礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

府立一中の英語教員・江南文三と法華経(付・魅死魔幽鬼夫)

2012-12-02 06:13:57 | 日記

◎府立一中の英語教員・江南文三と法華経

 江南文三の『日本語の法華経』(一九四四)は、一九六八年、大蔵出版によって復刻された。その際、巻末に、国語学者・古田拡〈フルタ・ヒロム〉による「解説」が加えられた。この解説は、一九八八年の新訂版(大蔵出版)にも、そのまま掲載されている。
 古田拡(故人)はそこで、若干、江南文三の経歴に触れている。その前後の部分を引用しさせていただこう。

 そういう意味で、こんど、この江南さんの日本訳が復刊されたことは、じつにうれしく思います。
しかし、それを、耳に聞いてもわかるように(聖書のごとく)訳するのは難事業です。今まであった対訳は、漢文をそのまま、文語調に読み下しているのだから耳に聞くだけではわかりません。その点、よくもこの難事業、大事業をやりとげられた江南さんには感謝をささげずにはおられません。
 江南さんは昭和十七年から十九年の三年にわたって、この訳をなしとげたそうです。当時江南さんは旧制府立一中(今の日比谷高校)の英語の主任教諭でした。ところが、太平洋戦争の時で、敵国のことばなど教える必要はないと大へんな片寄りの議論が行なわれて、英語教育が圧迫せられた時でした。それを江南さんは、この法華経によって救われたのではないでしょうか。英語教育が圧迫せられて持ち時間を減らされたための時間のひまなどという消極的な理由でなく、この法華経こそは世界大平和のためのものという祈りの心でこの訳に打ちこまれたのではないでしようか。
 この方は東大英文科の出身で、森鴎外や与謝野鉄幹・晶子夫婦らに愛された人、詩や短歌も作られる方で、「明星」や「スバル」などをごらんの方は、その中に江南文三の名を発見できるでしょう。
 石川啄木がやっていたスバルの編集を明治四十三年、うけついだ方なのです。
 その江南さんが、わたくしの郷里愛媛県の西条中学へ赴任して来られ、しばらくして、やはり詩人作家の万造寺斉氏も呼んでこられました。それでいなかの中学生の中から、文学好きのものが沢山出てきました。何しろ詩人、歌人の持つ言語感覚で英文を訳するのですから、生徒たちの喜んだことは言うまでもなかったのです。それまでは、「ソレハ、ナニナニスルトコロノナニナニデアル」調の、日常の日本語では通用しない訳し方で教わっていたからです。が、江南さんはある事情のため、そこをやめて、佐渡の相川中学へ行かれました。
 これは推測ですが、佐渡は日蓮上人の流された所、四方吹きさらしのお堂で、みの・かさを着て、吹きこむ雪を防ぎながら法華経を読誦し、日蓮宗では大切な『開目抄』や『本尊抄』などを書かれた土地です。苦難の真っ只中においてこういうことができたのです。だから多感な江南さんは、それを耳にしていただけでなく、今、ここで親しくその場所を見られたことによって、法華経に心が引かれるようになったのではないでしょうか。詩人のたなしいが、仏教の形骸だけを守っているひと以上に、この法華経の精神にじかに触れられたのでしょう。
 わたしも若い頃、西条中学の国語の教師となりましたが、それは江南さんが去ったあと、半年ぐらい後でした。昭和二十五年、東京へ出て法政大学に奉職するようになった時、もと西条中学で教え佐山繁行くん(新紀元社々長)のうちで、この初版本を見て、びっくりしました。詩人、英文学者とばかり思っていた江南さんが、こういう仕事をせられていたのか。

 江南文三が、雑誌『スバル』の編集者であったこと、その後、愛媛県の西条中、佐渡の相川中、府立一中などで英語の教師を勤めていたことなどがわかる。
 ただ、「この法華経こそは世界大平和のためのものという祈りの心でこの訳に打ちこまれた」とあるのは、古田の「解釈」と見るべきであろう。この点は、あとで丁寧に見てゆくつもりだが、江南はあくまでもこの本を、「大東亜共栄圏の人たち」を意識して書いているのである。だからこそ彼は、「誰にでも分かる日本語」にこだわっているのである。【この話、さらに続く】

今日の名言 2012・12・2

◎小生たうとう名前どほり魅死魔幽鬼夫になりました

 作家の三島由紀夫の言葉。三島は、1970年(昭和45)11月25日に自決した。この手紙は、その直前、日本文学研究家のドナルド・キーンに宛てて書かれ、机の上に置かれていたものだという。本日の東京新聞「ドナルド・キーンの東京下町日記」より。

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