Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

026-偽りの聖地

2012-10-11 21:08:07 | 伝承軌道上の恋の歌

 神宮橋で行われたイベントは一風変っている。一帯を白いバリケードが囲み、その中が幾つかのスフィアの溜まり場になっていた。デウ・エクス・マキーナを含めた思い思いのキャラクターの格好をしてるのと、その取り巻きとで異様な光景になっていた。R.I.P.の殴り書きとイナギとヨミの写真を大きく引き伸ばしたプラカードが高々と掲げられている。まるで若くして死んだ伝説のパンクロッカーとその恋人だ。
「大変なことになってるな…」
 目の前の光景に僕は目指し帽を深くかぶり直した。
「今日はスフィアの合同イベントだからね…オリジナル・シンも来てるし…」
 僕の隣でマキーナになったアノンが言う。片隅に数人固まってるのは、血のにじんだ包帯に、車椅子、背負っている小さな十字架の集団。スフィアの名前は…オリジナル・シンだったか…
「ああ、あのプラカードはアイツらのか…それで…」
「いや…よね?」アノンは不安気に聞いた。
「ああ。でも覚悟はしてたよ」
 自分から来たにせよ、胸の奥から込み上げてくる嫌悪感はぬぐえない。
「…気をつけてね。シルシだってここじゃ有名人なんだから…」
「頭に入れておく」
「みんな、アノンが来たよ!」
 誰かがアノンを見つけてそう叫んだ。すると、瞬く間にスフィアの連中がアノンを取り囲んでしまう。
「…アノン!」
「…や、やあみんな…」
「アノン!アノン!」
 僕は遠のきだんだんと小さくなっていくアノンをただ寂しく見守っていた。気持ちを紛らわそうと周りをざっと見渡す。と、その中で知った顔を見かけた。こいつは…アノンとトトの知り合いでモノとかいったっけ…今日も髪を真っ青に染め上げて、その格好はマキーナを研究所から救いだした『マキーノ』という男のアイドロイドのようだ。声をかけようか迷っていると、向こうからどよめきが聞こえてそれがみるみるうちに周囲一帯に広がった。遠くに見えるステージの上にはヘッドセットマイクをつけたアノンがいた。
「アノン、おめでとう!」
 誰かが声を上げる。
「ありがと。ねえ、私に起こったこと今でも信じられないんだ。でも、今の私が今までの私と違うって行ったら信じてくれる?私は事故がどんな意味を持っていたのか…これからどんな意味を持つのかも分からない。でもね、私の…私達のお話はまだまだ続くんだ…マキーナとそのスフィアと一緒に…みんながそれを伝えていって、そしたらマキーナの歌はどんどん大きく響いていって、いつか私達の背中には羽が生えるんだ。これって本当にすごいことだよ?そうだよね?!」
 アノンが叫ぶと、それにもまして大きな歓声が上がった。『アノン』と呼ぶ声と『マキーナ』と呼ぶ声が半々。
「すごいだろ?あの事故以来…アノンがマキーナにフィードバックして行ってるんだ。いつかマキーナのアノンじゃなくってアノンのマキーナってそう言われるようになるよ」
 僕の隣にいたモノが言う。どうやら僕だということはとっくにばれてたらしい。
「…そうだとして何の意味があるんだ?」
「マキーナはヨミのことだって説もあるんだぜ?本当はお金持ちの娘で、イナギがさらってきたという話になってた。自分が恵まれた家庭に生まれたヨミはね、そのことに罪の意識があって慈善活動にのめりこんで、家を飛び出した。そうさせたのがイナギだっていうんだ。どう?デウ・エクス・マキーナみたいだろ?」
「どうだろうな…ありそうな話だけど…」
「そう!そこが神話なんだ。みんなの意識の元型に触れるからマキーナ神話が普遍的な価値を持つんだよ」 
 ふと見ると、会場の盛り上がりとは別に白衣を着たメガネの男が一段高いところからメガホンを持って演説を打ってる。
「…あれは?オリジナル・シンだったか…」
「そうさ…イナギとヨミのスフィア化したやつらさ…」
 僕は嫌悪感と裏腹にオリジナル・シンが訴える話の断片が耳に入ってくる。どうしても聞き流せない単語ばかりを並べていたから。
---君達は予感していたか?時代の予感を知っていただろうか?始まりは今から三年前。ここで死んだ一人の少女の物語から始まる。名前はヤエコ。彼女はまだ若くして死んだ。それを深く悲しんだ兄のシルシはここで『周知活動』を行うことにした!なぜか?彼女という存在が確かにあったことを、そしてここで短い命を閉じなければならなかったことを、シルシは私達に知らしめたかったのだ!それを知るものもいた。それがイナギ。彼はヤエコを蘇らせることにした。それがデウ・エクス・マキーナだ。これは断じてただの物語ではない!ヤエコが架空上の死を越えてできた仮想空間、スフィアなのだ。そしてヤエコが生きている間に見た現実と言う名の夢は様々な形にメタファーしてスフィア化していった。しかしそれもイナギの描いた理想にはまだ途半ば。デウ・エクス・マキーナ神話をスフィア化してもこの現実とつなぐインターフェースとしては不十分だ。そのために必要だったのは…それはシルシだ。そしてアノンだ。シルシはこの神話の起源であり、真実を知るものだ。アノンはそのことを知る唯一の人間だった。二人はスフィアを越え、神話をも越えた超越者だったのだ。イナギはさらに遥か上の世界にアクセスしていた。三年前の事故を再現することで二人を殺し、そしてオリジネイター自ら死ぬことで果てることのない円環の物語としてこの神話を完成させようとしたのだ。しかし、世界はそれを選択しなかった。まだ神話は完成してはいない!これから我々の手でそれは紡ぎだされるのだ!
 しかし僕が彼の独演を最後まで聞くことはなかった。僕は我れ知れず壇上に上る男の前に立っていて、怒りに身を任せて男を無理矢理に引きずり下ろしていたから。
「楽しいか?こんな嘘ばっかり広めて…」
「誰だお前?…ああ、あの…」
 僕に胸ぐらを掴まれ倒れこんだ男は僕を確かめると薄笑いを浮かべた。
「嘘?笑わせるなよ?それは鏡に向かって言えよ、シルシ?」
 次の瞬間僕は彼を殴った。

…つづき

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