岩木山を考える会 事務局日誌 

事務局長三浦章男の事務局日誌やイベントの案内、意見・記録の投稿

二子沼から松代登山道尾根に抜ける(5)

2010-03-12 05:09:40 | Weblog
 (今日の写真は、3月6日に、松代登山道尾根の夏道沿いにある「簡易水道施設」付近の「雪解け」部分で見た「フキノトウ」だ。
 だが、まだ「名前」の体をなしていない。まだ「薹」にはなっていないのだ。「フキノツボミ」といっていいだろう。
 「フキノトウ」はキク科の多年草である蕗(ふき)の若い花茎のことだ。長い茎を塔に見立ててこのように呼んだのが名前の由来であり、隣県秋田の県花でもある。
 春になって芽を出す菜の類を春菜(はるな)または若菜(わかな)と言う。「フキノトウ」もその中の一つだ。万葉の時代には春に「若菜摘み」をし、不老不死を願って食べたようである。
「雌雄異株」で雌花は白色に近く、雄花はやや黄みがかっている。「口に春を溢れさせるそのほろ苦い味」は格別であろう。
 ところで、今週はかなりの降雪ががあった。冬に逆戻りかなと思っていたが、またすぐに冬を忘れさせるような「春めいた」状態が戻ってきた。
 日ごとに昼が長くなり、太陽の光も強くなってきた。今朝は、小鳥の生き生きとしたさえずりも聞こえた。小鳥は気温よりも、陽光の強さで春の足音を感じ取っているというのだ。
 古来から、春を待ちわびる言葉に「春隣(はる、となり)」ということがある。これは「冬ながら春のとなりの近ければ、中垣よりぞ花は散りける」という古今集の歌が語源で、雪を花に見立てて春を待つという日本人に特有な、叙情的な気持ちを表しているのだ。

 西洋と東洋を問わず、食文化の核心は、酸味や苦みをどう楽しむかだと言われている。『春の皿には苦みを盛れ』とは日本人の感覚だ。
 季節という大きな自然の循環を身体に取り込む感動を、日本人は大切にしてきたのである。
 この『春の皿には苦みを盛れ』の代表格が「フキノトウ」だろう。万葉集で山部赤人 は「明日よりは春菜摘まむと、標(し)めし野に、昨日も今日も雪は降りつつ」
と詠っている。
 …明日から春菜を摘もうと、野に標(しめ)を張っておいたのに、昨日も今日も雪が降っていることよ…とでも訳せばいいだろう。
 全く技巧のないあるがままの情景を詠んでいる。これぞ観察の基本だ。万葉歌人はこのように技巧に走らず、飾らずそのまま率直に歌を作ったのだ。

 杉田久女の俳句に「ほろにがき恋の味なり蕗の薹」というのがある。
 分かり易い言葉で率直にしかも淡々と心情を吐露している。「春の皿に盛られる苦み」が淡い恋心にまで高められるところなどは、まさに「久女」であろう。
 私は個人的に杉田久女という俳人は好きである。特に自然の小動物を観る目の優しさに惹かれるのである。この句もまた、「フキノトウ」に対する慈愛ある優しさの表出でもあるだろう。
 そのままを観てそれに素直に自分の感慨を移入していくところが何ともいえない魅力なのだ。

 相棒さんはこの「フキノツボミ」を摘んで帰った。わずか3個であるが、その香りはきっと食卓全体を優しい春で包んだに違いない。)

◇◇ 二子沼から松代登山道尾根に抜ける(5) ◇◇
(承前) 

 私は10数年前に、そのブナ林を抜け出たところの、つまり「夏道」脇にあるブナの幹に微かながら「マーキング」のあったその「マーキング」を黄色のスプレーを吹き付けたのだった。
 その後、夏場にこの「登山道」を通るたびに自分が塗布したマークがあるかどうかを確認していた。確かに、4年前までは毎年来ていたから「確認済み」なのであるが、ここ3年間は、この尾根にに来るのはいつも雪が積もってからだった。
 雪が積もってからは登山口から最初の分岐までは「夏道」を辿るが、その後の「ルート」は「尾根」を外れないように気をつけながら「登りやすいところ」を選んで辿る。だから、「夏道」沿いを辿るということは必ずしもあるわけではない。特に「ブナ林」内では大きく外れていることが多い。
 そのような事情から、ここ3年間は、自分が塗布した「黄色」のマークを確認してはいないのである。この事実は「マークは既に摩耗して消えてしまった」のではないかという不安で私を包み込み始めた。
 記憶の引き出しから情報を取り出す。その「マーク」したブナは、伐採地のように開けたカラマツ林との接点部分にあるブナ林にあった。しかも、その上端であり、かなり南側に面している場所である。
 上部に接する「伐採地のように開けたカラマツ林」はこの尾根では「最上部」に位置しており、この「カラマツ林」を少し登ると「原生に近いブナ林」が、コメツガの生えている「追子森」山頂直下まで続いている。
 その情報を頼りに「マーキング」を探したが結局、探し当てることは出来なかった。
 とりあえず、「テント場」を決めて、相棒さんに「テント設営」の場所造り、整地などの概略を任せて、その場所の「位置確認」のために、上部に向かった。記憶通り、カラマツ林は直ぐに切れて、ブナ林に入る。その手前で、腰を落として上部を眺めると、ブナ林はきれいな遠近法図形のように、最上部で狭まり、直前のものは広く見えた。
 この風景だ。ここはこれまで何回も登っている「松代登山道尾根」の中腹上部だ。もう少し念入りに探すと「黄色」のマークは見つかるはずである。
 戻ってきてから、相棒さんとテント設営である。明日までの安寧を与えてくれる「住居」造りだ。気を入れて造ろう。(明日に続く)