Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

イナギ03-続・セラピー?

2012-10-12 21:05:26 | 伝承軌道上の恋の歌


 例のセラピー帰りの夜の街を僕はヨミと歩いていた。
「どうだった?」ヨミが聞く。
「全部嘘だから別にどうってことはないな」
「罪悪感もない?」
「ないね。それを信じてるやつらは見てて面白かったけど…」
「次も行くでしょう?」
「…どうかな…」
「ね、行こうよ?」
「ああ、考えておくよ」
 僕は遠回りして駅までの道を並んで歩いてる。まだ初めての演劇セラピーの興奮が冷めてなくて道路に行き交うたくさんの車のライトや街のネオンが妙に眩しい。頭の中まで照らされてるような錯覚の中、真夏の夜、夜の風が心地良かった。
「ちょっと夜風に当たっていこうか」
「…うん。ちょうど向こうに公園あったわね」ヨミが言った。
 ヨミがあまり遠くに出かけられないこともあって、公園も僕達の大事な気晴らしの場所になっていたんだった。
 そこは少し物騒な場所だった。遊具には呪術で使うようなよく分からない落書きで覆われ、奥にはブルーシートで作った棲家が並んでいた。一番通りに近くて明るい場所にあるベンチに二人並んで僕達はしばらく黙っていた。と、
「あ、この公園にこんな噂話があるの知ってる?」ヨミが不意に明るい声で僕に聞く
「なんだよ、急に…」
「えーとね、海外から売られてきた男女の物語。人身売買ね。詳しくは知らないけれど、多分そういう需要がこの国のどこかにあるのでしょうね。そこから逃れてきた二人がここに逃れてきたって話。その二人は結局引き裂かれてしまったんだけど、この公園でまた会おうって誓い合ったって」
「ふうん。随分、物騒な話だな。それっていつくらいの噂なんだ?」
「噂が出たのはそんなに前じゃないみたい。多分ここ十年くらいのことだと思う」
「どうしてそんな噂が?」
「この公園でね、落書きの中に不思議な文字があるのが見つかったらしいの。単なる落書きなのかも知れないんだけど、それを面白がった人の作り話なのかも知れないけれど」
「その文字ってまだあるのか?」
「うん、こっち…」
 そう言ってヨミはゆっくりと立ち上がって僕の前を歩いた。街灯に照らされた白いレースのワンピースを着たヨミは薄暗い中で白く浮いて見えた。夢を見るようにヨミの後を僕は死地にでも赴くような気分でついていく。ヨミが足をとめる。そこにあったのはコンクリートでできたドーム状の遊具だった。公園の砂場の真ん中においてあって、表面に穴が空いていたり出っ張りがある。中は子供が三、四人入れるくらいの広さだろう。
「…ここ」
 するとヨミは屈んで、スカートの裾を砂に引きずりながら中に入って行く。
「お、おい…」
 驚く僕の顔を見て、ヨミは笑った。
「ここを見て…」
 ヨミが自分の頭の少し上にある天井を携帯で照らす。そこは下品なものから単に人の名前まで、元の色が分からないくらいに雑多な落書きで溢れかえっている。ヨミが言う外国の文字というのも、その中かから探し当てるのは難しい。
「ほら、この赤茶色いの…」
 ヨミがそう言うのを、ささやかに照らされた明かりの範囲から探す。
「…あった」
 ヨミが示した文字が僕にも分かった。確かに見たことがあるどんな国のものとも違う赤茶色い文字がそこにはあった。極端に崩した文字なのかも知れないけど、いずれにしても何を意味してるのか分からないことに違いはない。わずか四行、文字数にしても三十文字くらいだろうか。誰が言い出したのか知れないけど、普通は気づかないか、こじつけくらいにしか思えないシロモノだ。
「それで、ヨミはなんて書いてあるか分かるのか?」
「ううん…でも、ほらこれ、この文字、文字同士の間隔からしても二つの短い意味の言葉だと思うの。だとすれば、思いつくことは他の落書きを描いた人とそんなに変わらない」
「名前だってことか?」
「うん」
「二人の名前。本当にそんな二人がいたとして、現実にこうやってその跡が残っているそう考えると、確かに面白いかもな…」僕はそう言った。
「それにね、イナギ。この話、少し私達と似てると思わない?」とヨミは笑う。
「ああ、そうかもな…」
「それとね。その子たちの国の歌があるの。遠く離れた国を懐かしんでそれを歌ったって言う。歌詞は分からないけど、メロディは伝わってるの。それを私は知ってるの。素敵でしょ?」
 そう言って暗がりに微笑むヨミを僕は初めて少し怖いと感じた。

…つづき

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