礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

16世紀のラ・ボエシーと21世紀のフレデリック・ロルドン

2013-07-19 03:42:29 | 日記

◎16世紀のラ・ボエシーと21世紀のフレデリック・ロルドン

 昨日の続きである。大久保康明氏は、その論文「ラ・ボエシー『自発的隷従論』覚書」(『人文学報 フランス文学』四〇六号、二〇〇八)の中で、ラ・ボエシー論文の政治的側面に注目している。少し、引用してみよう。

 ラ・ボエシーはただちに根源的疑問を提示する。
《 私は当面、「他の政治体制の方が君主制より良いかどうか」という、さんざん議論の的になってきた間題を論じようとは思わないのであるが、しかし、君主制が諸々の政治体制の中でどのような位置を占めるべきかを疑問とする前に、そもそも君主制がそこで何らかの位置を占めるべきなのかどうかを知りたく思うものである。なぜなら、すべてが一人に属するこの支配体制の中に、何らか公共的なものがあると信ずるのは困難であるから。(pp.25-26) 》
 ラ・ボエシーはこの疑問を、冒頭近くでいきなり、まったく躊躇なく提示するが、ただちにその問題は「別の時のために取っておかれる」として、展開はしない。しかし同時に、これを論じ始めればあらゆる政治的議論を呼び起こすこととなろうと述べて、ことの重大さを示唆する。君主制の是非の論及が大きな問題であることは一般的に当然であるが、現にヴァロワ王朝のもとに統治されているフランスにこの言辞が具体的に、直接に関わりを持つことは明らかであろう。その意味で、この冒頭部分は、論者ラ・ボエシーの根底的な関心のありかを瞬時の筆であらわしだしたものと言える。これが書かれた時期からやや経過して、この文書が新教徒の立場から利用されたのも、また後世、フランス革命時に人権や博愛の見地から援用されたのも、論者の執筆時における意図との異同はあれ、この深く尖鋭な問いかけのゆえであろう。これ以後17世紀の絶対王政へと進んでゆくフランスの歴史であるが、それへの経過期間をなす16世紀中葉の時点のフランスにおいて、まさに君主制の是非を問う可能性を自問した論者が存在したのである。

 大久保氏は、このように述べて、ラ・ボエシー論文の政治的側面に注目したのである。
 ラ・ボエシー論文に対する大久保氏の把握は、この点において、荒木昭太郎氏の把握(昨日のコラム参照)に比べて、正確であると思う。
 とはいえ、この大久保康明氏の論文については、全体的に、やや物足りないものを感じた。おそらくそれは、私が、大久保氏の論文よりも先に、フレデリック・ロルドン氏の『なぜ私たちは、喜んで“資本主義の奴隷”になるのか―新自由主義社会における欲望と隷属―』(作品社、二〇一二)を読んでいたからであろう。
 ロルドン氏は、ラ・ボエシー論文における「自発的隷従」という概念を使って、そこから、「なぜ私たちは、喜んで“資本主義の奴隷”になるのか」という今日的な問題を引き出している。ラ・ボエシー論文には、君主制をめぐる政治的議論を超える、人間社会の本質にかかわる議論を誘発するような問題提起が含まれているのではないだろうか。
 大久保氏の論文は、純粋に学術な論文であり、ロルドン氏のような切り口を期待するのはないものねだりであることは、重々承知している。しかし、一方で、ラ・ボエシーという「古典」から、「なぜ私たちは、喜んで“資本主義の奴隷”になるのか」という問題提起を引き出しうる、ヨーロッパにおける学術的な蓄積とヨーロッパ人の発想の柔軟さに、羨望を禁じえなかったことも事実である。

*やむない事情により、明日から数日間、ブログをお休みします。

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1 コメント

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隷従諸相 (大久保康明)
2013-08-03 23:08:53
 礫川様
 拙論を取り上げてくださいまして、大変光栄に存じております。ありがとうございます。
 小生は文学系で、純粋に政治論文としての『自発的隷従論』に接近できたかは分かりません。
 むしろ15頁のまとめのようなところに、「経済的諸価値への隷従」、「自己疎外」、「人間の内面的断裂」の方に(つまりロルドン氏説に近い側面?)ラ・ボエシーが見据えていた射程が存するのではないかと、展望しているつもりです。とはいえ、尻切れになっているのは確かです。
 実際にロルドン氏の著作を認識していはおらず、ご教示をいただき、感謝申し上げます。 大久保拝

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