旅団は日本陸軍の編成の一つで、師団より小さく、連隊より大きい(旅団には2つの歩兵連隊が属し、師団には2つの旅団が属した)。旅団長はその指揮官。

* 送別の歌会
・ 1927(昭和2)年3月に開催された旭川歌話会の歌会のこと。会の立ち上げに参加した齋藤瀏の熊本への異動が決まったため開かれた。



送別歌会の出席者(最前列に齋藤父娘。最後列に小熊がいる)

* 予備役
・軍隊の構成員のうち、現役を終えたり、退いたりした要員。一定期間、有事には現役招集される。

* 二・二六事件
・ 1936(昭和11)年に起きた陸軍青年将校によるクーデター未遂事件。旭川は、陸軍第七師団の本拠地であったことから襲撃した側、された側ともに多くの関係者がいる。

* 栗原安秀・坂井直 くりはらやすひで・さかいなおし
・ 旭川の北鎮小学校で史の幼馴染みだった陸軍将校。二・二六事件で決起し、ともに事件後、銃殺刑に処された。

* 「魚歌(ぎょか)」
・ 1940(昭和15)年8月に刊行された齋藤史の第1歌集。装丁は版画家の棟方志功(むなかたしこう)。新進歌人としての史の評価を定めた。「魚歌」とはつたない歌という意味。

* 現代短歌大賞
・ 現代歌人協会が主催する短歌賞。1年間に刊行された歌集や短歌に関する著作のなかからもっとも優れたものを選ぶ。







小説版「旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」第二章・第三章

2022-08-28 11:30:00 | 郷土史エピソード
<はじめに>




前回から掲載を始めた「小説版 旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」。
今回は第二章と第三章。
いよいよ物語の主要舞台になるカフェー・ヤマニの登場です。
ヤマニは大正末〜昭和初期の旭川に実際にあったお店です。
この物語の頃のヤマニはまだ食堂時代から続く和風建築のままですが、昭和5年には第二章にも登場する名建築家、田上義也の手によって、斬新なデザインのファサード(外壁)が取り付けられ、魔法のようにモダンな姿に変身します。
また店長の速田も登場する時代が早すぎたと思えるくらい鋭い経営感覚を持った魅力的な人物です。
物語では、そんなヤマニに右翼とアナキストの2つの団体の人物が現れ、なにやら剣呑な雰囲気が漂います。
そして第三章では、この物語の前半のヒロインであるのちの歌人、齋藤史が登場します。

それでは今回も最後までお付き合いください。





                   **********




第二章 大正十四年八月 カフェー・ヤマニ



こゝに理想の煉瓦を積み
こゝに自由のせきを切り 
こゝに生命(いのち)の畦(あぜ)をつくる
つかれて寝汗掻くまでに
夢の中でも耕やさん

              (小熊秀雄 「無題(遺稿)」




 北海道の中央部に広がる上川盆地は、大雪山系(たいせつさんけい)の山々を源とする大小の河川が作る沖積平野である。
 上川とは、文字通り川の上流を意味する。その川とは北海道を代表する大河、石狩川である。山々から流れ込む大小の河川は、盆地を進む中で合流して一つにまとまり、盆地南西部から硬い岩盤の山地を貫ぬく渓谷、神居古潭(かむいこたん)を経て空知(そらち)平野に至り、さらに遠く石狩河口へと向かう。

 その上川盆地の最大の特徴は、調和の取れた美しい景観にある。概して盆地地形は、山に囲まれた安定感の反面、ある種の息苦しさを生む。ところが上川盆地の東にそびえる大雪(たいせつ)の山々は、二千メートル級の高山であるにも関わらず威圧感はない。中心市街地から四・五十キロ離れているためである。一方、他の方角の山々は街のすぐ脇にあるが、標高は低く姿もやさしい。
 東の雄大かつ荘厳な山塊に、他の方角の親しみのある山地。この独特の景観を持つ上川盆地に、北海道内陸部の開発拠点を設けようという構想が持ち上がったのが、明治十年代である。

 二十年代に入ると、道央から上川に向かう道路が建設されるなど、計画は具体化が進む。明治二十三年には、アメリカ、ミシガン大学で学んだ北海道庁技師、時任静一(ときとうせいいち)が市街地候補の三か所の測量を命じられ、街づくりの基礎となる区画割を作成した。現在、旭川の中心部となっているのは、石狩川と忠別川(ちゅうべつがわ)に挟まれた当初第三市街地とされた場所で、碁盤の目状の整然とした町並みが広がっている。

 その碁盤の目の中で、ほぼ東西に設けられた条通のうち、一、四、七の各条通は、他の通の幅が十一間(約二十メートル)なのに対し、十五間(約二十七・三メートル)と広い。その主要道路の一つ、四条通と、駅前から北に伸びるメインストリート、師団道路の交点に当たる四条通八丁目角にあるのがカフェー・ヤマニである。

 旭川一のカフェーの名店とされるこの店は、明治四十四年、同地で開業したヤマニ旭館(あさひかん)食堂が前身である。店主は、先月、二十三歳になったばかりの速田弘(はやたひろし)。屋号のもととなった父親の仁市郎(にいちろう)から店を受け継いだのは三年前のこと。時流を見てビヤホールに改装すると、二年前にはカフェーへと転身させた。

 その速田は、地元では「旭川一のモボ」、「ヤマニの大将」、「ヤマニの兄貴」などと称されている。中肉中背、細面で、頭はオールバックに固めてある。舶来の赤いベストに黒の蝶ネクタイ、吊りズボンがいつものスタイルだ。


 四十席余りの広い店内では、半年ほど前から始めた女給連によるミニショーが終わったばかり。ショーの監督でもある速田が戻ってくるのをカウンター脇で迎えたのは、師範学校生の塚本武志である。白シャツに蝶ネクタイ、前掛けをしている。

「大将、お疲れ様でした」
「おお、ありがとう。武志君、君もボーイ姿が様になってきたね」
「ここでお手伝いを始めてもう一か月ですから」
「でもいいのかい? 学校のほうは」
「大丈夫ですよ。大将の弟子してるだけで社会勉強になりますから」
「ま、うちは人手が足りないで助かるんだけどさ」

 そう言って速田が武志の肩をポンと叩いた時、ガランガランと入り口の鐘が鳴って三人連れが入ってきた。画家の高橋北修、詩人で新聞記者の小熊秀雄、そして武志の親友、渡部義雄。

「これは、これは、北修さん。あれ、小熊さんは上京したと聞いていましたが?」

 目ざとく寄っていった速田がそう声をかけると、いつもの背広姿の北修がおどけたように言った。

「それが、また戻ってきちまったのよ。今度は……んー、三か月か」

 小熊が二度目の上京を企てたのはこの年の春のことである。前年に開かれた旭ビルディングの美術展会場で知り合った二歳年下の小学校教師と結婚したのが二月。そして二人連れ立って東京で新生活を始めたが、やはり詩や小説などの作品は売れず、新妻のなけなしの蓄えもほどなく尽きて旭川に戻った。

「まあヤマニが恋しくて帰ってきたってとこさ。それより紹介するよ。渡部義雄君。我が詩人の集いに参加したての有望株さ。こっちは旭川カフェー界の風雲児、ヤマニの大将こと速田弘御大だ」

 この日は背広姿の小熊に紹介されると、ぺこりと義雄が頭を下げる。

「渡部です。はじめまして」
「速田です。あなたのことは武志君から聞いてましたよ。ま、ここはお酒を飲まない人も来るところだから、たまに顔みせて下さい」
「きょうは我が愛する旭川の精鋭たちに、義雄君を引き合わせようと思ってね。ああ喜伝司とはたまたまそこで会っただけさ。じゃ俺は先に」

 そう言って小熊が奥のテーブルに向かうと、北修が口をとがらせた。

「どうせ俺は部外者よ」
「そうだ、北修さん。時間あります? 今度やるショーで手伝ってもらいたいことがありまして。良かったら奥に」

 北修は、東京で絵の修業をしていた時、大きな看板屋に勤めていて、たまに舞台装置の制作にも関わっていた。なので、ヤマニのショーで書き割りなどを使う際、制作を依頼されていた。

「おお、いいよ。大将の頼みとあらば、なんなりと」

 二人がカウンター裏の事務室に消えると、いつの間に寄って来たのか、武志が義雄の上着の裾を引っ張った。

「なしたのさ、お前。こんなところに来て」
「詩の集まりがあるからって小熊さんに呼ばれたのさ。それにお前のことも気になってたし。……それにしてもここ、さすが旭川一のカフェーだな」
 
 義雄は趣味の良い椅子やテーブルが並んだ店内を見渡した。

「そりゃそうよ。ここの大将は何をやってもセンスがいいのさ」
「お前はさ、なんでも影響されやすいんだから。……まあいいや。ここって旭川の文化人のたまり場なんだろ? どういう人が来んの?」
「教えてやるかい」
「え、お前。そういう人たちのこと、知ってんの?」
「当たり前っしょ」

 そう言うと、武志は一段高くなっているカウンター脇に義雄を連れていき、説明を始めた。

「まずあのテーブル席の三人。一番右は町井八郎さん。東京音楽学校を出た音楽の先生で、近くで楽器店もやってる。真ん中は札幌の人で田上義也(たのうえよしや)さん。有名な建築家だけど、バイオリンの名手で、旭川でも何度か演奏会を開いてるんだわ。で、この二人を結びつけたのが、左にいる竹内武夫さん。北海タイムズの支局長さん。実はうちの大将もチェロを弾くんで、この三人とは仲良しなのさ」

 まるで我が事のように誇らしげに言うと、武志は続けた。

「で、あそこの席なんだけど、いまタバコを吸ってるのが加藤顕清(けんせい)さん。東京美術学校を出た彫刻家さん。住んでいるのは東京だけど、ときどき旭川に戻ってきてる。眼鏡をかけているのは、歌人の酒井廣治(ひろじ)さん。東京時代は北原白秋の一番弟子と呼ばれた人で、旭川を代表する実業家でもある。そしてその隣でニコニコしている着物の人は佐藤市太郎さん。速田さんはヤマニの大将だけど、佐藤さんは活動写真館、神田館の大将。旭川以外にもいろんなところで活動写真館を経営してるのよ」
「そうなんだ。すげーな」

 義雄の声が高くなる。

 武志が解説した通り、旭川一の目抜き通りにあるヤマニには、連日のように多彩な顔ぶれの文化人、経済人が詰めかけている。その中心は、今や街づくりの主役となった開拓二世である。多くは北海道生まれで、文芸や音楽、美術といった文化活動に熱心な人物も少なくなかった。

 そんな地元の文化人のリーダー格として活躍していたのが、自らも小樽生まれの開拓二世の小熊である。その小熊の甲高い声が奥のボックス席から響いた。

「おーい、義雄くん。そろそろ来いよ」
「あ、すぐ行きます。武志、したっけな」

 そう言い残して義雄が向かった席には、小熊のほかに同年輩の三人の若者がいた。

「彼が話をしていた渡部君だ。こっちが鈴木政輝(まさてる)くん。東京の日大に進学して、今帰省中。こっちは今野大力(だいりき)くん。郵便局で働いてる。栄寿は……あ、美術展の時に会ってるか」

 先に紹介された二人は、軽く義雄に会釈をした。久しぶりといったように手を上げたのは小池栄寿である。政輝と栄寿は二十歳。大力は二十一歳。いずれも小熊と政輝が中心となって始めた詩誌「円筒帽(えんとうぼう)」の同人である。

「渡部君、詩はいつごろから?」

 書生姿で、浅黒い精悍な顔付きの政輝が義雄に聞いた。

「半年ほど前からです。でもまだ自分の思いをどう表現していいか、わかんなくて……」
「まあ、そういう時期は悩まずどんどん書くべきだと思うな。そうすれば自然と形ができてくる。なあ?」

 政輝が振った大力は、詰め襟の制服を着ている。

「いや、僕もまだ自分の気持ちにふさわしい言葉が何日も出てこないことがあります」

 それを聞いて、小熊が大げさにうなずいた。

「なるほどねえ。でも珍しいな。大力がこういう席に出てくるのは」
「いえ、鈴木君が帰ってきていると聞いたもんで……」
「そうかそうか。諸君、これが今野大力だよ。友のためにあえて苦手な場にも出てくる。人間性だね」
「そんなことないですから……」

 と、大力が坊主頭を掻いた時、入り口の鐘の音とともに大きな声が響いた。

「あの、すみません。困ります」
「いーから、ここに入っていくのを見た奴がいるんだよ」

 そう言って武志を押しのけるようにして入ってきたのは三人の男である。いずれも襟に旭川極粋会(きょくすいかい)の文字が入った揃いの法被を着ている。そして、少し遅れて白の麻の上下を着た大柄な男が現れた。

 旭川極粋会は、一年前に市内の有力者が中心となって結成した国粋主義の団体である。
 明治三十年代、都市機能の整備を待ち、陸軍第七師団は、一時的に置かれていた札幌から旭川に移駐した。三十三年からほぼ丸二年かけて行われた移駐では、司令部を始め、札幌に留め置かれた一つの歩兵連隊を除くほぼすべての部隊、病院や刑務所などの組織が旭川に移された。
 ちなみに第七師団の「七」は「なな」ではなく「しち」と呼ぶ。明治二十九年、宮中で行われた初代師団長、永山武四郎(ながやまたけしろう)の任命式が行われた際、明治天皇が「だいしちしだん」と呼んだためで、以来、この呼称が使われている。
 こうして七師団(しちしだん)の本拠地となった旭川には、その後、少なくない数の右翼団体ができた。極粋会はそれらをまとめる上部組織として位置付けられている。

「営業中なんですよ。困ります」

 法被姿の三人は、止めようとする武志に罵声を浴びせ、店の中央まで進んできた。

「うるっせーんだよ」

 それぞれの席で客を接待していた女給のなかには、驚いて声を上げるものもいる。
 その時、カウンター脇の事務所のドアが開き、速田と北修が現れた。

「武志君、どうしたの? その方たちは?」
「すみません、大将。なんか探してる人がいるって……」

 武志の言葉にかぶせるように、法被姿の三人のうちスキンヘッドの男が速田に近づいた。

「おう、黒色(こくしょく)青年同盟の梅原って奴な。ここにいるはずなんだわ。出してもらおうか」
「梅原さん? 何かの間違いじゃないですか。ここにはそんな人いませんよ」

 速田が怪訝そうな顔をすると、吊り目が特徴の小柄な男が吠えた。

「このたくらんけがあ。ここに入るのを見た奴がいんだよ」

 客の一部は、あわてて帰り支度を始め出した。その時、麻の上下が三人を制して前に出た。旭川極粋会の現場責任者を務める片岡愛次郎である。

「まあ、ちょっと待て。……速田さんですよね。極粋会行動部長の片岡です。実は、無政府主義者の一味がいましてね。そこの梅原って男が、ある町工場(まちこうば)で悪さしたんですよ」
「そうなんですか。で?」
「うちの若い者が話をしようとしたら逃げましてね。で、探していたら、この店に、というわけなんです。お引渡し願えないですかね」
「でも、そういう方はいませんのでねえ」
 
 速田の表情は変わらない。

「速田さん。ご存じだと思うが、うちは純粋な愛国者の善意で支えられている団体だ。一方、黒色青年同盟っていうのは、アナキスト。危険な連中です。ご理解いただけませんか」

 片岡の言うように、黒色青年同盟は、二年前に東京で結成された無政府主義者の全国組織である。一年前には、北海道でも旭川や小樽に地方組織ができた。

「おう、行動部長がこうやって言ってんだ。さっさと出せよ」

 吊り目が突っかかったとき、奥の席にいた小熊が、ひとつ首をぐるんと回すと声を上げた。

「あーあ、今日日(きょうび)の蠅は、飛び回るだけじゃなく、ギャーギャー喚くようになったんかね。うるさくってしょーがねえな」

 それに呼応したのは、カウンターの脇にいた北修である。

「あのよ、お前ら極粋会ってのはあれだろ、辻川のとっつぁんが会長なんだよな」
 
 そうですがと片岡が答える。

「辻川泰吉(やすきち)といやあ、元は博徒の顔役。今は足を洗って旭川有数の実業家よ。そうだよな」
「おっしゃる通り」
「ただな。俺の知っているとっつぁんは、昔から堅気の衆を困らせるようなやり方は嫌いだったはずだ。だからよ」

 そう言って、北修が小熊を見る。喧嘩もするが、こうした時の二人の呼吸は絶妙である。

「おー分かった。なんなら俺が使いになろうか。そのとっつぁんとやらに来てもらうんだろ」

 席を離れて寄ってきた小熊を見ながら北修が言った。

「ま、こいつらの出方次第だけどな」

 二人の参入に意表を突かれたのか、法被姿の三人はどうしたものかと顔を見合わせている。

「……画家の高橋北修先生ですよね。会長の名前を出されちゃ、ことを荒立てるわけにはいきませんわな」

 ポケットに両手を入れたままの片岡は、苦笑しながらそう言うと、速田に顔を向けた。

「……まあ、今日のところは引き上げることにしましょう。ただね速田さん。梅原ってのは、東京から流れてきた男だが、すこぶる問題のある奴なんだ。見かけた時は、ぜひ知らせてほしい」

 片岡は部下の三人に行くぞと声をかけ、歩き始めた。三人は会計のところにいるボーイを威嚇しながら片岡を追ってゆく。


「すみません、なんか関わらせてしまって」

 極粋会の四人が店の外に出たことを確認した速田が、小熊と北修に頭を下げた。

「いーってことよ。それより武志も頑張ってたんじゃないか。やめてください、営業中でーす、なんてさ」

 北修がカウンターにいる武志をからかうと、小熊とともに奥の席から出てきていた栄寿と政輝が言った。

「……あれ、武志君、なんか服変わってない?」
「あと、いつの間に義雄君、そっちに行ったの?」
「えーと、それは、訳があって……」
「あ、ぼくも、武志に言われて……」

カウンターには義雄もいて、何故かともにもじもじしている。その時、小熊が声を上げた。

「二人とも、もういいんじゃないか。そこで金庫番みたいに頑張っていたらばればれだよ。梅原さんとやら、出ておいでよ」

 カウンターの後ろの棚には、品揃えでは北海道でも負ける店はないと速田が自慢する各種の酒が並んでいる。その棚を背にした武志と義雄の間から、長髪の若い男が立ち上がった。黒ズボンに白シャツのボーイの格好をしている。黒色青年同盟旭川支部長の梅原竜也(たつや)である。

「黒色青年同盟の梅原と申します」

 武志があわてて説明を始める。

「あの、さっき大将にカウンターの下にこの人がいるから、そばに立ってれって。で、もし見つかった時、ごまかせるかもしれないんで、服も交換して……。あと一人で不安だったんで、義雄にも来てもらいました」
「店の裏にこの人がいましてね。何か訳ありだったんで、入ってもらったんです。さ、こっちにおいでなさい」

 速田にうながされてカウンターを出た梅原は、店の中央まで進み、深々と頭を下げた。

「皆さん、ご迷惑をおかけしました。普段は、できるだけ仲間と一緒にいるようにしているんですが……」

 と、栄寿の隣にいた大力が声を上げた。

「……あの、すみません。ひとつ聞いていいですか?」
「ああ、はい」
「東京からきたと聞きましたが?」
「はい。その通りで」
「では、震災の時に殺された大杉栄や伊藤野枝(のえ)と関係があったのではないですか?」

 梅原は少し考えると、うなずいた。

「……そうですね。彼等ととても近い所にいたのは確かです」
「じゃ旭川には?」
「……向こうでは日々監視の目がきつくなっていましてね……」

 そうですか、ありがとうございましたと頭を下げた大力が席に戻ると、梅原が速田を見た。

「……では私はそろそろ」
「お仲間を呼んだ方がいいんじゃないですか。連中、まだうろうろしてるかも」
「いえ、大丈夫です。それに、これ以上迷惑は……」

 速田がでもと言いかけた時、カウンター脇の椅子に座って話を聞いていた小熊が声を上げた。

「大将、本人が言ってんだから、無理に引き止めなくてもいいじゃない」

 立ち上がって梅原の前に出る。

「それより梅原さん。さっき片岡なにがしが言ってた話だけど、俺の耳にも入ってるよ。労働争議に割り込んで、あんた町工場の社長を何日も大勢で囲んて吊し上げたそうじゃない。俺は、労働運動の意義は認めるが、それじゃ暴力だ」

 問われた梅原はふっとひとつ息を吐くと、小熊の目を見た。

「小熊さんでしたよね。失礼ですが、社会改革ってのは、情が入っちゃ駄目なんですよ。特にこの旭川は、陸軍師団の城下町だ。軍関係者や右翼団体が街を闊歩してる。我々も時には非情にならなければならないんです」
「だとしても……」

 梅原の言葉に次第に熱がこもっていく。

「私はね、理念は語ったものの何も反撃しないで嬲り殺された大杉や伊藤とは違う道を行こうと旭川にやってきたんです。ここで私は逆襲の足がかりを作るつもりなんだ。だからこそ私は……」

 そこまで言うと、梅原は店内中の人の目が自分に注がれているのに気づいた。

「……失礼。仲間が待ってますので」

 再び深く頭を下げると、梅原は急ぎ足で店を出ていく。


 ガランガランと鐘の音がしたあと、北修がおどけたように言った。

「……右翼にアナキスト、師団通はにぎやかだねえ」
「詩人に絵描き、女給に社長。まだまだいるよ。だから世の中は面白い。なあ君たち」

 小熊がカウンターの二人にそう振ると、義雄がとまどいながら答えた。

「え? あ。そうかもしれません。なあ」

 と同意を求めた時、武志が素っ頓狂な声を上げた。

「あ!」
「何? どうした?」
「……あの人、俺の服着たまま行っちゃった!」





第三章 大正十五年七月 カフェー・ヤマニ


あかしやの金(きん)と赤とがちるぞえな。
かはたれの秋の光にちるぞえな。
片恋(かたこひ)の薄着のねるのわがうれひ
「曳舟(ひきふね)」の水のほとりをゆくころを。
やはらかな君が吐息のちるぞえな。
あかしやの金と赤とがちるぞえな。
                (北原白秋「片恋」)




 ヤマニの大将こと、カフェー・ヤマニの二代目店主、速田弘は、若年ながら旭川の実業界きっての才人として知られている。
 体調を崩していた父親から店の経営を受け継いだのが、二十歳になったばかりの頃。それまで、弘はほとんど店の切り盛りには関わっていなかった。それだけに周囲にはヤマニの将来を危ぶむ声が少なくなかった。

 ところが若き二代目は、それまでの食堂から、まずビヤホール、さらにはカフェーへと大胆に転身を図る。その裏には、まず「食う」ことが優先された父親の時代に比べ、自分たち開拓二世の時代には、飲食業にもより高い付加価値が求められるという読みがあった。
 事実、生ビールを始め、各種の洋酒、ソーダ水やホットオレンジ、ホットレモンなど新たな嗜好品が旭川にも流入してきていた。さらにカフェーは、より身近で素人っぽい女性である女給との疑似恋愛的なやりとりが男たちの心をつかみ、全国的に急増していた。

 そうした時流に乗ったことに加え、速田は当時の一番のメディアであった新聞を使った宣伝を武器にした。

「カフェー劇場 ヤマニ座」
「街の波止場 女セーラー入港中」

 子供の頃から、作文が得意で、絵も達者だった速田は、自作のキャッチフレーズに、やはり自作のカットを添えた営業広告を連日のように地元新聞に掲載した。

「ヤマニの女は人殺し女子(おなご) 胸を突かうか首切りましょか イッソ!とどめを えェ刺しましょか」

 中にはこんな芝居調の広告文句もあった。その斬新さは、「次はどんな広告が出るのか」と、地元っ子の間で話題になるほどだった。

 さらに店の一角で行われるミニショーも、多才な速田ならではの趣向だった。速田は十代の頃からチェロを弾き、旭川で初めて結成された弦楽アンサンブル、旭川共鳴(きょうめい)音楽会で活動した。さらに自身が指導するチャールストン・ジャズバンドなるグループも結成していた。
 ミニショーは、このバンドによる演奏のほか、女給たちの歌や踊りが中心で、寸劇や福引などを行うこともあった。そのすべては、速田自身の監督のもとで披露された。


 そのヤマニでは、速田と女給たちがショーの出し物の稽古をしている。

「立ち位置、もう少し広がった方がいいかな。……そう、で、もう少し全体に右」

 普段は鷹揚な態度で女給たちの評判も上々な速田だが、こうした場面では細かなところまでダメを出す。ただこだわる一方で、ユーモアも忘れない。

「あと、みんな、もっと笑顔ね。せっかくべっぴん揃いなんだから、もったいないっしょ」

 表情を崩した女たちが取り組んでいるのは「ヤマニのテーマ」。浅草オペラの大ヒット曲「ベアトリ姉ちゃん」をもとに速田が作った替え歌である。
 カウンターの前では、その様子を北修と義雄が見ている。義雄は武志に用事があって少し前に店に着いたばかり。だが、何故か武志の姿はない。

「さあ、もう一回、頭からやろう」

 速田はそう声をかけると蓄音機に用意したレコードに針を落とす。流れ出したワルツの調べに乗って、女給たちが歌い始めた。


ヤマニの姉ちゃんまだねんねかい
鼻からちょうちんを出して
ヤマニの姉ちゃんなに言ってんだ
むにゃむにゃ寝言なんか言って
歌はトチチリチン トチチリチン ツン
歌はトチチリチン トチチリチン ツン
歌はペロペロペン 歌はペロペロペン 
さア早く起きろよ

 「ベアトリ姉ちゃん」は、東京の浅草オペラで人気を集めた舞台「ボッカチオ」に登場する歌曲である。元歌では「ベアトリ姉ちゃんまだねんねかい」と、登場人物の若い娘、ベアトリーチェに呼びかけるが、速田はこれを「ヤマニの姉ちゃん」と替えた。

ヤマニの姉ちゃん 新米女給さん
なぜそんなにねぼうなんだ
さあ早く起きないか
もう店が開く時間だ

 笑顔で歌う女給たちの後ろには、小さなベッドがあって、そこに誰かが寝ている。歌に登場する新米女給のようだ。

歌はトチチリチン トチチリチン ツン
歌はトチチリチン トチチリチン ツン
歌はペロペロペン 歌はペロペロペン 
さア早く起きろよ

(原曲 「ベアトリ姉ちゃん」小林愛雄・清水金太郎訳・補作詞 スッペ作曲)


 二番に入ると、そのベッドが前方に向かって次第に傾き、歌が終わると同時に寝ていた女給が転げ落ちた。持っていた目覚まし時計を見た彼女は、客席奥に向かって駆け出してゆく。

「たいへん。遅刻しちゃうー!」

 カウンター脇の通用口から新米女給の姿が消えると、速田が手を叩いて女たちに告げた。

「オーケー、上出来、上出来。きょうはこのあたりにしておこう。あとはみんな休んでて」

 監督の指示に二階の控え室に移動を始めた女たちと入れ替わるように北修が前に出てきた。

「大将、なんまらいいわ。これ見たらヤマニのファンがまた増えるわ」

 後に従う義雄も目を輝かせている。

「ほんとです。芝居仕立てになってるんですね」
「ああ、たまにマイムを入れてもいいんじゃないかなと思ってね。ベッドが傾く仕掛けは北修さんのアイデアさ」
「はい。よくできてました。どうやって動かしてるんですか?」

 ああ、それはと速田が言いかけた時、傾いたベッドの陰から武志が顔を出した。

「……俺だよ。北修さん、勘弁してくださいよ。中は狭いし、女は重いし」

 仏頂面で外に出てきた武志は、モスグリーンのルバシカを着ている。もとはロシアの男性用の上着だが、明治の終わり頃から、ロシア芸術に憧れる演劇人や絵描きらに愛用された。腰の辺りを赤い紐でくくっている。

「だいたいこのベッドだってほとんど俺が作らされたじゃないすか。絵の修業をさせてくれるっていうから、弟子になったのに……」
「え、なに? お前、大将の弟子だったじゃん?」

 義雄が驚くと、武志は目線をそらした。

「いや店の手伝いはさせてもらってるよ。でも絵描きもかっこいいかなって」
「相変わらず、腰が据わんない奴だな」

 そして、ツンツンと武志の上着を引っ張る。

「それにこの恰好、いつも形から入るんだから。北修さん。いいんですか、こんなの弟子にして」
「装置作りはよ、手間がかかるからな。手伝いがいると重宝なんだよ」

 涼しい顔である。

「あーあ、俺もう北修さんの弟子やめよっかな。きついし、きったなくなるし」
「まあ、そう言うなって。俺に付いてるといいぞ。看板描きも覚えられるし、小唄だって、都都逸だって教えちゃうぜ」
「そんなの絵に関係ないじゃないですか」

 武志はそう言うと、置かれたままのベッドを指差した。

「ちょっと直したいところがあるんですけど。手伝ってくれます?」
「おう、いいよ。武志先生のご指示とあらば」
「止めてくださいよ。そういうの……」

 二人がベッドを引きずってホール脇の物品庫に行くのを見届けると、速田が義雄に声をかけた。

「……なんか、いいコンビだね、あの二人。……そういえば義雄君。久しぶりだね。あ、そうか、先だっての十勝岳の噴火で富良野に行ってたんだ」
「はい。学校で支援隊が組織されたんで、参加したんです。二週間、上富良野(かみふらの)に入ってました」

 旭川の南東に位置する十勝岳が爆発的な噴火を起こしたのは、この年の五月二十四日のことである。正午すぎと午後四時すぎの二度あった噴火は、山頂付近にあった残雪を溶かし、大規模な泥流を引き起こした。死者・行方不明者は百四十四人。未曽有の大災害である。

 さらに同じ日には、旭川の糸屋(いとや)銀行が経営破綻するという出来事もあった。もともとは兵庫県で創業した銀行だが、開拓景気に沸く北海道に注目して旭川に本店を移し、営業範囲を、上川、留萌、宗谷、空知の各地方に広げていた。ところが、大正後期になると、大戦景気の反動による不況の影響を受けて一気に不良債権が増加。営業停止に至ったのである。火山の噴火と銀行の破綻。地域にとっては二重のショックだった。

「泥流がすごかったって聞いたけど」
「そうですね。一面泥の海みたいになってて。これに百人以上も飲み込まれたのかって。あ、そう言えば銀行つぶれたの、影響なかったんですか?」
「うちはほとんど取引がなかったのさ。ただ周りはね」
「去年は、神田館の火事もありましたしね」
「そうだね。だからうちなんかが頑張って師団通を盛り上げなきゃならないと思うのさ……」

 速田はそう言うと、話題を変えた。

「それはそうと、どうなの創作の方は?」
「ああ、そっちはなかなか」
「鈴木政輝君に続いて、今野大力君も東京に出たんだろう」
「はい、だから自分も頑張ろうと思うんですけど……」
「ま、焦らないことだわ」
「……大将、上富(かみふ)の最初の一週間は武志も一緒だったんですよ。言ってませんでした?」
「え、そういや用事で休みますって。そうか、言ってくれたらよかったのに」
「照れ臭かったんじゃないですか。そういう奴ですから」
「なるほどね」

 速田が目を細めながら、うなずいた時、入り口の鐘が鳴ってドアが開いた。二人が目を向けると、襟に白のレースが付いた空色のワンピースにクロッシュ帽、耳隠しの若い女が様子を伺うようにして入ってきた。小ぶりのハンドバックを脇に、日傘を手にしている。

「……ごめん下さい」

 速田がはいと答えると、すばやく店内を見渡たした女は、慌てたように言った。

「ごめんなさい。まだ開店前ですね」
「や、そうなんですが……。コーヒーですか?」
「……ええ」
「では、大丈夫です。お入りになってください。すぐ支度しますから」
「……でも」
「いえ、いいんです」

 速田はそう言うと、恐縮した面持ちの女に向かい、体を折り曲げるようにしてお辞儀した。片手は腹のところに、片手はテーブル席の方を示している。まるで淑女をエスコートする紳士である。

「どうぞ、お入りください」
「ああ、はい。……それでは失礼いたします」

 笑いをこらえながら女が席に着くのを見て、速田はカウンターに入った。女は好奇心を隠せない様子で、店内のあちこちに視線を向けている。湯を沸かし始めたところで、奥の扉から北修と武志が戻ってきた。物品庫での作業を終えたようである。

「ああ、いいところに来た。あちらのお客様にお水を」
「お客様? ああ、わかりました」

 武志は一番入口に近いテーブル席に座った女をチラリと見ると、カウンターにあるコップに水を注いだ。お盆に乗せると、テーブルに近づき、女の前に置く。

「いらっしゃいませ。……どうぞ。ご注文は?」
「ああ、それは聞いてるんだ。コーヒーでよろしかったですよね」
 
 速田はコーヒーをドリップする用意を始めている。

「ええ、お願いします」
「それでは、もう少々お待ちください」

 武志がカウンターに戻りかけたところで、女があのと声をかけた。くっきりとした二重瞼の奥の瞳に好奇心が溢れている。

「はい、なにか?」
「こちらは旭川一のカフェーと聞いてきましたが、ロシア風なんですね」
「え? ロシア風?」
「ええ、とっても素敵」

 女は目線を武志の顔から彼の上着に移した。

「ああ、これですね。これはあの、訳がありまして……」

 慌てたように武志が言うと、女は右手を口元にやりながら目を細め、コロコロと笑った。

「とってもお似合いですわ。抱月(ほうげつ)、須磨子(すまこ)の芸術座の舞台に出てくる方みたい」

 抱月、須磨子は、言わずとしれた演出家、島村抱月と、女優、松井須磨子のことである。大正三年には、カチューシャの歌のヒットで知られる「復活」の舞台を持って旭川にもやってきた。が、すでに二人とも故人である。

「……ごゆっくりどうぞ」

 武志が照れくさそうに告げたとき、義雄とともに奥のテーブルに座っていた北修のだみ声が響いた。

「……もしかしてあんた、齋藤参謀長のところのお嬢さんじゃないのかい?」
「……はい。齋藤瀏(さいとうりゅう)はわたくしの父ですが」

 齋藤瀏は、旭川第七師団に二年前に着任した陸軍大佐である。佐佐木信綱(ささきのぶつな)門下の歌人でもある彼は、文武両道の幾分毛色の変わった参謀長として、市民にも知られていた。

「やっぱりか。一度、そこの北海ホテルで、父さんと一緒にいるところを見かけたんだわ。そのとき、連れの小熊秀雄が、参謀長と娘さんだって。あ、俺は高橋北修と言います」

 北修がそう言うと、やや怪訝そうな表情だった女は、笑みを浮かべて立ち上がった。

「初めまして、わたくし齋藤史(ふみ)と申します。そうですか。小熊さんのお友達なのですね」

 どうやら小熊とは面識があるらしい。

「まあ喧嘩相手って言った方がいいかな」
「ああ、面白いお店。やっぱり来てよかった」

 この齋藤史と名乗る女、見かけよりはかなり若いようだ。コロコロとよく笑う。

「あの、北修さんはね、絵描きさんなんですよ。あ、これお願い」

 武志に淹れたてのコーヒーを渡しながら速田が口をはさんだ。

「そうですか、絵をお描きに」

 史はほほえみながらそう言うと、コーヒーを運んできた武志を見て言った。

「ああ、なので、こちらの方も」
 
 どうやら武志の衣装がたいそう気に入ったようだ。

「んー、それは関係あるというか、ないというか……。着替えてこようかな」

 武志が頭をかきながら、小声でつぶやく。

 ヤマニは、昼間、喫茶として営業しているため、味にうるさい速田が淹れるドリップコーヒーを目当てに来店する客が少なくない。ただそれでも史のような若い女が一人で店を訪れるのはきわめて珍しいことである。北修を始め、武志や義雄、普段からたくさんの女性に囲まれている速田までもが、一人優雅にコーヒーを味わう史をちらちらと見ている。
 好奇心を抑えきれなくなった速田が口を切った。

「……あの、参謀長のお嬢さんって言うと、やっぱりお生まれは」
「ええ、東京の四谷ですが、小学校は旭川の北鎮(ほくちん)小学校に通ったんです。今回は父もわたくしも二回目の旭川生活を楽しんでおります」

 北鎮小学校は、将校が住む官舎街の一角にある男女共学の小学校である。通うのは七師団所属の将校の子弟のみ。陸軍将校の互助組織である偕行社(かいこうしゃ)が運営する私立の学校である。皇后の御下賜金(おかしきん)によって建設されたことから、北の学習院とも呼ばれている。

「そういえば、先週までお宅に若山牧水が来てたんじゃなかったかい。歌詠みの。新聞で見たぜ」

 北修は椅子から乗り出すようにして言った。

「はい。父は軍人ですが、短歌をやっております。なので、牧水先生とは東京でお会いしたことがあって、それが縁で訪ねていらしたんです」

 若山牧水は、九州、宮崎出身で、多くの新聞、雑誌の歌の選者としても活躍する当代一の人気歌人である。短歌雑誌発行による借金返済のための資金稼ぎの旅に出て、北海道に入ったのが先月末。旭川には、齋藤家である参謀長官舎に四泊し、揮毫品の頒布会や講演を行うとともに地元歌人らと交流を深めた。

「そういや小熊さんが新しい短歌の会を作るって言ってましたけど、関係あるんですか?」

 速田はいつの間にかカウンターから出て、史のテーブルの側に来ている。

「はい。牧水先生の歓迎の歌会を開いた時に、父や酒井廣治先生が、旭川歌話(かわ)会を作ろうというお話になって」
「かわかい?」
「はい。歌とお話で歌話会。それで小熊さんに幹事をお願いしたところ、快く」
「そうか。奴さん、こんところ顔を出さないと思ったら、それで忙しいんだ。ま、こんな美人さんに頼まれれば、頑張るよな。なあ義雄くん」
「え、あ、はい、あの、そうですね」

 実は義雄は先程から史の様子に釘付けなのである。急に速田に振られてなにやらもごもごと言っている。

「美人、みんな好きですからね。なんちゃって」

 かわりに武志がおどけるが、北修の耳には入っていない。

「その歌話会とかにはあんたも?」
「はい。実は牧水先生が、あなたも短歌をやった方が良いとおっしゃってくださったものですから」
「短歌と言えば、そこの義雄君も小熊さんの集まりで詩を作っているんですよ。その会にも入れてもらえばいいのに」

 今度は速田が振ると、義雄は慌てたように首を横に振った。

「いえいえ、僕なんかが……」
「あら、同じような年代の方に入っていただけると、うれしいですわ。ぜひいらしてください。お待ちしておりますわ」
 
 史がにっこりとしながらそう言うと、義雄が跳ねるように立ち上がった。声が一オクターブ高くなる。

「ご、御親切に。あ、あ、ありがとうございます」
「おい、焦った時の北修さんみたいになってるっしょ。大丈夫かい」

 武志がからかうと、また史がコロコロと笑った。

「ああ、やっぱり楽しいお店。勇気を出して来てよかった」

 史はそう言うと、コーヒーを飲み干し、ハンドバッグと日傘を手にした。

「すみません。お代は?」
「ああ、もうお帰りですか。でしたらそちらの会計で。武志君、お願い」

 史は先を行く武志に付いて入り口脇のレジスターのところに行くと、財布から小銭を出して支払いを済ませた。そして軽く武志に会釈すると、店内の三人に顔を向けた。

「それでは、皆さま、失礼いたします。御機嫌よう」

 武志を含む四人は史の後ろ姿をうっとりとした表情で見送る。


「いやー、普段水商売の娘ばかり見ているせいか、新鮮だねー。みんなには悪いけど」

 退店する史を見届けた速田が女給たちの休憩室がある二階に目をやった。

「おうよ。何ちゅうか、若いのに、優雅と言うか」
「やっぱり、おじさん方も感じるところはおんなじなんですね。……ぜひいらしてください、お待ちしておりますわ、だってさ。たまんないねー、なんまらめんこいわ、なあ」

 レジスターの所から戻ってきた武志が義雄の背中を叩く。だが義雄は史の去った入り口の方を見たままである。なにやらぶつぶつつぶやいている。

「え、なに? 何言ってんだよ。……ん? 天使? 天使ってなんだよ?」

 その時、義雄が振り向いて、武志の両肩をつかんだ。

「天使だよ、天使。武志、スゲーよ。俺、天使を見ちゃったよ。わかんないの? スゲーよ。天使が目の前に舞い降りたんだよオ!」


(続く)




<注釈・第二章>


* 大雪山系
・ 標高2291メートルの主峰、旭岳などからなる北海道中央部の山々の総称。「富士山に登って、山岳の高さを語れ。大雪山に登って、山岳の大(おおい)さを語れ(大町桂月)」のフレーズで知られる。

* 石狩川
・ 大雪山系の石狩岳を源とし、上川盆地、石狩平野を経て石狩湾に注ぐ全長268キロの北海道第一の川。

* 神居古潭(かむいこたん)
・ 旭川市と深川市の境にある約10キロメートルに渡る石狩川の渓谷。アイヌ語のカムイコタン(魔神の住む所)が名前の由来。古くから交通の難所だった。

* 空知平野(そらちへいや)
・ 石狩川の中流域に広がる石狩平野のうち、上川地方に隣接する北部地域の平野部のこと。

* 石狩河口
・ 石狩川の最下流部。石狩湾にある日本海に注ぐ出口。

* 時任静一・ときとうせいいち
・ 工部大学校を経て、アメリカに留学。ミシガン大学で都市計画を学んだ工学士。旭川などの市街化計画を立てるため、北海道庁に嘱託技師として雇われた。時任はアメリカの都市に倣い、300年後、500年後も区画の変更を必要としない立案を目指したと伝えられている。

* 忠別川(ちゅうべつがわ)
・ 上川地方を流れる石狩川の支流の一級河川。大雪山系の忠別岳を源とし、旭川市内で美瑛川(びえいがわ)と合流し、まもなく美瑛川は石狩川と合流する。

* 速田弘・はやたひろし
・ 1905(明治38)年に旭川で生まれる。大正〜昭和の旭川の飲食業界で異色の才能を発揮したカフェー経営者。

* 女給
・ 飲食店で客の給仕に当たる女性のこと。多くはカフェーで客を接待する女性をさす。和服に白いエプロン姿が定番とされるが、過激なサービスを売りにする店が増えるにつれ、エプロンなしの店が一般的となった。


大正時代のカフェーの女給

* 田上義也・たのうえよしや
・ 栃木県出身。札幌に移住し、北海道建築の父と称された名建築家。音楽家としても活躍した。

* 北海タイムス
・ 1887(明治20)年、札幌で創刊された北海新聞が源流(北海タイムスとなったのは1901年)。1942(昭和17)年、道内11紙が統合して北海道新聞が誕生するまで、有力紙として親しまれた。戦後、同名の新聞が発刊されたが、1998(平成10)年に廃刊した。

* 町井八郎・まちいはちろう 竹内武雄・たけうちたけお
・ のちに旭川で始まるマーチングバンドの国内最大級のイベント、音楽大行進を共同で発案した人物。

* 加藤顕清・かとうけんせい
・ 旭川で少年〜青年期を過ごした。のちに日本を代表する彫刻家となる。

* 酒井廣治・さかいひろじ
・ 戦前戦後を通して旭川の文化活動を主導した歌人。旭川信用金庫の初代理事長を勤めるなど実業界のリーダーでもあった。

* 北原白秋・きたはらはくしゅう
・ 詩、短歌、童謡など数多くの名作を残した福岡県生まれの文学者。旭川には、弟子の酒井に会うため、1925(大正14)年8月、樺太旅行の帰りに来訪している。

* 佐藤市太郎・さとういちたろう
・ 幕末の江戸で生まれ、北海道に移住した経済人。理容業で成功したあと、興行の世界に進出し、全道各地で活動写真館を経営した。



佐藤市太郎

* 鈴木政輝・すずきまさてる
・ 旭川生まれの詩人。1936(昭和11)年、北海道詩人協会を旭川で発会させ、中心メンバーとなるなど、地元詩壇のリーダーとして活躍した。

* 「円筒帽」(えんとうぼう)
・ 1927(昭和2)年に、小熊秀雄、鈴木政輝、今野大力らが旭川で創刊した詩誌。


「円筒帽」創刊号(昭和2年)

* 旭川極粋会(きょくすいかい)
・ 架空の組織。戦前の旭川にあった国粋主義団体「旭粋会」をモデルとしている。

* 陸軍第七師団(りくぐんだいしちしだん)
・ 旭川に司令部が置かれた北海道の陸軍の常備師団。北鎮(ほくちん)部隊などと呼ばれた。

* 黒色青年同盟(こくしょくせいねんどうめい)
・ 架空の組織。かつて存在した無政府主義者の団体「黒色青年連盟」をモデルとしている。

* たくらんけ
・ ばかもの、たわけもの、の意味の北海道の方言。

* 無政府主義者
・ 一切の国家権力を否定し、個人の完全な自由、および個人の自主的な結合による社会の実現を目指す人々のこと。アナキストとも。

* 博徒
・ サイコロ博打など、賭博を生業にしている人。

* 大杉栄・おおすぎさかえ
・ 大正時代の労働運動、社会運動に大きな影響を与えたアナキスト。関東大震災の際、内縁の妻でやはりアナキストだった伊藤野枝とともに、憲兵大尉の甘粕(あまかす)正彦らによって虐殺された。

* 伊藤野枝・いとうのえ
・ 福岡県生まれのアナキスト・婦人運動家。平塚らいてうのあとを継ぎ、雑誌「青鞜」の編集・発行人を務めた。



伊藤野枝と大杉栄

* 労働争議
・ 賃金など労働を巡る労働者と使用者の間の争いのこと。



<注釈・第三章>


* カフェー・ヤマニの広告
・ 大正末から昭和初期にかけて、当時の旭川新聞に頻繁に掲載された。時代を先取りした斬新なコピーとカットが特徴。ともに店主の速田弘の手による。



ヤマニの広告・ヤマニの兄貴(速田のこと)作品と書いてある

* 旭川共鳴音楽会(きょうめいおんがくかい)
・ 1921(大正10)年に旭川で結成された弦楽アンサンブル。バイオリン、ビオラ、チェロなどの奏者がメンバーだった。その後、奏者が増え、小規模な管弦楽団となる。定期的な演奏会を開いた他、チャリティー音楽会などにも出演した。速田弘はチェリストとして参加した。

* チャールストン・ジャズ・バンド
・ 速田弘が結成したとされるバンド。詳細は不明。

* 浅草オペラ
・ 大正時代に東京浅草で披露された大衆歌劇。絶大な人気を誇ったが、関東大震災で劇場が壊滅的な被害を受けて衰退した。

* 「ベアトリ姉ちゃん」
・ 浅草オペラの代表曲。スッペ作曲のオペレッタ「ボッカチオ」に登場する歌。

* 「ボッカチオ」
・ オーストリアの作曲家、フランツ・フォン・スッペ作のオペレッタ。日本では、まず大正初期に帝国劇場で邦訳による初演があったあと、浅草オペラで繰り返し上演され、人気を博した。

* なんまら
・ すごく、とてもという意味の北海道弁「なまら」のさらに強調した言い方。

* ルバシカ
・ ロシアの男性用上着。ロシア文化の影響を受けた大正〜昭和の日本の芸術家が好んで着たことで知られる。ルパシカとも。

* 十勝岳の噴火
・ 十勝岳は、上川地方と十勝地方にまたがる火山。1926(大正15)年5月24日に発生した噴火では、大規模な泥流(でいりゅう)が発生し、死者・行方不明者が144人にのぼる大惨事となった。

* 泥流
・ 火山噴火や山崩れの際、雪などが融けて山を流れ下る現象。

* 糸屋(いとや)銀行
・ 明治時代に関西から旭川に進出、その後、本店も旭川に移した銀行。十勝岳が噴火した1926(大正15)年5月24日、不況の深刻化に伴い経営破綻し、旭川は二重のショックとなった。


糸屋銀行本店(大正4年)

* 今野大力くんも東京に
・ 実際に大力が上京したのは1927(昭和2)年3月。

* 上富(かみふ)
・ 上富良野のこと。

* クロッシュ帽
・ 釣鐘に似た形の女性用の帽子。ツバが下向きについている。

* 耳隠し
・ 大正から昭和初期を中心に流行した女性の髪型。両サイドの髪にコテなどでウェーブをつけて耳を隠した。

* 齋藤史・さいとうふみ
・ 東京出身だが、父親の転勤に伴い、旭川で2度暮らした。のちに日本を代表する歌人となる。



齋藤史

* 抱月・須磨子の芸術座
・ 抱月は演出家の島村抱月、須磨子は女優の松井須磨子のこと。芸術座は、1913(大正2)年に2人が作った劇団。



芸術座による「復活」の舞台 

* 島村抱月・しまむらほうげつ
・ 明治〜大正期の演出家、演劇指導者。師である坪内逍遥(つぼうちしょうよう)と創設した文芸協会で活動したのち、女優、松井須磨子と芸術座を結成した。1918(大正7)年、世界的に流行したスペイン風邪により業半ばにして急逝した。

* 松井須磨子・まついすまこ
・ 文芸協会を経て、パートナーである島村抱月と結成した芸術座で女優として活躍する。1919(大正8)年、前年にスペイン風邪で急逝した抱月の後を追い、自死した。

* カチューシャの歌
・ 芸術座の舞台「復活」の劇中歌。主役の松井須磨子が歌い、レコード化されて大ヒットした。作詞は島村抱月と相馬御風(そうまぎょふう)、作曲は中山晋平(なかやましんぺい)。

* 「復活」
・ トルストイ原作の芸術座の当たり演目。1914(大正3)年に帝国劇場で初演された。芸術座は、同じ年、旭川の佐々木座でも「復活」を上演している。

* 参謀長
・ 参謀の役割は指揮官を補佐して作戦計画案を練ること。あくまで補佐役であって部隊への指揮権は持っていない。参謀長は、各参謀の統轄者。

* 齋藤瀏・さいとうりゅう
・ 長野県生まれの陸軍将校。佐佐木信綱(ささきのぶつな)門下の歌人としても知られる。旭川の第七師団には、大隊長、参謀長として2度赴任した。



齋藤瀏

* 佐佐木信綱・ささきのぶつな
・ 万葉集の研究で知られる歌人、国文学者。

* 北海(ほっかい)ホテル
・ 旭川最初のホテル。1920(大正9)年、小樽にあった北海屋ホテルの旭川支店として営業を始めたのが始まり。3階建ての趣のある洋館だった。



北海ホテル(昭和3年)

* 「ああ、面白いお店。やっぱり来てよかった」
・ 実際には、高級将校の娘である史が1人でカフェーに出かけることはなかったはずだが、ここでは、ヤマニに興味を持ち、思い切って飛び込んだという設定とした。

* 北鎮(ほくちん)小学校
・ 創立は1901(明治34)年。第七師団の将校の子弟が通う私立の小学校として建てられた。

* 偕行社(かいこうしゃ)
・ 旧陸軍の将校で作った組織。親睦や互助、軍事研究などの目的があった。偕行社が各地で運営した宿泊施設を指すことも。

* 若山牧水・わかやまぼくすい
・ 酒と旅を愛した国民的歌人。数々の叙情歌で知られる。このシーンでは牧水の来旭を5月の出来事としているが、実際はこの年10月の出来事。


若山牧水

* 旭川歌話会(かわかい)
・ 若山牧水の来旭を直接のきっかけに結成された短歌の勉強会。この場面ではすでに結成されていたことになっているが、実際の結成はこの年11月。

* 「あなたも短歌をやった方が良いと・・・」
・ 旭川訪問時、齋藤瀏の参謀長官舎に4泊した若山牧水が、瀏の娘である史に作歌を勧めた事実を元にしている。史は、このことが短歌の道に本格的に進む契機となった繰り返し語っている。






小説版「旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」プロローグ・第一章

2022-08-27 11:38:31 | 郷土史エピソード
<はじめに>



連続歴史講座の実施などに集中していたため、ブログはなんと5か月ぶりの投稿です。
実はこの間、講座開催などと並行し、2021年3月に上演した旭川歴史市民劇「旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」の小説化に取り組んでいました。
その作業がほぼ終了しましたので、これからしばらくは、書き上がった「小説版 旭川青春グラフィティ ザ・ゴールデンエイジ」をアップしていきたいと思います。

この作業、実は市民劇にスタッフとして参加してくれた方から、「小説にしたものも読みたい」と言われたことがきっかけです。
また戯曲版の「ゴールデンエイジ」は、去年出版した旭川歴史市民劇の本に載せましたが、多くの方にとって戯曲を読むという行為はあまり馴染みがありません。
このお芝居は、旭川の歴史について、一人でも多くの人に知ってもらいたいという思いで書きました。
なので、より多くの方に親しまれている小説の形でも書いてみようとも思ったわけです。

ただ戯曲については、若い頃に何本か書いた事がありましたが、小説を書くのは初体験。
戯曲と違って、登場する人物の風体や場所や建物の様子などを、読者が想像できるよう言葉によって「描写」しなければなりません。
さらにこの物語の場合、原作は群像劇なので一つのシーンにかなりの数の人物が登場します。
なので、どの台詞を誰が話しているかを示すことにも苦労しました。

よくドラマのシナリオを小説化したものがありますが、この作品はそれと同種です。
力不足のところが多々ありますが、戯曲を読むよりは親しみやすくなっていると思います。
また戯曲と違って旭川の歴史の様々なうんちくを盛り込んでいますので、郷土史の知識を得ると言う意味ではこちらの方が良いと思います。

それでは、全十一章のうち、今回は「プロローグ」と「第一章」を掲載します。
最後までお付き合いいただけると幸いです。

なお物語と歴史的事実についてより深く知ってもらうため、文末に注釈を付けてあります。
こちらも参考にしていただけると幸いです。





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プロローグ 大正十四年六月 第一神田館




 暑いねぇ、まったくなんて日だい。映写室ってのはただでさえ暑いってのにさ。しかもきょうは六月。お天道様(てんとさま)、なんか勘違いしちまってるんじゃないのかい。あー、早くへっぽこ活弁(かつべん)の試写なんか終わらしちまって、アイスクリンでも食べに行きたいもんさ。あ、それより腹だ。腹が減っちまった。

 ……ちきしょー、あのデブ活弁。くだくだくだくだ文句ばかりたれてよ。震災で東京中の活動写真館がぶっ潰れちまって、おまんまの食い上げだってんで、流れてきたんだろ? それがこんな田舎の小屋に出てやるだけでありがたいと思えだの何だの。るせーんだよ。だったらさっさと帰っちまえよ。文句と一緒で、説明もやたら長くってよ。せっかくの活劇ものだってのに、写真がもったりしちまって台無しよ。

 ……リンリンリンリンリンリンリンリンうるせーなぁ。まだコマ送りが早いってかよ。しかしこの仕組みも誰が考えたんだか。活弁がボタンを押すと、映写室のベルがリンと鳴る。猿回しの猿じゃあんめえし、ベルに指図されてどうすんだよ。

 ……ああ? これでも早いってのか。おいおい、素人じゃあるまいし、活動写真のコマ送りは一秒に八コマまでって、分かってんだろうが。それ以上遅くすりゃ、フィルムが燃えちまうんだよ。これが限度。……何だ。野郎、説明止(や)めやがった。……ああ? 何だって? あの下手くそ技師じゃ語れねぇ。替えろって?

「もう我慢ならねえ。おう、上等だ、デブ。こっち上がってこい。相手してやるよ」

 ……ああ? 野郎、怒ってやがる。客もたいして呼べないくせして、俺らの何倍も給料もらいやがってよ。

 ……ん? なんだみんな騒いでる。え? 何? 後ろ? 後ろってなんだ? ……あ、やべえ。電灯に蓋すんの忘れてた。


 ……ちきしょー、駄目だ。下のフィルムにも火が移っちまって。


 ……ゲッ、ゲホッ。……煙がすげえ。目と喉が焼け付いちまって。もうダメだ、逃げねえと。


「みんな、逃げろー。逃げてくれー」




昨日の晝(ひる)火事 第一神田館燒く 映畫(えいが)「怒濤(どとう)」試寫中發火


 昨日午前十一時四十五分頃、突然旭川常備消防番屋火の見櫓から全市民を驚かす二つ番の警鐘が亂打され、師團通の一角に當り黒煙濛々(もうもう)と空を衝く。火元なる活動常設館、第一神田館三階は紅蓮の猛火に包まれ、附近一帯に火の粉は雨の如く降りしきり、一時は大火を豫期された程だった。


ホースの雨で猛火を喰ひ止む


 發火と同時に市内各消防番屋は勿論、永山、近文、東鷹栖、東旭川、神楽等の近村消防組、及び野砲隊より寶井中尉指揮の兵卒六十六名、並びに外出中の兵卒、及び二十八聯隊、二十六聯隊工兵隊より各一箇小隊出動の上、防火に努め、一方常備消防より自動車喞筒(ポンプ)駈付(かけつ)け、左隣なるメリヤス屋の路次にホースを引き入れ、延燒の火の手を防ぎ、各消防組も又ホースを此の方面及び裏手なる旗亭(きてい)梅林等に懸命に力を注いだので、さしもの猛火も僅(わずか)右隣なる旭勧工場(かんこうば)屋上を一尺四方燒いたのみで、午後一時四十分、漸く消止めた。現場は旭川随一の目貫の場所柄で、旭ビルを初め各大小商店、旗亭等、櫛比(しっぴ)しゐるのと、眞晝間(まひるま)の事とて彌次馬多く、一時非常の雑踏を來した。


詳しき原因は目下取調中


 火災は寫真變(かわ)りの爲め、三階映寫室において技師、森久治(二九)が海洋活劇、山本嘉一、水木京子出演の「怒濤」を試寫中、誤つて火を失したものにして、詳細は目下取調中。損害は建物總坪三百四十坪、損害見積り三万五千圓、其他五千圓位の見込みであると。因(ちなみ)に技師は鼻と足部に火傷を負ふた。






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第一章 大正十三年十月 旭ビルディング百貨店




おゝ平坦な地平に
人は皆打伏す時
我は一人楼閣を築かふ
人が又我を真似るならば
我は地下のどん底に沈む
あらゆる者の生長する時
我はいと小さくちゞんで行く
人が皆美しく作り飾る時
我は最もみにくゝ生きやう   

                             (今野大力「我が願ひ」)




 その建物の大部分は、約百キロ離れた南富良野の石切り場から運んできたという花崗岩でできていたが、なぜか中に入ると樟脳(しょうのう)の匂いがした。

 建物ができたのは三年前。同じ師団道路にある札幌に本店のある百貨店、丸井今井が、三階建てのモダンなビルディングに建て替えられたひと月後のことだ。旭川初のビルディングという称号は譲ったが、こちらは四階建てと高さでは上回り、街の新名所として華々しく披露されるはずだった。

 ところが地主と建主、出資者ら十指に余る関係者が、詰めた協議をせぬまま見切り発車で着工したため、完成後の利用を巡って一向に意見がまとまらない。なんと竣工から半年を過ぎてもゴタゴタが続くありさまだった。

 ようやく衣料品を中心とした小売店として開業したものの、目新しさは半減。モダンなのは外観だけで、品揃えなどは旧来の店と変わりないというのでは、客足の伸びる要素はない。わずか一年で閉店を余儀なくされてしまった。

 このいわくつきの物件、口の悪い地元っ子から幽霊塔なる異名で呼ばれたほどだったが、嫌気のさした建主から小樽の物産会社が土地、建物を買い取ったのが一年前。その名も旭ビルディング百貨店として新装開店が決まったのが、この年春のことである.


 そのビルの最上階。二十畳ほどの程の大部屋に、長身痩躯、高い頬骨が特徴の眼光の鋭い男がいる。高橋北修(ほくしゅう)。二十六歳になったばかりの地元生まれ、地元育ちの画家である。お気に入りの一張羅(いっちょうら)、太い縦縞の入った紺の背広を着こんでいる。

 部屋の壁には大小さまざまな額装された絵画が運びこまれている。ビルの新装開店に合わせ、自らが所属する旭川美術協会が開催する絵画展の準備に当たっているのである。

 ……確かここは、一時期、繊維問屋の倉庫代わりにされていたよな。だからやたら樟脳(しょうのう)臭いんだ。北修が一人そう納得すると、大きな絵を抱えた三人の少年が、ふうふう言いながら部屋に入ってきた。

 旭川師範学校一年の渡部義雄(わたべよしお)と塚本武志(つかもとたけし)、そして二人の友人である同級生。皆、十五歳で、スタンドカラーのシャツに、絣の着物と袴。学校の制帽を被っている。一番遅れて入ってきた少年はかなりしんどそうだ。

「北修さん。何も言わずにいなくなんないでくださいよ。俺ら、指示してくれないと、どこに何置けばいいか分かんないんだから」

 三人の中では一番小柄な武志がそう言って口を尖らせた。童顔で丸顔。ニキビが目立っている。
 その武志をなだめた義雄は、北修ほどではないが長身で細面。七三に分けた髪の下には、旺盛な好奇心を示す瞳が光っている。

「あの、これはどこに置けばいいですか」
「おお、失敬、失敬。そうだな、それは……こ、ここらへんだな。あと、それは、そ、そっちな」

 言葉に突っかかるのは、興奮したりあせったりした時の北修の特徴である。
 三人は、指示された場所に絵を置くと座り込み、汗を拭った。

「やっぱり四階まで何度も往復するのはしんどいや。北修さん、話が違いますよ。ちょっと絵飾るだけって言ってたのに。これじゃ出面賃(でめんちん)、奮発してもらわなきゃ。なあ」

 と武志が義雄に同意を求める。

「いやあ、といってもねえ……」
「こいつなんか、かなりへばってますよ」
「……もう、足、パンパン」

 武志に指をさされた同級生はというと、漫画にしたいような眼鏡の痩せっぽちである。積極的に会話に加わる元気はないようだ。

「何言ってんだ。いい若いもんが。体鍛えるいい機会じゃねえか。したら、そのままちょっと休憩してろ」

 少し離れたところで絵の梱包を外していた北修が言うと、三人はへーいと声を合わせた。



「……これもわかんねえな。どーも俺にゃ、抽象画って奴は性に合わねえ」

 絵を眺めていた北修が独り言を言うと、着物の襟をバタバタさせていた武志が口を挟んだ。

「わからないと言えば下の階にもとんでもないのがありましたよ。何て言ったっけ、旭川新聞の記者さん」
「小熊秀雄(おぐまひでお)さんだよ。別名、黒珊瑚(くろさんご)」

 すぐ名前が出てきたところを見ると、義雄もその絵には興味を惹かれたらしい。

「そうそう、黒珊瑚。黒珊瑚。でもたまげたわー。何描いてあんだかわかんないうえに、絵の真ん中に本物の塩ジャケの尾っぽ、貼ってあんだから」
「確かああいう絵って、コラージュって言うんですよね?」

 義雄が聞くと、北修がまくしたてた。

「おう、お前らよく聞け。あんなのはな、こ、こけおどしよ。あいつはな、か、変わったことをすりゃ、芸術になると思っていやがる。だいたいあの頭だってそうなんだ。あのもじゃもじゃが、モダンだって言いやがる」

 と、その時、義雄らと同じ書生姿の男が部屋に入ってきた。当の本人、小熊秀雄である。日本人離れした彫りの深さに、ニックネーム通りとぐろを巻いたような特異な長髪。二十三歳。北修より十センチ近く背は低いが、その特徴と痩身のせいで実際より大きく見える。

「……誰の頭がもじゃもじゃだって? これは天然のパーマネントウエイブと言ってほしいな。ところで喜伝司(きでんじ)、まだほとんど絵を飾ってないじゃないか。展示は任せろって言ったのはお前だろ」

 小熊が問い詰めるように言うと、一緒に現れた小池栄寿(こいけよしひさ)が取り成した。小熊らよりさらに年下の二十歳だが、地味なグレーの背広を着込んでいることと、きちっと整えた髪型のせいか、やや老けて見える。

「まあまあ小熊さん。そのために出面賃払って旭川師範学校の精鋭に来てもらってるんだから」

 栄寿はそう言うと、義雄に声をかけた。

「な、大丈夫だよな」
「……ああ、はい。とりあえず搬入は終わったんで。あとは梱包外して、飾るだけですね」
「この子らかい。師範学校の文芸部ってのは」
「ああ。君たち、小熊さんとは初めてだっけ?」

 栄寿が聞くと、元気な二人が立ち上がった。

「あ、はい。一年の渡部義雄です。よろしくお願いします」
「同じく塚本武志です」

 痩せっぽちも立ち上がろうとするが、もたもたしている。

「ああ、いいよいいよ、休んでて。旭川新聞で、文芸欄、社会欄を担当している小熊秀雄です。絵は本業ではないんだが、描くのは好きでね。な、喜伝司(きでんじ)」

「喜伝司って?」

 義雄が小声で尋ねると、武志が北修さんの本名らしいよと答えた。
 その時、日焼けした顔、小柄だが引き締まった体つきの少年がつかつかと部屋に入ってきた。着古した四つボタンの黒っぽい上着に、同じ色の丈の短いズボンを履いている。

「小池さん。言われた作業は終わりましたよ。あと何やれば」
「ああ、悪いね。まだ細かい作業があるんだよな」
「早く片付けちゃいたいんですよね。これ終わったら、別のところで仕事あるんで」

 いらつきを隠さない。

「ああ、僕もすぐ下に行くからさ」

 少年はため息を付きながらわかったと言うと、去り際に言い捨てた。

「俺ら、休んでるヒマないんで。よ・ろ・し・く、お願いします」

「……何だよ。あいつ、感じわりーな」

 武志がムッとしたのを見て、小熊が話し始めた。

「……奴は東二(とうじ)。松井東二。近文コタンでは、ちったあ知られた顔さ。親父は腕の良い熊狩りだったんだが、事故で死んじまってね。だからあの年で、あれこれ稼いでる。な、栄寿」
「たしか年は君らの一つ下じゃなかったかな。悪いやつじゃないんだが、ぶっきらぼうでね……。おっと、ぼやぼやしてると、東二にしかられる」

 腕組みを解いた栄寿は、座ったままの同級生をちらりと見ると、二人に尋ねた。

「下はもう力仕事はないんで、彼借りて大丈夫かな?」
「ええ、僕らは」

 目で武志に確認した義雄がうなずく。

「じゃ、外した梱包材はまとめて縛っておくこと。別の子に取りに来させます。あと掲示が終わったら、作品名と作者名を書いた紙があるんで取りにきてください。では、ここは任せますよ。君、いいかい?」

 栄寿が部屋から出ていこうとすると、ヘトヘトだったはずの同級生がバネのように勢いよく立ち上がり、小走りについて行った。

「したっけ、また後でね」

「何だ、元気あんじゃん、あいつ」

 武志が呆れると、義雄が苦笑しながら小熊に尋ねた。

「……あの、小池さんって、美術協会の事務局長さんなんですか?」
「栄寿かい。いや、まったくの部外者さ。奴は教師で、やってるのは僕と同じで詩だ。美術協会には、こういう実務を仕切れるやつがいないんで借り出されてるってわけさ。ま、旭川の文化人の中では貴重な人材なんだが、そこが詩人としての奴の限界ともいえる。……なんてえことを言いまして。どれどんな作品が来ているのかな」

 そう言うと、小熊は少しはにかんだ表情を浮かべながら、少し離れたところに立て掛けてある絵に近づき、眺め始めた。

「じゃ、俺らもやるかい」

 義雄が武志に声をかけると、二人は運び込んだ作品の梱包を外し始めた。

 

 作業を再開して十分ほど経った頃、作品の点検をしていた北修が、近くにいた小熊に声をかけた。

「ところで小熊よ。お前の推薦した『抽象画研究会』とかいう連中の作品、どうにかならんのか。何描いてるか分かんねえ絵見せられたって客は喜ばんだろうが」

 そして声を低くしてこう付け加えた。

「お前のシャケもだけど・・・」
「ああ? 聞き捨てならんことを言うな。お前は客を沸かせるために絵を描いてるのか? 第一、芸術は分かる、分からないじゃない。全身全霊で感じるもんだ」
「そんなこたあ分かってる。ただ上か下かもわかんねえ絵を見せられても、俺りゃ何も感じねえってことよ」

 それを聞いて小熊の声が大きくなった。

「あーあ、情けないねえ。自分の認識を超えた作品に会うと、とたんに思考停止に陥る。喜伝司、だからお前はだめなんだよ」
「言いやがったな。いつも言ってんだろ。俺はお前より三つも年上なんだから呼び捨ては止めれって。そ、それから、き、喜伝司は言いにくいんで北修で通してるんだ。分かったか、この菊頭野郎」
「菊頭たあなんだ。いいか、そこの二人、よく聞けよ。こいつはな、せっかく絵の修行に東京に行ったのに、震災にあって逃げて帰ってきた軟弱者よ」
「うるっせーな。お前だって、せっかくあのおっかねえ東京に付いていってやったというのに、『詩、売れません』とか言って、二か月でとんぼ返りしたろうが。ど、どっちが軟弱よ」
「何を」
「何だ」

 いきなりつかみ合いを始めた二人を見て、たまげたのは少年二人である。しばらくはあっけに取られていたが、まず義雄が声を上げ、武志も続いた。

「ちょっと、ちょっと、止めてくだい。大人気ないですよ」
「そうですよ。まあ、いいじゃないですか。そんな喧嘩するような話じゃないじゃないですか」

 実はこうした喧嘩は、北修と小熊の間では珍しいことではない。お得意の芸術談義で議論が白熱すると、ともに自己主張の激しい質(たち)だけに、お互い引くことを知らない。時には殴り合いに至ることもあるくらいで、つかみ合いなど子犬のじゃれ合いのようなものである。
 その二人が、若者の仲裁の言葉に噛み付いた。まず北修が小熊から離れると武志を睨みつける。

「ああ? お前、今なんて言った?」
「えっ、ああ。……まあ、いいじゃないですかって……」

 義雄にも。

「おめえは?」
「……あの、大人げないって……」
「まあ、いいじゃないか? 大人げない? お前ら何はんかくさいこと言ってんだ。俺らの世界に、まあいいじゃないかなんてことは、一つもないんだ」
「その通りだ。俺たちの主張は自分の命そのものだ。それを否定されるってことは、自分を否定されたってことだ」
「そうよ。お前ら、そもそも何なんだ、何をもって俺らの話をどうでもいいと断じるんだ」

 どうやら標的は若い二人に切り替えられたようである。

「何をもってとか言われても……」

 困ったように武志を見る義雄。

「……そんな大それた意味は……」

 武志は涙目になっている。

「どうした君たち。質問に答えたまえ」

 小熊がそう言うと、武志がいきなり深々と頭を下げ、義雄もならった。

「ごめんなさい。許してください!」

 思わぬ二人の反応に、小熊があきれたように頭(かぶり)を振った。

「……ダメだ。君たち、全然ダメじゃないか」

 と、そこに駆け込んできたのは、下の階で栄寿を手伝っているはずの同級生である。息を切らせている。

「あの、たいへんです。小池さんが、小熊さんにすぐ来るようにって」
「ん? 俺? どうした。なんかあったか」
「それが、野良犬が下の階に入り込んで……」

 小熊と顔を見合わせた北修が尋ねた。

「野良犬? 野良犬がどうした」
「絵を、小熊さんの絵を、齧ってるんです!」           




(続く)





<注釈・プロローグ>


* 第一神田館 
・神田館の大将と呼ばれた実業家、佐藤市太郎が、1911(明治44)年に旭川の師団通に建てた活動写真館。常設館としては北海道で2番目にできた。6年後に改装されて以降は、一部5階建ての威容を誇ったが、1925(大正11)年、試写中の映写室から出火し全焼した。


炎上する第一神田館(大正14年)

* 活弁
・活動写真弁士の略。無声映画時代にスクリーンの脇で筋や台詞を語った説明者。活動弁士、弁士とも。

* 震災
・1923(大正12)年に起きた関東大震災のこと。北修は東京の向島寺島町の借家にいたところを被災し、急死に一生を得ている。

* 師団通
・旭川駅前と第七師団司令部を結ぶ戦前の旭川のメインストリート。師団道路とも言う。



大正末の師団通

* 旗亭
・料理屋、料亭のこと。


*勧工場
・戦前にあった集合型の小売施設。今で言うと、小規模なショッピングモールのような店舗。




<注釈・第一章>





* 旭ビルディング百貨店
・ゴールデンエイジの旭川で最も高かったビル。


旭ビルディング百貨店

* 今野大力・こんのだいりき
・旭川で青年期を過ごしたプロレタリア詩人。

* 丸井今井
・北海道で最も歴史のある百貨店。旭川には、1987(明治30)年に進出し、丸井今井呉服店旭川支店として開業した。その旭川支店が百貨店になったのは1922(大正11)年。もちろん旭川初の百貨店だった。

* 高橋北修・たかはしほくしゅう
・ 旭川画壇の草分け的存在である画家。


高橋北修

* 旭川美術協会
・高橋北修らが結成した旭川初の美術団体「ヌタップカムシュッペ画会」(ヌタップカムシュッペは大雪山を示すアイヌ語)が発展解消し、1923(大正11)年に発足した組織。

* 旭川師範学校
・ 1923(大正12)年に開校した教員養成のための教育機関。

* 出面賃(でめんちん)
・ 出面(でめん・でづら)とも言う。大工や左官などの日当のこと。幅広くアルバイト代のことを指すことも。

* 旭川新聞
・ 1915(大正4)年創刊の北海東雲(しののめ)新聞が前身。4年後、旭川新聞と改題した。1942(昭和17)年、11紙が統合して北海道新聞が誕生するまで、北海タイムス、函館新聞などと並ぶ道内有力紙だった。



旭川新聞社(昭和4年)

* 小熊秀雄・おぐまひでお
・ ゴールデンエイジの旭川の文化活動を牽引した詩人。のちに東京に出て活躍する。

* 黒珊瑚(くろさんご)
・ 小熊秀雄の異名。とぐろを巻いたような特異な髪形にちなみ、本人が署名記事に使った。



小熊秀雄

* シャケが貼られた小熊の絵
・ 油絵をベースにしたコラージュ。小熊は実際に旭ビルディング百貨店での美術展にこの作品を出展した。


美術展に出展した小熊の絵

* コラージュ
・画面に、様々なものを貼り付ける美術の技法。「糊付けする」を意味するフランス語が語源。

* 小池栄寿・こいけよしひさ
・ 旭川生まれの教師、詩人。戦後になり、手記「小熊秀雄との交友日記」を発表する。

* 近文コタン
・ 明治期に入り、政府が同化政策の一環として、上川地方のアイヌ民族を集住させた地区のこと。この措置により、彼らは古くからの山野をめぐる自由な暮らしを奪われた。

* 「震災にあって逃げて帰ってきた」
・ 北修は関東大震災の際、住んでいた借家が倒壊する直前に外に飛び出して急死に一生を得ている。

* はんかくさい
・ 愚かな、おかしな、の意味の北海道の方言。

* 「小熊さんの絵を、齧ってるんです。」
・ これも実際にあった出来事。どこからか準備中の美術展会場に入り込んだ野良犬が壁に立てかけてあった小熊の絵のシャケの尾を齧ったという。