たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

大原美術館-ピサロ・シニヤック・シャヴァンヌ

2022年08月06日 17時07分38秒 | 美術館めぐり
人生はじめての一人旅で、岡山県倉敷市の大原美術館を訪れました。
昭和59年2月14日のことでした。
絵葉書を購入しました。



ピサロ(1830-1903)《林檎採り》124.5×124.5




ピサロ(1830-1903)《中庭》54.3 × 45.0




現在は作品名の日本語表記が少し変わっているようです。

大原美術館HPより、

https://www.ohara.or.jp/collection_search/?search_text=%E3%83%94%E3%82%B5%E3%83%AD


ピサロはモネ・ルノワールと並ぶ印象派の画家、国籍はデンマーク、セザンヌ・ゴーギャンに大きな絵教を与えたそうです。


【徹底解説】カミーユ・ピサロとは?作品と人生を3分で理解しよう!
https://euphoric-arts.com/art-2/camille-pissarro/




シニヤック(1863-1935)《オランダ風景》64.0 × 80.5




こちらも日本語表記が変わっていて、現在は「オーヴェルシーの運河」という作品名で展示されているようです。

大原美術館HPより、

https://www.ohara.or.jp/collection_detail/?product_id=71


シニヤックは、フランスの新印象派の画家。18歳でモネの作品を鑑賞して画家になることを決意。点描方法を使った絵画を制作しました。

【美術解説】ポール・シニャック「スーラとともに点描法を発展させた新印象派」
https://www.artpedia.asia/paul-signac/





シャヴァンヌ(1824-1898)《幻想》264.0 × 147.5



こちらは日本語表記が変わることなく展示されているようです。

大原美術館HPより、

https://www.ohara.or.jp/collection_detail/?product_id=65


シャヴァンヌは、象徴主義(世紀末芸術)を代表するフランスの画家。ピカソやゴーギャンに多大な影響を与えたそうです。


象徴主義を代表する画家ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ、
https://bijutsufan.com/symbolism/paintings-pierre-puvis-dechavannes/




若かりし頃から印象派の画家に惹かれるものがあったようです。
フランスの印象派については、以前『モネ展』の備忘録で書きました。
リニューアルオープンした国立西洋美術館で開催中の『自然と人のダイアローグ展』、大好きなモネ等印象派の画家たちにまた出会えるようですが、いろいろと整理がつかないし、この足腰ではもう無理かな。





やっと『モネ展』に行ってきました(5)
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/ded159f2d37586a9743a99f05cfb5b0e

 「19世紀半ばのフランスの美術界には、表現における新感覚の胎動があった。アカデミーが主催する「サロン・ド・パリ」が絶対的と言っても良い権威を誇っていた時代。1863年、アカデミーはエドゥアール・マネの《草上の昼食》(1863年 パリ、オルセー美術館)を始め、多くの作品を展示することを拒否する。時のフランス皇帝ナポレオン三世によって、マネたち若手の画家の作品を集めた「落選作品展」が開催される。ささやかではあるが、フランスの美術界に改革の狼煙(のろし)が上がったのである。

 1874年、モネやピエール・オーギュスト・ルノワール、ポール・セザンヌらが中心となって、「サロン・ド・パリ」とは独立した展覧会が開かれる。この展覧会を見に来た批評家のルイ・ルロワは、新聞にモネたちの作品を揶揄して「印象派による展覧会」という評論を掲載した。これが「印象派」という名前の由来となる。」

 もともとは、自分たちを批判する言葉を、肯定的な意味での歴史的呼称にしてしまう。モネを初めとする印象派の画家たちには、そのような「芯の強さ」があった。」