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清掃奉仕

2008-10-13 23:32:21 | お社写真集

平成20年10月11日(土)國神社へ清掃奉仕に行って参りました。

大阪護國神社をはじめ、これまで清掃奉仕を何度も行っているが、これまで國神社での清掃奉仕は(不謹慎な言い方かもしれないが)比較的“楽”であった。

 

多くの清掃奉仕が雑草取り、草引き等のそれこそ地を這うようなご奉仕が主体でるが、國神社で我々が行う清掃奉仕は「箒で落ち葉を掃く」という行為が主体。

楽なものである。

 

しかし、今年は「雑草を取ってくれ。このままでは原っぱみたいになるww」と言われ、雨でぬかるむ地面に腰をかがめ、軍手も持たぬ素手で草か雑草か虫か訳のわからぬ青々とした草の除去を始めた。

始まって5分ほどで足腰が痛くなってきた。20分を超えると、立ち上がる度に目まいがする。貧血だ。倒れそうになるが必死にこらえて黙々と作業を続けた。

そもそも我々がご奉仕させていただいている場所は國神社本殿裏であり、且つ霊璽簿奉安殿前という神域。

しかもこの日は「永代神楽祭」が斎行されている。

おしゃべりしながら楽しそうに作業をしている者は一人もいない。みんな真剣にご奉仕に取り組んでいる。

しかし、さすがに屈んだままの作業が辛いのか、箒を持って落ち葉を掃く者が徐々に増え、腰をかがめて草取りをするものがだんだん減って来た。もちろん、根強い草はまだまだ沢山生えている。

そのとき思った。

「真剣に草を取ろう。誰かがやらねばならないのだ。誰かがやるだろう、では、永遠に進歩はない」

「誰かがやるだろう」これこそが日本“崩壊のシナリオ”であり、今の日本に一番欠けているものなのではないかと思う。

もちろん國神社にはお掃除(園芸?)を専門になさる方がいらっしゃる。しかし、その方にお任せするだけで良いのか?いったい何のための清掃奉仕か?

政治は政治家だけに任せておくべきことか?いったい何のための民主主義か?選挙権か?

手足となって動くのは政治家だが、政治家は我々国民のために働く存在でなければならない。無関心ではいられないのだ。

 

もちろん我々“素人”には効率のよい働きはできないだろう。しかし、下手だろうがなんだろうが精いっぱいまごころこめてご奉仕することの意義を痛切に感じた。

 

約一時間のご奉仕であったが、始終屈んだままであったので、内腿の筋肉が痛くて痛くて歩くのも大変。でも、さぼらず黙々とご奉仕させていただいた。箒をもてば少しは楽であったが、それをしなかった。

 

以下、ご奉仕の模様を写真でお見せしましょう。

 

 

 

やってきました♪生涯2度目の「支那の町」・・・ではなく、「信濃町」!!

 

はい。はい。右ですね。

 

お店の中はあたり一面の「センセー本」。山積みの「センセー本」。見飽きた。

 

 

近辺のお店はすべてこのステッカーが貼っていました。

いや、貼らされていた(広義の強制や!!)。

 

 

 

少々細い道なのですが、あまりにもデカイ建物なので、全体像を収めることは不可能です。はい。

 

 

おばはんが退くのをお待ち申し上げましたが、一向に動く気配がありませんでしたので、写りこんでしまいますた。

 

 

中に「威風堂々」と入ったのですが、「受付票」が必要とのことで慌てて退散しましたwww

追いかけられそうで怖かったwwww

下から撮影しましたが、とてもじゃないが、デカ過ぎておさまりきりませ~ん。

 

 

 

 

片道5車線くらいある広い、ひろ~~~い道ですが、その道の反対側から撮影しても全体像が収まりきらない「民音」の本部ですた。

中に入ったのですが、「ピアノ生誕300年祭」ってなのをやっておりました。民音は全世界をすでに征服している模様をパネルで紹介しておりますた。

 

 

創価世界女性会館です。詳しくは昨年8月25日の画像をご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

問題:さぁ~って、何の建物でしょうか???

 

 

 

答え:屋上に三色旗が見えますwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

 

っちゅーことで、お腹が空いたのでランチをいただくことに。せっかくなので「信濃町商店振興会」のシールが貼ってあるお店へwwwwww

 

信濃町らしく、支那料理のお店へ参りました。

入ってびっくり。

↓   ↓

調味料まで三色・・・・・wwwwwwwwwwwww

 

お皿にも三色・・・・・・・・・・wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

 

 

見えますか?「信濃町 大勝利飴」と書いてますwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

 

 

お土産物屋さんに入って、爆笑し続けてる2人って、奴らには奇妙に映ったでしょうね。

 

また爆笑しに行こう~~~っとwwww

 

<徳島市の創価学会会館で爆発か>

http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2008101301000228/1.htm

13日朝、徳島市内にある創価学会徳島文化会館で、正面入り口のドアや天井の一部が壊れているのを出勤してきた職員が見つけ、警察に届けた。状況などから警察は、爆発物のようなものを使った建造物損壊事件とみて調べている。けが人はなかった。近所の人が同日午前4時半ごろ「ドーン」という大きな音を聞いており、警察は事件との関連を調べる一方、爆発物とみられる破片の特定を進める。 

(2008年10月13日(月)17時23分配信 共同通信

 

わし、犯人と違うよ

 

 


「それなのにぃ~それなのに」

2008-10-04 01:18:19 | Weblog

平成20年9月7日 大阪護國神社第二回英霊慰霊顕彰勉強会報告

(会報に載る前のお見せします。内緒やで♪)

 

中條高徳先生は「生きている限り國へお参りする」との御決意をお持ちになり、ご自宅を國神社のすぐご近所に移された。そして毎朝欠かさずお参りされている。このような強い信念をお持ちの先生からは、数多くの示唆に富んだお話を聞くことができた。その中でも「六十四年前の日本は貧乏だったけど、凛として生きていた」という言葉が胸に沁みた。豊になった現在の日本で、もちろん我々は國への祈りを胸に抱いて日々精進はしているだが、果たして「凛として」生きているのかどうか。全く自信がない。また先生は「明治時代の人にとって国家は作品だった」ともおっしゃった。自分の作品だからこそ愛おしく思えるのであり、命を賭してでも守ろうという気概が生まれるのだ。国を愛するという人間の根源から生まれ来る自然な感情の発露を、「偏狭なナショナリズム」と斬り捨てるのは完全に間違いである。今回のご公演で、先生は明治以降、日本が近代化の道を歩む過程について一切のメモをご覧にならず、細かい日付や人数、人物名を正確に語られた。果たしてここまで確実な知識を持って語ることのできる若者が今の日本にどれだけいるのかと思う。先生は戦場で散った仲間と共に、現代に生きる我々に叱咤激励をされているのであろう。

「心正しからざる者には幸せは来ない」と含蓄のあることもおっしゃった。これは利己的に生き、損得勘定が最優先の経済活動をしている我々に対する忠告なのだと思う。そして先生は、日本の文化は先祖代々連綿と続く「縦軸」と、田植等で培った共同体意識という「横軸」の織りなすものであり、みっともないことをすれば「ご先祖様、お天道様に申し訳ない」という恥の文化が存在したとおっしゃる。これこそまさに法律がなくても秩序が保てる原因であり、終戦直後の日本が然したる混乱を生じることなく粛々と武将解除を受け入れた要因であろう。

大高未貴先生は、これまで世界を80カ国以上も訪れた経験を基に、パワーポイントを利用して視覚的に各国の事情をご説明なさった。開口一番大高先生は「チャールズ皇太子が江沢民に対し、香港の返還式のときに『田舎のこの町が大英帝国のおかげで大きく発展した。私は大英帝国を誇りに思う。Good-by』と言ったのだ」とおっしゃり、日本国の首相を牽制する。またダライラマ14世猊下の姉が「その民族の『魂の継承』が断たれたとき、その国は滅びる」とおっしゃったときの心情を話され、実に危機的な現在日本の状況が骨身にしみて理解できた。「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつける宣伝計画」(War Guilt Information Program)や「オレンジ計画」を持ち出すまでもなく、國神社に対するマスコミの報道姿勢、多くの日本人の國神社への無理解等を思い出せば、我々が置かれている末期的な状況が手に取るように理解できるであろう。

また、チベットの学校で柔道が教えられている様子を画像で紹介され、「『私』という精神性を持っている日本を見習い、チベットは柔道を教えている」と現地の方から説明を受けたとの話をされた。しかし『私』という精神性は『自分勝手』と勝手に解釈され、自我のみがいびつに肥大した日本人が巷間溢れる様を見て、「魂の継承」が今後うまく行われるのかどうか、実に心配である。

 暗くなる話題が多いのは確かだが、明るくしかも元気になるお話もたくさんされた。たとえばインドの独立記念日は8月15日である。「日本は大東亜戦争で負けたのではない。勝ったのだ」と先生はインドの方から言われたそうだ。「日本はアジアを解放することには成功した。だから負けていない」との言葉は我々を勇気付ける。マレーシアのノンチック元上院議員の詩や、タイのククリット・プラモード元首相の詩も紹介された。「日本というお母さんは難産して母体を損ねたが生まれた子どもたちはすくすくと育っている」の一節には涙が溢れて止まらなかった。このような思いが終結し、凝縮しているのが國神社である。だから他国(特に支那や韓国)は國神社攻撃に躍起になるのだ。日本人の「魂の継承」を断とうとして。

 

 さまざまな勢力が様々な形で日本を攻撃してくる。しかし、我々は気づいた。戦後まだ64年しか経過していない。GHQの占領政策はたかだか6年と8か月だ。2600年以上続く日本の歴史からすれば、瞬きをしている間のほんの一瞬の出来事でしかない。天皇陛下が天皇陛下として豊葦原瑞穂国に君臨される限り、日本人は日本人として永遠に「魂を継承」行くことができるはずだ。諦めた瞬間に「継承」は止まってしまう。今が踏ん張り時なのだと改めて感じるとともに、我々に課された使命の大きさに身の引き締まる思いがした。