震災から百日が経とうとしている6月18日、盛岡のお寺で宗門宗派を超えた百か日法要が行われる。 「これだ」と思う。 宗門宗派を超える法要。 垣根を取り外し一つの心になって祈る。 お坊様や神父様は日々祈りを行じている゛祈りのプロ゛だが、心は同じと思う。私達、一般人も共に祈ろう。
6月に対して私が感応したメッセージの「いよよ、新しきこと始まる」の意味の一つだと思う。 宗教は宗門宗派を外す。 仏教内は勿論、仏教とキリスト教、神道、イスラム教などなど、世界中の教えと誓いがいよいよ一つに成って「地球と人類の救われと明るい未来を祈る」ことになるだろう。
祈る、とは祈り上げる、という行為で、祈ってもらった霊魂は軽くなって上へ、 天へ上がり「浮かばれた」状態になれる。
天に昇って、そして 個別だった意識は やがて大きなエネルギーゾーンに還っていき一つに成る。
百か日法要の意味と効果。 百とは 多く の意味。多くの救われが成される日。
多くの魂が更なる昇華をなさいますように。 合掌。