先日、同級生のMちゃんから、
「遊びに行くで!」と電話をもらった。
先月は二人とも都合が合わず会えなかったので、
約束の時間を楽しみに待ち、
迎えに来てくれたMちゃんの車に乗り込んだ。
「車が西に向いているけん、西に行くで!」と言って走り出し、
「早明浦ダムに行ってみるで!」・・・・と。
行ったことが無いので「ウン!」と返事をしたが、
早明浦ダムは高知県だった。
吉野川沿いの道を上流に向かって進む。
脇町の「うだつ」の街並みを走り、「そうめんの里」つるぎ町(旧半田町)に入る。
「半田そうめん」はスダチと並ぶ徳島の特産品で、小さな町の40軒がそうめん業者だ。
そこからしばらく走ると、車は山に入って行く。
山ばかり見て暮らしていても、この山は景色が違う。
目の前に広がる新緑の山肌に、濃い緑よりもっと黒い杉の木が、
三角形を幾重にも重ねて立ち、
その間を、モコモコと湧き出て来たかのように若葉の黄緑が色を添える。
所々に薄紫が見え、山の藤だそうだ。
誰が造ったものでもない自然の造りだす色のハーモニーの
美しさに、称賛の言葉も出て来ない。
下を見ると、そこは荒々しい岩肌の深い谷。
四国山脈を横切る吉野川の激流が創った渓谷の「大歩危小歩危」が有る。
大股で歩くと危ない大歩危と、小股で歩いても危ない小歩危と言われている。
夏は渓流下りの遊覧船が楽しめる。
新緑も良いが、秋の紅葉も良いだろう。
山を超え高知の町に入る。
片道3時間、早明浦ダムとの初対面も近い。
「ワァー大きい!!」初対面の第一声。
四国一のダムは、周りの山の新緑よりも、もっと濃い緑の水をたたえ、
大きな鏡のように太陽を反射して、キラキラと輝いている。
その大きさにも、美しさにも圧倒され、ダム湖にかかった橋の上から、写真を撮り続けた。
・・・だが、その美しい景色の裏に、忘れてはならない歴史が有ることを、帰ってから知った。
昭和38年4月、早明浦ダムの建設で387所帯が湖底に沈んだ事も・・・。
渇水時には、ダム建設反対の砦として建設された大川村役場の庁舎が顔を出し、
その悲哀の歴史を訴え続けている事も・・・・。
沈んだのは、土地や家屋だけではない。
永年受け継がれた文化や、豊かな資源や、人々の繋がりをも失った事を知り、
きれいな水の底の歴史に胸が痛んだ。