都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

外堀通りの看板建築

2024-03-03 | 千代田区 
外堀通りの看板建築:桃太郎、S邸、ライフ(旧中村商店)
所在地:千代田区 神田司町2-8-1
構造・階数:木・3
解体年:2012〜13(平成24〜25)
Photo 2002.2.24

 外堀通りに面して建っていた3棟のギャンブレル屋根看板建築。左から桃太郎、路地を挟んでS邸、ライフ(旧中村商店)。敷地割に対して道が斜めに交差しているため、3棟はそれぞれ少しずつ異なるスタイルでファサードと屋根を作っていた。


 Photo 2005.3.25

 3棟のうち、南側のライフ(旧中村商店)はやや間口が広いこともあり、1階は道路に沿って建て、2階、3階は脇の小路をもとに長方形の平面としており、大きなバルコニーを持つものだった。ギャンブレル(腰折れ)屋根という体裁をとっていたが、腰折れ部の下はほぼ垂直で、普通の壁のようだった。通り沿いのファサードは銅板張り、1階の丸柱や木製引き戸などはピンク色に塗られていた。戦前は中村商店(タバコ屋)、戦後は杉田金属、日東銅器KK、ジョニー商事など、店は何度か替わっていたようだ。

 その北側、3棟のうち真ん中はS邸。こちらはギャンブレル屋根の部分だけを、通り沿いの壁面から交代させ、長方形平面に収めていた。戦後間もない1950年代の地図でもS邸で、なんらかの店舗だったのは戦前の頃だけだったようだ。


 Photo 1996.2.20

 1枚目写真左端の「桃太郎」は菓子店。下記「ぼくの近代建築コレクション」掲載の写真が撮られた1987年時点ではまだ営業していたようだが、拙記事の写真(1996年)では袖看板が取り外されていて、既に営業していなかった。桃太郎の名は、1950年代後半の火保図で既に記されており、40年以上営業していたお店だったようだ。

 ライフとS邸の2棟は2012年頃に解体され消失。桃太郎のほうは2005年頃に解体されたようだ。現在、一連の建物の跡地にはPMO神田司町というビル(2013年9月竣工)が建っている。

ライフ、桃太郎/神田司町2丁目 - ぼくの近代建築コレクション

Tokyo Lost Architecture  
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