礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

興亡の関頭に立つ祖国のために適切な贈りもの

2023-01-02 00:06:28 | コラムと名言

◎興亡の関頭に立つ祖国のために適切な贈りもの

 本日は、内村鑑三著『失望と希望』(羽田書店、一九四九)の巻頭にある「編者のことば」を紹介したい。執筆は、内村美代子(一九〇三~二〇〇三)である。

    編 者 の こ と ば

 本書は著者の非戦論集たる『世界の平和は如何にして来る乎』――本選書第一巻――の姉妹篇であります。即ち本書には著者が現世に関連して書き綴つた諸論文の中から、主として現代の世相に訴へるところの多いものをえらんで載せ、これに著者が好んで用ひた「失望と希望」といふ題名を附して一書と成しました。
 第二部として収めた「興国史談」は、明治三十三年〔一九〇〇〕に単行本として出版され、現在まで多くの熱心な読者を有してゐる書であります。例を古代の諸国家の興亡にとつて、興国と亡国との原理を興味深く説いたもの、今や興亡の関頭に立つ祖国のために適切な贈りものであると信じます。
 著者はもともと農学を修めた人であり、その青年の頃の目的は社会改良、慈善事業にあつたほどであり、『萬朝報』『東京独立雑誌』等の記者であつた時代もあり、その上、人一倍鋭い感受性の持ち主でありましたから、現世はつねに彼の強い関心をひいたのであります。あたかもその青壮年時代を明治維新政府の薩閥、長閥の専横時代とひとしくし、これに向つて徹底的な攻撃の声を挙げつづけました。政治家と貴族と富豪と軍人とが国を誤るものであることを、波は説き去り説き来つて倦む〈ウム〉ことを知らなかつたやうに見えます。つづいて明治三十四年〔一九〇一〕頃の足尾鉱山鉱毒事件に際しての資本家攻撃と被害農民への同情、明治三十六年〔一九〇三〕から生涯を通じての非戦論の唱道、下つて大正十二年〔一九二三〕の関東大震災を期としての国民への警誡、大正十三年〔一九二四〕のアメリカにおける日本人移民排斥に対する義憤、そしてこの間にあつて、禁酒と植林と鳥獣保護等の絶えざる奨励、これらが著者の現世に対する主なる関心のあらはれであります。
 しかし如何なる熱弁にも社会事業にもまさつて、人心をその根底から革【あらた】めることが根本的に世を救ふ道であることをさとり、明治三十三年、
   住み捨つる山をうき世の人問はば
     嵐や峯の松にこたへむ
の太平記の一首に所懐を託して、聖書の研究とキリスト教の伝道に身を投じた後の著者は、つねに知己を後世に待つの心を以て、日本国の将来を憂ひつづけたやうに思はれます。この腐敗した日本は亡びる、しかし亡びてはならない日本がある、自分はその建設のために捨て石となることに甘んじよう、即ち二つのJ、イエスJesusと日本Japanのためにわが生涯を捧げようといふのが著者の心でありました。
 現世の堕落を見ては心おとろへ、その憤り〈イキドオリ〉を発するところ、痛烈骨を刺す諷刺や嘲罵〈チョウバ〉となりましたが、彼は責めるのみで癒す〈イヤス〉道を備へないものではありませんでした。
  われらの国は天にあり、われらは救ひ主イエスキリストのそこより来るを待つ
といふ究極の希望の明るさ、確かさ、そしてそれまでの仮りの宿りながら、この肉の生を受けた祖国へのやむにやまれぬ愛のはげしさ、その愛から生れる希望、著者は畢竟〈ヒッキョウ〉「失望と希望」といふ強い対照を象徴する人格であり、その思想の基調は歓喜と希望であつたことを信じて疑ひません。
 本書に収められた初期の作「時勢の観察」の序文に
 ――英国を罵りしカーライルは大なり、然れどもカーライルを許しカーライルに聴きし英国はカーライルより大なり、カーライルを有せし英国にしてなほ大なる未来を有すとあらば、八方醜婦生を有する日本もまた多少の希望を有して可ならん
と書いた著者の精神が現代において生かされんことを切に望むものであります。
   昭和二十四年五月三十一日        内 村 美 代 子

 文中に、和歌が引用されているが、万里小路藤房(までのこうじ・ふじふさ)が、出家に際して書き残した歌とされている(太平記)。「いま私が出てゆこうとしているこの僧坊を、誰か浮世の人が訪ねてくるかもしれませんが、峯の松を嵐で鳴らすことで、お答えするしかありません」といった意味か。内村鑑三は、東京独立雑誌社が内紛によって解散することになった時、その心境をこの歌に託したものと思われる。
 また、最後のほうに、「八方醜婦生」とあるが、これは「八方美人」をモジった内村鑑三の自称である。

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