礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

市民ケーンは反資本主義者だったのか

2016-07-25 01:18:26 | コラムと名言

◎市民ケーンは反資本主義者だったのか

 数日前、久しぶりに映画『市民ケーン』(一九四一)を鑑賞した。大学生のころ、映画館で、この映画を観て圧倒され、「これまで観た映画の中でベスト・ワン」だと思った。その後、半世紀近く生き、その間、多くの映画を観てきたが、私の中では、いまだに、『市民ケーン』が、「ベスト・ワン」である。
 ――かつては世界第六位の大富豪と称された新聞王チャールズ・フォスター・ケーン(オーソン・ウェルズ)が死亡した。さすがの大富豪も晩年は、大恐慌のあおりを受けて事業に行き詰まり、荒廃した大邸宅の中で、孤独の死を迎えたのであった。死の直前、彼は「薔薇のつぼみ」という謎の言葉を残した。またその手には、雪景色の一軒家が封じ込められたスノーボールが握られていた。
 ケーンの実家は、田舎で安宿を営んでいたが、客が宿泊代として置いていったコロラドの金鉱の権利書により、莫大な財産が転がり込むことになった。まだ幼かったケーンは、母親の強い希望によって、後見人を付けられ、ニューヨークで教育されることになる。この後見人が、銀行家のウォルター・サッチャー(ジョージ・クールリス)で、その後、ケーンは、サッチャーとの間で、激しい対立を繰り返すことになる。
 二五歳で一人前になったケーンは、落ち目の新聞『インクワイアラー』を買いとり、新聞経営にのりだす。友人の劇評家リーランド(ジョセフ・コットン)とバーンステイン(エヴェレット・スローン)の協力を得て、斬新で強引な経営、暴露記事中心の編集方針で、同社をニューヨーク随一の新聞社に育てあげる。
 ケーンは、さらに、大統領の姪エミリー・ノートン(ルース・ウォリック)と結婚、これによって政界にコネを作り、ついには知事選に立候補する。将来、ケーンは大統領の椅子に座ることになるだろうと、誰もが予想した。しかし、好事魔多し、選挙戦の終盤、ライバル紙に、「歌手」スーザン(ドロシー・カミンゴア)とのスキャンダルを暴露され、選挙は落選。その後も、次々と不幸が押し寄せる。――
 映画の冒頭は、主人公ケーンが、「薔薇のつぼみ」という言葉をつぶやいて、死ぬ場面である。
 続いては、ケーンの死を報ずるニュース映画が試写される場面。この試写版はケーンという人物の核心に迫っていないということで、上映の延期が決まる。トンプソン(ウィリアム・アランド)らニュース記者が再取材に向かう。再取材の際のキーワードは、「薔薇のつぼみ」である。
 このニュース映画試写版の中で、後見人のサッチャーが、ケーンという人物についてのコメントをおこなう場面がある。「個人資産と自由主義に対する攻撃的態度から見て、彼はコミュニストだ」というコメントである。
 また、あとの場面では、ケーンが『インクワイアラー』紙で、企業批判に徹した報道をおこなっていることについて、サッチャーが、面と向かってケーンを批判している。この批判に対するケーンの回答は、「自分の使命は、勤勉な労働者を汚れきった資本家から守り抜くことだ」というものであった。
 州知事に立候補した際には、選挙演説で「私は貧困を絶滅する」と宣言し、聴衆から拍手喝采を浴びている。
 不況のあおりを受け、『インクワイアラー』紙を手放すことになった場面では、サッチャーが再び、ケーンを批判する。「君は、浪費するばかりで投資しない」。この批判にケーンは、直接は答えず、次のような言葉をつぶやく。「貧乏には慣れている。金持ちの生活は性に合わない」。
 こうして見ると、この映画の作者は(脚本は、ハーマン・ジャコブ・マンキーウィッツとオーソン・ウェルズ)は、主人公ケーンを、ことさら、「反資本主義」的な人物として造形しているかに見える。ケーンが晩年を迎えようとしていた時期、未曽有の不況によって、資本主義の欠陥が露呈し、ドイツでは、ヒットラーの率いる「国民社会主義ドイツ労働者党」が躍進していた。そうした時代背景を意識した場合、「反資本主義的な大資本家」というのも、十分にありうる人物設定だったのである。
 新聞経営者として大成功し、巨万の富を築きながらも、ケーンは、そうした生き方に満足できず、あくまでも「なりたかった別の自分」を求め続ける。そうしたケーンの姿を象徴するものが、「薔薇のつぼみ」だったということだろう。ちなみに、「薔薇のつぼみ」が何だったかは、この映画を最後まで観た人だけがわかることになっている。
 
 七月二二日、民主党の大統領候補ヒラリー・クリントン氏が、副大統領候補として、元バージニア州知事のティモシー・マイケル・ケイン(Timothy Michael Kaine)氏を指名した。ケーン(Kane)とケイン(Kaine)は、日本語の表記も英語の綴りも異なるが、発音はたぶん同じだろう。はたして、ケイン氏は、副大統領になれるのか。

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