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訃報:アンディ・フレイザー

2015年03月19日 | 英国ロック
突然の事に身体から力が抜けた・・・。

2013年に来日公演を果たし、健在ぶりを見せてくれて
あの年もっとも感動的だった出来事として印象的に残っていたのに。
http://blog.goo.ne.jp/aru-rodgers/e/7ae1515f0292d301a062bcb9c255e48e
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亡くなったのは3月16日。
フリーのベーシストとして、同バンドの世界的ヒット曲=
「オールライト・ナウ」をP・ロジャースと共作した事で
知られたアンディ・フレイザー。

彼は癌とエイズとの闘病を続けていたが、直接の死因は
明らかになっていないとの事。

ロンドン生まれのアンディだったが、晩年はカリフォルニアに
移り住み、最期は母や娘、友人に見守られ、自宅で息を
引き取ったという。

享年62。若すぎる・・・。



ジャック・ブルース同様、
自身の出世バンド中、最も才能に恵まれていたと私は思っていました。

リード・ベースとも言える旋律を刻みつつ、うねるリズムで
曲を進めたスタイルは唯一にして無二。

私の中では「J・エントウィッスル」「J・ブルース」に並ぶ
3大ベーシストの一人だった。

ベースソロも強烈で、「Mr.ビッグ」は彼の代名詞でもあった。
作曲者としても優れ、P・ロジャースとFREEの名曲を殆ど書き上げた。

ロジャースなど、代表作の「ファイアー&ウォーター」を、もっと
アップテンポな曲のイメージで作ったのだが、原案段階にて
フレイザーに渡したら、あのようヘヴィなアレンジで帰ってきた
・・・などとコメントしていた。



只者では無かったのだ。
他のメンバーがTシャツにベスト、または胸の開いたポロシャツ
・・・みたいな格好してるのに、一人だけ帽子とオシャレな
ジャケット着こなしてたりしていた。

得てして地味な存在に映るベーシストだが、実に華があった。
正直、FREE解散後は才能に見合った成功は得られたとは言えないが
それでも、シャークスでクリス・スペディングと競演、
スニップスの強烈なダミ声を活かした曲を提供した。
※曲によってはFREEみたいだったよなぁ・・・



“スコットランドのO・レディング”フランキー・ミラーに
提供した曲も素晴らしかった。

2013年の来日公演では
亡くなったロバート・パーマーに提供した「愛しき人々」も
演奏してたよなぁ・・・。



フリーの結成時は16歳。
それで、あんな渋い曲が弾けるんだもんなぁ。
・・・まさに天才少年でした。

我が“3大ベーシスト”全員が天に召されてしまった。

フレイザーさんに関しては、まだ見送る気持ちにはなれません。
もう少し未練たらしく彼を語りたいと思います・・・。

(続く)


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