わたくしの妻と少々親交のあった小児科医が先日お亡くなりになりました(確か30代の後半だったはず。40代だとしても前半)。ご冥福をお祈り申し上げます。
青森県在住の方で相当多忙な日々を送っていらったようです。
お子さんが3人いらっしゃって、1番上が小学校の低学年だったかどうだか。2番目が3歳か4歳で、小児麻痺を患っているとのこと。そして1番下の子が昨年生まれたばっかりの0歳児…
震災も影響したのかどうかわかりませんが、文字通り身を粉にして働き、命を賭して職責をまっとうされたわけです。
口先だけ達者な政治家に聞かせてやりたい。
幼い幼い子供3人と残された奥さんはこれからそれこそ死に物狂いで生きていかなければなりません。
障害を抱えた子と乳飲み子と・・・奥さんは大丈夫なのか・・・子供は育つのか?育てられるのか?わが身の現状と照査しても、想像を絶するような塗炭の苦しみが待っているように思えてなりません。
ああ、なぜこんな幼い子を残して逝くのか・・・
ほんと、ぽっくりと、突然の死だったようです。つい2日前にご自身のブログを更新してたらしいし。
彼はご自分の命と引き換えに何をこの世に残したのか。
おそらく残されたご家族はこの“探しもの”を見つけるべく生きて行かれるのでしょう。
そしていつの日か、きっと見つかるはず。素敵なものとなって・・・
閑話休題
比肩するのもアホらしいが、大津市の自殺教唆強盗傷害殺人事件のこと。
担任の教師は、目の前で“殺害未遂”行為が行われているのに「やり過ぎるなよ」とせせら笑い、その後加害者と一緒に哄笑していたらしい。
ネットでは住所から何から暴かれているので、担任の先生は自宅には帰らず“夜逃げ”同然のようですが、おそらく休職願を出し、形だけ復帰してまた休職願を出し、の繰り返しで定年まで働かず税金から“給与”をもらい続けるのではないでしょうか。
このような推論(邪推ではなく)をするに至るのは、学校が緊急に開いた2回目の「説明会」(回数が少ないという識者がいるが、回数なんてどうでもいい。問題は中身だ)に経緯を一番よく知っているはずの担任の先生が“欠席”したからです。
校長を矢面に立たせるのは仕方がないとして、“当事者”でもある担任がいないと、分かる話も分からなくなる。担任も加害者同様なのだから出てこんかい。
つい2日か3日か4日前、校長が教育委員長と一緒に初めて記者会見に姿を現しましたが、記者の質問に答えられず1時間以上も席をはずして事態を知りえる者に聞きに行ったという事態が発生したではありませんか。
担任が出席しない説明会は意味がない。こうやっていつまでも隠蔽を続けるつもりでしょう。いつまでも言い訳を続けるつもりでしょう。いつまでも責任のなすり合いをし続けるつもりでしょう。そして「自殺といじめには因果関係がない」と。
そうする間にショッキングな事件が起き、大津市の事件など皆忘れてします。風化してしまう。数多ある事件が斯様に風化してきた。それを狙っての時間稼ぎか?
陰湿だ。悪質だ。
不謹慎を承知で言えば、今回自殺した少年の命と引き換えに、未熟な加害者という名の殺人者どもに「教育」を施すチャンスではないか。逃げるが勝ち、認めたら損、わしに責任は無い、家庭の事情で自殺。これでは加害者という名の殺人者だけでなく、この事件を知った全ての子供が真っ当に生きることを放棄してしまうぞ。
さて、2回目の説明会では、校長先生が冒頭「学校が一番大切にしなければならない信頼と信用を損なった」と語りました。
なんともかんとも・・・
そして40分に渡る説明のあと、質疑応答の時間が始まりますが、一番前に着席していた保護者の方が、「一人亡くなってるのになんで黙祷が無いんや」と疑問を呈されました。
そして初めて黙祷をすることになったのです。
しかし、そのまますんなり黙祷をするるのかと思いきや、さきほどの保護者の方が「まず起立やろ!」と叫ばれ、ようやく起立の上、1分間の黙祷が捧げられました。
なんともかんとも・・・
まっ黒に日焼けして会見に出てきた理由がなんとなしに分かるような気がするぅ・・・
加害者Aの母親が1回目の説明会で「うちの子を犯人呼ばわりするな!うちの子が自殺したらどないすんや!!」と脅したいう記事が週刊誌にありました。
わしとしては、どうぞどうぞ自殺して下さいm(__)mってとこですが、おそらくこういう欠陥君(やその保護者)は生命力が強く、いついつまでも生き延びるのでしょう。
やれやれ( ̄ヘ ̄)┌ ・・・
では次の命題について考えよう。
「担任の先生が良心の呵責に耐えかねて自殺したらどうする?」
これまで煽った人達に責任があるのか?
もし仮に、わたくしが中学校の教師で、自分のクラスの生徒が「いじめ」という名の暴行強迫強盗窃盗にあっているのを知っていながら見て見ぬふりをした結果、当該生徒が飛び降り自殺という苦渋の決断をしたならば、わたくしは潔く・・・というか、「あの子はそこまで苦しんでいたのか、おれは教師失格や。人間失格や」と思ってお詫びの上自殺を選ぶでしょう。当該生徒の命と何を天秤にかけたら一番釣り合うのか。
答えは言うまでも無い。
そして、これが人を導く立場にある者の責任の取り方だと思う(責任の取り方として、これが最善、だとは思いません。が、昔から行われている日本人の責任の取り方であることは間違いありません。だからこそ、徒に命が失われることがないようしっかりと教師としての責務を果たさなければならないはずなのに)。
自殺をされた13歳の若者のご冥福をお祈り申し上げます。
(わしは自殺をしろ!と言ってるわけではない。むしろ真実を詳らかにするために出て来い!と主張しているのです。上記はわたくしならそうする、という趣旨の発言です。件の教師に対するわたくしの推論は本文にある通りです)